時は遡り、二人が海原へ出た直後の事。
「お、あったあった。これだよ、これ」
弧白はマイハウスの棚の奥深くから、かつて使用していた眼鏡を引っ張り出す。少し古ぼけているが、レンズ部分だけは丁寧に扱ってきた代物だ。
「……また、これを使う日が来るとは思わなかったな」
「せんせー、探し物見つかりました?」
「あぁごめん、見つかった」
入口で退屈そうに欠伸をかましている火垂に向き直り、眼鏡を持って彼女の元へ走る。
「火垂、トモエを預けていいか? しばらく他の人と狩猟してて欲しいんだ」
「え、なんで急に?」
「ちょっとね、バハリさんと調べたい事があってさ」
「ふーん……まぁ、いいですけど」
外から一際大きな警笛が聴こえる。港に船が入る事を知らせる警笛だ。その音に釣られるように外を見ると、丁度新大陸からやってきた連絡船が接岸している最中だった。「お、新大陸の船ですね」「恋海さん乗ってるかな」などと話しながら視界をちらほらと散らばせると、郵便の袋を持った恋海が甲板からひょっこりと顔を出しているのを見つける。ぱっちりと目線が合い、今日は控えめに手を振ってきた。
「やっほーお二人さん! なんだか騒がしいね?」
ウルクスス装備に着替えてきた恋海は、二人の元へ来ると軽く片手を上げて挨拶をする。
「姉御、お久しぶりですっ!」
「火垂、元気にしてたー? 姉御はもう元気いっぱい!」
「丁度良かった。恋海さん、俺は事情があって暫く手が離せなくなるから、俺の代わりに火垂との狩猟をして欲しいんだ」
「おや急ね、どうしたの?」
「お願い、一刻を争うかもしれないんだ」
切羽詰まった表情の弧白、元気の無いチッチェ……それらを見て何となく察したのか、「……ワケありって事ね」と珍しく真剣な表情を見せる恋海。
「あんたがそれだけ真剣な顔になるって事は、今こっちで相当やばい事が起きてるのね? いいわよ、代わってあげる。その代わり、ちゃんと答えを出しなさいね?」
「初めからそのつもりだよ。……っと、ありがとうございます。切羽詰まってて敬語忘れてました」
弧白からトモエを託され、「……よし! 行こ、火垂、トモエちゃん!」とトモエを肩車してクエストボードへと向かう。
「トントン拍子でお話が進んでいったぁ! せんせはやることがあって、私は姉御と一緒にですね!? 腕がなりますねぇ! じゃあ手始めにバルファルクでもどうですか!?」
「それはいたらの話ね? それじゃ、頑張りなさいね」
軽く手を振り、恋海は火垂を連れて離れていく。やがてバハリと何やら話し始めた彼を見て「それにしてもせんせ、眼鏡なんて掛けて何するんでしょう?」と首を傾げる。
「あれ、あいつから聞いてないの? 弧白は元々あっち側の人間なのよ。『編纂者』って言って、昔のあいつは刃物じゃなくてペンが武器だったの」
「へんさんしゃ?」
「資料や原稿を集めて、整理して一つの書物にまとめる人のことよ。こっちでは受付嬢、チッチェちゃんと同じ立場の役職ね」
「てことは、狩猟許可とか申請とかもやってたんですか?」
「細かいところは違ってくるけど、概ね合ってる。あっちはモンスターの生態報告や狩猟状況のまとめ、提出が主かな。昔はあたしとバディ組みながら兼業してたくらいだから、実力は相当よ。あの褐色の竜人さんにとっては、きっといい手助けになるんじゃないかにゃあ」
「……せんせ、凄い人なんだ」
「あいつは凄いよ。新大陸の謎をほぼ全て解き明かした奴だから」
「バハリさんが『新大陸のプロフェッショナル』って言ってたのは、そういうことだったんですねぇ〜」
クエストボードの前に立ち、バルファルクを探す……が、今回は無いようだ。チッチェに聞いても「最近はいませんね……」と申し訳なさそうな回答が返ってきた。肩を落とした火垂に「どんまい。別の行こ? ウルクススとかウルクススとか、ウルクススとか」と火垂の背中に手を置く。
「ウルクスス以外の選択肢は無いんですか……」
「えぇー、しょうがないにゃあ……どうしよ」
何か別のをと探していた時、「あの、恋海さん」とチッチェが一つのクエストを差し出してくる。
「およ、これは?」
「ヤツカダキ亜種の緊急クエストになります」
「ヤツカダキ亜種? って何、火垂?」
「ぶわーっと火を吐く、蜘蛛みたいなモンスターですっ!」
「なるほど、ネルスキュラの火属性版みたいなモンスターね……場所は溶岩洞? 暑そうなところね〜、クーラードリンク必要かにゃあ?」
「ねるすきゅら? くーらーどりんく?」
「ふふっ、恋海さん、こちらの狩猟管轄区域にはネルスキュラはいませんよ!」
「えっ、いないの!? じゃあ、そのヤツカダキ亜種とやらをシバきに行きますかにゃあ〜」
チッチェに受注手続きを済ませてもらい、恋海は火垂を連れて食事場で飯を済ませる。
「けふ。お団子だけだと足りないにゃあ」
「ねぇねぇ姉御、くーらーどりんくって何ですか?」
「えっ、暑い地域……砂漠とか、それこそ溶岩がある所とかに行った時、暑いでしょ? だから涼む為に、ヒンヤリダケを調合して作る飲み物よ。こっちの人は飲まないの?」
「そもそも、存在を知らないといいますかぁ」
「えっ、知らないの!? 雪山とか行ったら、トウガラシで作るホットドリンクとかもあるんだけど……そっか、カムラやエルガドの人達は飲まないんだ……」
あの味を知らないとは、人生を損している……というか、あたしクーラードリンク持ってきてないけど大丈夫かな? などと思いながら、恋海は残っているお茶を飲み干した。
* * *
「そういやトモエちゃん、白い彼とやらは見つかったの?」
溶岩洞。恋海は肩車をしているトモエに問う。
「いえ、まだですニャ。生きている事は知っているのですがニャ」
「そっかぁ」
「幼なじみ? トモちゃんにはそんな子がいるんですか?」
「オトモ雇用の関係で、一緒の船に乗ってただけですニャ。最近連絡が取れないのですニャ……」
珍しくしょんぼりしているトモエに「大丈夫です、また会えますよ」と火垂は優しく笑う。
「……トモエも、そう信じておりますニャ」
武器につけている蓄光のキーホルダーが揺れる。それは、彼女が幼なじみの二人とお揃いにしたキーホルダーだった。
ヤツカダキ、別名妃蜘蛛とも呼ばれているそのモンスターは、肉食性で極めて凶暴なモンスターである。カムラの者達も手を焼いており、以前は火垂が積極的に狩猟していたが、最近はライカの役目になっている。今回はその亜種個体であり、別名は
「あたし蜘蛛嫌いなんだよねぇ……」
「気持ちは分かります! ですが弱点がないわけではありませんよ!」
珍しくランスを持ってきた火垂が、アイテムポーチからとあるものを取り出す。ほのかに黄色く発光しているそれは、閃光玉だ。
「閃光玉? え、効くの!?」
「ふっふっふ、実は効くんです! 運が良かったですね姉御、今ハンマーを持っていますね?」
そう言われ、背中に背負っているハンマーに視線を向ける。海未が保管していた素材を勝手に強奪……借りて作った、タマミツネのハンマーだ。
「持ってるけど……」
「役に立つ時が必ず来ます、姉御ならきっと分かります」
「?」
そうこうしているうちに、ヤツカダキ亜種が見えてくる。赤黒い身体に白い甲殻、足先は仄かに発光しており、白塗りの顔面が辺りを見渡している。
「いきますよぉ〜!」
火垂がウッキウキで目の前のヤツカダキ亜種に向けて閃光玉を投げる。一瞬の光の後、目を潰されたヤツカダキ亜種は、攻撃的な性格とは裏腹にその場に大人しく留まり始める。般若のような顔を露わにしているその姿を見て「……そういう事ね!」と、迷わず真っ直ぐ彼の顔面へと走り、鈍器を何度も振り下ろす。打音が何度かした後、くらりとふらつき、ヤツカダキ亜種が地面に倒れ込む。
「いぇーす! ナイススタン!」
「どんだけ耐性ないのよこいつ……」
追加で頭を殴って蓄積をし、起き上がったところでホームランのような溜め技をぶつける。ドゴンッと鈍い音と共に、ヤツカダキ亜種はまたスタンをする。
ここまで来ると、もうはめ殺しに近い。並のハンターならドン引きしているだろう。
「わわ!」
回転していたところに来た攻撃をすんでのところで避け、その反動を反撃に変える。回転返し振りをぶつけ、翔蟲を使って上へ大きく飛び上がり、縦に回りながら攻撃する『鉄蟲回転攻撃』に連携する。連続した打撃音と共に恋海の身体は宙に舞い、ハンマーが地面に降り立つ。少々目が回った所にヤツカダキ亜種の攻撃が来るが、一つの盾がそれを受け止める。火垂だ。
「ありがとにゃあ、助かった〜」
「姉御、姉御! 踏み台にしていいですよ!」
「えほんとぉ? じゃあ遠慮なく!」
いつの間にか息絶えそうになっているヤツカダキ亜種を目の前に、火垂の盾を踏み台にして大きく飛び上がり、ハンマーで最後の一撃を叩き込む。叩かれた部分が少し凹み、薙ぎ払った方向へと勢いよく吹っ飛ぶヤツカダキ亜種を見て「ホームラーンッ!」と愉快に笑いながらそれを追いかけていく恋海。
「姉御、もう死んでますよ!」
「え? あ、ほんとだ。もー、つまんないにゃあ」
ハンマーの先でつつき、死んでいることを確認して剥ぎ取りを始める。傍で見ていたトモエが顔面蒼白になっているのを目撃した火垂は「言いたいことは分かりますよ、トモちゃん」とポンポンと肩に手を置く。
「やっぱりバケモンですニャ」
「トモエ、その気持ちは分かりますニャ」
「きーこーえーてーるーよ〜?」
「ニャッ!?」
「あはは! ありがとう、最高の褒め言葉ね、それ!」
まさかこんなに早く終わるとは……と思いつつ、火垂も剥ぎ取りを始める。
この人はすごい。何も言わなくても、こちらがやりたい事を汲み取り、それを器用にこなす。天才肌とはまさにこの事なのだろう。
少しだけ憧れる気持ちがあった。
「ついでですし、近くにいるあれも倒します?」
そうして火垂が指をさした先には、一頭のリオレウスがいる。だが少し様子がおかしい。血筋のような細く枝分かれした赤い模様が身体にいくつも刻まれており、明らかに通常のリオレウスとは違う個体だということは分かる。
「……いや、あれは行かないどこう」
「えーっ、どうしてですか?」
「何でも。これはあたしの勘なのかねぇ。
『あれ』は、今のあたしらでは敵わない相手だと思う」
珍しく真面目な発言をした恋海に気圧され「むむむ、姉御がそこまで言うなら……」と火垂は大人しく引き下がることにした。
恋海がそれに向かってこやし玉をぶつけると、嫌がる素振りを見せ、やがて何処かへ飛んで行ってしまった。
「良かった、こやし玉は効くみたい」
「効かないモンスターっているんですか?」
「たまーにね。さ、戻ろっか」
トモエを抱き上げ、めいっぱい頬擦りをしながらメインキャンプへ歩いていく恋海。あうあうあうあう……とトモエの声が聞こえ始め、火垂も後ろに続いて歩き始める。
「ねぇねぇ、トモエちゃん」
「ンニャ……はい、何ですかニャ?」
「幼なじみって、白い彼だけ?」
「いいえ、他にももう一人……三毛柄の子がいますニャ」
「三毛柄……もしかして、それってこの子?」
そう言い、恋海は一枚の写真を見せる。若い三人の男女が写っている写真だ。背が高くスラリとした体型の白髪の女性、銀髪の大柄な男性、小柄な黒髪、全体を黒を基調とした装備に身を包む背の高い女性。その下に、薄色のオトモアイルーと三毛柄のオトモアイルーがそれぞれ写っている。
「あたしの前に入った四期団の『星鎧特別調査隊』の人達なんだけど、三毛柄の子に見覚えは?」
トモエはその写真を見るなり、「あ、この子……」と、三毛柄のオトモアイルーを指さす。
「間違いないですニャ、ヨツバですニャ」
「おぉーっ、やっぱり!」
「姉御、この方多分見た事あります」
火垂が指をさしたのは、一番左端にいる背の高いスラリとした体型の白髪の女性。「えっ、睡蓮を? なんで?」と恋海の問いに、火垂は空を見つめながら返答する。
「えっと、あれは何ヶ月前だろう……? とにかく、その方がカムラに来たことがありまして」
「へぇ〜、仕事で来たのかな」
「ウツシ教官が『お勤めご苦労様です』って言ってたから、多分そうかもです。赤い防具を着ていました」
「じゃあ裏職の仕事かなぁ。ハンターとして来るなら、あいつ確か王国砲術隊装備着てるし」
「姉御の知り合いですか?」
「知り合いも何も、同い年よ同い年。あたしの方が一つ下の期で入ったから、実質先輩に当たるんだけどさ。配属先迷ってた時に、睡蓮がベルナ村にってあたしを推してくれたの」
「へぇ! 訓練所が出来る前の世代のハンターさんなんですね! ということは、スイレンさん? は、訓練所を出ていない方なのですか?」
「まぁ、そうなるのかな?」
そうしてベースキャンプに着くなり、アイルーたちが慌ただしく何かをしているのを見かける。声を掛けると「あっ、戻ってきたニャ!」と一人のアイルーが駆け寄ってくる。
「火垂さま、恋海さま、直ぐにエルガドへ! タドリさまが見つかったとの事ですニャ!」
「えっ、早くなぁい!?」
「タドリ?」
「私達が探していた方です! 姉御、戻りましょ!」
「えっ、お、おう……?」
既に手配してあったのか、船が直ぐ見える位置に停まっている。キャンプのアイテムボックスから必要な物を取った後、二人はすぐに船に乗り込んだ。
更新しようと思ってすっかり忘れていた。反省。
身内と一緒にアイスボーンでゲラゲラ笑いながら色々討伐していました。ブラキディオスのあの粘菌どうにかならんか?