次の日の昼頃、海未とメルシィが指揮所に行くと、既に全員集まっていた。二人に気づくと「おはよう、海未さん」「お嬢、シェシェさん、おはようございます!」「海未さん、メルシィさん、おはよう。よく眠れましたかな?」と各々挨拶をしてくる。
「わ、もうみんな来てるじゃん。おはよう、私はもうこの通り。弧白さんはよく眠れた? これ返すね」
「お、あ、はい……?」
狩猟笛を返され、弧白は困惑したまま受け取る。
「えっと、その方は?」
「メルシィ・グラシアスです。昨日狩猟笛をお借りした者です、ありがとうございました」
「ああ……えっ」
弧白は一瞬驚いたような表情を浮かべ「……メルシィさん、こんなことを聞くのは野暮かもしれませんが」と遠慮しがちに呟く。
「吹き口の洗浄……しました?」
「は!? ちゃんとしましたよ、失礼な!」
「よ、良かったぁ……ですよね」
「関節キスしてないのか……」
「つまらん……」
火垂、恋海がつまらなさそうな顔をする。海未はと言うと……軽蔑の目を向けているようだ。
「俺なんかしたかな」
「いえ、何もしていないと思われますが……ともかく、ありがとうございました。私はもうすぐエルガドから離れてしまいますが、これからの活躍を期待しています」
「なんだ、もう離れるのかい? 寂しくなるねぇ」
バハリがわざとらしく声を上げる。
「あなたやタドリはいつでも会えるからいいでしょう? 私も忙しいの」
「つれないねぇ。まぁ、また近くに来る機会があったらエルガドに寄っていきなよ」
「ええ、そうするわね」
「……ところでタドリ、俺昨日めっちゃ頑張っていっぱい集めたんだけど、足りてる?」
「ええ、想定の五〇〇倍は作れる量です。
ともあれ、あとは私にお任せ下さい。調合に取り掛かります。海未殿、メルシィ殿も、感謝します」
「いえいえ、頼まれただけですから」
「役に立てたなら幸いね」
「それじゃ、薬が出来るまでの間、海未ちゃんたちにお願いがある。
メル・ゼナの居所については、キミたちの活躍のおかげで補足しつつあるんだけど……モンスターたちは相変わらず、お元気に暴れ回ってらっしゃる。切迫した状況は続いてるってわけだ」
「でしょうねぇ!」
「これで治まっていると言われたら、どうしようかと思いましたぞ」
「俺もそれは思うねぇ。
だけど、拠点内の騎士は防衛のため動けず、出払っている騎士にも限界が来つつある。
そこで、引き続き力を貸して欲しいんだ。エスピナスを狩猟した直後なのに、無茶を言っているのは承知の上だけど……」
「……今、ここの主戦力は間違いなく貴殿らだ。提督として、私からも助力を請いたい。チッチェ姫からクエストを受けて、モンスターの脅威を取り除いてはくれまいか」
「まぁ、やるしかないですよね」
「任せてください」
「バルファルク狩りたい……」
「ほっほ、ゴア・マガラはいるかの〜」
「満さん、それならいいクエストがさっき出ていたよ。ゴア・マガラの狩猟依頼だ。詳しくはチッチェ姫に聞いてくれや」
「おお、なんと! ワシが狩りに行ってきますぞ!」
ルンルンな満に「……任せてもいいかも?」と海未は弧白に耳打ちをする。
「いいかもしれない……?」
「お嬢、せんせ! ガランゴルムの狩猟依頼ですって!」
「「よりにもよって微妙なの持ってきた」」
「ガランゴルムを微妙と言えるあなたたちを、すごいと私は思うわ……」
これにはメルシィもやや引き気味である。
結局、満はゴア・マガラ、火垂はガランゴルム、弧白はリオレイアを討伐することになる。海未はというと、
「海未さんはお休み」
「え?」
「お嬢は最近働き詰めですからね! お休みです!」
「ゆっくり休んで、英気を養うのですぞ」
「え? え?」
「確かに、海未ちゃんは最近薬の調合の手伝いに狩猟に、休みなしだったねぇ」
「海未さん……私からも、休んだ方がよろしいかと、と言っておきますね……」
「エルガドの危機な時に、呑気に休めと!?」
ありえない、と言いたげな海未だったが、四人の圧に耐えきれず……結局、海未は数日休みを貰うことになった。
「じゃあ海未さん、ゆっくり休んでね」
「はいはい、分かった分かった……」
「何処か出かけててもいいんですよ!」
「何処か出かける、ねぇ……って言っても、何処に行こうか……」
「それなら、バルバレに……いや、海門の故郷にでも、足を運んでみては如何かな?」
「お父さんの故郷……ソテルの国?」
「ソテルの国ですか。では、途中までは私もついていきましょうか。ベルナ村が中継地点なので、飛行船に乗ればすぐに着けますよ」
「メルシィさん?」
「海未さんをよろしくお願いします」
「お嬢! お気を付けて!」
「気を付けて行ってくるんですぞ」
「はい、行きますよ海未さん。皆さんもお元気で、くれぐれも無茶はなさらぬようお気を付けて!」
「えっちょっと待ってあの、まだ支度がぁぁぁぁ……」
トントン拍子で話が決まり、海未はそのままメルシィにドナドナされていく。
「……取り残されたニャ」
「じゃあ、良かったら一緒に行く?」
「いいのかニャ、弧白さま!? やったニャ〜!」
「トモエはお留守番ね」
「ウニャ、はいですニャ」
ルンルンしながら、装備を整えるためにボックスへと向かうモル。
さて、残されるは三人と、そのオトモ。モルの準備が出来、それぞれの狩猟依頼をこなすため、出発口へと向かう。
「火垂、満さん」
「? はい」
「なんですかな?」
「メルシィさんも言ってたけど、どうか無茶はしないで」
「……はいっ!」
「弧白さんもですぞ〜」
「はいっ」
拳をぶつけ合い、それぞれのガルクに乗り、それぞれの方向へと走り出した。
*
三日後。ベルナ村でメルシィと別れ、海未はソテルの国へと到着する。入口前で降ろしてもらい、高いコンクリートの城壁を見据えながら、「ここがソテルの国かぁ」と呑気に呟く。
「それにしても、弧白さんたち大丈夫かな……まぁなんとかなるでしょ」
大きな城壁に見合わない小さな門の前には、憲兵が二人立っている。海未を見て「ようこそ、ソテルの国へ。観光ですか?」と問いかけてくる。
「こんにちは。そんなところです。えっと……これだったかな」
海未はカバンの中から、小さな星型の通行証を取り出して見せる。メルシィから貰ったものだ。憲兵はそれを見て「……! メルシィ・グラシアス様から賜った通行証でございますね。どうぞお通りください。お帰りの際も通行証をお見せ下さい」と、すぐに門を開けて通してくれた。
「……どんだけ顔広いの、あの人」
中に入ると、すぐに商店街に入る。商店街は賑わっており、あちこちで物や食べ物を売っているのが散見される。バルバレでは小さな露店をいくつか並べているのを見たことがあるが、海未にとってこれだけ大きい商店街とも言える街並みはドンドルマ以来だった。
あちこちキョロキョロと見ながら歩いていると、ふと一人の女性とぶつかる。お互いによろけた程度で済んだが、「す、すみません、よそ見をしていました」と海未はすぐに相手の怪我の有無を確認する。
「こちらこそごめんなさい! わたしもよそ見をしていたわ」
左側でサイドハーフアップにした、右側に前髪を流した黒髪に、青い瞳。見たことのない装備に身を包んだ、海未と大して変わらない身長のその女性は、すぐに顔をあげて頭を下げて謝罪をする。
「……って、あら? あなた、ハンターさん? 何処の方?」
「あ、私は……その、バルバレ出身です。今はエルガドの方でハンターをしていて。海未といいます」
「まあ! まあまあまあ! エルガドのハンターさんなのね! 私はベガ、ベガ=アルテア=ストラトスよ! よろしくね、海未!」
お互いに握手を交わす。ベガはニコッと笑い「ここでお話でもなんだわ、何処か入らない?」とそのまま海未の手を取って歩き出す。
「あわ……」
「ねえ、海未はお幾つ?」
「私ですか? 十八です」
「まあ、だいぶ年下だわ! 私は今年で二十三歳!」
「……あ、せんせいと同い年」
「せんせい? 良ければ、その方のお話も聞かせてくださらない?」
近くの食事屋に入り、各々好きなものを頼んで一息ついた後、「それで、せんせいってどんな方?」とベガが話を切り出す。
「んと、睡蓮って方で……」
「睡蓮? それって、あれかしら。ストレートの銀髪……白髪? に、淡い紫の瞳の、太刀使いの……」
「なんで知ってるんですか!?」
「やっぱり! わたし新大陸のハンターなんだけどね、睡蓮とは新大陸での同期なのよ! 大きくて綺麗な子よね!」
「新大陸での、同期」
「まさか睡蓮のお弟子さんと会えるなんて!
……あら? でも、聞いていたお名前とは違う気が……」
「あー……まぁ、はい」
濁した回答をした海未を見て「色々事情があるのね。その辺は無理に聞かないわ!」とニコニコ笑う。
「あの、その装備は……?」
「ああ、これ? これはエストレラシリーズよ」
「エストレラ……って、あのエストレラ?」
「あら、知っているの?」
「つい最近、とあるエストレラ族の方にお会いしまして」
「あはは! それって、メルシィ・グラシアスでしょ!」
海未はこの時点で察していた。
あ、この人もエストレラ族の人だ、と。
「闘技場の覇者ね、あの人はエストレラ族の中でも有名よ! グーシュファンドの方だけどね」
「皆知っている方なんだ……」
「少なくとも、ソテルの国の民はメルシィ・グラシアスの存在は皆認知しているわ。もちろん、わたしの存在も」
「……それにしては、注目を集めていないように思えますが」
「ええ、だって私はドンドルマ出身のエストレラ族だもの。ストラトス家なんて、ラストネームだけ国に精通してるだけでご先祖様以外誰も顔なんて知らないわ」
「ドンドルマ……弧白さんと同じだ」
「コハク、コハク……商家の息子さんで、そんな名前の子がいたような?」
「弧白さんもご存知なんですね」
「ドンドルマの民はほとんどが顔見知りよ。とは言っても、その弧白君とは知り合いではないけれどね。
ねぇ、あなたの話も聞きたいわ。あなた、私と同じ雰囲気がするの」
星のような青い瞳が海未を捉える。吸い込まれるほど透き通ったその瞳に、海未はどこか見覚えがあった。
そういえば、父もこんな目の色をしていた。やはりメルシィの言っていたことは正しいのだろう。
「私の話ですか……父がこの国出身ということくらいしか」
「まぁ! ということは、あなたもエストレラ族の末裔なのね!」
「その、ようです」
「あら? お父様から聞かされていないの?」
「メルシィさんから初めて詳しく話していただいたばかりで、まだ頭の整理がついていなくて」
「……なるほどねぇ。本当に何も知らなかった、と。ああ、私も知らないわよ?
エストレラ族は未来を視る力があるの。でも、そんなの御伽噺みたいでしょ? だから、周囲に話してもやっぱり信じて貰えないことが多いの。
それ故に、エストレラ族だということ自体を隠す人も多いから、その影響もあるんじゃないかしら?
海未は、未来を視る力はある?」
「私は無いです。人よりも勘がいいことくらいしか。
父は、何十年も、何百年も先の未来を視ていたみたいですけども……」
「ということは、外の者の血が混じっているのね。お父様は、わたしと同じ『天の子』かしら」
「あまのこ?」
「エストレラ族にはね、わたしみたいにたまにものすごい年数の未来を見通せる人がいるの。その人たちを『天の子』って呼んでいるんだけれども。お父様はきっと『天の子』なのね」
「ベガさんも……?」
「ええ。最近は視ていないけどね」
「それは、どうして?」
運ばれてきた料理を見ながら、ベガは答える。
「だって、ズルしているみたいで嫌なんだもの。それにわたし、運命は覆せるって、未来は変えられるって知っているの。だから視ていないのよ」
運命は覆せる。未来は変えられる。
その言葉は、海未にとって一種の救いのような言葉だった。
この人は自らの手で運命を変えた人なのだ。
「……なるほど」
お前たちは御伽噺の英雄になる。
同時に沢山の人を失う。お前たちはそれでも、英雄になりたいと願うか?
かつて、姉と共に未来を視て欲しいとせがんだ時に海門から言われた言葉だった。
英雄になんかならなくてもいい。名を馳せなくてもいい。
ただ、身近にいる人たちが生きていてくれれば、それで。
*
食事場を出た海未とベガは、そのままソテルの国内を見て回る。ベガもあまり来たことがないようで、あちこち見て回っては迷い、来た道を戻りを繰り返し、やがて見晴らしのいい展望台へと着く。ソテルの国を一望できる場所だ。
「わがままに付き合ってくれてありがとう、海未! とてもいいお話が聞けたわ! イルにお土産話として沢山お話しなくっちゃ!」
「いえ、私は何も」
「私はこの後ここを出て睡蓮に会いに行くのだけれど、海未は?」
「せんせいと会うんですね。私は明日までここにいようかなと。ところで、せんせいって今クリューテにいませんでしたっけ?」
「それがね、連絡を取り合って、ベルナ村で会う約束をこじつけたの!」
「ベルナ村で! 楽しんで」
「ええ、海未も楽しんで! ソテルの国は、国民がとっても優しい人ばかりだしいい所よ! 沢山の人に話しかけてくれると嬉しいわ」
そろそろ飛行船の時間だ。「じゃあね、海未! あなたに会えて良かったわ、ごきげんよう!」と、ベガは元気よく駆けて行く。見送った後、海未は遠い海の水平線に沈む夕日を見つめる。
「……」
……何を思ったのか、海未はベガの後を追いかけ始める。まだそう遠くには行っていないはずだ。
「ベガさん、私も一緒に行きます!」
「えっ、あ、あら!?」
通行証を見せ、門を出る。泊まっていた飛行船に乗り込み、海未はふう、と一息つく。
「き、急にどうしたの?」
「いえ、あの……せんせいに、用事が」
「睡蓮に?」
訳ありな顔をした海未に「……ちょっと面白そうかも」と何かを察したのか、ベガは微笑む。
「じゃ、一緒に会いに行きましょ! ここからなら明日には着くわね」
ふわり、飛行船が浮く。お嬢さん方ァ、中に入るか甲板に移動しな、と船員の声に、二人は飛行船の中に入っていった。
無性に団子が食べたい私です。
エルガド編最終話まであと4話くらいです。もう少しお付き合いいただけたらと思います