次の日、クエストボードの前に火垂が立っており、声を掛けると「お嬢、おはようございますっ! 先生知りません?」と近づいてくる。
「おはようございます。いえ、私は知らないです。来てないんですか?」
「そうなんですよ〜、まぁいつもの事でしょ! じゃあ今日は何狩りに行きます?」
「ちょ、ちょっと待って。いつもの事で済ませていいんですか? なんで心配しないんですか?」
火垂のあっけらかんとした発言に、海未は彼女の両肩を掴んで問い詰める。火垂はさも当たり前かのように「だって、いつもの事ですし、慣れてますし。先生は結構メンタル弱いんで、三ヶ月に一回はこういうことあります」と首を傾げた。
「そりゃ慣れてもくるわな。えっと、二人だけで行きます?」
「はいっ、多分三日くらい出てこないと思うので!」
「あの人どれだけ凹んでるの?」
横にいるモルが「モルはしばらく狩猟はお休みした方がいいと思いますニャ」と珍しくまともな正論を投げかける。
「……ごめんなさい、私、様子を見に行ってきます」
「あら、はぁーい! あ、お嬢」
「?」
「先生のこと、よろしくお願いしますね。多分ですけど、先生のことを動かせるのはお嬢しかいないと思うので。あと私には敬語要らないんで!」
「えっ、わ、分かり……分かっ、た」
「ふふっ。あっちにある、ダークオークの木製の家が先生の家です! 行ってらっしゃい!」
「えっと、うん。あり、がとう」
海未は踵を返して家の方向へ向かう。自身の家ではなく、弧白の家へ。チッチェが声を掛けてきたが、代わりに火垂が対応したようだ。彼女は今日はソロ狩りに行くのだろう。
「旦那さま〜、もう少しご自分の発言には責任を持った方がいいと思いますニャ」
「え? やっぱり昨日の事かな」
「モルはそう推察しておりますニャ」
何だか嫌な予感がして、海未は向かう足が少し速くなった。
* * *
ダークオークの落ち着いた色合いの、小さな木製の家にたどり着く。家自体の作りは古く、何年も前に建てられたもののようだ。貸家なのだろう。
試しにノックをしてみるが、返事は無い。それどころか、オトモアイルーのトモエすら出てこない。
「……寝てるのかな」
ドアノブに手をかけると───開いている。
「ウニャ、開いてるニャ」
「何と不用心なこと……」
そっと開けて中に入ってみると、ふわりと木の香りが鼻に通る。よそ様の家は、どの家に入っても慣れないものだ。家具や間取りなども変わっているため、やはり落ち着かない。
左奥にあるベッドで、布団にくるまり壁に向かって何かを呟いている弧白がいた。右奥では自分の武器の手入れをしているトモエがおり、主人の様子には目も当てていないようだ。
「トモエちゃん、お邪魔するね」
「……ニャ? ああ、海未さま。旦那さまでしたらそちらに」
「何があったか知ってる?」
「いいえ。トモエは旦那さまのプライベートには一切干渉は致しませんゆえ、何も存じ上げませんニャ」
「やっぱ干渉しないタイプか」
「プライベートを干渉しないということは、こういうことが起こった時に不便ですニャ〜。モルは旦那さまに付きっきりニャので、常大変ですニャ」
「私からしたらあんたなんてクソガキだよ」
彼に近づき、耳をそばだててみる。ボソボソと聞こえていた声がハッキリと聞こえるようになり、更に集中して聞いてみる。
「海未さんに……海未さんに「嫌い」って言われた……「嫌い」って、言われた……」
すすり泣く音と共に、壁に向かって永遠と繰り返しているその言葉に、海未は思わずその場で固まってしまう。
まさかだがこの男、私が言った一言でここまで落ち込んでいるのか?
「ほらみろ、言ったニャ」
「ど、どうしよう、私、そんなつもりじゃなくて」
モルの身体がベッドにぶつかり、その反動でモルがよろけて尻もちを着く。ウニャッ、と大きな声を上げたことに気づき、ゆっくりと弧白が振り向く。
「あれ、海未さん! すみません、気づきませんでした」
先程まで泣いていたのはどこへやら、弧白は布団を剥いでいつものように接し始める。その態度を見て、無意識に海未は別の人物と重ね合わせていた。
───まるで父のようだ。
そんな言葉は敢えて口に出さず、「あの、昨日はごめんなさい。その、そ、そんなつもりで言ったわけじゃなくて」と吃りながらも小さく呟いた。
これは怒られても仕方がない。それだけの事をした自覚がある。
「えっ、どうして海未さんが謝るんですか?」
「え?」
だが予想外の返事が返ってきて、海未は驚いて顔を上げる。何ら気にしていない様子の彼は「いやいや、しつこく話しかけてしまって、海未さんを不快にさせてしまったのは私の方なんですよ?」と愛想笑いを浮かべていた。
「いや、でも、私も言いすぎたと言いますか」
「いやいや、私の方こそ……」
「いやいや……」
ショートコントのようなやり取りを続けている二人を、「何やってんだあれ」といつの間に様子を見に来ていたのか、入口に寄りかかった火垂が呟く。隣にいるメルは、あぁまた海未の悪い癖が出ていますね、とジト目で二人の光景を見つめていた。
しばらく譲らなかった二人だが、埒が明かなくなったのか、それとも早く終わらせたいと思ったのか───真相は分からないが、今度は同時に「ごめんっ!」と頭を下げて謝り、頭同士が鈍い音を立ててぶつかり合う。
悶絶する二人を見て「マジで何やってんだ」と火垂は呆れたように呟く。メルは飽きたのか、床に散りばめられた砂埃を前脚で弄っていた。
「めっちゃいてぇ……」
「頭割れるかと思った……ええと、とにかくごめんなさい。少し言いすぎました」
「いいえ、大丈夫です。こっちもしつこく話しかけてしまってすみませんでした」
「その、他の人にはあんまりプライベートには干渉されたくなくて、そこだけ分かっていただけると」
「分かりました、次からはそうしますね」
一部始終を傍で見ていたモルは「旦那さまと弧白さま、ある意味そっくりニャ。ね、トモエさま」とトモエに問う。
「……確かにですニャ」
「え、そんなにそっくり?」
「俺と海未さんが?」
顔を見合せ「「ないない」」と同時に首を横に振る。
「シンクロしたニャ」
「見ていて面白いですニャ〜。さて、仲直りしたニャらやることは一つ! ひと狩りですニャ!」
「旦那さま、準備して行ってらっしゃいですニャ」
「えっ、今から?」
海未は既に火垂のいる入口へと歩いて行っており、「置いていきますよ」と、今度はいつもの乱暴な言い方ではなく、少し柔らかい口調で言い放ち、家を出ていった。
「うっし、いっちょ行きますか!」
急いで準備をして、弧白は家を飛び出す。
クエストボードの前で、火垂と海未がどれを受けようかとクエスト一覧を見つめていた。そこに加わり、あれがいいこれがいい、ついでにこれも受けようか、と話が弾んでいた時、「それなら、今緊急クエストが来ていますので、良ければいかがですか?」とチッチェがとあるクエストを提示してくる。
それはヨツミワドウ一頭の討伐。海未はこれを一瞥したあと「これでいいですか?」と二人に確認する。
「ヨツミワドウ? はい、構いませんよ」
「相撲取りする河童蛙じゃないですか! 懐かしいなぁ、ウツシ教官と行ったっけ」
「ということは、三人で一頭を? 海未さんはいいんですか?」
弧白の問いに、海未はクエストが書かれた紙を見つめながら「……久しぶりに、誰かと狩猟したくなったんです。ただそれだけです」と目を伏せた。
相変わらずぶっきらぼうではあるが、その言い方に棘がなく、弧白は無意識に安堵していた。
「ついにお嬢の本領が見れる!」
「やめてやめて、私大して強くないから」
「とか言って、ずっと一人で討伐していたんでしょう? 信頼してますよ、海未さん」
「はい、任せてください」
「さ、行きましょ! ヨツミワドウとか久しぶりに狩るなぁ〜!」
ルンルンしながら出発口へ歩いていく火垂を、海未と弧白は後ろからついて行った。
* * *
「やば、避けきれない……ッ!」
攻撃の後隙を駆られ、海未が後ろに飛んでいく。受け身を取り、上手くダメージを和らげる。連続で来たヨツミワドウの攻撃を、弧白が前に出てガンランスの盾で防いだ。
「助かります」
「これくらいどうって事ないです!」
「突進攻撃、来ます!」
「俺は盾で!」
弧白はもう一度、ヨツミワドウの攻撃を盾で防ぎ切る。弧白の後ろで翔蟲を使い、上に高く飛ぶ『櫓越え』をした海未は、双剣を逆手に持って下にいるヨツミワドウ一点を睨む。
彼女の左目に、蒼い炎が宿る。そのまま真下に連続で斬りつけを入れて、彼女が背後に回ったタイミングで弧白がガンランスを真正面に構え、しばし溜めて巨大な爆炎を放つ。それがトドメだったらしく、ヨツミワドウは大きな断末魔を上げながら地に伏し、そのまま動かなくなった。
「おぉっ、ガンランスの竜撃砲」
「間近で見ると綺麗な花火ですね〜!」
「き、決まって良かった……」
へたり座り込む弧白に、「先生、決まってましたね!」と隣に火垂が座る。海未はというと、平気な顔をして立ち上がり、ヨツミワドウから綺麗に剥ぎ取りをしていた。
「お嬢元気ぃ〜! どこからあんな体力出てくるんでしょう?」
「俺、もうそんな体力残ってねぇんだけど? 若いっていいなぁ」
「先生も十分若い方では? まだ二十一でしたよね?」
「十六のお前に言われたくないわ」
「あれ? じゃあお嬢はお幾つで?」
「さぁ?」
海未の目に宿っていた蒼い炎は、いつの間にか無くなっていた。
───あれはなんなんだ?
海未が使う双剣は、体力の消耗が激しい武器である。それに加えて、『疾替え』と呼ばれる特殊な技を使いこなし、翔蟲を使って宙を舞ったり、アクロバティックな技を繰り出す事が出来る。先程海未が繰り出していた連続で斬りつける技『鬼人空舞』も疾替え技の一つだ。
弧白はエルガドに来てしばらく経つが、海未のように目に蒼い炎を宿す者は見た事がない。それどころか、自分が同じように双剣を持ち、鬼人化をしたところで、彼女のような蒼い炎は出ないだろう。
「双剣使いってすげー……」
「いきなりどうしたんです、先生?」
「いや、俺も新大陸で双剣使ってたけど、海未さんみたいには立ち回れなかったからさ」
「私も双剣使う時はありますが、お嬢みたいな立ち回り方は難しいですねぇ。そういえば、お嬢の鬼人化ってどうして蒼色なんでしょう?」
「私がどうかしました?」
剥ぎ取りが終わった海未が近づいてくる。「海未さんの鬼人化、どうして蒼色なんだろうって話をしてたんですよ」と弧白が代弁すると「ああ……」と納得したように呟く海未。
「あの、逆に蒼色じゃない方を見た事がないんですが」
「え?」
「え、それって蒼色しか出ないってことですか?」
「はい。疾替えを変えた時も色は変わりません。バルバレの時も、鬼人化は蒼色でした」
疑うような眼差しを向ける弧白に、ならば証拠をと海未が双剣を構え、先程のように逆手に持って身体に力を込める。自身を強化する『鬼人』を宿した状態だ。再び蒼い炎が左目に、身体に蒼いオーラが現れ「えっと、今が朱で……」と海未がもう一度力を込めるも、依然として炎やオーラは蒼いままだ。
「これが蒼です」
「変わってない!」
「やっぱり蒼しか出ないってこと? というか海未さん、その目の炎はなんですか?」
「鬼人化中は勝手に出てきます。解除する以外に引っ込め方が分からないし、視力や見え方にも支障はないので、放置してます。……そろそろいいですか? 発動しているだけでも結構疲れるんですよ」
双剣を通常通り持って鬼人化を解除すると、風が吹いたかのように音もなく炎が消える。蒼色の左目が、いつもの煤竹色に戻った。
「というか逆に聞きますけど、炎出ないんですか?」
「いやいや出ませんよ! だから話してたんですよ!」
「お嬢の鬼人化はちょっと変わったものなんですねぇ」
「そうなんだ。よく分からないけど、変わったことはあまりないし大丈夫だよ」
「ならいいですが……無理しないでくださいね、海未さん。少ししんどそうですよ」
「ああ、はい……少し、疲れました」
火垂の隣に座り、長いため息を零す海未。後ろに手を付き、上空を見上げると、「お腹空いた」と一言呟いた。
「早めに帰って休みましょ!」
「そうするか」
「帰ったらお風呂入って速攻寝る」
「お嬢、お腹すいてるならまずはご飯ですよ! ご飯食べに行きますよ!」
「分かってるよ、分かってるから、引っ張らないでよぉ……」
途端に元気になった火垂に、空気の抜けた風船のように引っ張られる海未。最終的に海未は火垂に背負われ、ズダダダダダと音を立てながら二人は先に行ってしまった。
「……若いって、元気だなぁ」
気だるそうに弧白も立ち上がり、歩いてその後を追うのだった。
寒くなってきましたね〜。私の地元はもう一桁気温です(マジ)
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