月日が経ち、季節は涼しい夜が所々現れ始めた夏の終わり。この日は火垂の個人的な用事で、カムラの里に戻っていた。弧白はやる事があるからとエルガドに残り、オトモ達もお休み。珍しく海未と火垂の二人だけでの行動になった。
「お嬢、カムラの里に来るのは初めてですか?」
「いいや。滞在した事はあるよ」
「えっ、あれ? そうなんですか?」
「うん、ここにいるハンターさんの自宅をお借りしてね」
賑わいを見せるたたら場前を歩きながら、海未は懐かしそうに辺りを見渡している。
「じゃあやっぱり、私がエルガドに来たタイミングでカムラの里にいたんですね……」
「滞在してたのも半年前とかそこらだよ?」
「その頃には私エルガドにいますね! 先生をとっ捕まえてました!」
「とっ捕まえてって……」
やはりやることは奇抜で大胆だな……と、内心海未は思うのであった。
「あの、海未さん!」
ふと後ろから話しかけられ、海未が足を止めて振り返る。そこには一人の少年がいた。作りたての真新しい双剣を背中に担ぎ、「俺、海未さんに憧れてハンターになりました! お願いします、双剣を教えてください!」と少年は頭を下げた。
「お嬢に憧れて、ですって! 凄いですねぇ」
「ま、眩しい……」
ウッと目を伏せるようにして手のひらを目元に当て、海未は一歩後退りをする。
「教えてって言ったってねぇ。動きくらいしか教える事が出来ないけど、それでもいいなら」
「スキルでしたら、狂化とか、龍気変か───いてっ!? いったぁ〜……」
「ごめん、火垂はちょっと黙って」
双剣の柄で頭を思いっきりどつかれ、火垂は頭を抑えてその場にうずくまる。
「……よし、まずは修練場行こうか」
「はいっ!」
「あっ、待ってくださいよぉ……いてて」
* * *
「ところで君、名前は?」
道具ボックスから少年と同じ双剣を取り出しながら、海未が尋ねる。
「レイっていいます! 十三歳です!」
「レイ……いい名前だね」
海未は笑い、フォルティス・グラムを仕舞って巨大なからくり人形へと歩いていく。レイも後ろをついていき、「海未さん、いつもの双剣は?」と首を傾げた。
「同じ双剣じゃないと、長さとかも違うし参考にならないでしょ? だから、今日はフォルティス・グラムはおやすみ」
「なるほど!」
「お嬢、私も教えてください!」
「火垂は教える必要ないでしょ」
「そんなぁ……お嬢の弟子になりたかったのにぃ」
「火垂には弧白さんがいるでしょ? 彼に教えてもらいなよ。私はろくな教え方しないよ」
海未はからくりの後ろ側をいじくり、電源をオフにする。まさかそんな事をするとは思わず「お嬢何してんの?」と火垂が思わず素で発言するほどだった。
「レイ、まずは組み手しようか」
「く、組み手!?」
「基礎はウツシ教官から教わっているでしょ? 本気でかかってきてよ。もちろん、鬼人を使うのもOK。私の身体に一度でも双剣を当てられたら勝ち」
「う、海未さんはどうするんですか?」
「私? 来た攻撃を受け流すくらいで、後は何もしないかな」
「それだとつまんないです! 海未さんも本気で……あ、いや、本気は俺が勝てないから……ご、五割! 五割くらいで!」
「えぇ〜、絶対吹っ飛ぶよ? あんまりやりたくないんだよ、「せんせい」とウツシ教官に怒られるから……」
「お嬢、ウツシ教官には私から伝えておきますね! というか本人来てます」
横にいるウツシを指さす火垂。そこには目をキラッキラに輝かせているウツシが腕を組んで立っていた。
「やぁ海未ちゃん! 俺の愛弟子と組み手をしてくれるんだね!? さぁ愛弟子よ、海未ちゃんにどんどん攻撃を叩き込むといいぞ! 海未ちゃんはちょっとやそっとの攻撃では全く怯まないからね!」
なんで横にいるんだ、つかやっぱうるせぇ。
そんな事を思いながらも「あ、せっかくだから……ウツシ教官、しばらく経ったら私に合図くれませんか? 反撃するので」と反撃の合図を頼む事にした。
「よぉし、任せなさい!」
レイが双剣を構え「行きます!」といきなり鬼人化をして高く飛ぶ。
「……お」
「でやぁぁぁ!」
ギィンッ、と双剣同士がぶつかる甲高い音が響く。
「えっ、抜刀してなかったのに、いつの間に……!」
それを片方の剣で悠々と受け止め、横に受け流す。その隙に鞘に収め、レイの攻撃を受け止める。攻撃の手を止めず、繰り返し海未に向けて双剣を振りかざすレイを見て「おぉっ、若いっていいなぁ〜!」と火垂が羨ましそうに呟いた。
「愛弟子、キミも若いだろう?」
「三歳の差は大きいですよ〜! それにしてもレイ君、動きが繊細でいいですねぇ」
「この前組み手した時に、見てください! って意気揚々と見せてきたんだ。もう鬼人化を使えるようになったのかと聞いてみれば、「海未さんに憧れて、彼女の過去のビデオを何回も見返した」と言っててね。いやぁ我ながら立派に育ったものだよ……! 教官、うれじいッ!」
「なるほど〜! お嬢も流し方が上手だなぁ、どこかでやっていたのかな……?」
一方海未は海未で、攻撃を流しながら自身の修行時代の事を思い出していた。
海未には「せんせい」と呼んでいる師匠なる人物がいる。若くして名を馳せた太刀使いの女性だったのだが、海未はそんな師匠に組み手で勝ったことはたったの一度しかない。それ以外は全て返り討ちにされて負けており、今でもあの時一瞬の隙を狙って討てたのは偶然だと思えるくらいに、彼女の剣さばきは異常なまでに巧みであった。
せんせいもこんな気持ちだったのかなぁ。
今、そんな師匠の立場で、当時の自分のような存在を相手にして、海未は初めて師匠の気持ちが分かったような気がした。
そしてやはり、彼の鬼人化は赤色であり、目に炎など宿ってすらいない。自分の鬼人化がいかに特殊かが分かる瞬間でもあった。
「はぁっ、はぁっ……な、なんで一回も当たらないんだ……!?」
しばらく攻撃を受け流していると、鬼人化が切れたレイが息を切らしながら海未を見つめる。ケロッとした様子で「どうしたの? もっと攻撃してきてよ。まだ一度も当てられてないよ?」と海未が薄ら笑みを浮かべ、肩に双剣を乗せて言う。
さて、いつでも反撃出来るように準備運動しておかないと。
「まだまだ! うぉおおお!」
海未はまだ一度しか抜刀をしていない。ウツシや火垂、普段相手にしているモンスターとかならまだしも、ハンターになりたての人間相手なら抜刀する方がかえって相手を傷つけてしまうリスクが高い。そう思うと、あまり抜刀して組み手というのは少し怖い。
「海未ちゃん」
ふと、ウツシに呼ばれる。横目で彼を見ると、ニッコリと笑って何か手でジェスチャーをしている。まるで鞘から剣を抜くかのような、そんな仕草だ。
「存分に暴れていいよ」
抜刀して、反撃しろ。
ジェスチャーの意味はそういう意味だと、海未は確信した。正気かと言いたくなったが、ここは指示に従うしかない。
「……どうなっても知りませんからね!」
鞘に歯を立て、そのまま抜刀する。残った鞘を双剣で左右に飛ばすと、海未が連撃を叩き始める。もちろん、最低限の実力で。
「……ッ!?」
レイの身体がどんどん後ろに押されていく。双剣を通して、振動が、衝撃が、直接レイの身体に響いてくる。
反撃の余裕が無い。隙もほとんど無い。回転した隙を狙って反撃してみるが、ノールックでもう片方の剣に防がれる。
「甘いねぇ、隙だらけだ」
剣が交わる金属の音が修練場に響く。ギィンッと音を立て、レイの双剣が勢いよく弾かれる。バランスを崩し、転倒する。いつの間にか首に彼女の双剣が来ていた。海未が少しでも動かせば、レイの首は即飛んでしまう、そんな距離だ。
レイは海未を見る。青みを帯びた煤竹色の左目が、逆光を帯びて不気味に光っている。彼女は笑っている。笑っているのに、どこか恐ろしい何かを感じる。思わず喉を鳴らしてしまうほど、彼女の瞳は美しく、そして不気味で恐ろしかった。
「はい、そこまで」
ハッとして海未が双剣を戻す。代わりに手が差し出され、「大丈夫? ごめんね、怖かったでしょ」と、改めて彼女を見た時には普段の海未に戻っていた。
レイは海未の手を取って立ち上がろうとしたが、腰が抜けているのか立ち上がれなくなってしまった。
「あれま、腰が抜けてる」
「俺が運ぼう。怪我はないかい?」
「全然大丈夫です! 腰が抜けてなければ、続きを所望してました!」
「勘弁して」
海未がお手上げといいたげに両手を上げ、その場に座り込む。
「……強い。やっぱり、海未さんは強いです! 海未さん、師匠って呼んでもいいですか!?」
「ああ、それはやめて欲しいかな。上下関係はあんまり好きじゃないの。ただ、カムラに帰ってきた時ならいつでも教える事は出来るから、その時は声掛けて」
「分かりました、海未さん!」
「若いっていいですねぇ〜」
火垂が呑気に歩きながら呟く。
「最年少のくせに……でも気持ちは分かる。私も腕が落ちたと思うよ」
「ふふっ。ところでお嬢、さっきの連撃、五割も出てませんよね?」
「だって、五割も出したらこの子吹っ飛ばしちゃうもん。あれはうーん、二割くらい」
レイも、先程の彼女の連撃が本気では無いことを分かっていた。
自分が映像で見た彼女は、もっと速くて、もっと重い。吹っ飛ぶよ、と言っていたのは冗談では無かったと、レイは痺れる両手を見ながらひしひしと感じた。
「今日はありがとうございました、海未さん!」
「え、もういいの?」
「はいっ、海未さんに色々教えて貰うのは、俺がもう少し強くなってからにします!」
「その心意気、花丸ッ! さぁ帰ろう、愛弟子! 今度は俺と組み手をしようじゃないか!」
「はいっ、ウツシ教官!」
ウツシに背負われ、修練場を去るレイを見えなくなるまで見送る。電池が切れたようにぱったりと倒れ「弟子持つとか絶対無理」と海未が不満を漏らした。
「いいじゃないですか、弟子! お嬢にも師匠みたいな人はいたんですか?」
「いたよ。というか、今でもいるよ。ミツネ太刀使いの人」
「えっ、太刀使いなんですか!? しかもタマミツネの太刀! 紹介してくださいよーっ、お名前はなんて言うんですか!?」
「睡蓮《すいれん》。紹介は……うーん、会った時にでも。とは言っても相手はギルドナイトの人だし、年一くらいしか会わないんだよね」
「ギルドナイトさん! 治安維持活動をしている団体ですね!」
火垂が隣に座り、太刀を鞘から抜いてクロスで拭き始める。それを見ようと、海未は起き上がる。
「ギルドナイトってどんなお仕事してるんでしょう?」
「……聞かない方がいいよ。って、せんせいいないよね!?」
不安になったのか、キョロキョロと辺りを見渡す海未。いないことを確認し、安心したように一つ息をついた。
「神出鬼没だから、たまに聞かれてることがあるんだよね」
「そんなに神出鬼没なんですか?」
「うん。噂話してたらだいたいいる事が多い。今はいないけど」
「へぇ〜。どんな見た目なんですか?」
「灰色がかったストレートの白髪で、淡い紫色の目をしてる背の高い人。前髪で左目が隠れかけてたっけ。だいたい愛想笑いしてる」
「なるほど、なんだかミステリアスそうな方ですね」
「そう。滅多に怒らないんだけど、私せんせいの事を一度だけ本気で怒らせたことがあるんだよね」
立ち上がり、道具ボックスに向かい、フォルティス・グラムを取り出す海未。それを背中に担ぎ、また戻ってくると、火垂の隣に再び座って同じく手入れをし始める。
「えっ、何したんですか?」
「……してはいけないこと、かな」
「ありゃ。そういえば、お嬢はどうしてハンターになったんですか?」
海未の手が止まる。まずい質問だったかと訂正しようとした時、「……忘れた」と彼女の口からポツリと零れた。
「そんな事あります?」
「あるんだよね、これが。思い出そうとしても、他のことが邪魔してきて上手く思い出せないの、ごめんね」
「……?」
言っている意味がいまいち分からず聞き返そうとしたが、「ところで火垂、用事は済ませなくていいの?」と海未が話題を変えてくる。
「用事……あっ!」
「忘れてたな。私はここにいるから、行ってきなよ」
「すみません! 行ってきますーっ!」
太刀を仕舞い、ズダダダダダと大きな音を立てながら走り去っていく火垂。同じように見送った後、海未はフォルティス・グラムに視線を落とす。凹んだ部分を指でなぞり、海未は誰もいない修練場で一人呟いた。
「……ほんと、なんで私ハンターやってるんだろう。もう『終わった』のに」
* * *
「お嬢、先生! ガレアス提督がお呼びですよ!」
次の日。弧白が海未と話していると、火垂が走って駆け寄ってくる。
「ガレアスさんが? 一体何用?」
「なんだろう、新しいクエストとかですかね?」
「行ってみないと分からないっぽいし、行きますか」
三人で近くの指揮所に足を運ぶと、広い木製のテーブルを囲む二人の姿があった。一人はワインレッドの頭髪をした王国騎士の女性、フィオレーネ。
「……来たか。すまないな、急に呼び出してしまって」
もう一人は、背の高い銀髪の男性、ガレアス。海未はフィオレーネにハグをかましており、「お姉ちゃんみたいな匂い……」と顔を埋めていた。
「ふふ、お嬢可愛い。あんな一面もあるんですね」
「ちょっと意外だな」
ガレアスが咳払いをする。気づいた海未が離れ、彼の話を聴こうと耳を傾ける。
「……天より来たる赫い星、それは大地を滅す絶望の星。天彗龍の特殊個体が現れた」
「天彗龍……バルファルクの特殊個体っ!?」
火垂の声色が途端に明るくなる。嫌な予感を察知した弧白が顔を顰めるのを、海未は横目で見ていた。
「そうだ。奇しき赫耀、とでも呼んでおこうか。
……今この地で絶望と対峙できるは貴殿達のみ。我らが英雄達よ、天彗龍を討伐しこの大地を救ってほしい」
「もちろんですともっ! 行きます、行かせてくださいっ! お嬢、私がキャリーします! 行きましょう、バルファルク!」
異名として「銀翼の凶星」。海未のその名は聞いたことがある。……というか、上位クエストで一度対峙したことがあるのだが、フォルティス・グラムとは相性が悪く、撃退はしたがあまり相手にはしたくないモンスターである。
「すごい勢い。私は構わないけど」
横目で弧白を見ると「俺もいいですよ」と言いつつも、依然として嫌そうな顔をしている。得意では無いのだろう。
「すごく嫌そうですけど、大丈夫ですか?」
「正直言うと、すごく行きたくないです。だけどガレアスさんの頼みですし、さすがに断れないですよ」
「お人好しですね。私も同じだから何も言えないけど」
「……無事なる帰還を」
「はいっ、行ってきます!」
ルンルンで準備をしに向かう火垂を「付き合わされるこっちの身にもなってくれよ〜……」と肩を落として歩いていく弧白。それを見ながら、海未も後ろをついて行こうとした。
「海未殿」
ガレアスに呼び止められ、海未は振り向く。
「?」
「……良き仲間が出来たな」
「仲間……そうなんでしょうか。私は今でも、一人でやりたいと思ってますよ」
「……貴殿の過去は、おおよそバルバレのキャラバンの団長から聞いている。そう思うのも気持ちは分かるが……もう少し、共に狩猟をしても良いのではないか?」
「そうですね。その時が来るまでは」
踵を返し、海未は指揮所の階段を降りるのだった。
あれだけ嫌がっていたマルチに慣れている自分自身が、恐ろしく感じる。
あれだけ人と接することを拒んでいた自分自身が、今こうして人と一緒に狩猟をしている。それを「楽しい」と内心感じている。
海未にはそれが、たまらなく気持ち悪くて、嫌で仕方がなかった。
彼女が何故こうも複数人での狩猟を嫌うのか。
それが分かるのは、もう少し先のお話である。
1章終了。更新をお楽しみに!
寒くなってきているので、みなさまも体調にはお気をつけて……!私の地元はもう一桁気温です
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2025.10.10 加筆、修正