奇しき赫耀
地面に転がる大きな海竜の死骸。荒く息を切らしながら、私は渓流の洞窟内で一人佇んでいた。
血に塗れた双剣を布で拭い、目の前の死骸を見つめる。元凶……とは言い難いが、こいつが全てを引き起こしたのは間違いない。
こいつらは戦う度に知能を高くしていっている。
なのに、私は一歩も前に進めてはいない。
もし神がいるのなら問いたい。
「……どうして」
どうしてこうなったのか、と。
* * *
「バッルファッルク〜、バッルファッルク〜!」
「……火垂、もしかしてバルファルク好き?」
「はいっ! 大好きなんですっ! さ、行きますよぉ、バルファルク! ヒャッホー!」
「わぁ、すっごい元気」
「俺、もしかしたらキャンプ送りにされるかも」
「そんなに苦手なんですか?」
「苦手という訳じゃあないんですが、持ち武器のガンランスと相性が悪くてですね」
「ああ、それは仕方ないですね。って、バルファルクって龍属性通らないじゃん。フォルティス・グラムはおやすみか。どうしよう、何持とうかな……?」
「そっか、フォルティス・グラムは龍属性の武器ですもんね」
「そうなんですよね。うーん、何かあったかな……?」
道具ボックスに小さな身体を半分突っ込み、中をがさごそし始める海未。
「旦那さま、中に落ちないように気をつけるニャ」
「分かってる、大丈夫だよ……お、これにしようかな」
中から引っ張り出したのは、刃部分に桜の模様が入った刀のような双剣。フォルティス・グラムを仕舞っている海未を見つめていると、弧白は双剣の刃の根元辺りに何か書いているのが見え、目を凝らして見てみる。
「「ミカド」……?」
小声で呟いたそれは、どうやら海未には聞こえていないようだ。新しく取りだした双剣を背負うと、「……なんか違和感」と双剣を見ながら海未は呟く。
「狐双刃アカツキノソラですね。タマミツネの素材から作れる武器です。ご存知ありませんか?」
「いや、知らないです。この武器、実は前にいたハンターさんが、次に来たハンターが楽に生活出来るようにって残してくれたもので、私が作ったものじゃないんですよ」
「なるほど、だからか」
「だからか、とは?」
服のホコリを払い落としながら、海未は聞き返す。
「いえ、海未さんのフォルティス・グラム、年季が入っていたものだったので、もしかしたら誰かから引き継いだものなのかなと思っていて」
「ああ……あれは父親のものであって、ハンターさんのものじゃないですよ」
「えっ、お父さんの?」
「はい。逆に言えば、双剣は今までフォルティス・グラムしか使っていません」
だから知らなかったのか。
弧白はここでようやく納得がいった。彼女が背負っていた双剣は父親のものだった、そしてそれを使い続けていたから、年季が入っていた。
ならば、「ミカド」というのは誰のことだ?
───まさか、父親?
「……ふっ、どんな顔?」
海未は目を細め、少し微笑む。弧白は頬を膨らませ「どんな顔ってなんですか!」と抗議する。
「すみません、面白い顔だったもので」
「俺、そんなに面白い顔してましたか? まぁ海未さんが笑ってくれてるならいいか。もう一回笑ってください!」
「嫌です」
背を向け、海未は火垂の元へ向かう。「お嬢は小動物みたいですね!」と海未を小動物のように抱き上げて出発口に向かう火垂を見て、弧白は飲んでいたお茶を吹き出してしまった。
* * *
「ふっふふ〜、楽しみだなぁ〜っ」
オトモガルクの朧に乗りながら、火垂がルンルンとしながら独り言を零す。明らかにやる気を落としている弧白を見て「大丈夫ですよ、多分」と海未がフォローに回り、彼の肩にポンポンと手を置いた。
海未の経験上、バルファルクは動きがハッキリしていて戦いやすい方では? と感じていたが……ガンランスとは相性が悪いという弧白の話を思い出し、まぁ私も経験あるし、嫌な顔するのも当然か、と自分の苦手なモンスターで例えて自分を納得させた。
「ねぇ火垂、どうしてバルファルクが好きなの?」
「お嬢、よく聞いてくれました! あれは上位クエストに行った時のお話……私はそのモンスターを見てビビッときたのです! かっこいいと、そう思ったのですっ! それがバルファルクなんですっ!」
「うん、余程好きなんだなってことは伝わった」
「火垂、バルファルクの事となると止められないからな……」
「まぁ、私も別のモンスターで同じことありましたし、人の事は言えないのですがね」
「海未さんも好きなモンスターがいるんですか? 気になります」
「もういないですよ。私が全員殲滅したから」
「エッ……」
「お嬢、先生! バルファルクが見えてきましたよ!」
火垂が指をさしている方を見ると、大きな銀の竜モンスターが辺りを見渡している。火垂は一目散に突っ込んでいき、手始めに太刀で一つ小突くと、たちまち大きな咆哮を轟かせるバルファルク。そのまま一人で戦っている火垂を見て「手馴れてるなぁ」と海未が呟く。
「あいつ、バルファルクと火力のために生まれたような存在なので」
「ひっでぇ言いよう。でも、太刀と相性は良さそうですね」
「あいつが上手いだけかと……さ、俺らも行きましょうか」
ガンランスを手に構え、バルファルクに突っ込んでいく弧白。その様子を見て、海未は無意識に自身の過去の記憶と重ね合わせていた。
そういえば、あの時は四人だったっけか。討伐しようとしたモンスターは違ったものの、誰か彼か一人は対象のモンスターに対して得意な者がいたような気がする。
「……いけない。やらなくちゃ」
双剣を構え、海未もバルファルクに向かっていく。海未に向けて翼を勢いよく出したバルファルクの動きに合わせて櫓越えをし、空中で鬼人化を発動して鬼人空舞をお見舞いする。
「おぉっ、お嬢かっこいいーっ!」
「さすが海未さん……っとぉ!」
尻尾まで斬り尽くした後、海未が体勢を整えている間に弧白が次の攻撃を受け止める……はずが、ガードが間に合わなかったのか軽く吹っ飛ばされたのが見えた。
「……っ」
海未の動きが止まる。
双剣を持つ手が震えている。
モンスターが怖い? いいや、違う。理由は他にあった。
「っが……!?」
途端に繰り出された尻尾攻撃を避けきれず、海未はもろに食らって吹っ飛ばされる。受け身を取ったおかげで軽傷で済んだが、鋭い痛みにしばらく起き上がれずにいた。もし受け身を取れていなかったら……その先は考えたくもない。
「海未さん、大丈夫ですか!?」
弧白が駆け寄ってくる。海未は軽く血反吐を吐きながらも何とか立ち上がり「大……丈夫です。まだやれる」と掠れた声で呟くように答えた。
そう、大丈夫。あの時とは違う。二人は実力も経験も豊富なプロハンターだ。
だが、もしものことを想像してしまうと、やはり怖い。いつもよりも動きが鈍っていることを、海未自身も感じていた。
火垂の一撃でダメージが入り、バルファルクが仰け反り倒れる。起き上がれないのか、のたうち回っているバルファルクに、火垂は容赦なく攻撃を叩き込んでいく。
「……すごい火力」
いや、脳筋火力バカなだけか。
そんなことを思っているうちに、バルファルクが起き上がろうとする。
「させませんっ!」
すかさず桜花気刃斬で叩き、ズバズバズバと連続して斬る音が遅れて響く。ダメージが蓄積され、バルファルクはまた仰け反り倒れる。いわゆるはめ殺しだ。
楽しそうな火垂を見ながら、海未は隙を見て砥石で双剣を研ぎ始める。同じく隣でガンランスを研ぎ始めたのを見て、ああやっぱり、と海未は確信した。
「気づきましたね、海未さん」
「はい。あの子に任せていいなって思いまして」
「やっぱりそうですよね。俺も途中から気づいたんですよ」
彼の場合は苦手な相手だからなのかもしれないが、考えることは同じなのだなと、海未は感じた。
だいぶ痛みが引いた海未は砥石を仕舞い、翔蟲を使って一点を集中攻撃する『螺旋斬』を叩き込む。上手く弱点に直撃し、硬い肉を削ぎ取れた。討伐まであと三割といったところだろうか。
「お嬢ナイス!」
「俺も負けてらんねぇ!」
「先生は何を張り合ってるんですか!?」
本当だよ、とツッコミたい衝動を抑え、海未は慣れない双剣で上手く立ち回ろうと試行錯誤をする。
右翼を勢いよく前に出すバルファルク。若干左に軌道が逸れたのが見えた海未は、前転回避で薙ぎ払いを避ける。
「だいぶ読めてきた。もう怖くない」
「お嬢ってあれですよね、モンスターの動きをよく見ていますよね!」
「確かに、海未さんは洞察力がすごい」
「そんな事ないですよ。見ていると段々分かってくるだけで……って、お?」
バルファルクが空に飛んでいく。エリア移動かと思いきや、沢山の赤い彗星を落としてきて、本体も同様に真っ直ぐとこちらに向かってくる。
狙いは海未だ。
「お、来ましたねぇ! お嬢、襲撃です! 狙われてるんで緊急回避してくださいね!」
「えっ、私なの?」
もはや当たり前かのように言われ、海未は自分自身を指さす。弧白も向かってきているバルファルクを見て「この角度は……海未さんだね。緊急回避か高台に逃げるかしていれば大丈夫ですよ」と笑った。
「じゃあ高台に」
武器を仕舞い、海未は二人とは逆方向に走り出す。野良の翔蟲を一つ引き寄せ、素早く高台へ避難して地面に伏せる。
───途端、物凄い衝撃と赤い光が海未の背後を照らす。ドッッと凄まじい音がエリア内を包み、轟音で大きな耳鳴りが海未を襲っていた。
しばらく動けず突っ伏し、そんな耳鳴りがようやく収まった頃に顔を上げる。
どれくらい突っ伏していただろう、と起き上がったタイミングで、火垂の手によってバルファルクが討伐されてしまった。甲高い咆哮を最期に残し、大きな翼が地に伏せる。太刀を仕舞い、火垂はふんすっとバルファルクの前でドヤ顔をしていた。
「あっお嬢! 討伐しましたよ!」
「海未さん、しばらく突っ伏したまま動きませんでしたけど、もしかして気絶していました?」
「分からないです……すみません、昔から耳鳴りの耐性が全くなくて」
二人は……特に火垂はかすり傷が所々ある以外はほぼ無傷であり、弧白もさして大きな怪我は無い様子であった。
「分かります! うるさいですよねぇ!」
剥ぎ取りをしながら、火垂は陽気に笑う。
「「……もうこの人一人でいいんじゃないかな」」
意図せず弧白と揃ったその言葉に、海未は彼と顔を見合わせる。なんだかおかしくて、お互いに顔を見合わせて笑った。
* * *
「ただいま、帰ったよ」
海未が自宅に着くと、晩御飯の準備をしていたモルが火を止め「旦那さま、おかえりなさいニャ!」と駆け寄ってくる。服についた砂埃を払い落として中に入ると、「海未さま、なんだか浮かない顔をしておりますね? 何かございましたニャ?」と、いつもと違うことに気がついたのかルームサービスが声を掛ける。
「ああ、大丈夫です。少し考え事をしていて」
「それはそれは……ワタクシめはあえてお聞き致しませぬ、ご安心くださいですニャ」
「助かります。って言っても……」
太ももをポカポカと叩き「教えるニャ! 隠してもボクは分かるニャ、旦那さまがその表情をしている時は大抵考え事じゃ済まないでっかい何かを抱えていることを!」とモルが怒り心頭で叫ぶ。
「モルさまが暴いてしまうのですね……」
「そういうこと。分かった、分かった、話すから! 痛い痛い、そこ今日ぶつけた所なんだってば、勘弁して」
「む、なら良しニャ。はい、そこに座るニャ、脱ぐニャ」
「はいはい……」
モルに従い、指定された椅子に座り、防具を脱いでインナー姿になり、代わりに裾の長いローブを取り出す。あちこち擦り傷や打撲が出来ており、モルはそれを丁寧に数え始めた。
「一、二、三……今日は多いニャね〜。一体なにを狩ってきたんですニャ?」
「数えないで。バルファルクだよ、二回目とは言えど動きが読めなくて、尻尾攻撃一発食らった」
「ニャ〜、脇腹の痣はそれかニャ。過去にも同じ位置に食らってるんだから、無茶は禁物ニャ」
「ごめん。分かったよ」
笛を取りだし、旋律を奏でるモル。本来戦闘時に使う旋律と、それとは別の特殊な旋律と、合計二つの旋律を吹き終わると、いそいそと治療に取り掛かる。
「モルのそれ、いつ聴いても凄いよね。全く痛み感じないもん」
「傷口だけに通用する、麻酔のようなものニャ。旦那さまはいつも痛がるからニャ」
「ごめんって……」
「それで、何があったニャ? モルに話すニャ」
消毒液を染み込ませたガーゼを傷口に当てながら、モルは問い詰めるように言う。海未はそんな彼に申し訳ないなと思いつつ、彼に隠し事は出来ないのを知っているため正直に打ち明けるとことにした。
「小春達のことを思い出してさ、どうしても集中できないというか」
「ああ、あれかニャ。どうして急にまた? でも、思い出すのも不思議じゃないかもニャ〜。今の旦那さまは一人では無いからニャ」
「そうそう。どうやったら二人が楽に狩れるかじゃなくて、どうやったら二人を護れるかをずっと考えてて。でも双剣じゃあどうやったって護れやしないし、どうしたらいいのかなって」
自身の腹を見る。左の脇腹には、過去に受けた古い大きな傷跡が痛々しく残っている。自然と顔を顰めた海未を見て、モルは治療の手を止める。海未の手を取り「大丈夫ニャ。お二人は強いのでしょう?」と首を傾げた。
「うん、二人とも強いよ。少なくとも、私よりもずっと。
信用していないわけじゃない。ただやっぱり、まだ克服できていないみたい」
「自分に出来ることを考えて、ゆっくり克服していくニャ。大丈夫、モルもついてるニャ」
「……ありがとう」
治療を再開するモルを見て、海未はまた考えに耽ける。
海未は過去に、複数人の狩猟で人を亡くした経験がある。不可抗力ではあったものの、その時の光景は未だに忘れることが出来ない。左脇腹の傷も、その時に受けた攻撃で出来た傷だった。
どうしてなのだろうか。
どうしてまだ、克服出来ないのだろうか。
一生付きまとうものなのは、海未も分かっている。だが彼らと三人で狩りに行く度に『もし、またあの時のようになったら』と頭のどこかで考えてしまう自分がいる。
そんな自分自身が、海未は大嫌いだった。
「はい、終わりニャ」
「ん、ありがとう。晩御飯食べよっか」
「はいニャ。ルームサービスさんもどうですかニャ?」
「よろしいのですかニャ? では、お言葉に甘えて」
作業の手を止め、片付けを始めるルームサービス。海未はテーブルを用意し、モルが運んできた料理を後ろから覗き込む。
「おっ、アオアシラの肉」
「この前狩って冷凍していた余りニャ。今日はビーフシチューにしたのニャ〜。もちろん、旦那さまのは少なめニャ」
「ありがとう。いただきます」
「メルさまもどうぞニャ〜」
装備を外してもらったメルは、ありがとうございます、と大皿に盛られたビーフシチューを食べ始めた。
「モル、ほんと料理上手になったよね」
「え、えぇーっ、旦那さまが褒めるだなんて!」
「本当の事を言ったまでだよ。凄いね、ありがとう」
優しく頭を撫でてやると「ウニャ……照れるニャ」と嬉しそうにしながら肉を頬張った。
晩御飯を食べたあとは、いつものように武器の手入れ、風呂、じゃれあいをし、あっという間に寝る時間。
布団に入り、高い枕に頭をぽすんと預けると、視界には何も無い木製の天井が映る。それに割り入るようにモルの顔が映り「……ふふ、近いよ」と横に寝返りを打った。
「旦那さま、何かあったら絶対ボクに言うニャ。壊れてからじゃ遅いニャ」
「うん、分かった。ありがとう」
「その態度は絶対分かってないニャ」
彼女の左額に伸びるように出来た古傷が顕になる。モルはそれを彼女の前髪でそっと隠した。
「?」
「なんでもないニャ。おやすみニャ〜」
「うん、おやすみ」
海未にそっと頬擦りをして、モルが腕の中に潜り込む。それを確認して、海未も眠ろうと目を閉じた。
更新遅くなってすみません
第二章始まりました!引き続きよろしくお願いします!
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次回の更新は、10月12日昼12時です。
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