救済したいよな?
皆!丸太は持ったか!
行くぞおぉぉぉぉぉ!
事件から日付が変わり、朝。
十分な休息の取れた私は今、セイアと1対1で、トリニティ内の教室にいた。
セイアが人払いを済ませていて、ここの近くには誰もいない……そんな場で、セイアは私と腹を割って話したいと言い出した。
どうやら、生徒の救助は全員終わったらしく……今は混乱を治めると同時に、アリウスの次の襲撃に備えている。
「さて、先生……初めまして、というべきかな?私は君のことを覚えているが、君は私のことを覚えていないだろうから」
“どういうこと?”
「なに、以前会ったことがある……それだけのことさ」
このキヴォトスに来てから色々な場所を歩いてきたけど、セイアと会ったのはこれが初めてのはず。
一体、どこで……
“そういえば、セイアは身体の具合は大丈夫?”
「ああ、問題ないさ。少し私も色々あってだね……本来であればまだここには来れなかっただろうけれど、ある『契約』のおかげで無事にここに戻って来れた」
“契約……もしかして、それはゲマトリアとの?”
思い出されるのは、セイアが私に言った言葉。
その中でも彼女はゲマトリア、とはっきりと口に出して言っていた……つまり、彼らを知っている。
そして、重体だったセイアが無事に戻るための『契約』……そんなものができるのは、ゲマトリアしか……
「いや、私はゲマトリアとの契約はしていない。関わりがないわけではないが、互いに『知っている』という程度のものだろう。そもそも私はアリウス、ひいてはその裏にいたゲマトリアに暗殺されかけたからね、手を結ぶことはあり得ないというものさ」
“……確かに。なら、一体……?”
「私が契約したのは、『月乃カオリ』だ。彼女の力は私のものと相性が良くてね」
“っ!カオリが……!”
月乃カオリ。
私を庇って……古聖堂に、置き去りにしてしまった……瀕死だった生徒。
救助が全員済んだと言ったけれど、彼女は……彼女だけは、見つからなかったらしい。
おそらく、アリウスに連れ去られてしまったんだろう。
そしてあの怪我は、おそらく、もう……サオリの、言ったことが本当なら……
“……私は、先生失格だ。大事な生徒に庇われて、助けることもできなかった”
「……何があったんだい?」
“…………実は”
セイアに聞かれ、私はカオリについての全てを話した。
ミサイルが降ってきて、カオリに庇われたこと。
カオリが巨大な瓦礫に下半身を潰され、助け出せなかったこと。
そして──置いて、逃げて、死んだと聞かされたこと。
“…………私は、先生である資格がないよ。生徒を、見殺しにして……私が生き残っていいはずがない”
「先生……」
もはや、俯くしかない。
今回の事件が片付いたら……
けれど私の話を聞いたセイアは、悲観ではなく……驚いたような顔をしていた。
「先生、カオリが死んだのかい?本当に?あの、殺しても死なない娘が?その目で見たかい?遺体を回収したかい?」
“……いや、確認したのはアリウス分校の生徒だけど……”
「なら、まだ彼女は
セイアは、そう確信したかのように私の目を見て宣言する。
セイアの『予知夢』はアズサの話にも出てきていた、ゲマトリアに狙われる原因となった力だろう。
たしかホシノも、事件の後……黒服に『キヴォトス最高の神秘』だとか何とか言われたと私に話してくれた。
ゲマトリアは、生徒が持つ超常的な力を狙っているのか……?
「月乃カオリはビルゲンワース啓蒙学院において最も力のある……言うなれば秘術師だ。彼女のもつ様々な力は、たとえ致命傷ですらも即座に治し、小規模な星の爆発を生むこともできる……奇跡のような業。それは先生も見たはずだ」
“……”
「であれば、こうは考えられないだろうか。『月乃カオリは、今もどこかで生き延びている』、と」
“……!!”
「彼女が今、どこで、何をしているのかは私にもわからない。しかし先生、彼女は然るべき時に必ず現れるだろう」
“そっか……そうだね。その筈だ”
セイアの言葉で、心の靄が少し晴れた。
今、落ち込んでいることなんてできない。
こうしている間にも、誰かが苦しんでいる……それはトリニティかもしれないし、ゲヘナかもしれないし……アリウスかもしれない。
それでも、私は託された以上、然るべき時までまだ全力を尽くすしかないんだ。
「先生、私はかつて、君に問いを投げかけた。『楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか』。私はかつてこの問いに対して、証明できない楽園に価値はないと思っていた……しかし、今は違う」
「楽園の存在は証明できない……だから、その楽園を『信じて』、為すべきことを為す……そう気がついたんだ。先生、君は……『信じる』ことができるかい?」
“うん、もう、大丈夫。セイアの言葉で目が覚めたよ……ありがとう”
先生の目に、光が宿る。
先生として、生徒を導くための大人として。
やらねばならないことをやるために、彼は未来を見据えた。
ハッピーエンドを、目指すために。
***
「なぜ正義実現委員会はゲヘナとの戦闘を行っていないのですか!?今こそ、宣戦布告を行い……然るべき罰を受けさせるべきです!文書は!」
「宣戦布告文書、できました!」
「良し、ではすぐにでも……!」
ティーパーティーの教室にて、慌ただしく動く一団があった。
彼女らはティーパーティーの制服に身を包み、しかし上品さを欠いている。
それは、急がなければなにか機を取り逃がしてしまう、とでもいうように……
しかしそこへ、一人の人物が走り入ってくる。
「待ってください!」
「な、浦和ハナコさん!?どうしてここに!?」
「宣戦布告は校則上、ホスト無しでは宣言できない筈です。だれがホストを担っているんですか!?それに映像を見たでしょう、相手はゲヘナではありません!!あれはきっと、アリウスが操っている別の何か──
「捕らえてください」
──なっ!?」
ハナコがティーパーティーへと抗議するが、複数人に囲い込まれ拘束されてしまう。
彼女たちは皆、ハナコに何かされたら困るという雰囲気で、力強く彼女を押さえつけた。
「浦和ハナコさん、こんなことになってしまって残念です。映像は確かに確認しました……あの正体不明集団『ユスティナ聖徒会』、あれがシスターフッドと関係があることなどわかります。だからこそこうして動こうとしているのです……」
「ミサイルの発射地点についても、確かにトリニティの自治区内でした。アリウスが地下カタコンベを通じて私たちの自治区に侵入した……確かにそういう可能性もあるでしょう……」
「ですがそもそも、シスターフッドとアリウスが手を組んでいた可能性は?あそこまで徹底的な秘密主義集団です、それくらいはできても不思議ではありません……私たちパテル分派はこの危険な事態に対し、迅速に対応することを決めました」
毅然とした態度で、さも当然自らが正しいというかの如く語る彼女。
この教室にいた一団は、紛れもなくティーパーティーの中でも過激派……パテル分派と呼ばれる集団であった。
「私たちの決定に反対、或いは判断を留保したフィリウス分派並びにサンクトゥス分派については、既に身柄を拘束しています」
「なっ……クーデターですか!?」
「いえ、そもそも私たちにはまだ正式なティーパーティーホストの資格がある方……パテル分派の首長、聖園ミカ様がいらっしゃいます。あの方を解放し、本来のお望み通りゲヘナとの全面戦争を始めるのです……既に彼女は、隣の部屋へ移してありますから。ハナコさんも、ご覧になられては?」
「っ……!」
ハナコは連れられるまま、隣の部屋へと案内される。
しかしその間も、彼女は思考を続けていた。
思い出すのは、セイアとの再開後のこと。
『すまない、ハナコ。心配させたね』
『本当ですよ、セイアちゃん……でも、無事で良かったです。早速、事態を収めるためにセイアちゃんに活躍してもらいたくって……』
『いや、ハナコ……それは少し待ってくれないかい?事情があってね、まだ私が戻ってきたことは伏せて欲しいんだ』
(おそらくセイアちゃんが戻ってきたことを伏せたのは、こうなることを予見していたから……!今、セイアちゃんが帰ってきたことを言うのはやろうとしていることを台無しにしてしまう可能性が……!)
そうこうしている間に目に映るのは、部屋の中央で椅子に座らせられているミカ。
まだ拘束はつけられているものの、それもいつでも外せるように刑務官が侍っていた。
パテル分派を取り仕切っていた生徒が、ミカへと口を開く。
「わざわざご足労をありがとうございます、ミカ様。現在、トリニティは────」
「うん、大体わかってる。で、ここのみんなは何?まさかとは思うけど、ゲヘナに宣戦布告しようとか考えてたり?」
「はい、その通りです!今こそゲヘナのやつらを消し去るチャンスかと!」
「あなた様が望んでいた通り、ゲヘナとの全面戦争を……!」
「さあ、今すぐトリニティ全域に戦闘命令を……!」
そう口々に、主戦派の生徒たちが叫ぶ。
しかしそれを、ミカは一瞥した後……
「あはっ!みんな記憶力いいね。うん、私はゲヘナが大っ嫌いだよ。で?だから何?どうしてそんな命令を欲しがってきたわけ?」
「……は?」
「他の派閥を押さえたんでしょ?宣戦布告の手続きとかもういらないじゃん。今すぐゲヘナに殴りかかれば良いのに、自分たちの代わりに怒って、命令してくれーって……何それ、面白いことするね?」
「それはどういう……」
「うん、私はゲヘナが嫌いだよ。機会があれば、どうにかしてやりたいくらいにはね……でもさ、今の私はあんまりそういう気分じゃないんだよね。だから悪いんだけど、早く私のお部屋に戻してもらえない?」
あっさりと、拒否の姿勢を露わにしたミカに対して、主戦派の面々は口が塞がらないほどの衝撃を受けていた。
今が最も大事な場面で、ゲヘナを叩き潰せるチャンスだというのに……目の前の少女は、自分たちが自由に使える少女は、従わないと言い放ったのだから。
「……今がどれだけ重大なタイミングなのか、分かっていらっしゃるのですか?それを、たかが気分の問題で……!」
「『たかが』?何言ってるの、それが一番大事なことでしょ?私は私の気持ちの問題でゲヘナが嫌いなの。そのことの何が悪いのさ、別にその裏に隠された目的なんてないんだよ?……こんな状況で宣戦布告なんて別に要らないって分かってるよね?なのに自分たちの代わりに憎んでくれだなんて、変なこと言って……もう、早く帰してよ」
「なんだと?」
「お耳掃除でもしてあげようか?命令されなきゃ憎むこともできないの、って言ってるの」
「この、言わせておけばっ……!!世間知らずのお嬢様が!わざわざ牢屋から出してきて、自由にしてやるって言ってるのに、調子にのって……!!」
複数人がミカを囲い手を振り上げた瞬間、乱入者が一人現れる。
それは、ピンクの髪に、正義実現委員会の制服を見に纏った、小さな少女……下江コハルだった。
偶然に偶然を重ね、本来の動きから少しずつズレた結果、彼女は道に迷ってここに来ていたが……結果的にそれは、ミカを救うことになる。
「な、何してんのっ!?こんな、大勢で!いじめるのはダメっ!こんなの、私が許さないんだからっ!!」
「……!」
「コハルちゃんっ!」
声を上げたことで、コハルがハナコに気がつく。
そして、ハナコが拘束されているのを見てしまった。
まさかコハルまで巻き込まれると思っていなかったハナコは、顔を青ざめさせる。
「ハナコ!?どうして捕まってるの!?放しなさいよ!」
「うるさいやつだ……!関係ない、全員やってしまえ!」
ハナコ、コハル、そしてミカに銃が突きつけられる。
そして、引き金が引かれそうになった、その時────
「待たせてすまない」
────ティーパーティーの生徒たちが構えていた銃が、全て、
黄金の閃きが、場の全てを一瞬にして黙らせる。
「あ、あなたはっ!?」
「そんな、行方不明だったはず……!!」
「セイア様、どうしてここに……!!」
「……セイアちゃん……!?」
「すまない、捕えられていた分派を解放するのと君を探すのに手間取ったよ、ミカ」
白銀の剣を携え現れたセイアの姿に、ミカは絶句する。
もう二度と、会えないと思っていたのに。
どうせなら、ここで罰を受けてしまおうと受け入れていたのに。
まるで、騎士様のように……助けに来てしまったのだから。
「パテル分派には、今回クーデター容疑がかかっている。後ほど通達が来るまで、君たちを拘束させてもらうよ」
「なっ!?」
開け放たれた扉から正義実現委員会が現れ、主戦派を取り囲んだ。
それは学内のどこでも、クーデターを企てていた生徒たち全員を。
「君たちももう大丈夫だ、彼女たちについていくと良い」
「は、はい……!」
「……ありがとうございます、セイアちゃん。コハルちゃん、行きましょう」
「うん!」
ハナコとコハルも無事に保護され、セイアはミカへと向き直る。
正義実現委員会に拘束を外されたミカは、その場に座り込んでいた。
セイアは目を合わせるようにミカの顔を見たが、ミカは目線を逸らしてしまう。
「なんというか……久しぶりだね、ミカ」
「あー……えっと……その……久しぶり……」
「どうしたんだいミカ、いつもの君らしくない。もっと悪びれもせず元気なのが君だろう?自分勝手で、あんまり何も考えていない上に衝動的で、欲張りで、時に自傷的な君はどこに行ったんだい?」
「い、いいすぎじゃない!?せ、セイアちゃんだって理屈っぽくてネチネチしてて人を怒らせる天才じゃん!っ……!」
慌てて口を押さえ、顔を逸らすミカ。
その表情には、罪悪感がありありと出ていて……しかし、同時にどこか喜ばしさも混じっているようにセイアは感じられた。
セイアはふっと口を綻ばせると、ミカを引っ張り上げて立たせれば、その瞳には涙が溜まっていた。
「はは、口は減らないものだね。ミカはやはりミカか……」
懐かしむような顔をしたセイアに、ミカはついに感情が決壊する。
大粒の涙と共にセイアの手を払いのけると、ミカは絞り出すように声を発した。
「ちょ、ちょっと……なんで、私に優しくするの?私は、セイアちゃんのことを……」
「……私は君がやったことについて恨んでなんかいないさ、ミカ。君は悪くない、悪いのは君を裏で操った者なのだから」
セイアが、ミカを抱きしめる。
その言葉に、ミカは次第に嗚咽を漏らし……セイアを、抱き返した。
「……ごめん、ごめんね……本当にごめんっ……こんなにバカで、ごめん……」
「……」
「もう一度、セイアちゃんに会いたかったっ……ずっとずっと……謝りたかったっ……」
「ああ……私も、君に会いたかった……私も、君に謝りたかった……!ずっと、君のことを理解できなくて……すまなかった……」
いつしか部屋には二人の啜り泣く声だけが、響いていた。
***
“ヒナ、ちょっと良い?”
時間は遡り、二日目、昼。
ゲヘナ側陣地にて、先生はヒナの元を訪ねていた。
「先生、ここに来ていいの?こちら側は私たちで……」
“いや、ヒナに用があって……少し、話せるかな”
「……分かったわ。アコ、少しお願い」
「はい!」
ヒナを連れ立ち、先生は人目のつかないところへ移動する。
そして、周囲に誰もいないことを確認すると……頭に『?』を浮かべたままのヒナに向かって、口を開いた。
“ヒナ。私はここに、お礼を言いに来たんだ”
「お礼……?どうして、先生を助けたことについてなら、気にしなくていいわ。それは当然私がやるべきことだもの……間に合ってよかった」
ヒナは笑みを浮かべるが、その顔には疲れが見える。
どうやら寝ずに仕事を続けていたらしい彼女に対して、先生はゆっくりと笑い掛けた。
“ううん。いつも頑張ってくれてありがとうって”
「……っ!」
“ヒナは、ずっと頑張ってるから”
「……」
“それを言いたかったんだ。だから、休んでもいいよ。私が暫く、ゲヘナの業務を受け継ぐから”
「そ、それは……でも……」
“でも?”
ヒナが言い淀んだ時、緊張の糸が切れたかのように彼女の身体が崩れる。
慌てて先生が受け止め、太ももを枕にして横にすれば、ヒナは赤面し顔を逸らした。
“やっぱり、限界だったね”
「私、は……」
眠たそうな瞼に手を添え、先生はヒナを寝かしつけようとする。
最初は少し抵抗しようとしていたようだったが、やがてヒナはおとなしく受け入れるようにしたようだった。
少し呼吸が整い始めた頃、ヒナは少し目を開け、眠たそうな声をあげる。
「私は……小鳥遊ホシノみたいにはなれない……」
“ホシノ?”
「……アビドスの生徒会長、その遺体を発見したのは、小鳥遊ホシノだった。すごく、ものすごく大切な人だったはずなのに……彼女はそれを乗り越えて、今もずっとアビドスで戦っている」
“……”
「先生を、助けることはできた……けれど、もしあの時に間に合っていなかったら……その時、私は……そう考えてしまうの」
“……”
「いつも、分かってもらえなくても……私だって、頑張っているのよ……」
“……そうだね。ヒナは偉いよ。いつも一人で頑張って、頑張って、頑張り続けてる”
“いつも、よく頑張ってくれて……ありがとう”
「……ふふ」
ヒナはそう静かに笑うと、ゆっくりと先生の手の温かさに癒されながら目を閉じる。
やがて静かな寝息が聞こえ始めた頃、先生はそっとヒナを撫で、ゆっくりとその場を離れたのだった。