日付も変わり、時刻は未明。
ゲヘナでの業務を一夜越しになんとか終わらせ、起きてきたヒナに再び引き渡したあと。
先生は、トリニティの本校舎へと戻ってきていた。
しかし、校門の前に人がいることに気がつくと、その足は止まる。
同時に、校門の前にいた三人の生徒……ヒフミ、ハナコ、コハルも、先生へと近づいてきた。
彼女たちは、何やら思い詰めた様子で……先生へと助けを求める。
「先生……アズサちゃんが……」
“……”
「アズサちゃんが、一人で戦っています……まだ、一人でずっと……居場所が違うんだ、って……カオリちゃんが……死んでしまったのは、アズサちゃんのせいだって……それで私、何もわからなく……」
「こんな大変なことになってしまって……もう、私みたいな普通の学生にできることなんて……どうすれば、アズサちゃんを……だって、私は……」
ヒフミが俯く横で、ハナコはどう声をかければいいのかわからない様子であり……
そんな様子を見かねたコハルが、大きく息を吸った。
「あーもう!!立ち位置なんて関係ないでしょ!!わ、私は知ってる!!一人でいることとか、置いてかれることとか、それがすごく悲しいって!だから、アズサを一人にさせられない……!」
「……はい。そういうのは、寂しいですからね」
“ここまでずっと、ヒフミが引っ張ってきてくれた”
「っ、……?」
コハル、ハナコ、そして先生。
三人が、順々にヒフミへと思いを告げる。
「私は頑張った。でもその陰で、あんたがたくさんの面倒なこととか、部長として色んな事をしてくれてたのも……そのおかげで頑張れたのも、ちゃんと知ってる」
「そうですよ。ヒフミちゃんが諦めずにいてくれたから、私も今こうしてここにいられるんです」
「コハルちゃん、ハナコちゃん……」
“みんなの努力はもちろんだけど、ヒフミがここまで頑張ってくれたから、たとえ平凡でも、自分たちの目指すものを諦めなかったから……だから、大丈夫。どうしてもわからないときは、私もいるから。今はダメだとしても、一緒に悩んで、相談して、解決しよう”
「……はい、ありがとうございます……!」
皆の言葉に、再び俯いていた顔を上げるヒフミ。
その表情は決意に満ちていて、たとえどのようなことがあろうと決して諦めないであろうことは容易に理解できた。
「私もちゃんと学びました。諦めません、いつまでも悩みません。私は、私にできることを……!アズサちゃんを、助けに行きます!!」
ヒフミの宣言が、全員に行き渡り。
彼女たちは、まだ朝日が昇る前の闇夜へと、姿を消した。
***
空は曇天、夜の間に降り始めた雨が止まず、いまだ朝日が昇らぬ時間帯。
爆心地……古聖堂には、各々の勢力が集まり始めていた。
中心には、『ユスティナ聖徒会』と、それを従えた『アリウス分校』の生徒たち、そしてそのリーダーたる『アリウススクワッド』が。
それに対抗するように戦闘していたアズサと、窮地を救いその背を支えたヒフミ、ハナコ、コハルに先生……つまりは『補習授業部』の面々が相対し、更にはヒフミの要請を聞きつけて現れた『覆面水着団』こと『アビドス廃校対策委員会』もまた、アリウスの前に立ちはだかっていた。
北側には、先生に面倒を見てもらったことにより万全の状態となった『空崎ヒナ』率いる『風紀委員会』が。
南側には、シスターフッドと共に部隊を再編成し復帰した、『剣先ツルギ』率いる『正義実現委員会』が。
そして西側には、帰還した『蒼森ミネ』率いる『救護騎士団』と『トリニティ自警団』、合流した『イズ・ガスコイン』と『月乃ヒトミ』……そして『百合園セイア』と『聖園ミカ』が。
それぞれの形でアリウスへの包囲網を完成させ、しかしアリウスもまたこの包囲網を破壊せんと緊迫した雰囲気を漂わせていた。
その中心で、ヒフミは心の内を吐露する。
「殺意ですとか、憎しみですとか……それが、この世界の真実ですとか……それを強要して、全ては虚しいのだと言い続けてましたが……」
「それでも、私はアズサちゃんが人殺しになるのが嫌です……カオリちゃんが、死んでしまったことを認めるのも嫌です……そんな暗くて憂鬱なお話、私は嫌なんです。それが真実だって、この世界の本質だって言われても、私は好きじゃないんです!」
「私には、好きなものがあります!平凡で、たいした個性もない私ですが……自分が好きなものについては、絶対に譲れません!」
「友情で苦難を乗り越え」
「努力がきちんと報われて」
「辛いことは慰めて、お友達と慰め合って……!」
「苦しいことがあっても、
「そんなハッピーエンドが私は好きなんです!!」
曇天が、徐々に晴れてゆく。
雨はいつしか止み、空は次第に明るくなっていく。
キヴォトスの夜が、明ける。
「誰がなんと言おうとも、何度だって言い続けてみせます!」
「私たちの描くお話は、私たちが決めるんです!」
「終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです!」
「私たちの物語」
後光が、ヒフミを照らす。
それはまるで、世界が彼女を祝福しているかのような。
全てを侵す夜の雨は、悍ましく誘う夜の闇は、灰色の世界は、彼女の陽光のような眩さの宣言と共に消え去った。
それは、まるで、
「まさか、貴様っ……!これはっ……!」
サオリが何かに気がつき声を上げると同時。
包囲網の南側で、それを見ていたセイアとミカもまた声をあげる。
「わーお、すごいねあれ!どうやったの!?」
「元々エデン条約は連邦生徒会長が作るはずだったもの、しかし連邦生徒会長は失踪し、代わりに超法規的組織である『連邦捜査部S.C.H.A.L.E』が発足した……つまり先生は、自らを連邦生徒会長と同じものとして、条約を再発行したのさ」
「うわーずっるい!けど、『大人のやり方』って感じだね!」
「ああ」
先生の宣言により、エデン条約は改めて発行された。
これにより、アリウス側に異変が出始める。
「……リーダー、ユスティナの統制がおかしくなってる」
「っ……!!知ったことか!!ハッピーエンドだと!?ふざけるな!そんな言葉で、世界が変わるとでも!?」
「それだけでこの憎しみが、不信の世界が変わるとでも言うつもりか!?何を夢のような話を……!」
「……っ!」
「っ!!知った!!ことかぁぁぁぁ!!!!」
サオリの叫びと共に、ユスティナ聖徒会がざわめき……一際巨大な
それはアンブロジウスと呼ばれる、太古の強者の一体。
しかしそれに、先生と生徒たちは怯むことなく立ち向かっていった。
***
時を同じくして、包囲網を作っていた各地の勢力が動き出す。
ぎひゃ、けひゃ、きはははははは、ギャハハハハハハハ!!!!
「逃れることはできない」
「戦場に、救護の手を!!」
「セイアちゃん、剣なんて使っちゃって本当に騎士みたいだね?というか、なんでそんなの使ってるの?」
「ふふ、これは……行方不明だった間に手に入れたものでね、形ある約定のようなものなんだ。安心してくれ、ちゃんと布で覆って斬れないようにしているさ」
「そういうことではないんだけどな〜?」
連合となったゲヘナ・トリニティの猛攻により、ただでさえ不調なユスティナ聖徒会は数を補給できず蹴散らされ、アリウス分校の生徒たちは次々と倒されていく。
「サオリ……もう諦めて」
「ふざけるなっ!!どうして、どうしてお前だけ……!!私たちは一緒に苦しんだ、絶望した!この灰色の世界に!全てが虚しいこの世界で、お前だけが意味を持つのか!お前だけがそんな、青空の下に残るのか!」
サオリの慟哭が、虚しく空へと響く。
それは、憎悪というよりも……諦観と、絶望に染まった、悲痛な叫び声。
「全てを否定してやる!お前がトリニティで学んだこと、経験したこと、気付いたこと!全て、その全てをっ……!!全ては虚しいのだから!!」
「……たとえ虚しくても、私はそこからまた足掻いてみせる。
アズサが補習授業部と、そして先生と共に、ついにサオリを下す。
アリウススクワッド自体にまだ戦う力はあるもののそれも僅か、このままでは逃げることも不可能となるだろう、そう考えたサオリは、ついに最後の手段を取るに至った。
「まだだ、まだ古聖堂の地下に、あれが……!」
サオリが駆け出し、古聖堂の地下へと逃げ込んでいく。
追おうとした補習授業部だったが、彼女たちにも少なくないダメージが残っていた。
さらに現れるのは、未だ残るユスティナ聖徒会。
これを突破しサオリを追いかけるため、アズサと先生は他の生徒たちに援護を任せて古聖堂の地下へと走る。
***
古聖堂の地下でサオリに追いつく。
すでに満身創痍のアズサとサオリの睨み合いは、サオリが遂に倒れたことにより決着となった。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ……」
同時に、アズサも倒れ伏す中、最後に現れたのはアリウススクワッドの仮面の少女……アツコだった。
「私たちの負けだよ、アズサ」
「だ、ダメだ、姫!喋ると、
「大丈夫、もう全部終わりだから。それにどちらにせよ、
「……」
「帰っても、殺されるだけ。だから、一緒に逃げよう。アズサが教えてくれた……いつからか持っていたこれは、私たちの憎しみじゃない。この憎しみを、私たちは習った。それからずっと、私たちのものだと思い込んでいた」
「……」
「トリニティに対しても、ゲヘナに対しても、
「姫……」
アツコが、サオリに手を差し出し。
サオリが、アツコの手を掴もうとした、その時────
ガコン
どこからか、重たい木材が動くような音が、したような気がした。
それと同時に、空間の
今まで静謐だった地下空間が、重く、苦しい、圧迫したものへと変質する。
「素晴らしい……知性と品格、礼儀と信念、そして培ってきた経験と知恵……やはり、そなたならば……」
「私の『崇高』を、理解してくれるに違いない……!」
ゲマトリア、マエストロはどこかの廃れた教室の一角で、そうつぶやいた。
それに呼応するかの如く、世界に新たなる……
「まさか、あの『教義』が完成した……?これは、レベルが違う……」
「どういうことだ……」
先生たちの眼前の地下空間が、
岩盤が崩れ去り拓かれたそこにあったのは、古い古い廃聖堂。
そこに、エネルギーが集中する。
「先生、早く逃げないと……」
アズサが先生に言うが、当の本人も、サオリも、アツコだって、この場から急いで逃げるだけの体力は残っていなかった。
先生が懐に手を入れ、『大人のカード』を取り出した。
それは光り輝き、辺りへと希望を振りまきながら……その神秘が、世界に働きかけ始める。
「おお、おおおおっ……!」
「そうか、あれが例の『カード』……!人生を、時間を対価として得られる力……その根源も限界も、私たちですら把握できない不可解なもの……!!」
「嗚呼、ゴルコンダならあれをどう呼称しただろう……何か高次元的な表現を教えてくれたのであろうか……」
「見せてくれたまえ、先生。そなたが払ってきた代価を……そうして手に入れたものの輝きを……!っ、いや、まて、これは……!?」
先生の『カード』を目にし恍惚と喋っていたマエストロだったが、その言葉に焦りが混じる。
持っていた観測機器が、自身の感覚が、最大限の警鐘を鳴り響……否、
慌ててマエストロが地下空間内へと移動すれば、そこには
凄まじい風が地下空間内を吹き荒れる。
それは霧を伴って世界を隔離し、先生たちのいる空間から外への影響を遮断した。
悍ましくも、どこか優しく、包み込まれるような……そんな気配が、辺りに満ちる。
カタコンベの、いくつもの開かれた階段……その一つの上に、光を背にし人影が現れた。
そして同時に、声が響く。
「先生、死にたくなければ力を使いすぎるなよ。あれは貴公の手に余る」
その声は、決して聞くはずがなかったもの。
その気配は、もう二度と感じることがなかったはずのもの。
その身体は、絶対に動くことがなかったはずのもの。
しかしそれを見たアズサは、その目を見開いて絶句し。
アツコとサオリは、信じられないといった表情で彼女を見上げ。
先生は、『だったはず』を覆されても満面の笑みで彼女を迎えた。
狩人、月乃カオリ。
死より
古聖堂の中で覚醒した『教義』が、カオリと先生を脅威と見做し、咆哮する。
それは不完全ではない、
だからこそ、彼女はその後始末をする義務がある。
「産まれてそうそうすまないが……消えてもらうぞ、被造物」
「ヤーナムの狩りを知るがいい」
先生のセリフの選択肢風特殊タグは作成者であるMinus-4(まいなすよん)先生より使用許可を頂きました