セイア無事ルートなので、ミカも成長できます
暗黒面に落ちちゃダメだよ!
ミカの牢へとやってきた先生とセイアは、中から響く綺麗な音色に気を引かれた。
それはキリエと呼ばれる讃美歌であり、トリニティでは礼拝の時間に流れるもの。
もうとうにその時間は過ぎていたが、彼女はこれを幾度も流し続けていたようだった。
やがて先生とセイアが牢に近付けば、ミカも気がついてその音楽を止めたのだった。
「あ、セイアちゃん、先生!来てくれたんだ!」
「やあミカ。君が呼んだんだろう?資料はできたかい?」
「うん、バッチリだよ!いやーつかれたー、資料つくりなんてホントに面倒くさくってさ」
ミカはそういうと、ヒラヒラと何枚かの資料を振ってからファイルにしまう。
それは明日の聴聞会で使う、自己弁護のための原稿であったり、それに使うための資料であった。
「にしてもミカ、君がキリエを作業中に聞くなんてどんな心変わりだい?君はこういうものは退屈だと言いそうなものだが」
「うん、私はこの曲あんまり好きじゃないよ?『ご慈悲を』とか『憐れみたまえ』とかさ、どうして見えもしない存在に縋らなきゃいけないんだーっていつも思うの」
「仮にも一分派のトップだった人間が言うセリフではないね」
「まあね。でも歌自体は好きだよ?歌詞は微妙だけど……それに今は、見えない存在にも縋りたい気分ってやつなの!ね、先生!」
“そうだね、色々不安だと思うから”
ミカは今、セイアやナギサとちゃんと話し合って、しっかりとわだかまりを解消した上でここにいる。
彼女の自罰的な面も、セイアやナギサとのすれ違いも、彼女たちがきちんと『話し合う』ことでわかり合い、手を取り合い、皆でもう一度頑張ろうと前を向くことができた。
だからこそミカは自分で罪を抱え込み退学の道を選ばず、聴聞会に出席することを決め、努力している。
「……うん、資料は問題なさそうだ。私の証言と合わせれば、完全に問題なしとまではいかないが相当罰は軽くなるはずさ」
「……うん、よかった」
セイアが資料をチェックし、問題ないと太鼓判を押す。
安心したミカが資料を受け取り、明日使うバッグにしまおうとしたその時──セイアの身体が、突然に崩れ落ちた。
「ぐっ!?」
「セイアちゃん!?」
“セイア!?”
膝をついて目を押さえたセイアだが、駆け寄ろうとしたミカをすぐに手で制した。
そして自身は神秘を操りつつ、ミカと先生を落ち着けるため口を開く。
「っ……予知夢が何かと繋がっただけさ、私は大丈夫だ」
「大丈夫って……そもそも、今寝てないのに予知夢っておかしいよ!一旦休んで!」
「いや、問題ない……唐突だったから驚いただけで、身体に異変はないんだ。力を得たことで、最近は寝ていなくても予知が見れるようになってね……」
「それはそれでダメじゃんね!?」
とりあえず一旦椅子に座らせつつ、ダメそうなら救護騎士団を呼ぶということでひとまずセイアは夢に集中してもらうことになった。
ミカと先生が不安そうに見守る中、セイアが見ていた景色は────暗い、暗いどこかだった。
***
暗闇に、一つの円卓が置かれていた。
それはこのキヴォトスのどこか、あるいはキヴォトスですらないどこか。
その空間に、幾人かの異形……
一人は、コートを身に纏った、首のない大柄な存在。
その腕に抱かれた額縁には、シルクハットを被った男性の後ろ姿が映し出されている。
一人は、タキシードを身に纏った、マネキン人形のような存在。
その頭部は双頭であり、身体を動かすたびに木の軋む音が重く響く。
一人は、ドレスを身に纏った、長身の存在。
赤肌であるその女性の頭部は、瞳が無数についた翼で覆われている。
一人は、スーツを見に纏った、一般的な背格好の存在。
身体は影のように黒く無機質だが、唯一右目とそこから伸びる亀裂だけが眩く光っていた。
彼らこそが、このキヴォトスに巣食う闇。
キヴォトスの神秘を探求、研究し、そして利用しようとする彼らこそが、先生の敵たる存在たち。
名を、『ゲマトリア』と言った。
「……それでは次の議題を」
「そういうこった!」
「異議は無い……が、その前に確認しておきたいことがある」
「マエストロ、何か気になることが?」
彼らはどうやら会議中であり、丁度次の話題に変わろうとしているようだった。
ところが、タキシードのマネキン……マエストロが、そこに口を挟む。
「……ベアトリーチェに質問がある」
「……はい、何でしょう?」
彼が指名したのは、ドレスを身に纏った長身の女性……ベアトリーチェ。
彼女は呼びつけられる心当たりなどない、とばかりに不思議そうな雰囲気を醸し出していた。
「要請によって、私は自分の力を貴下に貸したのは覚えているな?戒律を守護せし者たちを
「ええ、とても感謝していますよ、マエストロ。おかげさまで、私は領地でさらに大きな力を得ることができました」
「私は貴下がそれを利用することを許可した覚えはない。そも、私の作品をそのように使うことは許可していないはずだ」
淡々と冷静、しかし断固たる意思を持って、マエストロはベアトリーチェに抗議する。
しかし彼女もまた同じく、断固とした姿勢でもってそれを退ける。
狡猾に、お互いすらも使い潰すために動く大人の姿がそこにはあった。
「あの現象はあなたの所有物ではないはずですよ、マエストロ」
「……不躾だな。私は所有権を主張しているわけではない。それは──」
「不躾?よくもまぁ……私にそんな口を」
「まぁまぁ……お二人とも落ち着いてください。事を荒立てないでくださいよ」
「そういうこった!」
マエストロの言葉に苛立ちを覚えたベアトリーチェが熱り立った瞬間、間に素早く入るのは、額縁を抱いた大柄な男性……ゴルコンダ&デカルコマニー。
彼は二人を諌めると、失礼したというように再び一歩下がる。
「……失礼しました。マエストロはきっと、普遍的な現象を通じて独創的な解釈をすることは自分なりの表現方法だと考えているのでしょう」
「……」
マエストロは何も言わず、ただガコンと木の打ち合う音が響く。
それは不服ではあるが正しい言の葉の前には一度引き下がろうという無言の表れであった。
「しかし、それはマダムの立場では別段考慮する必要がない部分かもしれません。私たちは皆、この世界を解釈する方法が違いますから」
「──つまり、私がマエストロの武器を勝手に奪ったことが気に食わない、ということですよね?」
「──貴下が行うのは芸術ではない。そこには美学も何もなく、ただ兵器を生み出すだけの行為だ」
「ええ、そうです。何か問題でも?」
諌めようとしたマエストロだったが、それはベアトリーチェの自分本位の結論によって失敗した。
マエストロもまた我が強く、喧嘩腰には喧嘩腰で、売り文句に買い言葉になってしまった。
「それに、あなただけではありません。私は黒服が提供した技術力も、ゴルコンダが解釈したテクストもそのように扱っています」
「……」
「……」
「私はあなたたちの芸術に興味はありません。『ゲマトリア』の一員になる前から主張してきた話だと思いますが」
「クックック……その通り。それはそれで良いのではと、私はそう思っています。
「アリウスの自治区ですね。あそこの全ての生徒と学園を自分の支配下に置くなんて、確かにそれは偉業です。黒服のアビドスは残念でしたが……おっと、失礼。皮肉を言っているつもりではありません」
「クックック……お気になさらず。確かに惜しかったですが──今は、より価値のある
黒服が放った『先生』という単語に、全員が一瞬反応を見せた。
それはキヴォトスにおける一種の特異点の名前。
「……『シャーレ』。例のあの者ですね。私たちの敵対者」
「そういうこった!」
ベアトリーチェがそう言い、デカルコマニーが反応したがしかし、黒服は否定するように首を振った。
「いいえ、あの者とは敵対してはいけません。むしろ私たちの仲間に引き入れたほうがいいでしょう」
「私としても大変気に入っている。あの者は、私たちの理解者になってくれるかもしれない」
「私はまだ判断を保留していますが……もしベアトリーチェのように私たちの一員になってくれるなら……」
ゲマトリアの面々が各々先生についての意見を述べる中、ベアトリーチェは机を叩きその意見らを止めた。
彼女は各々を見回した後に、毅然として口を開く。
「愚かで怠惰な意見ですね。『シャーレ』の先生は必ず排除しなければなりません」
「「「……」」」
「聖園ミカがアリウス自治区を訪れて以降、彼女に多くのことを手伝っていただきました。いわば彼女は私にインスピレーションを与えてくれる……ミューズとでもいいましょうか。『エデン条約』を利用して太古の威厳を確保するというアイデアも、予知夢の大天使を真っ先に処分すべきだという判断も、彼女のおかげで実現することができたのです」
「両案とも、上手くは行かなかったようだがな」
「黙りなさい、マエストロ。確かにデカルコマニー……いえ、ゴルコンダが提供してくれた珍しい技術は運用に失敗しましたが、あれには大いに価値があった。ですが、生贄の身体に予め植えておいた防衛システムのおかげで助かりました。感謝しますよ、二人とも」
「私はテクストを提供しただけで、形にしたのはマダムですよ。お気になさらず」
「クックック……無名の司祭たちの技術が役だったようで何よりですよ」
「そして、聖園ミカが最後に私に与えてくれたインスピレーション……それこそが、『シャーレ』の先生についてのことでした。彼女が先生をトリニティに招待したからこそ、私はその存在について認識し、考察できたのです」
ベアトリーチェはそこで一度息を整えると、忌々しそうに拳を握り締めながら淡々と、ここまでの事実を噛み締める。
そして面々をもう一度見据え、淡々と口を開いた。
「私がアリウス自治区をターゲットにしたのは、純粋にそこが秘匿された場所であるからであり、またヤーナム自治区のように難解な危険さも無かったからです。『トリニティ』や『ゲヘナ』への怒りや憎悪など、私にとってはどうでもいいこと」
「『憎悪』は子どもたちを抑制するための手段に過ぎず、『エデン条約』は守護者の力を得るためのものに過ぎず、『スクワッド』は使い捨ての道具に過ぎない」
「しかし、先生によってそれは台無しにされた。アレが介入すると、私が持っている全ての意味が変わってしまいます。あの者は危険です……故に、気付きました。私は、先生を、真っ先に消さなければならないと」
「「「……」」」
「どうせ私たちは各々の目的を追求するだけの存在。あなた方に私を妨害する権利などないでしょう?」
ベアトリーチェはそう自身の正当性を主張し、先生を始末する事をゲマトリアに宣言する。
それは彼女だからできる事であり、同時に彼女にしかできないことでもあった。
「ええ、お好きになさってください……しかし、あなたの計画というものが何なのか、私たちに具体的に教えてくれたことはありませんでした。マダム、あなたはアリウス自治区で何をしているのですか?」
「祭壇を用意しています。あなたがアビドスでやろうとしていた事と本質的には変わりません。ただ、私は契約をするつもりはないですが」
「……そうですか。では、今度こそご自由に」
「ええ。あなた方も、精々努力するように」
ベアトリーチェが、音もなく影へと消えていく。
それは会議の幕引きを意味し、他の面々も同じように影へと消えようとした時──黒服が、残る二人に待ったをかけた。
「お二人とも、少しお待ちを」
「どうしましたか?」
「黒服。まだ何かあるか」
「ええ。議題……というほどではありませんが、私から少々推測を」
「ほう?」
黒服はそう言って、懐からナニカを取り出した。
それは、小さな手のひら程の『鐘』。
しかしそれに宿る神秘は、観測機器を使わずとも理解できるほどに濃密なもの。
「これは私の新たな協力者から提供された……
「馬鹿な!!今まで何人のゲマトリアがアレに消されたと思っている!!」
マエストロの怒声が響き渡る。
それは、ゲマトリアに伝わるもう一つの不文律……『ビルゲンワースに関わるな』というものを明確に破ったことに対しての、畏怖が混ざったもの。
しかし黒服は、それに臆さない。
「ご心配なさらず……私は、彼の地の夜を統べる者と『
「……契約、ですか。本当に大丈夫ですか?今までビルゲンワースに手を出したゲマトリアは、その意思に関わらず必ずその消息を経ってきた。特に、前回の彼は……頭頂を開かれ臓腑を注がれた、悍ましい首級となって送られてきました……」
「ええ、私もあの存在に会った時、そうなる事を覚悟した上でした。しかし、あの存在は何やら此度は心変わりし……数百の時を経て初めて、ヤーナム自治区から足を伸ばしているようなのです」
「……本当なのだな。しかしなぜ、それを我らに伝える?」
マエストロの問いに、黒服は身体を震えさせながら、本当に哀しそうな声で、彼らにそれを伝える。
「つい、先日の夜。ベアトリーチェが、彼の逆鱗に触れる行いを……彼の地の生徒を一人、攫うという暴挙をしました」
「……あの、愚か者が……」
「信じられません、本当ですか?流石の彼女でもそのような……自殺と同じ行為をやるとは思えませんが……」
「本当です。私が彼との契約により、彼の地の生徒の観測をしていたために確認できたことです」
ゲマトリアたちの間に、凄まじく重い空気が流れる。
それはとてつもない諦めムードであった。
「つきましては、近々彼女の席が空くと思いますが……手を出さぬように」
「了解した」
「わかりました」
「そういうこった!!」
そんな、ベアトリーチェが見捨てられる会議の一部始終を見ていたセイアだったが……そこにあるのは、焦りだった。
(ビルゲンワースに手を出した……相手は誰だ!?イズ……いや、あの言い方的にヒトミかカオリのどちらかか!?いやしかし、あの二人を捕えることなど…………)
そんな思考を巡らせる中、新たな予知を彼女は見る。
それは、雨の中、夜の暗闇で、アリウススクワッドが襲撃され……アツコが捕えられる光景。
**
『約束してくれる?みんなを自由にしてくれるって』
『ほお……なるほど、わかりました。お約束いたしましょう……』
『その名に、誓って』
『名前に……それにどれほど意味が?しかし良いでしょう。すべての巡礼者の幻想たる私『ベアトリーチェ』の名にかけて、お約束いたしましょう』
**
『残りのスクワッドは始末しなさい』
『『『…………』』』
**
ヴァァァァァ……
**
ふと、視界に使者の姿が映る。
それは紙を持ち、彼女にこう告げていた。
『獣狩りの夜が始まる……』
『OK』
「OKではないが!?」
「わっ!?セイアちゃん!?」
“セイア、どうしたの!?”
予知より帰還したセイアは周囲を確認し、先生を認めて汗を流しながら叫んだ。
「先生、今すぐシャーレに戻るんだ!君に救われるべき客がいる!」
“えっ、うん、わかった!”
セイアの焦りように、本当に緊急の……それこそ、先程の密約と同等の事態が起きていると察した先生は、急いで準備を整え始めた。
未だに事態が飲み込めないミカは困惑して右往左往していた。
「ミカはここにいてくれ!何があっても絶対に!」
「あ、え、セイアちゃん!?どういうこと!?」
「時間がないんだ、わかってくれ……!!下手をすれば、下手をすれば…………!!」
アリウスが、否、トリニティが地図から消える。
そう、セイアは考えていた。