細かい話は◯ンポの犠牲となったのだ
セイアは迷路のような通路を走る。
それはアリウス自治区に繋がるカタコンベであり、地下へと続く回廊でもあった。
「百合園セイア!?なぜここにっ!ぐあっ!!」
「すまないね」
見えたアリウス生徒は片っ端から布を巻いた聖剣でぶっ叩いて気絶させる。
セイアは聖剣こそ解放していないものの、今の身体状態は本気も本気。
神秘により強化された肉体と、神秘放出による推進力は、トップスピードにして秒速100m程にも達する。
しかし、カタコンベは入り組んでおり、セイアであっても容易に最短でアリウス自治区に行くことなどできない。
「また行き止まりか……カオリに聖杯を体験させてもらっておくべきだった。イズは……あと五分程度で合流できるか?」
マッピングはしているが非常に遅く、このままではまずいと感じているセイア。
電話でイズが無事なことを確認し、呼び出したものの、事態が好転しているわけではない。
この非常事態に、彼女は一つの決断をする。
「……仕方ない。駆け抜けよう」
そう言って、セイアは聖剣の布に手をかけた。
***
なんとかミサキとヒヨリに合流した先生たちは、そのままアリウスへと繋がるカタコンベを歩いていた。
サオリたちによればトリニティ地下のカタコンベの入り口は、判明しているだけでも約300ヶ所であり、さらにその中の『本当の入り口』は限られているのだという。
そして彼女らは正しい入り口と、そこからアリウス自治区に通じるカタコンベの内部ルートを暗号で伝えているらしい。
そしてどうやら、カタコンベの内部は一定周期で変化するのだという。
以前通った道が行き止まりになったり、方向を見失ったりなど、足を踏み入れるたびにルートと入り口が変わると聞いてまるで不思議のダンジョンだなーと思いつつ、先生たちはまだ機能しているルートで無事にアリウスへと踏み入れていた。
道中何度も襲われたが、隙をついて切り抜けたり、制圧したりして一向はアリウスを進んでいく。
サオリ、ヒヨリ、ミサキの三人はもう何日もアリウスに追いかけられており、十分な休息も取れていなかったために体力的にも限界が近い。
しかし先生の未来予知にも近いような的確な指揮は数で圧倒的に劣るアリウス生たちを十分に退けていた。
さらに圧倒的な戦力としてミカがいることも大きかった。
現在、精神、肉体共に万全なミカ……その実力はキヴォトス最高峰であり、並みのアリウス生では一部隊でも歯が立たないほど。
小銃では傷一つつかず、逆に彼女の放つ弾は大口径と遜色ない威力を放つ……故に消耗を抑えつつ、カタコンベ内を進むことができていたのだった。
しかし流石に、人間にも限界というものはある。
前を歩いていたサオリの身体が、唐突に崩れ落ちた。
慌てて受け止めたミカだったが、驚いて声を上げる。
「り、リーダー!?」
「あつっ!……すっごい熱。こんな状態になるまで我慢してたなんて……」
“解熱剤なら持ってるから、少し休ませよう”
「……持ち歩いてるんだ」
「こんなのコンビニとかに売ってるし、先生なら持ってるよね!」
ミカの言葉に頷きながら、先生はサオリに薬を飲ませ、ここで休息を取ることにした。
周囲の警戒は一番体力のあるミカが担当し、他のスクワッドも同様に休憩する。
休憩中、先生はミサキとヒヨリから、今まで……このアリウスがどうやって歪んでしまったのかの話を聞いた。
そして、マダム……ベアトリーチェが施してきた、数々の洗脳も。
「……私たちは、『人殺し』の居場所は……ここか、ビルゲンワースしかないと聞いていた」
「でも、私たちはまだビルゲンワースよりまともだって教えられてきました……あそこは、悪魔って呼ぶのも烏滸がましい殺人鬼たちの巣窟だって……」
“……”
「ビルゲンワース……私も噂しか知らないけど、いいことは聞かないなぁ」
このキヴォトスに来て久しいが、先生はいまだにビルゲンワースについていい噂を聞いたことがない。
トリニティの中でも奥地にあるためそもそも話題にならないというのはあるが、それでも伝え聞くのは悪い噂ばかり。
……もう一度、あそこに行く必要もあるかもしれない。
そう先生は考えていた。
***
日付が変わった頃。
カタコンベを、一つの人影が駆け抜ける。
アリウス生はそれを見るや否や銃撃を行うが、一瞬のうちに血を流して倒れていった。
そこを通るのは、黄金。
しかしそれはよく知る金毛の髪ではなく、鈍く輝く、三角形であった。
***
十分な休憩を取り、次に目指すのはアリウス旧校舎と決まった。
サオリによれば、かつて聖徒会がアリウス分校を建設する時にバシリカと分校を繋ぐ地下回廊を作ったのだという。
“聖徒会がアリウスを?”
「うん。その昔──トリニティ連合に反対したアリウスの脱出を支援したのが、ユスティナ聖徒会。アリウスを最も糾弾した二つの勢力のうちの一つだった彼女らだったけれど、もう一方のビルゲンワースの凶行はアリウス分校の大多数を殺害するほどのものだったらしくって……最終的に、彼女らは私たちアリウスを守る立場になった」
「そしてアリウスの
“なるほど……それじゃあ、そこに行こうか”
目的地を決めた一向は、消耗を避けるように動きつつ、再びバシリカへと向けて移動を始めるのだった。
***
アリウス自治区に地響きが響く。
どこかで、何か大規模な動きが起きているのだろうか。
「……異常なし」
「こちらも問題ない。移動の形跡もなさそうだ」
「こちらも問題ない
「スクワッドが潜伏しているかもしれない、しっかりと探せよ」
「「「了解」」」
四人一組のチームで行動するアリウスの警戒チームが、アリウス某所……校舎内で動いていた。
先ほど無線でスクワッドが自治区内に侵入したことは判明しているため、彼女らを探し出し始末するための警備隊が組まれたのだ。
彼女らはクリアリングを済ませて廊下に出ると、一人を後ろ向きに、二人を左右に、一人を前につけ全方位を警戒しながら部屋を一つずつ索敵していった。
「報告」
「問題ない」
「こちらも問題ない」
「……どうしたブラボー4、そちらは?」
「……何か起きている、警戒!」
「「了解!」」
突然連絡が途絶えた仲間。
それに警戒して三人で周囲を警戒するが、何もいる気配はない。
「……何もない、か?」
「……だが真後ろにいたブラボー4が消えた、何かおかし
「…………ブラボー2?」
背中合わせの圧がなくなり、急に声が聞こえなくなった。
咄嗟に振り向き見たものは、ブラボー2の『足』。
彼女は、天井に吊るされ……否、連れ去られていた。
白青色の、触手に。
「ひっ!?な、なにっ!?」
「な、なんだあれっ…………ぎっ!?」
怯えた少女たちを、触手は見逃さなかった。
四肢を力無くぶら下げたブラボー2を投げ捨てると、触手はブラボー1に突進し壁に叩きつける。
それは壁がへこむほどの衝撃で、即座にブラボー1の意識を刈り取った。
「い、いやっ!!いやーーっ!!!!」
ブラボー3が銃を乱射するが、それを気に求めずに触手は彼女に狙いを定める。
そして彼女は、そのぬめる触手が視界内いっぱいになったところで、意識を途切れさせた。
***
夜のアリウス自治区の街を進む一行。
ミカは先生の警護を担当し、スクワッドが連携しながらクリアリングしながら順調に進んでいた。
しかし、サオリが異変に気がつく。
「……おかしい。街が静かすぎる」
「な、なんか……知らないものがいっぱい増えてます」
「……私たちの全く知らない街になってるね」
スクワッドにも見覚えのないものは、例えばさまざまなところに設置された巡航ミサイルや、見覚えのない武器たち。
そういえば、
そういった時、人影が横切り……一行は物陰に隠れた。
そこで現れたのは、青白い半透明でガスマスクをつけた生徒……ユスティナ聖徒会の姿。
エデン条約が取り消された今、存在しないはずのそれがそこにいた。
「……私たちがエデン条約の会場を襲撃した理由は、
「だが『彼女』は既に
その時、遠くから……地響きが聞こえた。
それと同時に、謎の叫び声も。
ウオォォォォォォオオン──
「……エデン条約で使った戦術兵器『アンブロジウス』の悲鳴だよ、確かにあの場で使った
「……ということは、私たちの本来の任務は『
「……つまり、あなたたちのボスはトリニティもゲヘナもどうでもよかったみたい」
「「「……」」」
ミカの言葉に、三人は沈黙する。
ずっと信じてきた大人の、タチの悪い洗脳教育の実態をついにはっきりと認識し、怒りに震えていた。
「っ!包囲されてる!?」
「「「!!」」」
しかしそれは長くは続かない。
いち早くミカが気が付いたのは、辺り一帯に所狭しと集まったユスティナ生徒会。
それらはこちらに銃口を向けており、いつでも蜂の巣にできる状態で待機していた。
そして一行の前に、ホログラムが展開される。
『はじめまして、シャーレの先生。こんばんは、聖園ミカ。そして戻ってきたのですね、スクワッド……』
それは、赤い肌を持つ、ドレスを身に纏った長身の女性。
『私はベアトリーチェと申します。既にご存知かもしれませんが、『ゲマトリア』の一員です。通信ごしでのご挨拶となる事をお許しください……あなたについては、黒服やマエストロ、ゴルコンダから話を聞いております』
“あなたがアリウスを支配している……ベアトリーチェ?”
『はい。そして、ゲマトリアにおける現在唯一の成功者です』
彼女はそう自負すると、誇るように胸を張る。
そして得意げに、自身の持つ情報を教えてやってもいいと口にするが……先生には断られてしまった。
しかし彼女は自身のアリウスでの手口をひけらかし、そしてその大人のやり口を示した。
『……さて、主題に入りましょう、シャーレの先生。どうか、ロイヤルブラッドを放っておいてはもらえませんか?』
“……”
『あの子は私が丹精込めて教えた生徒なのです。生贄として捧げれば、きっと私たち大人に素晴らしい福音を与えてくれる……気になりませんか?私が何をしているのか、どんな偉業に到達するのか……』
『例えばこの世界……このキヴォトスがどんな場所なのか。この世界は正体不明で、理解などが一切及ばない、神秘と恐怖が入り混じった崇高の転炉……ええ、私はこの世界の真実を教えることもできますよ?いかがです?先生』
“そこまでにして”
“そんな事に興味はない。誰かの犠牲で到達できる真実なんて必要ない”
先生が毅然とした態度で言い放つが、ベアトリーチェは余裕綽々といった態度で笑みを浮かべる。
その歯は尖り、悪魔のような口をしていた。
『くくくっ……そうですか。どうやら私たちは、お互いに違う真実を信じているようです。ええ──あなたこそ私の敵対者で、間違いはありません。みんなの友情で悪を退ける、単純で理解しやすい世界を信じるあなたの理想は……『エデン条約』というわけです』
『くくくっ……大人ならきちんと、真実を伝えなければならないというのに。『楽園こそ、原罪が始まった場所だ』、と……真の楽園こそ憎悪、怒り、嫌悪、苦痛、悔根……そういったもので溢れかえっているのだと』
ベアトリーチェはそういって笑う。
子供はなんて単純で、考えがないのだろうと。
真実の残酷さを知らぬ子供たちは、何と操りやすいことか。
嗤う。嗤う。嗤う。
しかしそれをするのは、彼女一人だけ。
先生はベアトリーチェを睨みつけ、そしてはっきりと拒絶の意を込めて口を開いた。
“ベアトリーチェ”
“あなたは生徒を、私たちを侮辱した”
“そして『教え』を、『学び』を侮辱した”
“私は大人として、あなたを絶対に許すことはできない”
先生の宣言を受けてなお、彼女は嗤う。
それは勝ちを確信した嘲笑であり、彼女の揺るがぬ絶対性への信頼の証でもあった。
『それは宣戦布告のつもりですか?私に勝てるとでも?……悪いことは言いません、今すぐにあなたは帰るべきだと思いますよ』
『近頃は
ウオォォォォォォオオン──
ウオォォォォォォオオン──
ウオォォォォォォオオン──
ウオォォォォォォオオン──
ウオォォォォォォオオン──
ウオォォォォォォオオン──
「うそ、あんなにたくさん……!?」
「くっ……」
「わーお」
アンブロジウスの大群に囲まれ、思わず声を漏らす生徒たち。
その目には不安が宿り、ただ、先生の選択を待つしか方法はないが……瞳が、震えていた。
『あなた方に勝ち目はありません。ですが、私は慈悲深いので……あなたに、選択肢を与えましょう』
“……”
『何を嗅ぎつけたのか、予言の大天使……百合園セイアが今、私の庭を荒らしているのです。既にアルファや
“ふざけたことを言わないで”
『……そうですか。では、いいでしょう。バシリカであなた方をお待ちしています……もし到達できるなら、ですが。ここは私の支配下にある領地、あなた方の位置や目的地、その経路に至るまで……この領地内の
『それでも来るというのならば、そこで……あなたの息の根を止めることにしましょう。先生──不可解な者よ』
『黒服はあなたを仲間と認識し、互いに競い合えると信じ』
『マエストロはあなたを理解者と認識し、互いに高め合えると信じ』
『ゴルコンダはあなたをメタファーと認識し、互いを通じて完成されると信じ』
『デカルコマニーは……まあ、分かりませんが』
『私はあなたを敵対者と認識し、互いに反発すると信じています』
『故に────』
ベアトリーチェは片手を上げると、まるで指揮者のように……
そしてそれは、無慈悲に、そして確実に実行されるだろう。
『始末しなさい』
「くっ……!」
「この数を切り抜けるのは、いくらなんでも……」
「もうだめです……」
「ちょーっと、守りきれないかも……」
ミカですら弱音を吐く中、先生はその頭脳で考えて、考えて、考えて……しかし、それでも、方法がないことに気がついてしまう。
そしてそれと同時に、ユスティナ聖徒会たちもまた、引き金を引いた。
絶対絶命、命運尽きた先生たちが、最期に見たのは──翠緑の光だった。