なお相手はエルデンリングのチャリオットに相当する超暴走特急であるとする。
少し、前。
カオリと相対したセイアは、全力での狩人同士の戦いを行なっていた。
狩人同時の戦い、それ即ち根比べである。
互いに攻撃は過剰火力であり当たれば致命傷になりえる、であるならば互いに小技を差し合いチェックメイトまで持っていくような戦いになるのは必然であった。
……尤も、『
「
「……」
破壊の奔流が霧の壁に衝突し、凄まじい轟音とともに空間を揺らす。
しかしカオリはそれを気にも止めず、獣肉断ちを振るった。
「くっ、危ないね──っ、なに!?」
それは回避したセイアを、追いかけるようにしなった獣肉断ちが打ち据えた。
カオリの変則的な扱いにより、避けたところへ先端がしなるように調整されたそれを間一髪聖剣で受け止めたセイアだったが……凄まじい衝撃で、吹き飛ばされ、壁を破り隣の部屋へと姿を消す。
カオリはそれを確認すると、それ以上の興味をなくし、地下通路へと姿を消した。
「っ……はぁ、輸血液がなければ死んでいるよ」
折れた骨を再生させながら、セイアは再び立ちあがろうとして──地面をついた手が、何かに当たった。
それは、聖歌の譜面と歌詞が書かれた、紙の束、そして蓄音機。
それは部屋に叩き込まれた拍子に起動したらしいが、故障しているらしく雑音ばかりが出ていた。
「……ここは……聖歌隊室か」
セイアは立ち上がると、カオリを追いかけるために走り出そうとした。
しかしその瞬間、背後から綺麗な音色が流れ出す。
それは、蓄音機から流れ出したこの聖歌隊で歌われていたであろう曲。
「……ふふっ。讃美歌か……こんな、トリニティの命運を賭けている時に相応しくはないと思うが……いや、ある意味相応しいか。『
ミカが歌っていたのを思い出し、セイアは思わず顔を綻ばせる。
思えば、彼女も、そして自分も、短期間でよく成長したものだ、と。
セイアは蓄音機の音の通りが良くなるよう調整すると、カオリを追いかけるため走り出すのだった。
***
その歌は、ミカとイズの元にも届いていた。
霧の壁が作られたことでユスティナ聖徒会の新手がいなくなったために、イズは既に全ての邪魔者を排除し、ミカに加勢するようにバルバラと戦闘を開始していた。
一方のミカは、もうボロボロ。
こちらの攻撃を意に介さずひたすらに破壊を振り撒くバルバラ相手にミカは善戦したが、元々はセイアとツーマンセルで戦っていた相手、それを相手に一人ではイズの合流まで時間を稼ぐのがやっとだったのだ。
だが、歌が聞こえ始めたことで──ミカはまた、顔を上げる。
「これは……セイアちゃんかな?……うん、まだやれそう」
「無理はしないでくださいね」
イズがバルバラに吹き飛ばされ近くに着地する。
その身体は穴だらけで、よくそれで生きてるね、とミカが驚嘆するほどの重傷。
しかしイズが輸血液を刺せば、立ち所にその傷は癒えていく。
ミカはそれを見て、バルバラを倒すためにイズに頼み事をすることにした。
「……イズちゃん。まだやれる?」
「はい。まだあと5本あります」
「ならさ──5、いや3分、引きつけて欲しいかな。ごめんね?」
「……わかりました」
渋い顔をしつつ了承したイズを見て、ミカは心の中で本当にごめんと謝った。
あの弾幕の猛攻を防ぐのは、1分でもキツイだろうに……しかしそれでも、イズはバルバラの前に立ち塞がる。
「さて……頑張るぞーっ……!」
ミカは目を閉じて、自身の神秘を知覚する。
より、深く、より、濃密に。
己の感覚を信じて、今までにないほど頑張って。
神秘を引き出し、束ね、練り上げる。
それは先ほど見たセイアの真似事、
そうミカは考え、神秘を操作し始めた。
ミカは天才である。
まともな戦闘経験がなくとも、ここまで己の勘と運とスペックと機転の良さでなんとかしてきた。
その彼女が、答えを見た状態で目標を定め努力したらどうなるか。
その集大成を、今こそ見せるべきだった。
「っ……はぁ、難しいし……疲れるなぁ……!」
そんなことをぼやいた彼女だったが、今、自分よりも更に頑張っている女の子が、脳裏に浮かぶ。
それは己を貶めた存在であり、裏切られた存在であり、そして──暗い道を共に歩んだ存在。
「……サオリちゃん。私が、救われたように。あなたたちも、幸せになりたいよね。私と、サオリちゃんは──似てるから」
「多くの人を絶望に陥れた私とあなた。でも、最後の最後に、誰かを救うことができたなら──苦痛だらけの人生も、それだけで報われる」
「だから、アリウススクワッド──あなたたちのために、祈るね」
「いつか、あなたたちの苦痛が癒える事を……やり直しの機会を
それは祝福であり、一人の少女としての成長の証でもあった。
我儘なお姫様から、人々を見守る一人の女の子としての、成長。
そしてその成長は、神秘にも大いなる影響を及ばす。
「あなた達の未来はきっと、苦難に満ちている。でも、それでも……あなた達の未来にほんの一筋でも光明があると信じるのなら──あなた達はきっと、救われる」
「あなた達のその行く先に、幸いが──祝福が、あらんことを──」
人を想い、人に幸を願う。
その高潔な精神にこそ、祝福は与えられる。
ミカの神秘は膨れ上がり、しかしそれは完璧に制御され、極限にまで圧縮されていく。
そして、彼女はそれを、ゆっくりと、一発の弾丸へと封じていった。
それは、洗礼。
潔め、新たなる力を与えるためのもの。
(打ち砕かれよ。敗れたもの、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え)
(休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる)
(装うなかれ。許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を)
(休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう)
(永遠の命は、死の中でこそ、与えられる──許しはここに、受肉した私が誓う)
ミカの神秘が一片残らず封じられ、桜色に輝く一つの弾丸が、彼女の手の中で光る。
ミカはそれを、ゆっくりと、そして確実に愛銃へと装填し、バルバラへ狙いを定めた。
ミカは、讃美歌を口ずさむ。
それは先ほどから旧校舎中に響き渡る、慈悲を求める歌。
美しい声音と共に、彼女はその名を唄い上げる。
『 ──── Kyrie Eleison』
洗礼された弾丸が、真っ直ぐに、バルバラへと飛翔する。
気がついたイズはそっと道を開け、バルバラは認識した瞬間ただ茫然とそれを受け入れるかのように立ち尽くした。
何物もそれを遮ることはなく、何者もそれを止めることはなく、ただそれは、バルバラの心臓へと吸い込まれていった。
そして生まれるのは、超極小の恒星系。
極限まで圧縮された神秘が生みだした星々が、心臓の中で弾丸を恒星として回転し、やがて一つに収束する。
それは、究極の神秘のカタチ、最小単位の特異点。
そこから生まれ出たエネルギーは、静かに、そして確実に──バルバラを、跡形もなく、この世界から消し去った。
「っ!はーーー!疲れた……」
ミカは結果を見届けると、地面へと倒れ込む。
使える全ての神秘を注ぎ込んだためにもう立つことも限界という有様で、埃に塗れるのも気にせずごろごろと寝転がる。
イズもまた最後の輸血液を注入すると、ゆっくりと地面に座り込んだ。
日の出まで、彼女たちはゆっくりと休む。
先に進んだ少女達の幸福を祈りながら。
***
バシリカにて。
歌が響いたために、ベアトリーチェは神秘を溜めたまま固まり。
スクワッドも、辺りを見回していた。
「この歌は……」
「……Kyrie Eleison?」
それは校内放送を通じてバシリカにまでも届いており、ベアトリーチェは想定していなかった事態に動揺と怒りを隠せなかった。
「なりません!!私の領地で慈悲を語る歌を響かせるなど!!楽器も蓄音機もすべて破壊したというのに……!!奇跡が起きたとでも!?」
「生徒は憎悪を軽蔑を……呪いを謳わなければならないのです!お互いを騙し傷つけ合う地獄の中で、私たちに搾取される存在であるべきなのです!!」
それは恐怖と絶望を武器に生徒を支配してきたベアトリーチェにとって許されぬ、決して許されぬ事態。
讃美歌という美しい曲など、絶対にこの地に流させてはいけないものだった。
「よ、よくも私にそのような言葉を……!!あなた方は、これから死ぬのです!!」
ベアトリーチェはその言葉と共に、溜めていた神秘を先生達に向けて振り下ろす。
ゆっくりと落ちてくる終わりを前にして、先生はベアトリーチェをただ睨みつけることしかできない。
しかし──その終末は、くることはなかった。
突如飛来した鉄塊の武器が、その神秘と激突し……自らを犠牲として、終末を崩壊させたからだ。
バラバラになった鉄塊が降り注ぐ中、ベアトリーチェは信じられぬものを見たというように飛来した方向へと目を向けながら口走る。
「なっ……ばかな!今のを防ぐことができる存在なっ」
突然の重圧により、ベアトリーチェの言葉はそれ以上続かなくなる。
彼女の数多の瞳は、バシリカの入り口へと固定され、動かすことができない。
それは自身の死を予感させる、純粋で、極めて鋭い殺意だった。
先生達も、釣られてそちらを見れば。
そこにいたのは、本能で拒んでしまいそうなほど悍ましく不気味な気配を纏った、月乃カオリ。
直視することすらやめてしまいたくなるほどの嫌悪感すら感じさせられる彼女は、先生でさえ見たことないほど──怒っていた。
彼女はいつのまにか手にしていた黄金の三角の被り物を頭に被ると、同じく手にしていた車輪を背負う。
それはビルゲンワースに伝わる処刑隊の正装であった。
「……ベアトリーチェ。最も愚かしい、思い上がった女よ」
「上位者たる我が半身を奪った罪、贖うがいい」
「っ!!!!」
ベアトリーチェは本能のままに、カオリへ向けて幾本もの破壊の光線を照射した。
それはあらゆるものを破壊しながら彼女へ向かい──しかし、当たることはない。
信じられぬ速度で接近したカオリが、その車輪でベアトリーチェの細い身体へと殴打を叩き込んだ。
「っ、ごはっ!?」
今のベアトリーチェの肉体は、バルバラをも超える頑丈さを誇る。
それゆえに千切られることがなかったのは、ある意味不幸であったかもしれない。
「……」
オォォ……オオオオォォォォォ!!!!!
カオリは連打を浴びせながら、車輪を回し溢れた怨霊をその身に宿す。
凄まじい身体能力の上昇と引き換えにその身を蝕むこの力でもって、カオリはさらにベアトリーチェを殴っていく。
「がっ!?ぎっ!!や、やめっ、がぁっ!?」
凄まじい衝撃と連打に抵抗することも許されず、体幹を崩され怯み、殴られ続けるベアトリーチェ。
スクワッドと先生が茫然と傍観する中、凄まじい力を誇っていたはずの彼女は一方的に蹂躙されていた。
「ごっっ……!!な、何故!どうして、この私がぁぁぁぁぁ!!!!」
神秘のレーザーが幾本も舞い、何発ものエネルギー弾が辺りに撒き散らされる。
しかしそれでも、カオリを捉えることは叶わず。
一瞬引き剥がすことはできれども、その猛攻を防ぐことはできず。
その鋭い爪も、頑丈な肉体も、神秘でさえ──無意味。
彼女は高位の存在に成ろうとしているとはいえ、儀式は完遂されておらず、未だ崇高には届かぬ半端な怪物。
その程度、カオリですら地底で大量に狩っている。
そしてそんな未熟な存在ならばら頑丈といえども、生物である以上限界はくる。
最初に耐えられなくなったのは、細い腕だった。
カオリが車輪を回し振り下ろした直後、鈍い音がベアトリーチェの左腕から鳴った。
ごぎゃ
「ぎーーーーっ!!!!!?????」
声にならぬ絶叫を上げるベアトリーチェ。
更に、カオリは折れた腕を車輪に挟むと、そのまま回転させた。
ブチ、ブチブチ、ブチブチブチブチブチブチブチ!!!!
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛ッ゛ッ゛ッ゛!!!!!」
折れた箇所を起点とするように、左上腕から下を根こそぎ千切りとられたベアトリーチェ。
鮮血の雨の中、カオリは続けてその背に回り込み、翼のような器官を強引に螺子折って破壊し、右翼をちぎり取り、降りる。
つまらないとばかりに手に持った右翼を投げ捨て、そして再び、車輪を構えたその時。
声が、バシリカに響く。
名を呼ばれたカオリが、ゆっくりと振り向けば……そこには、恐怖を宿しつつも真っ直ぐにこちらを見る、スクワッドと先生の姿があった。
先生はそう諌めるが、カオリの様子に変化はない。
全く別の生き物と会話している気分になるが、先生はそれでも諦めずにカオリに語りかけた。
「……」
カオリは、それをただ黙って聞いていた。
だが、怒れる上位者には、先生の『言葉』でさえも届くことはない。
それどころか──彼女は邪魔者をも消さんと、車輪を構えた。
未だ諦めぬ先生が、口を開いた瞬間──眩い翠緑の光が、カオリの直上から放たれた。
コオォォォォォン!!
特徴的な高音と共に、それはカオリを包み込み逃さず蒸発させる──はずだった。
翠緑の光線と相殺するように光の柱の中から白青色をした巨大な触手が灼かれながら現れ、包囲をこじ開ける。
中から現れたカオリは、全くの無傷で、本人──セイアを、
「あの不意打ちでも倒せないとは、君は本当に埒外だね」
先生を守るようにカオリに相対したセイア。
それは騎士のように誇り高く、そして眩かった。
「……」
「……」
膠着状態となった、バシリカ。
剣を構えジリジリと間合いを図るセイアと、
固唾を飲んで行く末を見守るアリウススクワッドと先生。
しかし、一人だけ──走り出した者がいた。
「はぁっ……はぁっ……私の計画が、私の領地が、私の崇高がぁっ……」
そう呟き血を流しながら、どこかへ走るベアトリーチェ。
その姿は、高位の存在であると誇っていた花の怪物ではなく、元の大人の女性であった。
「ですが、まだっ……まだっ……あれがぁっ……!」
彼女はバシリカの一つの出口を乱暴に開け、そこへ転がり込む。
そこは、光に照らされた巨大な円状の祭壇のある部屋であり。
ロイヤルブラッドよりも尚特殊な、贄がいる部屋。
だが、しかし。
そこで、ベアトリーチェは更なる絶望を齎されることになる。
「な、ぜ……
そこに、月乃ヒトミの姿はなかった。