なんでみんな展開を知ってるんですか!私ヒトミちゃんが愉悦してるなんて一言も言ってないのに!!!!おかしい!!
さてはみんな特別な知恵を持っているな……私は詳しいんだ……
光で照らされた、巨大な円状の祭壇。
しかしその中心にいたはずの月乃ヒトミの姿はなく、ベアトリーチェの希望は完全に消え失せていた。
「い、一体……一体どこに……」
「あら、私のことでしょうか」
声がした方向に慌てて振り向けば、バシリカと繋がる出入り口に彼女──月乃ヒトミは立っていた。
「な、何故あなたがそこにっ……!特性の秘薬で眠らせ、神秘封じで縛っていたはず……!」
ベアトリーチェが絞り出した言葉を、ヒトミは鼻で笑う。
そんなもの、まるで意味がなかったと言わんばかりに。
「私たちビルゲンワースの『狩人』にとって、眠りとは……夢とは、神……いえ、『上位者』からのものでない限りは好きに目覚め直せるものですから」
「それに、ああ、神秘封じでしたか?あんな弱い効力では正直に言って『厚手の毛布が重い』程度の感想しか出ませんが。ああ、でも安心してくださいね。セイアさんなどにつければ確かに動けなくなるぐらいの効果はあるでしょうから」
「まあ、つまり──あなたの行動は、『
「っ……!!」
歯が割れんばかりに噛み締め、怒り狂うベアトリーチェ。
言葉にすらできぬ憤怒を糧に、彼女はヒトミに飛び掛かる。
しかし、ヒトミもまたこのキヴォトスにおいて敵無しと言えるほどの存在であり、軽くあしらわれてしまう。
「これではっきりしましたね。この世界はあなたの
「そしてあなたは、今も、昔も、これからも──
祭壇の照明が消え、空間から光が消える。
そして、音すらも消え去り──未だ開かれた一つだけの入り口に、黄金の三角が現れた。
***
セイアとカオリの睨み合いは、ベアトリーチェがバシリカから祭壇へ移動したことで崩壊する。
セイアはカオリの雰囲気の変化から何となく恐れていた事態から脱したことを察したことで一瞬気が緩んでいた。
それをカオリは逃さず、踵を返しベアトリーチェが消えたバシリカの出口へ走り、瞬きする間に闇に消えていた。
「っ、カオリ!」
セイアもまた、カオリを追い闇へと消える。
先生はベアトリーチェを止められなかったことを悔やむが、あれ以上あの場で動くのはカオリを必要以上に刺激してしまうことだったためにできず、セイアたちがいなくなったことでようやく行動することが可能となっていた。
「っ!姫!」
先ほどまでの蹂躙劇と一悶着で放心にも近い状態となっていたスクワッドだったが、彼女らは先生の言葉で我に返る。
いち早く動いたサオリをはじめとして三人で磔にされていたアツコを助け出すが、彼女は目を覚さない。
「……酷い怪我。でも大丈夫、まだ生きてる」
「っ、気を失っているだけですか……よかった……」
先生は、スクワッドと共にアツコの無事を確認するとすぐに立ち上がり走り出す。
セイアが追いかけてはくれたものの、アツコを無事に助けるのと同じくらい、カオリの対処も今すぐにやらなければならない問題であった。
しかし、追いかけた先で目にしたのは。
原形すら留めていない、もはや判別できぬ何かの肉片と。
それに今まさに血濡れた車輪を叩きつけた、カオリの姿だった。
***
ぐしゃり、ぴちゃり。
ぐしゃり、ぐちゃり。
柔らかいものが潰れる音と、液体の滴る音が混じり、暗闇の中に響く。
かつて……つい先ほどまで『ベアトリーチェ』という名を持っていた肉塊は、もはやミンチよりも酷く潰され、泡立ち、擦られていた。
気がつけば暗闇は、星々煌めく宇宙のような、果てしない空間へと変貌し。
足元の感覚すら掴めぬまま、先生は絶句しカオリを見ていた。
真紅に濡れ、肉塊がこびりついた車輪が、重く置かれる。
血に濡れた手が黄金の三角形に触れ、その光沢を赤く塗りつぶしながら、頭部から取り外された。
その青い瞳は光り、ただ
先生がふと目線をずらせば、そこには気を失っているヒトミを保護したセイアの姿。
セイアもまた、カオリが何を考えているのか分からず……そしてこの光景を見て、絶句しているようだった。
「先生よ、ご覧あれ……この大人の末路を」
カオリがついに、口を開く。
その言葉に先程までの殺意は無く、敵意は無く、怒りは無い。
そこにはただ、淡々と事を成した事実のみがあった。
「私はただ、この穢れた女を……潰して、潰して潰して潰して、ピンク色の肉塊に変えてやっただけだ」
その言葉に罪悪感は無く、ただやって当然といった様子。
しかしやったことは紛れもなく大罪、先生にすらもう変えようのない事実。
「……ああ、そうか。先生、私がなぜこのようなことをしたのか理解ができないのだね」
「君からすれば、この女は大罪を犯したが……死んでいい人間ではなかったのだろう。けれど、けれどね。この女は──越えてはならぬ一線を越えてしまった。他ならぬ、ビルゲンワースの叡智を奪わんとした」
「故に、私──『狩人』が、狩ったのだ。その命でもって、罪を贖わせるために」
カオリがかつて罪を犯してしまったということを、先生は知らされていた。
しかしそれでも、このキヴォトスにおいて自らの生徒であるならば、安泰に暮らせるだろうと考えていた。
まさか彼女自らが、その罪を再び進んで犯すとは考えてもいなかったから。
やらされただけだと、そう思い込んでいたから。
「ああ、生徒、生徒か……確かにそういえば、私は君の生徒だったな。ビルゲンワース啓蒙学院一年生と──
だからこそ。
先生は最悪の形で、その間違いを突きつけられる。
「私は元より君の生徒ではない。そもそも、『月乃カオリ』はキヴォトスに存在していないのだから」
“なっ────!?”
カオリ、否、その生徒だったはずのものが、白い靄に包まれる。
そして、その姿形が、変わる。
その背は、大人のものへと。
その型は、男性のものへと。
その貌は、見えぬものへと。
身に纏うは、古いベストにコートにズボン、そしてローブ……ビルゲンワースの、学徒の正装。
その頭部には大きな六角柱の檻を被っているが、見えるはずの頭部は黒塗りにされたかのように認識できないものとなっていた。
靄が晴れると共に、姿形、その全てが、先程までの『月乃カオリ』と全く違うことを先生に示していた。
「改めて名乗ろう、先生」
「我が名は『メンシス』」
「我らがヤーナムの、悪夢の主たる“大人”である」
それは、先生の敵対者。
ヤーナムとビルゲンワースを真に統べる、支配者としての名乗りだった。
“っ、カオリ、君は……”
「もはや月乃カオリは存在しない。元よりあれは君たちに溶け込むために用意されたアバター、中身は私と同一なのだから」
メンシスはそう言うと、地面に撒き散らかされた肉塊の一片を掴み取った。
それは未だ拍動し、生きているかのように血を滴らせている。
彼はそれを、先生の前に投げ捨てた。
べしゃり、と汚い音を立てて先生の前に叩きつけられたそれについて、彼は説明する。
「……安心したまえ。君が人殺しを忌避するのは理解している。故にそれはまだ、生かしている。瓶詰めにでもして保管するといい」
あまりにも信じられぬ言葉に、先生は目を見開いた。
彼は今、肉塊を
それは狂気的で悍ましい彼に、想像を絶するほど凄まじく強大な力があることを意味していた。
“っ、あなたは──……っ?”
声を荒げ、彼に言葉を発しようとしたその時、違和感に気がつく。
声を出しているのに、口から音が出ていなかった。
「先生。貴公は実に興味深く、またこの世界に重要だ……何れ、大きな困難に立ち向かうだろう」
「故にこそ、我々はまだ対するべきではない。何れわかる……」
彼はそう言うと、その姿に再び靄を纏う。
そして、徐々にその身体を霧散させていった。
“──、─────────!”
「なあに、何も心配することはない」
「何があっても……悪い夢のようなものさね……」
言葉が宙に響くと共に靄が晴れ、メンシスの姿もまた消える。
気がつけば宇宙のようになった空間も、ただの暗い大部屋へと戻っている。
全てが終わっても未だ信じられない体験の余韻の中、先生はセイアと追いついてきたスクワッドに声をかけられるまで放心し続けていた。
***
一悶着はあったが、あの後スクワッドは意識を取り戻したアツコと無事を喜び合い。
ナギサの計らいでセイアとミカを追いかけてきた正義実現委員会・シスターフッド・救護騎士団によるアリウス修復作戦で、アリウスでベアトリーチェの命により抵抗を続けていた者たちも制圧されることとなった。
スクワッドは……まだ、トリニティに向ける顔がないとして、そして自分のための生き方を見つけるために、トリニティからも、アリウスからも姿を消す。
しかしそれは、痛みを伴うような苦しみの逃避行ではなく……自由を得た彼女たちのため、生き方を見つけるための旅路。
ベアトリーチェは……説明が難しかったため、トリニティには伝えず……だいたいの経緯と共に誤魔化しながら、一件落着したことを伝えた。
肉塊は先生にも扱いが難しかったが、一先ずは内密に保管できるようセイアが一通り器具を取り計らってくれたため、今はシャーレの地下にある。
カオリについては、行方不明ということで処理されたが……ナギサ、ミカ、ミネ、サクラコ、イズなどには真実をぼかしつつ彼女の離反ということで納得してもらった。
そして、ヒトミは……まるで最初から、
真実を伝えようとしても、カオリに関する内容はまるで聞こえないかのような……否、
先生は心を痛めつつ、経過を観察することにした。
そして、ミカは。
脱獄はセイアの正式な要請で牢の外に出されたということにされ、罪に問われることはなかった。
そして聴聞会での結果は……その罪の大半が、セイアの擁護も相まって許された。
パテル分派の代表としての席こそ失ったものの、パネル分派の内部は大部分が聴聞を受けており活動できる状態ではない。
そのためしばらくは、今まで通りの仕事と役割を持つことになるだろう。
ハッピーエンドとはいかずとも……多くの生徒が、救われた。
一抹の不安こそあれ、これにてエデン条約に端を発する問題は終わりを見せたのであった。
「……良かったんですか?あんな急に……」
「ああ。まあたしかにノリと勢いでやっちゃった感は否めないけど……」
「ですよね。そのせいで知らないフリをずっとさせられるの、面倒なんですが……」
「それはすまない。まあ……それも、
「はあ。ベアトリーチェが自慢げに話してたあれですね。不躾にこっちを見て、不快でした」
「まあまあ。ああ、そうだ。工房や夢も俺は少し空けることにしよう……君も、先生をサポートしてあげてくれ……俺のせいで、相当に苦しいことになりそうだからな」
「はぁ……まあ、私たちの尻拭いでもありますし。わかりました」
「では、また」