第6サンクトゥム。
そこは、地獄絵図となっていた。
焼け野原の範囲は拡大し、見渡す限り瓦礫と火の海。
そこで、2体の巨大な存在と二人の少女が、ペロロジラと戦っていた。
セイアとルドウイークの聖剣はペロロジラに大ダメージを与える。
イズの雷はペロロジラの身体を一瞬だけでも拘束し、銃槍爆弾をその怪力で投げる。
カイテンロボはその巨体でペロロジラと張り合い、他の攻撃を当てる隙を作ったり、防御を担当していた。
しかし、それでも……ペロロジラは、倒れない。
否、倒せない。
「硬いねっ……!さっきまでとはまるで違う……!」
「雷の効きも悪くなってきています……」
ペロロジラはサンクトゥムのエネルギーを吸収し、圧倒的な防御力と、先ほどまで以上に常軌を逸した火力、そして殲滅力を手に入れていた。
セイアやルドウイークの月光と正面から撃ち合う、ジャブ感覚の連射可能な小レーザー。
イズの全力の殴打やカイテンロボの斬撃が浅い傷程度になるほどの強度と耐久性。
異常な射程と反射速度からなる、カウンタービーム。
そして口からカプセルを吐き出し、小型のペロロを展開する行動。
これらによってすでに防衛ラインは全滅しており、ヒフミたちや美食研究会、C&Cは力あるものたちに任せ避難を進めていた。
唯一、ネルだけが喰らい付いていたのはキヴォトス最強格の意地といったところか。
しかし彼女は現在、避難するヴァルキューレやC&Cを襲う小さなペロロ……ペロロミニオンを片付けるのに忙しく、ペロロジラの攻撃には参加できない状態だった。
『白熱眼光、来ます!』
おおおおおっ!!
ペロロジラから放たれた怪光線を、ルドウイークはその研鑽された剣術でもって相殺する。
その隙に背後に回ったカイテンロボが、ペロロジラを後ろから地面に押さえつけた。
『いまだ!やれ!』
「っ!
一点に集中された月光の刺突がペロロジラを傷つけるが、色彩に強化された今の巨体を貫通するには至らない。
しかしペロロジラの下には、既にイズが辿り着いていた。
彼女は斧に、雷そのものを落とし纏わせ大きく振りかぶる。
「ふんっ!!」
ガァゴォォン!!
凄まじい轟音と共に、ペロロジラの巨体に稲妻が走る。
宇宙色の身体が痺れるほどに強大な一撃を喰らったペロロジラは怒り狂い、カイテンロボを押しのけビームで押し返した。
更にペロロジラはイズやセイアにもまたビームを発射する。
『ぐおおおっ!バリアが一撃で粉砕されたっ……!』
「いくらなんでもタフだね……!」
「……出し惜しみしている場合ではなさそうです」
「……イズ?」
既にセイアは、『
聖剣と己の身に宿った【啓蒙】により作り出した極限圧縮神秘をその身に宿す、セイアが今使える最高のポテンシャルを発揮している。
ルドウイークが内にいないため制御と圧縮にリソースを割かれているが、それでも現状安心して発動できる範囲の中では文句なしの最強形態。
しかしこれでもペロロジラを倒し切ることができないのが、如何にこの大怪獣が埒外の存在なのかを十全に知らしめていた。
対して、イズ・ガスコインは。
懐から、
それは、2本の鋭い骨を縛り付けた──獣の爪と呼ばれる武器。
彼女は斧を地面へと突き刺すと、獣の爪を右手につけて口の前まで持っていき──右手の肉を、
「っづ────!」
「イズ!?まさかっ!」
「止めないで、セイアさん──ううん、お姉さん」
慌てて止めようとしたセイアを、イズは左手で制する。
噴き出した鮮血が、獣の爪と己を濡らし。
イズはそれを、じっと見つめ──飲んだ。
ドクン
イズの瞳が、ぐずぐずに溶けてゆく。
荒い吐息が、血の匂いを纏わせ滞留する。
髪の毛は、いつしかのように長く伸び──荒々しく、金の光を辺りに散らす。
服の下で、身体が荒ぶる。
「イズ……」
「……お姉さん。私は──今度こそ、みんなのために頑張るよ」
「……」
「だから、ね?また私が、間違えそうになったら──止めて欲しいな」
彼女の内に封じられていた、本来の姿が解き放たれていく。
彼女に宿るカレル文字、『獣の抱擁』が、人の範疇に留められていた彼女の枷を解き放つ。
左腕が、ゴキ、バキ、ボコ、メリ、と悍ましい音を立てて隆起し、捩れ、その形を変えていく。
爪は長く、鋭く、獲物を狩るためのものに、
全身が黄金の毛皮に覆われ、外敵の攻撃を退ける天然の鎧に。
それは、獣と混じり合った少女の姿。
黄金の獣が、キヴォトスに顕現する。
「フー……フー……グルルルルルルル……」
「■■■■■■■■■……!」
その咆哮は、大気を震わせる。
聞くもの全てに根源的な恐怖──絶対的な捕食者への恐怖を想起させるそれは、数kmに渡ってD.U.を震撼させた。
だが────黄金の獣は、まっすぐにペロロジラを見つめる。
その瞳には、グズグズに溶けながらも……確かに、理性の光が残っていた。
「フー……フー……もう、あの時の……あの時の私じゃない……!」
そこには、『黄金の獣』としての本能を理性で捩じ伏せた『イズ・ガスコイン』がいた。
彼女は斧を左手に掴み、直列トニトルスを使い蒼雷をその身に纏うと、爆発的な加速で瞬く間にペロロジラの眼前にまで跳ぶ。
■■!?
「ッツ!!■■■!!!!」
瞬間。
空間を焼くような大雷が、ペロロジラの顔面で炸裂する。
音すらも置き去りにし、辺りに閃光を焼き付けたその攻撃は、ペロロジラの額に大きな裂け目を作った。
あまりの衝撃で動けなくなったペロロジラの上にイズは立ち斧を頭上に構え、振り下ろす。
■■■■!!!???
それはまるで、巡航ミサイルがペロロジラに直撃したかのような衝撃。
しかし──雷は、出ていなかった。
「っ!トニトルスが……!!」
度重なる使用と限界を超えた利用により、魔改造品の直列トニトルスは既に破損していた。
D.U.に集まっていた雷雲が散っていき、青ざめた血の空だけが残る。
なおも攻撃を続けようとしたイズだったが、ペロロジラが反撃の白熱眼光を喰らい、吹き飛ばされる。
「まだ、私は────!!」
イズがそう叫んだその時──横から、翠緑の光がペロロジラに向かって飛ぶ。
「いや、十分だ!」
この好機を逃すわけにはいかないと、セイア、ルドウイーク、カイテンロボが大技を構えていた。
カイテンロボでは搭乗者5人が力を合わせ、必殺の剣を抜く。
『FINAL鯖スラッシュ!!』
凄まじいエネルギーを秘めた斬撃が、ペロロジラを一閃し──身体に消えぬ、深い右袈裟の傷跡を残す。
ぬうぅ……!!はあああぁっ!!
神秘の光が収束し、放たれるはルドウイークの絶技──月光の奔流。
それはカイテンロボの一撃とは逆……巨大な左袈裟の斬撃跡を残す。
「
セイアの聖剣は彼女の神秘を余すことなく圧縮し、最強の刃を完成させる。
一切のロスなく完成された神秘の刃はあらゆる抵抗を無視し、ペロロジラの額の裂け目に突き立てられ……足元まで滑っていった。
ペロロジラの身体の正面に、真っ直ぐ1本の線が入る。
そして、それは開き──ペロロジラが、真っ二つになった。
「っ、はぁ……はぁ……」
セイアたちの息が上がる中、ペロロジラの身体が解れていく。
シャーレの作戦司令部も、作戦成功に沸いていた。
「第1から第6までの各サンクトゥムの守護者の撃破と消失を確認!」
「各地の虚妄のサンクトゥム、破壊完了!」
「残りは第6サンクトゥムの破壊だけです!!先生!」
先生の言葉に応えるように、第6サンクトゥムにいた生徒たちも再び立ち上がる。
彼女たちの眼前には、赤く不吉な巨大な塔……あれを破壊しなければ、この作戦は終わらない。
彼女たちがそれへと一歩踏み出そうとした時──突如、司令部が騒がしくなった。
「っ!リン先輩、破壊されたサンクトゥムの座標から、超高濃度のエネルギー反応が……!!」
モモカが叫ぶと同時に、計器がけたたましい音を立てて異常を知らせる。
慌てて先生とリンが確認すれば、それはサンクトゥムの当初確認されていたエネルギーよりも大きなエネルギーがそれぞれの座標に発生し──そして、第6サンクトゥムへと集結している様子だった。
「破壊されることで逆にエネルギーを生み出した……!?」
『不味いです。この集まり方は──』
ヒマリが示したデータは、第6サンクトゥムに集まっていくエネルギーの詳細を示す。
それは、全てのサンクトゥムのエネルギーを吸収した第6サンクトゥムが、再び守護者を生み出した。
第1から第5までのサンクトゥムのエネルギーを集中した、最強の守護者を。
「……パターン、変化……第6サンクトゥムの守護者が、見たことのない変数を示しています……!」
アユムがそう言った時。
司令部に、一人の大人が入ってくる。
それは、額縁を抱くコートの男──ゴルコンダ&デカルコマニーだった。
「先生。宜しいですか?」
「ええ。現在観測で、あれは既存の守護者を超越した存在になっていることはご存知かもしれませんが……それ以上に少々、不味いことが起こっています」
「全ての記号は、その中に解釈によって導き出される『テクスト』を含んでいます。あの守護者……『ペロロジラ』と呼ばれた存在は、この都市の伝説、怪談、あるいはクリーピーパスタから生まれた『崇高』でした」
「ここで言う『崇高』とは、ビルゲンワースが語るような神の如き存在の意味ではなく。『世界を構成する要素』であり、端的に言えば『概念』……あれはそれが形となったもの」
「しかし今、それは色彩に塗り替えられた。圧倒的なエネルギーにより強引に上から書き換えられたそのテクストは──『
「それはこのキヴォトスにおいて……究極の滅びをもたらすテクスト。ゲマトリアを襲撃したかの死の神よりも、本質的に強力で──この世界ではどうしようもないものです」
「そういうこった!」
彼が語るのは、ただ「詰み」という事実。
この世界ではどうしようもない存在を前に、彼は既に諦観を抱いていた。
しかし、それでも。
先生は、前を向く。
先生は拳を握りしめる。
生徒たちを、信じて。
***
セイアたちの前に、神秘が収束し。
宇宙色のペロロジラ、その姿が再び現れ始める。
しかしその存在規模は、以前よりさらに強大で、圧倒的だった。
『っ!!対象に極超の高エネルギー反応!!退避してくださ──』
それは、一瞬の出来事だった。
警告が終わる前に、ペロロジラのハイパースパイラル熱視線が放たれ──半径
セイアは、その聖剣で即座に相殺しようとして、しかし相殺しきれずに直撃し。
イズは、障害物にしたビルごと光に飲まれ。
聖剣のルドウイークはカイテンロボの盾となり、その全身で光を受けた。
時間にしてわずか30秒。
その爆煙が晴れた時、ペロロジラに相対する存在は誰も残っていない。
そして、ペロロジラは歩き出す。
向かう先は、シャーレだった。
***
「……ぐっ……がはっ……はぁ……はぁ……」
虚妄のサンクトゥムから25km、熱線の余波によって瓦礫の山となったビルの残骸からセイアは這い出した。
相殺の判断は確かに間違っておらず、しかし全力の放出でも相殺できなかったその威力は、セイアにほぼ瀕死のダメージを与えていた。
しかし彼女もまた狩人、輸血液を入れればとりあえず動けはする。
瓦礫の山から立ち上がり、被害の全容を見るために無事なビルに上がれば、同じように吹き飛ばされてきたらしいイズがそこで横たわっていた。
虚妄のサンクトゥムまで全てが更地になったそこを、ペロロジラが悠々と迫ってくる。
全てを滅ぼす終末の獣は、世界最後の日を迎える前に散歩しているようにも見えた。
「……生きているかい?」
「……はい」
たった二人の最終防衛ライン。
ここで負ければ、確実にキヴォトスは滅ぶだろう。
軋む身体に鞭打って、彼女らは再び立ち上がる。
しかし、そこに更なる絶望が訪れる。
ペロロジラが一鳴きすれば、それは数多のエネルギーを束ね12層にも及ぶバリアを形成した。
それは1枚1枚が桁違いのエネルギーを誇っており、どうしようもないほどの防御力を誇るもの。
「……あれは……どうにかなるのか……?」
思わず乾いた声が漏れてしまうほど、ペロロジラのエネルギーは圧倒的だった。
それはセイアが見た中でも、ダントツで突き抜けている。
あの、月の魔物と同格と見てもいいかもしれないぐらいには。
「……これを使って、どうにかなるのかな」
セイアの手には、いつのまにか触手が握られていた。
それは『ゴースの寄生虫』、セイアの奥の手にして──キヴォトスでは使いたくなかったもの。
使っても勝てる未来は見えないが──それでも、あれを倒すためならば。
この身を滅ぼしてでも……キヴォトスを救えるのならば。
そう思い、強く寄生虫を握りしめようとした、その時──背後で、足音がした。
「セイア、君の悪いところだ」
「他人を頼るということを、君は先生から学ぶべきだな」
それは、
この戦いが始まって、急に聞こえなくなっていたある大人の男性の声。
咄嗟に振り返れば、そこにいたのは──見たことのない、しかし確かに見たことのある、壮年の男だった。
高い背丈に着込むのは、『処刑隊』の灰衣。
感触を確かめるように手甲を締め直し、真っ直ぐにペロロジラを見つめるのは黒い瞳。
厚く垂らされた聖布を靡かせ、彼は屋上の縁に立った。
「……なんで」
「何の因果かわからないが、私を必要としている者がいたのだろう。あるいは、かの上位者の気紛れか」
セイアが呆然とする中、彼は事も無げに答える。
ついぞ見ることのなかった、全盛の彼の背は、セイアにはとても大きく見えた。
「嘲りと罵倒。『醜い獣』とさえ呼ばれた私でも、必要とされるのならば……応えねばなるまいよ」
「『聖剣』は既になく、愚鈍で、過去に縋り付いた亡霊でも……若人たちの礎と成れるのであれば」
彼はそう言うと、セイアへと振り返る。
どことなく面影を感じられるその顔に、セイアは肩を震わせた。
「すまないが、剣を1本貸してはくれないか────っと?」
空から、一振りの大剣が振り、彼の横に突き刺さる。
それは、セイアにとっても、彼にとっても見慣れたもの。
聖剣と謳われたこともあるその剣は、しかし特別な力など宿っておらず、ただ無骨で、頑丈で、彼の手に馴染むだけだった。
「……ああ、そうだったな。お前は、お前だけはずっと側にいてくれた。聖剣と呼ばれる前から、ずっと私の
彼はそれを抜き、ただ左手で無造作に構える。
彼の、彼だけの型……かつて英雄と呼ばれた、彼だけの剣技のための型。
「……もはや『導き』は見えず、月光も宿らない。それでも私は、前に進もう」
彼は自身の神秘を練り上げる。
収束し、圧縮し、限界にまで錬成したそれは、セイアの見せた極限圧縮神秘。
剣に付与したそれは──皮肉にも、
「……先生よ、子供達を導く者よ。助太刀するぞ」
先生の言葉が、セイアが取り出した端末から聞こえる。
彼は真っ直ぐにペロロジラを見つめながら一言、口を開いた。
「
先生もまた、シャーレの屋上に飛び出していた。
遥か遠くに見えるのは、宇宙色の巨体と、その前で輝く翠緑の光。
彼はそれを見ながら、ポケットに手を入れた。