獣となったガスコインに八つ裂きにされた私は、休憩も兼ねて狩人の夢へと戻ってきていた。
肉体は目覚めをやり直すたびに完全な状態へ戻る。
……しかし精神はそうはいかない。
短時間で幾度も殺された私は、正直ものすごく疲れていた。
水盆の前に移動させていた椅子に座り、ぐったりとする。
脱力すれば眠気がやってくるほど疲労が溜まっている……このまま眠ってしまいたい……
使者たちは心配そうにあわあわと右往左往しているが、私に対してできることはない。
人形は私が心を落ち着けるために帰ってきてから飲んだ紅茶を片付けている。
そこへ、一つの気配。
感覚が鋭くなったものだ、こうして何かが来るくらいは感知できるようになっている。
ヤーナムにくる前ならば、人の来た気配など気がつくことはなかっただろうに。
「セイア、どうかね」
やってきたのはこの夢の主人……月乃カオリ。
今まで見たことのない、シンプルな装い。帽子はいつもの鋭いものではなく、コートも単純な構造のものだ。
年代物のようで、ところどころがボロボロだった。
「あ、あぁ……ヤーナムは恐ろしいところだ……」
正直にそう答える。
実際、出会った存在のほぼ全員が無条件に襲ってくる世界は恐ろしい。
数人の襲ってこない人は家の中に閉じこもっていたからね……直接会った人間で襲ってこなかったのは、アイリーンくらいだろう。
「どうかね、セイア……今は」
「ああ……なんとか聖職者の獣とやらは倒したけれど……ガスコイン神父が強くてね……もう5回目だ、さすがは歴戦の狩人の一人だよ……」
カオリに進捗を聞かれ、素直に答える。
ガスコイン神父は純粋な強者であり、自分をあらゆる方向で超えている先達。
学ぶことは多いが、同時に疲労困憊にもなっていた。
実際に殺され、しかしその上でまだ挑まなければならないともなれば……恐怖で身が竦むというもの。
その程度で折れるほど、
「……ヨセフカやギルバート、アイリーンに少女、それに老婆には会ったかね?」
出会った人を聞かれる。
名指しで言われるところを考えると、やはりまともな人間は彼ら彼女らしか残っていないのだろう。
「ああ、会った…………狩人、もしかして少女の父親は……」
未だ信じたくない事実。
これが嘘であれば、真実でなければと信じるが……
「……そういうものは、自分で解くべきだ。秘密とはそういうものさね」
暗に答えを言われた気がした。
明言しないのは、美徳であろうか。
ならばきっと、彼女の母親も……
「……ああ、わかった。私は力を得ると決めたからね。これくらいは頑張ってみるよ」
そう宣言し、改めて仕込み杖と獣狩りの短銃を持つ。
懐にそれらを仕舞い込み、疲れた身体に鞭打って椅子から立ち上がった。
……ん?なんか無性にカオリに腹が立つ?なんでだろう?
「カオリ?」
「いや、なんでもない」
ならいいのだが……
「さて、セイア。君には一つ、贈り物をしよう」
私が椅子をいつもの定位置……石垣の横に設置された鏡の前に戻すと、カオリは懐から一つの封筒を取り出した。
「……贈り物……?」
「そうさね。これを……」
渡されたのは手紙。
中身を見てみれば、そこには『カインハーストの招待状』と、
「いつか、きっと役に立つ」
「……ありがとう、カオリ」
なぜ自身の字と全く同じ字で書かれたものが存在しているのか……と疑問を持ち、すぐにカオリならば不思議ではないと思い直す。
彼女は未だ正体が分からないが……圧倒的な上位存在であることだけは、確かだった。
ちょろり、ちょろり……
偉大なる我らが上位者よ……
感謝を……
……?
なにか頭の中で言葉が紡がれたような気がした?
変な感じだ……ヤーナムに来てから
不思議なことが多いね……
「なに……頑張りたまえ。夜明けはまだ遠い……」
「ああ」
カオリは手紙を託すと、すぐに夢から去っていった。
せっかちなのか……いや、カオリも現実で役割がある。
タイムスケジュールというもののためには仕方ないだろう。
懐に手紙を仕舞えば、私もまたヤーナム市街へと目覚めなければいけないのだから。
墓地に続く【悪夢の霧】を抜ける。
獣化したガスコインにあれだけ壊されたというのに、目覚め直せば……【悪夢の霧】の向こう側は、すっかり元通り。
それは、ガスコイン神父とて例外ではない。
「獣が……また1匹狩られに来たか……」
人の姿のガスコイン神父が、墓石の向こう側から走ってくる。
開幕の散弾──はやってこない。パターンが変わったか、はたまたガスコイン神父も私と同じように学習したか。
元通りになる範囲に、記憶が含まれるかは未知数だね。
ガスコインは地面に斧を擦りながら私に斬り上げを行う。
私はしっかりとそれを避け、すり抜けざまに仕込み杖で斬りつけた。
後ろへ回った私に向け、ガスコインは斬りあげたままだった斧を振り向くと同時に振り下ろす。
音を立てて振るわれた斧はしかし、すでに一歩引いていた私には当たらず、代わりに私からカウンターで仕込み杖の斬撃を
この六度にも及ぶの戦いの間に、私は神父の防御を貫くことができるようになっていた。
武器にどう力をかければより強く攻撃が当たるか、人間のどこが防御が薄いか……そういったことが、なんとなく分かってきたから。
「獣のくせに強いじゃないか……」
その強さにガスコインが感嘆の声を上げる。
ヤーナムで初めて命を奪う経験をし。
複数の敵との戦闘の経験。
【聖職者の獣】との遭遇、そして撃破。
ガスコイン神父との五度に渡る戦闘、そして死。
それが、セイアを大きく成長させていた。
元よりセイアは大きく慢心するような性格でもなければ、戦いを楽しむタイプでもない。
打ち倒すべきものに対し、真摯に向き合い……そして貪欲に勝利を求め、目的を果たす。
覚悟の決まったセイアの戦い方とはそういうものだ。故に、セイアは自他の分析を怠らない。
一度見た攻撃、一度見た詰め方は喰らわないよう立ち回るための意識を持つことができる。
彼女は既に、戦闘の才能を開花させていた。
成長関数は直上に跳ね上がり、ハイパーインフレに突入している。
もう、未熟であるが故に
己の意思で、己の業で以て、武器を振り、攻撃を避けていく。
真の意味で、セイアは『狩人の業』を得たのだ。
身体が軽い……
ガスコインが斧を振るうが当たらない。
縦振り、横振り、斬りあげに連撃、そしてジャンプ攻撃。
その全てを避け、カウンターしていく。
時折ガスコインの行う散弾銃による銃撃も、既に私には当たらない。
ガスコインは全身に傷が増えていき、逆に私に傷はない。
透明だ、気分がいい……
「奮い立つなぁ……」
「堪らぬ狩りで誘うものだ」
ガスコインが片手斧を変形させ、両手斧になる。
「滾るじゃあないか……ハッハッハッ……ハッ、ハハハッ」
私は知っている。
彼は既に理性と本能の狭間であり、今この瞬間、既に正気ではないことを。
人々を護る為の獣狩りから、血に酔い命を奪う為の獣の闘争へと変質していることに。
斧を変形させたガスコインの攻撃は、変形前よりも多彩だ。
縦振り、横振りはもちろんのこと、長柄となったことで突き攻撃も行い、また薙ぎ払いも行うようになっている。
しかし、それもまた前回の戦いで見たことだ。
リーチが長くなり、避ける範囲が狭くなろうが……既に前回経験したことであり、やることは変わらない。
避け、カウンターを行う。
時折墓石の裏に隠れ、攻撃を遮断し一息つく……それの繰り返し。
「……」
「ハハハハッ!」
私は冷静にガスコインを観察している。
それに対してガスコインは、戦いに酔っていた。
息を整えつつ前回の戦いのことを思い出す。
前回、ガスコインは少女から預かった『小さなオルゴール』が鳴ったことで苦しんでいた。
きっと理性が本能によって塗りつぶされそうになっていた時に、思い出の曲によって理性が刺激されたからだろうと推測する。
ならば、効果があるのはきっと数度のみだろうね。
もうガスコインは獣化一歩手前、手遅れなのだ。
理性をいくら刺激したところで、獣になるのはもはや変わらないだろう。
そしてそれならば、きっと一番効果があるのは獣化した瞬間だろうとセイアは考える。
一瞬でも本能が鈍れば、獣化状態にトドメをさせるかもしれない。
前回は気が付かなかったが、思い返してみればガスコインは獣化前に一度間違いなく死んだ。
聖職者の獣がしっかりと死に至ったのを考えれば、あの状態から獣化したとて長くは生きられないだろう。
おそらくは死ぬ前の最後の命の輝き。
それがあの獣の状態だったのだ。
そして同時に、私は大型の獣を倒す方法を既に
隙さえできればいいのだ。
「何をしている、獣ォ!」
ダバァン、と音を立ててガスコインが散弾を放つも、私はそれを墓石で防いだ。
セイアは並列思考の能力もこの戦いで鍛えられていた。
いくつもの勝機を、戦いながら選び取っていく。
そしてセイアは、ガスコインの意識からあるものが外れるのを待っていた。
「があぁっ!」
ガスコインによる大振りの攻撃。
戦いに酔い、本能に近しいガスコインは、もはや戦闘当初の技量を発揮できていない。
威力は高いが、隙だらけになっていた。
「ここだね」
ダァン!
「っ!?」
冷静にその攻撃に合わせ、ガスコインに銃撃を放つ。
キヴォトスの人間である私の銃撃は、神秘の乗ったもの。
水銀弾は血質により威力が上下するが、私のそれは血質に加えて神秘の力も加算されている。
「ガアッ!?」
完全に銃のことが意識から外れていたガスコインは、その銃撃によって体勢を崩す。
血質が高いとは言えない私の水銀弾は、代わりに神秘によって強化され──ガスコインの身体を容易く貫くほどの威力となり、強靭な肉体の体幹を崩した。
「……」
冷静に近づき、ガスコインの腹に貫手を放つ。
『内臓攻撃』、聖職者の獣をも討ち倒した必殺の一撃。
素手で腹を突き破り、ガスコインの内蔵のいくつかを無造作に掴み取った私は、それを勢いよく墓地にぶち撒ける。
ベシャアッ!!
「ゴポァッ……!」
あたりに飛び散る鮮血が地面と墓石を赤く濡らした。
内蔵を引き抜かれたことが致命傷となって数歩後退り、ガスコインはそのまま地面へとその肉体を倒した。
私は油断せずに位置を調節し、懐から二つのアイテムを取り出す。
一つは小さな箱。少女から預かった『小さなオルゴール』。
そしてもう一つは、この戦いにおける切り札である、茶色い液体の入ったビンだった。
ブチブチ、バキバキと音を立てガスコインの肉体が変質し、巨大化する。
衣服は裂け、斧と散弾銃は
ゴアアァァァァアア!!!
倒れていた状態から変質が終わり、狩人の獣が跳ね起きる。
それに合わせて、私はオルゴールのネジを巻き、音を鳴らし始めた。
テン テテーン テーン テン テテーン……♪
テテテン……♪
テン テテーン テーン テン テーン……♪
ガッ……ギャァァ……
流れ始めた曲を聴き、悶え苦しむ獣。
きっと、ガスコインに残った微かな理性が人として獣を抑えようとしているのだろう。
しかし、獣になったからにはもう抑えられない。
本能が理性を振り切る前に、私はガスコインを倒してあげたかった。
手に持っていたビンをガスコインへと投げつける。
それは順調に飛んでいき、妨害されることなく獣の胴体へと吸い込まれ……ぶつかると同時に、全身を瞬く間に火に包む。
それは、聖職者の獣にも使った
狩りとは古来より炎がつきものであるらしい。
燃え盛る炎は毛皮を焼き、厚い表皮を爛れさせ、組織を破壊し動きを鈍らせる。
ゴギャァァァァ!!??
炎に焼かれ悲鳴のような咆哮をあげる獣。
私は燃え盛り悶え苦しむ獣に近づき、その心臓部に全身を使って仕込み杖を叩き込んだ。
ガァァァァァァ!!!!
ズブリ、と深く沈み込んだ仕込み杖の石突は見事に心臓へと突き刺さり、それを破壊する。
ガ……ア……
そのうめきを最後に、地面に倒れたガスコインの獣。
その身体が、再び起き上がることはなかった。
獣の肉体が目の前で爆発するかのような力の奔流と共に消えていく。
その奔流の中に、確かに一人の男の人影を見たような気がした。
「……はぁ」
どさり、と尻餅をつく。
緊迫した戦いを全身全霊で切り抜けたために、その緊張がほぐれた……
手の中には鍵、おそらくここから進むためのものだろう。
「……ん?」
ふと前を見れば、墓地の隅に何やら鈍色に光る影。
立ち上がって近くへ行って見れば、そこにはガスコインの使っていた『獣狩りの斧』が落ちていた。
……形見、かな。
……散弾銃もどこかに落ちているはずだ、探そうか。
「……」
私は、墓地の高台に来ていた。
足元には、女性の遺体と、それに寄り添うように飛ばされてきていた『獣狩りの散弾銃』が落ちている。
「………………」
女性の遺体の胸には、
「……どうすればいいんだい、私は」
罪悪感に苛まれながら、その場でポツリと呟く。
やがて彼女は遺体と……そしてブローチと散弾銃を回収し、墓地へと向かって歩き出した。
残酷な運命
壁越え、その先に何が