見たまえ!青ざめた血のアーカイブだ!   作:めろんムーン

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読者の疑惑の目線から全力で目を逸らします
この章だけだから許して……この章を書かないと、エデン3章4章、そして最終編が薄っぺらくなってしまうので……許して……



本編の前に、一つだけ注意事項
今話はセイア編の中でもターニングポイントの一つですが、同時に人を選ぶような描写があるので
閲覧注意です。


60.覚醒

 

 

 

 イズと共に家の裏手の長い梯子を降りる。

 彼女は幼い身体であるため長い梯子を降ろさせることに不安があったが、彼女もヤーナムの住民。

 血の医療を受けているのか、幼いというのに真っ直ぐしっかりと梯子を降り切って、疲れた様子も見せていない。

 

 下水路に降りれば、薄く張っている水と汚泥に足を取られる。

 腐った死体と排泄物から出た悪臭により、鼻は完全に機能しない。

 瘴気さえ出ているのだろうか、充満したガスにより視界も悪い。

 

 

「大丈夫かい、イズ。体調が悪くなればすぐ言うんだ」

 

「うん、お姉さん。今は……まだ大丈夫」

 

 

 顔を顰めつつ、彼女はしっかりとした足取りで泥濘を歩く。

 下水道に堂々と流れている死体を見たことで少し顔色を悪くしつつも、まだ元気そうではあった。

 

 

「ここでは死体とカラスに注意してくれ」

 

「死体……?」

 

「そう、死体さ。動き出すことがあるからね」

 

「そんなの、ここにいたの……?」

 

 

 そんなことを話しつつ、目先には例の腐乱死体が。

 まだ動き出していない腐乱死体を仕込み杖の変形攻撃で遠くから切り裂けば、ばたりと起き上がり、そのぐずぐずに溶けた顔を晒した。

 

 

「ひっ……」

 

 

 小さい悲鳴が後ろから聞こえる。

 グロテスクな死体は彼女には酷だろう。

 あまり近い距離で飛沫だ何だをイズに浴びせたくもないからね、安全に遠くから始末させてもらう。

 元々溶け出した存在だ、その柔らかい肉体をズタズタにするのに時間はかからなかった。

 

 生き絶えた死骸は私が先に近寄って、イズに見えないよう路地へと退ける。

 しかし、幼子にはそれでも、わかりやすく生き物を殺すというのは悪影響だったのだろう。

 血の臭いが漂うと同時に、イズは()()()()

 

 

「うっ……おえっ……」

 

「大丈夫かい、イズ……休憩するかい?」

 

 

 下水路の端で壁に手をつく彼女は、悪いものを吐き出そうとする体の機構に苦しめられていた。

 背中をさすりつつ、私は彼女に休むか問いかけるが……彼女は首を横に振る。

 

 

「ここで……休憩しても……体調が悪くなるだけだから……」

 

「確かにね。では、さっさと抜けてしまおう」

 

 

 彼女の言う通り、こんな息の詰まる場所は抜けてしまう方がいい。

 ……そういえば、狩りの瞬間をあまり見ないように言うのを忘れていた。

 狩人に染まってきているのだろうか……

 彼女にはあまりそういうものを見せたくはないというのに……

 

 

 

 

 

 下水道を進む。

 下水橋の下は下水路ではなく完全にトンネルとなった下水道、光は閉ざされ瘴気の霧により前は見えない。

 汚臭は篭って吐き気を催し、音が反響するために距離感が掴めない。

 

 五感のうち視覚、聴覚、嗅覚が使えないという、あまりに危険な場所だが……なるほど確かに、敵は居らず安全だ。

 本当に敵がいないかは未知数だから、警戒するに越したことはないが。

 

 

「こほっ、こほっ」

 

 

 イズはあまりの悪臭に咽せ、顔色はさらに悪くなり土気色。

 今すぐにでも上層へ行かせたいところだ。

 

 

 

 

 

目の前の餌を貪る。長く置いて柔らかくなった肉は、口の中で溶け消え、満たされる感覚はない。やがてその巨体の主人は鼻を鳴らし、新たな餌を探し始めた。

 

 

 

 

 

 ゴッ、ゴッ、という何かを鳴らすような音がどこからか聞こえてくる。

 背後を警戒するが、トンネルの入り口の光は変わらない。

 となればこの音は後方ではなく前方、尚且つ今まで聞こえなかったということは聞こえるようになった距離に何かがある、もしくは居るということ。

 相も変わらず反響音で正確な距離はわからない、安全のためにも見に行ったほうがいいか。

 

 

「イズ、私が先に様子を見るから君はここで待っていてくれ」

 

「うん、わかった。気をつけてね、お姉さん」

 

 

 イズを置いて下水道の奥へと進む。

 だんだんと大きくなる異音は、一定の周期ではなく不定期に鳴っているようだ。

 そして徐々に聞こえてくる、足音の様な水音。

 下水道の奥から微かに、しかし確実に伝わってくる、重い振動。

 

 ここまで条件が揃えば、流石に見ずとも異音の正体が生物であるとわかる。

 それも、橋を揺らすほどには巨大な。

 

 巨大な敵と、この下水道内の劣悪な環境で戦うのは避けたいが……外に続く道にはイズがいる。

 避難させ、脅威を排除してから進むか……そう考えて踵を返そうとしたその時。

 

 

 ()()()

 

 

「っ!」

 

 

 頭に声が響くと同時に、本能が最大音量で警鐘を鳴らす。

 生命の危険を感じ取った肉体は即座に逃走を選択し、準備を終わらせた。

 

 

■■■■■■■■■■■■!!!

 

 

 瞬間、下水道の奥から凄まじい啼き声が響き渡り、空気を揺らす。

 狭い下水道内で反響した結果、その咆哮は名状しがたい不協和音となり通り抜けていく。

 風圧で瘴気が背中側に叩きつけられると同時に、私は全速力で来た道を走り出していた。

 

 

 

「イズ!!逃げろ!!」

 

 

 

 こちらを伺っていたイズが、下水道入り口に走り出したのが見る。

 背後からはまるで下水道全体が揺れているかと錯覚するほどの大きな振動が迫ってきている。

 水と汚泥に足を取られ、思うように走れない中、イズはなんとか外に出て道端へと除けられたらしい。

 

 続けて私も、下水道から走り出た瞬間──全身に激痛が走り、私の身体は宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トンネルを走り抜けて道端に逃げた私の耳に、大きな、何かがぶつかったような音が聞こえた。

 振り返って見えたのは、セイアお姉さんがとっても大きな何かに撥ね飛ばされた瞬間。

 私よりもずっと強いはずのお姉さんは、ボロボロになって宙を舞っていた。

 

 

「っ……!」

 

 

 べしゃり、と嫌な音を立てて落ちたお姉さん。

 あたりにはお姉さんの持ち物が散乱しているけれど、私にはそれを気にする余裕はなかった。

 

 

ゴッ、ゴッ……ブヒッ

 

 

 大きな何かが、じっくり、ゆっくりと私の方へと向き直る。

 ……まるで、美味しそうなご飯を見つけたみたいに。

 

 

「ひっ……」

 

 

 お姉さんを撥ね飛ばした大きな何か……それは、とっても大きな、血塗れの豚さんだった。

 口元を歪ませて、まるで嗤っているみたいに私を見るその姿は、とっても怖くて……

 

 ぽたり、ぽたりとヨダレを溢したその豚さんは、私なんて一口で食べられてしまいそうで、たぶんそれは本当のことで……

 

 

ブヒッ!ブヒーーッ!!

 

 

 

「い、いやっ……!」

 

 

 大きく吠えた豚さんは、のしのしと音を立てながら私にゆっくりと近づいてくる。

 ゆっくり下がっても、私の身体は壁際に追い詰められて……逃げられない。

 

 すぐに豚さんは私の目の前まで来て、その生暖かい吐息を私に吹きかけた。

 

 

ブフーッ……ゴヒッ!

 

 

「や、やめてっ……きゃっ……!?」

 

 

 豚さんは私の服を噛むと、ゆっくりと水路の真ん中に放り投げて……私の身体はぐっしょりと汚水に濡れる。

 豚さんは私の上にゆっくりとのしかかると、グッと私の身体を踏みつけた。

 

「い゛っ……いたぃっ……!」

 

 身体が軋む。

 今すぐにでもお腹が爆発してしまいそうなくらい、重い。

 私の懇願が伝わっているのかいないのか、豚さんがニッとより深く嗤った気がした。

 そして、私の顔の前にゆっくりと口を近づけて……

 私の()()を、その口に含んだ。

 

 

「っ……!やだっ……!やだやだやだやだっ……!!いや゛っ!!や゛ぁ゛ーーーーーっ!!!!」

 

 

 何が起きるのか、いやでもわかる。

 鋭い牙はすでに私の腕に何本も突き刺さって、痛みが脳に叩きつけられる。

 私の泣き叫ぶ声も無視して、豚さんは徐々に噛む力を強める。

 徐々に歯が腕に刺さり、上下から顎に挟まれた腕はどんどんとキツく、強く圧迫されていく。

 

 

「おとお゛さんっ!助けてっ゛!や゛だっ!おがあさんっ!!や゛ぁ゛っ!あぁ゛ぁ゛あっ゛!あ゛ぁあ゛あぁ゛ぁ゛ぁぁあ!!」

 

 

 ギリギリ、ギチギチと肉が裂け、端からつぶれていく感覚と、頭が真っ白になりそうなほどバチバチと弾ける痛み。

 激痛に声にならない悲鳴をあげながら、左腕から意識を逸らそうとして、それでも潰される左腕を見て見ぬ振りなんてできなくて。

 

 

 

()()()

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!!!!」

 

 

 割れるような音の後、ぐちゅりと潰れる音がして、腕の感覚が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛………あ゛あ゛………………」

 

 

 べしょり、と音を立てて、イズの左腕が下水路に落ちる。

 悪趣味なのかなんなのか、豚は腕を潰しただけで今はいいのだろう。

 繋がったままの左腕はぐちゃぐちゃに潰れ、豚の牙によって穴だらけにされ、しかしまだ辛うじて繋がっていた。

 

 

「っ……!!」

 

 

 それを、私はただ黙って見ていることしかできない。

 豚に撥ねられた時に防ごうと挟んだ右腕は救いようがなく潰れ、動かせず。

 地面へと叩きつけられた時に、左腕も折れたらしい。

 ヘイローの防御を貫いて一撃で私を戦闘不能にした豚は、底知れぬ悪意の詰まった嘲笑をこちらへと向けている。

 懐から散らばった輸血液も拾えず回復もできず、ただ無力を噛み締めることしか許されない。

 

 

ブヒッ

 

 

 豚は一度鳴くと、鼻先でイズの身体を押し除けた。

 軽い身体はなんの抵抗もなく転げると、私の目の前へと来て止まった。

 

 

「イズっ……!」

 

「あ……う……」

 

 

 思わず声を上げた私の目に映るのは、凄惨な怪我を負ったイズの姿。

 彼女の瞳に光はなく、喉からは息と声にならない呻きが漏れ出て、全身を痙攣させていた。

 

 グシャグシャに潰れた左腕は、もう真っ当な方法では治らないだろう。

 キヴォトスの医療でも時間との勝負になりそうなほどの怪我は、大きな傷跡になりそうなものだった。

 致命傷でないことが、せめてもの救いだろうか。

 とはいえ、この状況ではなんの意味もないことだが……

 

 どうにかならないか……?

 何か、手はないか……考えろ、考えろ……!

 

 死しても蘇れる私と違い、彼女はただの一市民。

 死ねばそれで終わってしまう存在。

 

 今仮に、目覚め直したとして。

 彼女が目覚め直しによって、元に戻る確証はない。

 目覚め直しは、ある転機で時間が進むようだ。

 ギルバートの病状が進行していたように、ヨセフカの雰囲気が変わったように……そして、イズが痺れを切らして両親を迎えにいくと言い出したように。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 私が目覚め直した瞬間に、彼女が豚の前に放り出されるのだとしたら?

 その時点で一巻の終わりだ。

 そもそも、戻ることを前提に、今の彼女を見捨てる選択肢など取れる筈もない。

 

 その選択肢は、絶対に取ってはいけない。

 もう、手の届くところでは何も手放さないと……そう決めたのだから。

 

 しかし現実は残酷で、身体は言うことを聞かず。

 正に私たちの命は風前の灯、生殺与奪の権は目の前の豚が自由にしている状態。

 

 豚は、何が楽しいのかそうして思考を回しながら呻く私と、虫の息のイズを舌舐めずりしながら眺めていた。

 まるで、虫を潰しそれがどう動くか見て楽しむ子供のように。

 私たちを甚振って、楽しんでいるのだ。

 

 いつ気が変わって私たちを食い殺すかわからない。

 その前に、なんとかしなければ──バシャンッ!────っ!?

 

 突然の水音。

 しかし、脳内に響く()()()()()ではない。

 

 音の主人は……イズだ。

 

 

「お、とう……さん……」

 

 

 ぽつり、と口から言葉を溢しながら、彼女は自由な右手で何かを掴んでいた。

 それは、()()()()()()……

 ()()()()の入ったそれは、私の懐からばら撒かれたもの────!

 

 

「っ!イズ、それを私に刺してくれ!」

 

 

 悪い予感がした私は、咄嗟にそう叫ぶも……彼女の耳には、届いていないように見える。

 瞳は虚に震え、腕はガタつき、しかし握り締める手は注射器を割り潰しそうなほど力を込めて。

 白くなるほど力んだその手を、彼女は()()()にして、全力で振り上げた。

 

 

 

「っ!ダメだ、イズっ!それはっ!!」

 

 

 私が静止の声をあげたのと同時に、彼女はその注射器を()()()()突き刺し。

 その中に入った輸血液を、体内へと押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと()()は立ち上がった。

 下水滴る服を気にすることもなく、ただ両の足で真っ直ぐと。

 

 豚は彼女が起き上がったことに苛立ったのか、頭突きをしようと頭を振り……

 勢いをつけたその頭部による一撃は、彼女によって放たれた()()()()()により弾かれた。

 

 

「あはっ……あはははっ……」

 

 

 彼女の左腕は、先程のことなどなかったかのように再生し、ハリのある艶やかなものへと戻っている。

 その手に握られているのは、セイアの短銃。

 

 

「あははははははっ!」

 

 

 体勢を崩した豚になど目もくれず、彼女は自身の髪へと手をやる。

 そうして掴むは、彼女の編んだ髪を留めていた、()()()()()

 端を掴み一息に引き抜かれたソレは宙で翻り、瞬間、彼女の右腕に()()()()()()()

 

 

「はぁ……」

 

 

 一息ついた彼女は、無造作に豚へと向き直る。

 体勢を立て直した豚は、その姿を見ようと目を凝らし……瞬間、恐怖に身が竦んだ。

 

 その目に映ったのは、紛れもなく自分を殺す存在(狩人)だったのだから。

 

 

 翠の服は茶に染まり、黄金の髪は振り解かれ。

 口は無愛想に結ばれ、その立ち振る舞いは何気ないものだというのに存在感が重圧を帯びている。

 瞳は濁り……しかし、その眼光には全てを轢き潰すような殺気が宿っていた。

 

 

「わかっちゃったの。私」

 

 

 そう口にすると同時に、彼女は何気なく一歩を踏み出した。

 豚はその圧に当てられて身動きが取れず、目が離せなくなる。

 

 

「なんで、こんな夜に外に出たいって思ったか」

 

 

 また一歩、彼女が踏み出す。

 今まで感じたことのないほど動悸は激しくなり、自然と豚の息が上がる。

 

 

「なんで、いつもは待てたのに、今日だけ迎えに行こうって思ったのか」

 

 

 いつのまにか、少女と豚の距離は無くなっていて……彼女は、豚の額に手を置いた。

 瞬間、豚は我に返ったかのように踵を返し────

 

 

()()()()ためだったのね」

 

 

────少女の白い右手が、豚を貫いた。

 

 

 

 

 

「な……あ……」

 

 豚の腹から吹き出した鮮血が、イズを赤く染める。

 何気ない動作で豚から引き抜いた臓物を下水に捨てると、彼女は私の方を向いた。

 右手の白かったリボンは、汚物と悪血に染まり、まるで()()()()()へと変質しているようだった。

 

 

「おねえさん、ありがとう。私を連れ出してくれて」

 

 

 私が祈ったのは、邪神であったのだろうか。

 無垢であったはずの少女の一言は、私の心にヒビを入れた。

 

 

 

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