見たまえ!青ざめた血のアーカイブだ!   作:めろんムーン

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お知らせ
『32.黒い手の裏の夢』
上記の話にて、この後の時系列が合わなくなるため展開を修正しました。
アイリーンの狩人狩りを示唆する部分を削除し、別のものへと変更しています、本当に申し訳ありません。
ご考慮お願いします


61.最果てへの道

 

 

 

「ここだね、お姉さん」

 

「……」

 

 

 オドンの地下墓、その片隅にて。

 二人の黄金が、小さく簡素な墓の前に立っていた。

 

 一人は、汚れたワンピースを身に纏った少女。

 右手に巻いたリボンからは未だ鮮血がしたたり、その瞳は濁りきって見通すことはできない。

 

 一人は、狐耳と尾の生えた少女。

 後頭部の光輪の輝きは褪せかけ、俯いて表情は伺えない。

 

 

「……そっか。お母さんも、お父さんも、もう帰ってこないんだ」

 

「…………ああ」

 

 

 少女の瞳から、一筋の涙が溢れる。

 それはやがて、大粒となり……幾滴も、地面へとシミを作り出した。

 土を盛られ十字を刺しただけの簡素な墓はヤーナムには不釣り合いであり、それ故にイズはそれがセイアが成したものであることを理解していた。

 

 

「……これが、遺品だ」

 

 

 セイアが懐から、四点の品を取り出した。

 短銃、斧、ブローチ、そしてオルゴール……それらが、形ある残ったもの。

 イズはそれを受け取ると、悲しそうに見つめ……ブローチとオルゴール、そして左手に持っていた赤(・)い(・)本(・)を墓に供えた。

 

 

「……いいのかい?」

 

「うん。持ってても、壊れちゃうかもしれないから」

 

 

 表紙に書かれた『血(・)族(・)名(・)鑑(・)』の文字は、泥に塗れている。

 豚との遭遇で、当然ながら取り落としていたこれは……汚水を吸ったために、もう読めそうになかった。

 

 

「お姉さん、落ち込まないで」

 

「……」

 

 

 イズは静かに泣きながらも、声を震わせることなくセイアへ語りかける。

 黄金と宇宙が半々程になるまで変質したそのヘイローが、今のセイアの精神状態をそのまま表しているようだった。

 

 

「お姉さんが一緒にいてくれなかったら、私はあそこで死んでたから。お姉さんが声をかけてくれなかったら、私はずっとお母さんとお父さんのことを知らなかったから。だから……お姉さんは、悪くないよ」

 

「しかし……「それにね」……」

 

 

 セイアが顔を上げる。

 血の気が引いて青ざめたその顔は、今にも倒れそうな病人のようだった。

 セイアが紡ごうとした言葉は、イズが口を開いたことで止められる。

 

 

「私、いまから何すればいいのかわかるの」

 

 

 ガチリ、と変形させた斧を片(・)手(・)で持ち、散短銃を左手に供える。

 それは凡そ人に許されることではなく、ましてや非(・)正(・)規(・)の(・)方(・)法(・)で狩人となった存在が行えることではない。

 

 

「……狩りを、するのかい」

 

「うん。この夜を終わらせなきゃいけない……そんな気がするから」

 

 

 セイアは、彼女の右手を見つめる。

 その腕に巻き付く赤(・)黒(・)い(・)そ(・)れ(・)は、一体いつからセ(・)イ(・)ア(・)に(・)匹(・)敵(・)す(・)る(・)ほ(・)ど(・)の(・)神(・)秘(・)を纏っていただろうか。

 明らかに、何者かの作為的な干渉があったとしか見られない。

 セイアは、イズを引き止めようとして……それをやめた。

 

 

「ふふ、ありがとう、お姉さん」

 

 

 いつのまにか、彼女の涙は途切れていた。

 その顔に元の天真爛漫さはカケラもなく、あるのはただ『狩人』としての眼光。

 

 二人目の黄金、現れぬはずの規格外(イレギュラー)。

 

 運命から外れた代償は大きく、残酷で、狂おしい。

 

 

「……じゃあね」

 

「……」

 

 

 イズが地下墓を去った後も、セイアはただ立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傲慢だった。

 力を手に入れて、強敵を倒し、驕っていた。

 自身が弱者の側であるということを、驕れば死ぬということを、誰かを護ることなど未だ到底できないことを、忘れていた。

 

 イズは私に非は無いと言うが、あの豚を排除できず、あまつさえ彼女をこちら側に引き込んでしまった原因は間違いなく私。

 あの豚に追いかけられた時も、何かやりようがあった筈なのだ。

 冷静に向き合えば、何か──

 

 

「セイア様」

 

「……人形」

 

 

 深々と椅子に腰掛け項垂れるセイア(私)へと、彼女は声をかけた。

 その手にはトレーを持ち、紅茶とケーキを載せている。

 

 

「……すまない、そういう気分ではないんだ。下げてくれるかい」

 

「いいえ、セイア様。今これを下げることはできません」

 

「……」

 

 

 毅然とした様子で言い切った人形に、思わず目を向ける。

 今までこうして対立する意見をはっきりと言うことのなかった人形に驚く中、彼女は続けて口を開く。

 

 

「『セイアが折れそうな時に、手助けすること』……そう、狩人様に言いつけられています」

 

「カオリか……」

 

 

 脳裏に彼女の笑みが過ぎる。

 相変わらず先読みに秀でている、私のように未来が見えていたわけではないだろうに……

 いや、見るまでもなくこうなることはわかっていたのかな。

 彼女が通った道であるならば、何が起きるかも知っているはずなのだから。

 

 

「それに……セイア様がそう気落ちしている姿は、あまり私も見たくはありませんから」

 

「……そうか」

 

 

 人形にまで言われるほど、今の私の顔は酷いものだったらしい。

 そして、これは私の罪ではないのだとも、暗に言われているようだった。

 

 薄々気がついていた。

 イズはおそらく、カオリの想定では生(・)き(・)残(・)れ(・)な(・)い(・)のだろう。

 親を亡くし、滅びかけの街で孤独になることが何を意味するか……分からないはずが無い。

 どのような道程を辿ろうとも、最終的にはそ(・)う(・)な(・)る(・)運命なのだ。

 

 オドン教会ではなく、ヨセフカの診療所を教えれば良かったのか?

 恐らくは否だろう、診療所へと避難を呼びかけていたあの女医からは、怪しい雰囲気を感じ取れた。

 あの診療所には『何か』がある。

 

 となれば何も伝えないのが正解なのか?

 それも、恐らくは否だ。

 赤衣が言っていたように、いずれは香が尽きて家へと獣が押し入ってくる。

 そうなれば幼い彼女ではどうにもならず、無惨に喰い殺されてしまうだろう。

 

 オドン教会の地下の豚を避ければなんとかなったのか?

 その可能性は大きい。

 例えば、老婆の家の近くの昇降機で下水橋に降り、なんとか市民と火球を退ければ。

 安全にオドン教会へと彼女を連れて行くこともできたかもしれない。

 もし、その道を選んでいれば……

 

 

「……ぁさま、セイア様?」

 

「っ……すまない、考え事をしていたよ」

 

 

 肩を揺すられたことで、人形に呼ばれていたことに気がつく。

 思考に没頭し過ぎて周りの話が聞こえなくなっていたらしい……

 

 顔を上げれば、いつのまにか用意されていたテーブルの上に一通りの茶会の準備が完了していた。

 使者が手招きしているのに手を振りかえしつつ、人形に礼を言おうと口を開いた瞬間──

 

 

「えい」

 

「もっ!?」

 

 

──口の中に、甘い味が広がった。

 

 

「にんひょう!?」

 

「セイア様、いつまでもそうして自身のせいであると思うのはいけないと私は思います」

 

「……」

 

 

 ケーキを口内に残しつつするりとフォークを引き抜いた人形は、そう言って皿に乗ったケーキを更に切り分ける。

 

 

「セイア様。これは狩人様からの受け売りなのですが……全てが望み通りにいくと考えることこそが、傲慢なのではないでしょうか」

 

「……」

 

「全てを救う、というのは確かに素晴らしいでしょう。そして、手の内のものを溢さないように……というのも、また重要なことです……あーん」

 

 

「あーん!?」

 

 

「あーん」

 

 

 真面目な語りの後に差し込まれた人形の行為に、思わず声を上げてしまう。

 ずい、と私に差し出されたケーキはクリームが顔につきそうなほど押し付けられ、早く食べろと急かされている。

 強引な彼女を止めようと手で制しようとした時、彼女はまたしても先手を取った。

 

 

「食べないのですか?セ(・)イ(・)ア(・)さ(・)ん(・)」

 

 

「っ!?」

 

 

 場違い感に文句を言おうとしたその時、聞き覚えしかない声がし思わず動揺する。

 脳裏によぎるのは、キヴォトスで親しかった彼女の姿。

 思わずケーキから目を離して人形を見やれば、イタズラがうまくいったとばかりに微笑んでいた。

 

 

「以前セイア様が眺めていた『ご友人』に、私の声がそっくりでしたので……真似させていただきました」

 

「肝が冷えるからやめてくれ……」

 

 

 以前から人形の声は私の友人……ナギサに似ていると思っていたが、こうも声音を真似されれば間違えそうになる。

 人形は軽く笑うと、一度ケーキを戻して机へと置く。

 

 

「セイア様。停滞は身を滅ぼします。いつまでも立ち止まっていては、彼女に置いて行かれてしまいますよ」

 

「しかし……イズがああなってしまったのは、確実に私のせいだ。私が、安全な道を選ばなかったために……」

 

「そこです」

 

 

 人形は指を私の口に当て、言葉を堰き止める。

 硬質な指に熱はなく、ひんやりとした心地よさを感じながらも、私は彼女に目線で何かと訴えた。

 

 

「セイア様。過去は変えることはできません」

 

「……」

 

 

 コクリ、と静かに頷く。

 過去というのは不変であり、何者も干渉することはできない。

 予知夢を見ていた私も、過去を夢見ることはなかった。

 故に過去は消える事なく、永遠に蝕むのだ。

 

 

「過去は変えることはできない。であれば、セイア様が今為すべきことは、なんですか?」

 

 

 人形の問いかけに、脳が疼く。

 ちょろり、ちょろりと垂れる水の音が、一層大きくなる。

 為すべきこと、力を得ること。

 何者にも負けることのない、全てを救う力を得ること。

 滅びに抗うために。

 

 

「進(・)む(・)こ(・)と(・)」

 

「はい、そうです」

 

 

 勝手に口から溢れでた言葉は、強い意味を持って現れた。

 途端に思考が切り替わり、過去を置き去りにする。

 薄情だ、自分でもそう思うが、それを私が得たのはこの悪夢のような街でのこと。

 後悔の念は薄れて、自分の心へ溶け消え始めていた。

 

 

「セイア様。イズ様は最早セイア様の庇護下ではありません。対等の存在……狩人様になったのですから」

 

「……いや」

 

「……?」

 

 

 人形がそういうが、私は彼女を切り捨てたわけではない。

 あくまで折り合いをつけただけ、心を見つめ直しただけ。

 

 為すべきことを、為すだけだ。

 

 

「私は彼女を見捨てない。たとえ溢れ落ちたのだとしても、まだ掬い上げることはできるのだから」

 

「……」

 

 

 それは、新たな信念。

 私にとっての、大きな我儘。

 

 だけれど、それでいい。

 たまにはミカの真似をしてみるのもいいだろう。

 愚直に、真っ直ぐ、正直に。

 欲しいものに向かって、一条の道を創り疾るというのは。

 

 

「……ふふ、陰りがなくなりましたね」

 

 

 そう言って、彼女は『ケーキ』を私に差し出した。

 甘露な味、私の罪の象徴。

 

 私はそれを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……あ……?」

 

 

 私、なんで寝っ転がってるんだろう。

 お姉さんと別れて、教会に登って……赤い服の人とお話しして……

 

 不(・)思(・)議(・)な(・)灯(・)を(・)点(・)け(・)て(・)……

 

 

「……なに、ここ」

 

 

 顔を上げれば、目に入ってくるのは古い建物。

 ヤーナムにあるものの中でも特に年季の入ったように見える。

 建物の基礎は生垣になっていて、そこには人形が捨てられたように置かれている。

 家の周りにはお墓が建ち並んで、花が咲いていた。

 

 

「……どこなんだろう」

 

 

 辺りを見回せば、そこは天空。

 今私がいる場所は庭園のようで、敷地外を見れば下には雲海が広がっている。

 空には月、遠くには天を貫く柱。

 ただただ、困惑するしかない。

 

 

「……とりあえず、あそこに行かなきゃ」

 

 

 何もわからない私は、とりあえず一番最初に目についた古い建物へと入ることにした。

 

 

 




強者どもの夢
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