「……お爺さん?」
庭園に立っていた一つの建物、その中には一人のお爺さんがいた。
片脚がどうやら無いみたいで、そのせいなのか車椅子に乗っている。
静かな雰囲気の彼は、幻かと思うほど存在感がない。
「……ん?」
瞼を閉じていたそのお爺さんは、私の声に反応してゆっくりとその目を開けた。
何回か瞬きしたあと、ゆっくりとこっちへ向いて、驚いたみたいに目を丸くする。
「……まさか、このようなことが起きるとは……なぜだ……
ぽつり、ぽつりと呟くその人を前に、私はどうすればいいのかわからなくて立ち尽くす。
周囲には本が縦積みにされたり、何かの道具が置かれていたりと、たぶんこのお爺さんのものがそこかしこにある。
たぶん、この場所はお爺さんの家……?
「……ふう、済まない。君が新しい狩人かね?お嬢さん」
少しして考えが纏まったのか、落ち着いたのか、お爺さんは私の方へと声をかけてきた。
こくりと頷くと、お爺さんは安心したように私に頷き返して口を開く。
「ようこそ、狩人の夢に。ただ一時とて、ここが君の『家』になる。自分の家のように扱うといい……済まないね、君のような年齢の狩人は初めてで少し動揺してしまったよ」
「……大丈夫よ、お爺さん」
私が返事を返すと、お爺さんはにこりと微笑んで手招きする。
私は素直に近づいて、お爺さんの話に耳を傾けた。
「私は……ゲールマン。君たち狩人の助言者だ。君は、ただ獣を狩ればよい。それが、結局は君の目的にかなう。狩人とはそういうものだよ、直に慣れる……」
「……」
お爺さん……ゲールマンさんはどこか淋しそうに、そして哀しそうにそう言った。
私の目的……なんだろう。
私に目的なんてない。
私に夢はない。
ただ一つ、獣を狩ること……それだけが、今の私に残っている道。
「……君は……いや、なんでもない。時が来れば分かるだろう。血に呑まれないよう気を付けたまえよ」
「……うん」
血に呑まれる……っていうのは、一体何のことなんだろう。
輸血液を刺した時の……あの感覚のことかな?
万能感、何でもできそうな全能感。
地下墓に行った時には無くなっちゃったあの感覚は、とっても楽しくて……でも、どこかいけないものな気がした。
「……ここの紹介もしておこうか」
話題を切り替えるためなのか、ゲールマンさんはそう言って空気を変えた。
ぽんぽんと私の頭を撫でながら、後ろにある作業台を指し示す。
「この場所は、元々狩人の隠れ家だった。血によって狩人の武器と肉体を変質させる……狩人の業の工房だよ。もっとも、今は幾つかの道具は失われているがね」
「……ふぅん」
武器を強化……肉体を変質……
よくわからないけど、それをすれば……もっと、強くなれるのかな……
「残っているものは、全て自由に使うとよい……君さえよければ、あの人形もね……」
「……人形?」
家の下に捨ててあった、あの人形のことかな?
使う……どうやって……?
「直にわかるさ……今宵は月も近い。獣狩りは、長い夜になるだろう。焦らず、気を永くしていきたまえ」
「……」
気を永く……それでもいいかもしれない。
特別急いでいるわけでもないし。
ゆっくり、余裕を持って……一歩一歩、進んでいけばいいはず。
「ところで、その腕に巻いた
「……あ」
ゲールマンさんに言われて、ずっと腕にリボンを巻きっぱなしだったことに気がついた。
いつのまにか血は取れていて、綺麗な真っ白のリボンに戻っている。
服の血とか汚れも取れているのは、この場所の力なのかな?
「……巻きっぱなしだったみたい」
「……会ったばかりだが、君はなかなか面白い子のようだ」
「……むう」
腕からリボンを解いて、髪を結び直す。
それだけで、どこからか物凄い力が湧いてくるようだった。
前とは比べられないぐらい強い力が、私の身体にあるのが感じられるから。
「……君の名前を聞いていなかったね。私に教えてくれるかね?」
リボンを巻き終わって、用もなくなったと外に出ようとして、背に声をかけられた。
……特に黙っている理由もないし、これからお世話になるかもしれない。
私はゲールマンさんに振り返らず、一言だけ残した。
「イズ・ガスコイン」
「やぁ、お婆さん。無事に着いたみたいだね」
「……なんだい、あんた。恩を着せようってのかい?だったら、とんだお門違いさ」
聖堂街の中心、オドン教会にて。
私は避難してきた老婆に話しかけていた。
私を見るなり嫌な顔をする彼女に、私は苦笑いをする。
獣耳だ尻尾だと、私のことを排除しようとしないだけでも彼女はできた人であった。
「ヤーナムがこんなことになったのも、お前らよそ者の所為に決まってる。あたしらの血を、お前らが汚したに決まってるんだ」
「はぁ……」
よくわからないが、彼女はそう信じているらしい。
血を汚す……とはどういうことなのだろうか。
結婚などで血を混ぜることか、はたまた違うことがあるのか……
「あたしゃあ知ってるんだよ!」
声を荒げ顔を背けると、彼女はそれっきりこちらを見なくなってしまう。
その姿は
「やあ、赤衣」
「おお、狩人さん!」
老婆との話を終え、次に話しかけたのは赤衣。
現状最も話が通じるであろう彼が、今は一番信頼できる相手だった。
「ありがとう。あのご老婆に、あんたがここを教えてくれたんだろう?いや、俺なんか話しかけてももらえないけど、でも……やっぱり、誰かが助かったのなら嬉しいよ」
「……そうだね」
数少ない善性。
ヤーナム市街の家々では戸を叩いても老婆のように追い払われるのがザラであるために、余計に異常に思える。
ギルバート、イズ、アイリーン……ギルバートは余所者、イズは幼い子供、アイリーンは……なんだろうか?
何か共通点でもあるのだろうか。
「また、まともな生き残りを見つけたらさ。『オドン教会』に逃げてこいって、伝えてくれよな……ヒヒッ」
「ああ、わかった。ところでここに少女は来なかったかい?」
「ああ、来たよ……俺と一言二言話したら、
……消えてしまった?
一体どういうことだ……?
私みたいに……ということは、もしや狩人の夢に入ったのだろうか。
しかし彼女は狩人の夢に来ていない……何が起きている?
……何はともあれ、進まないことには何も始まらない。
私が目指すべきは大聖堂であり、そこにあるらしい『青ざめた血』というものなのだから。
仮に何かの夢へと入ったのだとしたら、私では追跡のしようがない。
イズに関しては、一旦置いておくとしよう……
聖堂街の敵は、教会所属の狩人のようだった。
ランタンと硬質な杖を持った、黒衣の遣い達。
大斧を持ち彷徨う、見上げるほどの巨人。
厄介だが、倒せないほどではない。
強いて言えば、ヤーナム市街の大橋を一望できる高台にいた鉄球持ちの巨人だろうか。
鎖の範囲も広く、巻き込まれればひとたまりもなさそうだったね。
高台では望遠鏡と、よくわからない結晶を拾えたが……望遠鏡はともかく、このよくわからない結晶はなんなのだろうか。
階段を上り、閉じられた門へと辿り着く。
直感に従い『狩長の証』を掲げれば、どのような原理か門は上がり、大聖堂の膝下へ迫る道ができた。
大聖堂の膝下にあったのは広場……それも、墓地のようだった。
街の中心にあるそれは、おそらくは殉教者の墓地か……はたまた聖人の墓地だろう。
しかし死体は転がり、ここでも巨人は闊歩し……とても、死者を偲ぶ場所とは思えぬ惨状だった。
「全く、刃が通りづらいからあまり戦いたくないんだが」
巨人を片付けた私は、大聖堂へと向かおうとして……足踏みすることになる。
「……これは、どこから先へと進めばいいんだい?」
そこにあったのは、広場に入る時にもあった門。
しかしそれに『狩長の証』を示しても開かず、レバーはどうやら門の向こうにあるようだ。
すぐ先に大聖堂が見えているというのに、入り口がわからないとは……
「……仕方ない、抜け道を探してみようか」
広場へと引き返し、
目の前にいたカラスを始末し進めば、下へと進む階段。
風車が見える景色を通り過ぎて下へと降りれば、そこは扉で塞がれていた。
「……こちらも行き止まりかい?」
これまでの経験からして、通ることのできる場所ではない。
この先に何かあると直感は訴えてきているものの、大聖堂に通じているわけでもなさそうだ。
一体どういうことなのだろうか。
そう思いながら踵を返したその時、場の空気が少し、しかし明らかに変わった。
「ぱぁすわぁーど……」
「っ!?」
唐突に扉の奥から響いたその言葉に、咄嗟に身構え飛び退る。
無機質で、その在り方はカオリが用意したゲールマンに似ているが……それとは比べようもない
「合言葉だ……」
……合言葉?
一体何のことだ……このヤーナムの地で、合言葉を唱えなければいけないほどのものがこの先にあるのか?
……合言葉がわかったら、改めてくることにしよう。
「ヴォイイイイイ!」
「邪魔だよ」
「ゔぉ……ゔぉい……」
途中で出てきた、タコ頭の浮浪者のような見た目の敵を倒し、柵の合間から飛び降りて大聖堂の方向へと進む。
どうやら高台があり、建物の屋根に出られるようだ。
屋根伝いに歩いていき、たどり着いた先は門の裏手。
待ち伏せていた犬を抹殺しつつ、門を開く……これで、再度来る時は楽になるはずだ。
「さて……厄介だね」
門から振り返り、大聖堂を
その視界に広がっているのは、大階段。
そして、四人の『教会の使い』に大階段を塞ぐように立つ『教会の大男』。
「……行こうか」
私は仕込み杖を変形させ、こちらへ向かってくる使い達へと駆け出した。
「……ふぅ」
斧についた血を払う。
初めての獣狩りは、あっさりと終わった。
薙げば身体は千切れ飛び、振り下ろせば左右に分かれる。
お父さんの斧と銃は、どうやらとっても強いみたいだった。
足元に転がった人を道端に退けて、私は
オドン教会から進んで、下へと降りる道。
お父さんは医療教会があんまり好きそうじゃなかったし、大聖堂に行く理由もなかったから下に降りてきたけど……教会の一階は、中央に大きな石棺がある以外は特に何もなく行き止まりだった。
二階には何かあるのかな?
なかったら、大聖堂の方向に行かないといけない。
ヤーナム市街の人たちには、お世話になった人も沢山いるし……そんな人たちを狩るのは、嫌だから。
戻るわけにはいかないよね。
「……あ、レバー」
偶然見つけたそれを下げれば、一階にあった大きな石棺が音を立てて動いて、その下にあった階段が姿を現す。
「……なんでこんな仕組み?」
確かにヤーナムには片側からしか動かない門だったり、エレベーターだったりがあるけど……こんな変な仕掛けもあるんだ……
あ、まだ覗いてなかったテラスも見ておかなきゃ。
「……男の人?」
教会のテラスに出てみたら、あったのは記念碑……そして、そこに祈りを捧げる、一人の男の人だった。
聖布を背中に示した彼は、私の声が聞こえたのか、立ち上がり振り返る。
「……おや、お嬢さんですか……それとも、その武器を持っているということは獣狩りの狩人ですか?」
私の姿を一瞬で捉え、次いで両手の武器を見てそう言った彼は、優しげな雰囲気を纏っている。
ニコリと笑いかけてきたのは、お兄さんと言ってもいいくらいの若い男の人だった。
「うん、お兄さん。私は狩人だよ」
「おお、やはり。私もかつてはそうでした……幼い身ながら狩人であるとは、あなたもまた何か特別な運命があるようだ」
……特別な運命。
こんなに嬉しくない特別は、いらないんだけど。
それでも、他の人と違う経験をしたのは確かではあった。
「申し遅れました、私はアルフレート。今はローゲリウス師の教えに従い、穢れた血族を狩る者です」
……穢れた血族。
お母さんから何度か聞いたことのある言葉だけど、どういう意味なんだろう。
自分たちが血族だってことを、バレてはいけないって言ってた気がするけど。
「対象は違えど、お互い狩人です。これから協力し、情報を交換し合うというのはどうでしょうか?あなたはまだ幼い……知識不足は否めないでしょう」
「……うん。知らないことは沢山ある。教えて欲しい、かな」
「ええ、わかりました。それでは、よろしくお願いします……これは、お近づきの印に」
そう言ってアルフレートさんが私に渡したのは、火種になるヤスリ。
お父さんが暖炉で使っているのを何度か見た……『発火ヤスリ』っていうんだっけ。
「獣狩りは貴い業です。あなたに、血の加護がありますように」
そう言ったお兄さんの金の髪が、夕陽に照らされてキラリと光った。
坂本歪田様に描いて頂いたヤーナムの少女ことイズ・ガスコインちゃん(狩人ver.)のイラストです
【挿絵表示】
斧が通常仕様でガスコインのものじゃないのは私の発注ミスです
赦してくれ……赦して……くれ……
それはそうと、小さな女の子がでかい武器振り回すのはロマンですよね!