難産でした……
「……っぐ……?」
頭が痛い。
全身に力が入らない。
ひんやりとした冷たさが肌に伝わり、徐々に意識がはっきりしてくる。
顔を上げれば、薄暗い牢の中に私はいた。
どうやら石畳の上に倒れていたらしい……
ここはどこだい……?というよりも、どうしてここに……
いや、だんだんと思い出してきた……確か私は、聖堂街の下層に降りて……
順調に進み、イカ頭や犬を倒しつつ聖堂街に戻り、オドン教会へ帰ろうとした時に後ろから何かに殴り倒されたのか……?
啓蒙も、ルドウイークの警告もおそらくあったが、避けるのが間に合わなかった……ような気がする。
「……そして見知らぬところで目覚めたということは、殺されずに捕えられたということかな。さながら籠の中の鳥……いや、罠に嵌った狐か」
それにしては武器を取り上げられていないのは不自然だが……
まあいい、とりあえず脱出することにしようか。
狂人ども、奴らの儀式が月を呼び、そしてそれは隠されている
秘匿を破るしかない
「……ふむ」
牢を出てすぐに、死体とメモが落ちていた。
月を呼ぶ儀式……?
秘匿を破るしかない、というのは今までも言われてきたことだね、確かビルゲンワースの蜘蛛を倒す必要があるのだったか……
聖堂街の下にある禁域の森、その更に奥にあるという噂だが……
ルドウイークのいた地下死体溜まり、その先にあるという実験棟にも進みたい……
やりたいことの選択肢が多いというのも考えものだね……とりあえず、まずは脱出か。
***
「……これが、カインハーストですか」
「雪に覆われてる……
黄金の狩人が二人、馬車に揺られこの地に辿り着いていた。
乗っていた馬車は吹雪により凍りつき、それを引いていた馬は既に凍え死んでいる。
それを葬いつつ、二人は
現在ヤーナムで雪が降っているのは唯一ここ、カインハーストのみ。
ヤーナム市街でも、聖堂街でも、ここに来る馬車に乗ったヘムウィックの墓地街でさえ、雪など降るそぶりすらなかった。
いくらヤーナムから少し離れた孤島にこの城があるとはいえここだけ雪が降っているというのは異常だ。
「ふむ。とりあえず一旦は置いておいて……来ましたね、穢れた血族が」
「うん」
門をくぐり抜けた先に待ち構えていたのは、カマドウマのような姿の獣……血舐め。
四方八方から飛び掛かるように襲ってくる彼ら彼女らに対し、イズはどこまでも冷静だった。
そして、アルフレートは──
「まずはこれを根絶やしにしましょう!」
そう言って、凄惨な笑みを浮かべた。
***
「……ああ、神よ、私をお救い下さい……」
「……医療教会の名の元、悪夢をお祓いください……」
「うう……ああ……」
牢獄の地下に女性の声が響く。
黒い医療教会の装束を身に纏ったその女性は、地下にあった石像の影に隠れ泣いていた。
彼女もここに攫われてきたのだろうが、意思疎通を取ろうにも……
「……少しいいかい?」
「ひっ!?やめてください……やめてください……」
この調子で、話すことができず……どうしたものか……
医療教会と口にしていることから、その関係者であればなんとかなるかもしれないが……生憎と知り合いに医療教会の関係者はいないし、そもそも医療教会の人物で話せる人間など私の中のルドウイークぐらいしか知らない。
「うーむ……どうしたものかな……」
彼女をここに置いていくのは憚られるが、かといってもう人の話を聞けぬほど怯え狂ったようになってしまっているのは獣と何が違うのか……
……こういう思考になってしまう時点で、私も相当にヤーナムに染まってきているのかな。
***
「ハハハハハ!潰れてしまいなさい!!」
「……」
アルフレートの車輪が召使を潰し、イズの斧が
カインハーストに生きるのは異形となった血舐めと、未だ城を維持しようとする召使、そしてガーゴイルのみ。
後の全ては幽霊であり、かつてこの城に生きた女性たちが今もなお怨念として他所から来た生者を殺そうとしている。
アルフレートはもはや血族を狩れるということに高揚していて気がついていないようだが、イズはこの状況に違和感を覚えていた。
そもそも、ヤーナムにおいて霊がいる場所は存在しない。
恨みを持って殺されたとして、目の前の亡霊たちのように出てくることなど非現実的である。
唯一狩人のみが、時間と空間を無視して鐘の共振により死者でも現れる……と言われているが、
そしてイズは知らないことだが、この幽霊が現れる場所というのはカインハースト以外にもう一箇所のみ存在する。
即ち、聖杯の齎す神の墓所……聖杯ダンジョン。
今も存在するかは定かではなく、時間と空間すら曖昧なその地ならば、幽体が活動する条件も揃っているのだ。
ならば、カインハーストではなぜ亡霊たちが襲ってくるのか。
答えは単純で、至極簡潔なものだ。
この地が、通常とは違う異界に仕立て上げた場所だという理由なだけ。
「……辿り着きましたね」
「うん」
亡霊を狩り、ガーゴイルを狩り、召使を狩って屋根を伝った先。
本城の屋根の上、その先に一つの玉座がある。
そして、その玉座の上には──一人の老人が座っていた。
その老人は、ゆっくりと立ち上がる。
凍てつく身体を破りほぐし、覚束ぬ足元を然りと変えて、手に持つ鎌杖を構える。
頭に光る黄金の冠は、ただ静かに揺れていた。
それは、黄金の狐が狩った筈の、殉教者。
そしてこの地を
そして──アルフレートの、心酔する対象。
処刑隊の長、ローゲリウス。
「何故……何故あなたが、立ち塞がるのですか」
アルフレートが声を上げる。
見通せぬ眼窩を向けたローゲリウスに対し、処刑隊の象徴たるアルデオが揺れた。
「穢れた血族を浄化する、ただそれだけがこの地での使命の筈……であるならば、何故」
「その長に至る道を、貴方が塞いでいるのですか」
聖杯と同じ性質……となれば、入る者が違えばその異界は似通った別物となる。
しかしローゲリウス本人は生きてこの地を保ち、
「何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故」
アルフレートとて愚者ではなく、その事実は容易く理解できる。
しかし同時に、尊き師がそのようなことをする筈がないと理解を拒む。
それは常人に理解できない葛藤を生み出し……狂信者は狂信者たる思考回路の末に、矛盾を成立させる。
「……ああ、なるほど」
「師を
先程までの高揚はどこへやら。
今のアルフレートの目に光は無く、その黄金の兜はゆらゆらと揺れる。
イズの身が極寒とは違う理由で震える程に、底冷えした声を出した彼は、静かに車輪を構える。
彼女が手を出すことなど出来ようはずもない。
彼の標的になど、
「ヒャハ、ヒャハハ……ヒャハハハハハハ!!」
狂った笑い声を上げるアルフレートに、ローゲリウスは静かに鎌杖を構えた。
***
同じ頃。
囚われたセイアもまた、脱出の糸口を掴んでいた。
開いていた洞窟から外へ抜けると、そこは街の壁に囲まれたどこか……広場のような場所。
セイアから見える場所の奥には城門のような大扉があり、その前に蹲るように、黒く大きな骨格が存在していた。
彼女が近づけば、それは蒼白い雷光を纏い動き出す。
ギュイィィィィィィイイイ!!
黒い骸骨はその貌をセイアへと向け、それに応えるようにセイアもまた月の光を骸骨へと向ける。
黒獣パール、雷光を纏う不死の獣。
両者が向かい合った刹那の後、雷光と光波がぶつかり合った。
「くっ……」
放電により月光波を弾かれたと見るや否や即座に防御姿勢をとったセイアへ、黒獣の爪が襲いかかる。
その爪に電撃が纏われているのを見た途端、セイアは受けを止め転がり避けた。
返しに腕骨に刃を当てがえば、鈍い音がして食い込むに留まってしまう。
しかし骨身である以上それは大きな傷であり、黒獣は痛みで悶えつつ敵対者を排除すべく暴れ回った。
キュリァァ!!!!
「はあっ!」
雷爪と月光がぶつかり合い、蒼銀と翠緑が混じり合う。
技巧に関しては互角、しかしその防御力……そして攻撃力は、差があった。
ギュアァ!?!?
片や、英雄の獣狩りを支えた聖剣であり、それを狩人の工房と業でもって鍛え直したもの。
片や、
どちらが頑強か、どちらが優位かなど比べるべくも無く、時間をかければかけるほど不利なのは黒獣だった。
「トドメ、だ!」
ギャアァアァァァァァァォァ!!
遂に避けきれず、月光突きを正面から喰らい崩れ落ちた黒獣。
その身の崩壊するエネルギーの奔流で顔を覆ったセイアの手の中には、いつの間にか狩人証が握られていた。
「……ふう」
灯りが目の前に出現したことで一息つくセイア。
しかし彼女はそのまま夢には戻らず、灯りを付けるのみだった。
そのまま彼女は顔を上げ、目の前の一点を見つめる。
そこには、見上げるほどの大扉があった。
***
「ヒャハハハハハハ!!!」
「ヲヲヲヲヲヲヲ……!」
ローゲリウスが飛び退き、直後に居た場所を車輪が粉砕する。
そこで狂ったように笑うアルフレートへ、赤き怨霊が降り注ぎ爆発する。
しかしアルフレートは怯むことはない。
その手に持った鈍色の瓶の中身──鉛の秘薬の効果により、鈍重になりつつも身体の比重が高まっていたためだ。
負傷しつつも雪粉から飛び出したアルフレートは、勢いに任せて更に車輪を振るう。
鎌杖を用いてそれを受け流したローゲリウスは、そのままアルフレートの眼前に大きな怨霊を出現させ──瞬時にそれが膨張したかと思えば、アルフレートは衝撃により吹き飛ばされた。
「ぐうっ……!」
「ヲヲヲ……!」
アルフレートは全身を傷だらけにし、いたる所が雪と血で紅白に染まっている。
ローゲリウスはほぼ無傷、息が上がった様子もなく余裕を見せる立ち振る舞いを見せている。
かつての英雄たち、医療教会の基礎を築いた処刑隊の長。
列聖の殉教者……つまりは医療教会に
イズから見ても、力の差は明らか……まだまだ底も見えず、共闘したとして勝てるかはわからない。
知らず知らずのうちに冷や汗をかいている彼女を置いてけぼりにして、二人の戦闘は激化していく。
「はあああああ!!」
車輪が雪面を抉り、
雪と瓦礫が舞う中を、黄金の三角形を揺らしながらアルフレートは再び駆ける。
雪と瓦礫の目眩しに紛れながら振り下ろされた車輪を、ローゲリウスはまたも鎌杖でずらし──しかし先程のように不動とはいかず、一歩下がった。
「……」
「ヒャハハハ!!」
先ほどより明らかに速く、そして力強くなったアルフレートの一撃を完全に受け流すことが難しくなっていた。
鉛の秘薬の効果が切れ、素早く動けるようになった──からではない。
狂信者として進むべき方向を定めたアルフレート、そのボルテージが上がり……今ようやく、アクセルが踏まれ始めたのだ。
「潰れてしまえ!!」
「ヲヲッ……!」
一撃ごとにその車輪の一撃は重く、そして疾くなっていく。
怨念の引き撃ちと攻撃の受け流しや回避に専念していたローゲリウスも、執拗に猛攻によって次第に押され始め、回避とカウンターのみに行動を制限されるようになった。
「ヲ……!」
「痛い!痛いじゃないですかあぁぁ!!アッハハハハハッ!!」
「ヲヲ……」
避け、そして反撃することは容易い。
しかし受け流すには危険な膂力となり、大量の怨念を放とうとすればその速さで追い縋られるために立ち止まることもできない。
そしてカウンターを行えば、それすらも反骨で利用して強くなっていくという悪循環は、ローゲリウスにとっても看過できぬものだ。
いくら謳われる強者といえど、もはや老齢の身では全盛期の力を示すことはできない。
黄金の狐の月光に敗れたように、その衰えは確実に存在する。
特に長期戦は不利、ならば──短期的に集中して倒すしかない。
そう考えたローゲリウスは、懐から一振りの剣を取り出した。
膨大な神秘が含まれているそれは古い宝剣のようだが、その名が語られることは最早無い。
彼がそれを地へと突き刺せば、途端に神秘が溢れ出し……大量の剣が、空中へと浮かび上がる。
その刃先がアルフレートへと向き、それらは次々と雨のように射出された。
「ヒャハハハハハハ!!!」
対するアルフレートも、それを見て終わりが近いと悟ったのだろう。
得物である車輪を変形させ、二層構造へと変化させる。
今まで潰した数々の血族の血肉毛が絡んだそれは数多の怨念が集積しており、それを解放したのだ。
彼は車輪を回し、その怨霊を自ら撒き散らして自身へと取り込んでいく。
血反吐を吐くような身体を蝕む呪いを呑み干して、アルフレートの肉体は格段に強くなる。
雪面を砕き割らんとするかのような力強さでもって、彼は駆け出した。
幾度剣にその身を貫かれようと、ただ真っ直ぐにローゲリウスへと止まることなく突貫していく。
対するローゲリウスも、鎌杖を大きく振りかぶり止めを刺さんとする。
真っ直ぐに、真っ直ぐに突き進んだその先で、車輪と鎌杖が激突し、凄まじい轟音を響かせた。
互角、そう見えたのはその一瞬のみで。
次の瞬間には、甲高い音がして、車輪はそれを砕いた。
ローゲリウスの冠っていた王冠が、雪に刺さる。
長い、長い静寂が場を支配する。
潰れた肉塊を前に、アルフレートはゆっくりとその身を持ち上げ……倒れかけたその身体を、気合いで自立させた。
「ヒャハ、ヒャハハ、ヒャハハハハハハ!!」
昏い、昏い笑い声が屋根中に響き渡り、彼は目の前の道へと進みだす。
元より彼の目的は、その先にいる存在なのだから。
「イズさん!進みましょう!!今こそ、血族を浄化する時なのです!!」
「う、うん……」
終始圧倒されていた彼女にとって、その気迫は最早言いなりになるしかなく。
怯えつつも、アルフレートに続いて先へと進むしかなかった。
アルフレートイベント完遂後の王冠が二つある現象への辻褄合わせ
きっと、彼もまたローゲリウスと戦ったはず……
早く赤い月を出したい