鐘の音が鳴り響く。
花園の先の大扉は、私を圧倒するかのように存在感を示していた。
「……」
押し開けて中へと進めば、そこは時計塔の内部。
最奥の壁には5mはあろうかという大型の時計が埋め込まれており、そこから光が差している。
足元は木の基礎に網が敷かれただけの吹き抜けで、一歩間違えれば簡単に落下死するだろう。
左右には蝋燭の燭台がずらりと一面に並び、天井からは獣避けの香を詰めた壺がぶら下がっている。
そして、大時計の手前……そこに、一人の女性が腰掛けていた。
「時計塔のマリア」
その女性は、人形と瓜二つだった。
高い背にスラリとした体型。
狩り装束に身を包んでいるためか、引き締められているそれは一種の芸術のよう。
髪は後ろで纏められている。
放つのは濃厚な死の気配。
しかし、そんな彼女はぴくりとも動かない。
ぐったりと椅子にもたれかかった彼女は、血を滴らせて
正真正銘死んでいるのだ、今は。
「……さて」
私はその死体へと手を伸ばす。
ゆっくりと、その柔肌に触れようとした、その時────
「死体漁りとは、感心しないな」
凛とした、冷たい声が響いた。
「だが、分かるよ。秘密は甘いものだ……
だからこそ、恐ろしい死が必要なのさ」
それは濃厚な死を纏いながら、ゆらりと立ち上がる。
傍に構えるはよく手入れのされた両刃剣。
ぎらりと白銀が煌めき、それは彼女の前へと掲げられる。
「……愚かな好奇を、忘れるようなね」
耳を劈く甲高い音と共に、白銀を伴い刃は分たれる。
時計塔のマリア……秘密の番人が、私の前へと現れた。
彼女はゆっくりと此方へ歩いてくる。
優雅に、そしてエレガントに歩くその姿は高貴な反面、戦いの場に不釣り合いだ。
しかしその戦場での違和感こそが、ある種の威圧感となる。
一歩、また一歩と此方に歩み寄るマリア。
彼我の距離が近づくにつれ、緊張感が高まる。
その間合いが十歩となった時、私は聖剣を正眼に構え──後ろへと弾き飛ばされた。
直後に迫り来る二重斬りを、半身を逸らし避ける。
最初の攻撃はただの突き、だというのに防御した私は軽く撥ね飛ばされた。
いくら私が軽いとはいえ、これまでの魑魅魍魎と戦うだけの力はあったはず。
だというのに、彼女は軽々とそれを覆してみせたのだ。
「見かけによらず馬鹿力だね……」
「女性には不適切だとは思わない?」
そう返すマリアは二振りの剣で舞うように斬りかかってくる。
左から迫る短刀を一歩引いて避け、続けざまに迫る右からの長刀の一撃を潜り抜け、その隙を下から聖剣で切り上げる。
それは華奢な彼女の身体を二つに斬り分ける──ことは、なかった。
確かに斬ったはずの彼女の身体は、その傷から血が吹き出したものの──その傷が開くことはない。
まるで
「どんな仕組みだい?」
「さて」
傍の私を払い除けるように剣を振り、彼女は一歩距離を取る。
直後、彼女は深く踏み込み二刀の縦切りを見舞った。
咄嗟に聖剣で防ぐが、腕が折れ脚が地に埋まるかと思うほどの衝撃が私の身体を駆け抜ける。
すぐさま転げて避ければ、身体があった場所を追撃が通り抜けていった。
振り抜いた隙を突き、聖剣で彼女の胴を貫く。
が、それは貫通せず、柔く鈍い感触と共に彼女が仰け反った。
気を逃さず、遠心力を利用した回し斬りを彼女へ叩き込めば、彼女は血を撒き散らし数歩たたらを踏んだ。
しかし、斬ったはずの彼女の身体はまたも血を流しただけに留まり、深手を負った様子がない。
それがどういう仕組みか見極めるために意識を割いた瞬間──
────ガチリ
音が響いた。
「ぎっ…………!!!」
「遅いよ」
武器変形。
初めに彼女が行った物とは手順が逆の、二刀を繋ぎ合わせ一振りの両刃剣と成すもの。
それに気付くのに数瞬遅れた私は、左腕を切り落とされていた。
ダァン!
「がぁっ……!」
「苦し紛れの攻撃はいけないね」
片腕がなくなったことによる、身体平衡の崩壊。
それを利用した、右側からの大きな振り下ろしは──マリアが腰から引き抜いた短銃の一射により弾かれた。
ドジュッ
「ごふっ」
体勢を崩した私に、突き刺さる腕。
それが優しく引き抜かれた時、彼女の手にはまだ脈動する、赤黒い液体に濡れた卵形の物体があった。
「じゃあね」
その言葉と共に、彼女の手の中の心臓は潰れ、私の意識もまた暗闇に包まれていった。
「……」
強い。
それが、生き返った時の感想だった。
二刀流の高い技巧に、正確無比な身体制御、大剣すら片手で押し除けることができるような膂力。
まだ技すら見れていない変形前の武器、対応するのもやっとな速さ……そして奥の手も存在している。
そして、謎の耐久力……あれを攻略しなければ、私に勝ち目はない。
……まずは動きを覚えるところからか。
***
とある教会の裏手。
教会の2階へと続く階段の前で、アルフレートさんと私は獣を狩っていた。
「……ふう、こんなものでしょう」
アルフレートの足元には、ぺしゃんこに潰された犬の死骸。
傍らには私の斧で両断されたもう一匹の犬の死骸と、犬と一緒に襲ってきた獣市民があった。
「えっと、祭壇は……」
「ええ、こちらです」
アルフレートさんが教会の扉を開き、中を通り抜けテラスへ向かう。
そのテラスの端、奥まったところに、小規模ながら石造りの祭壇があった。
聖ローゲリウス、その偉業を祀るもの……らしい。
「我が師、導きのローゲリウスよ……穢れた血族の悍ましき魔の手から解放し、私が正しく禊ぎ、祀りましょう……」
アルフレートさんが、懐から王冠を取り出す。
聖布に大切に包まれたそれは、カインハーストの所蔵する秘宝の一つとされる幻視の王冠。
アルフレートさんが教えてくれなかったら、ただの宝物だと思ってたかも。
かつて幻を視るといわれた古い王の冠を使ったローゲリウスさんには、はたして何が見えていたのだろう……
「これで、師を正しく祀る準備ができました。あとは──
そう言って、アルフレートさんは荷物を下ろす。
そして、
「えっと、アルフレートさん?禊って、一体どういう──
──っ!」
私が言い終える前に、私のいたところが粉砕される。
車輪で石畳を粉砕したアルフレートさんは、ゆっくりとその殺意をこちらに向けた。
「禊とは。
「私は、血族じゃ──「嘘はいけません」──っ」
私の言葉を遮り、彼は懐から一冊の本を取り出した。
それは、血に濡れたとはいえ見覚えがあるもの。
お母さんから昔貰った、『血族名鑑』と瓜二つのものだった。
「カインハーストから持ち帰りました。これには
嘘だ、そんなはずない。
だって、私が狩人になったのは今回の獣狩りの夜。
カインハーストのことを知ったのだって、アルフレートさんと会ってから。
なのに、そこに書かれてるわけがない。
「貴女が
「そんなっ……!」
私の困惑を無視して、アルフレートさんは今一度車輪を構える。
「
「っ……!」
やりたくない。
アルフレートさんは短い間だったけど、確かに頼りになる人だった。
尊敬する人を、攻撃したくない。
でも……やらなきゃ、やられる。
「行きますよ」
「……っ、ごめんなさい」
私が斧を構えると同時に、アルフレートさんは動き出した。
***
何回、何十回死んだだろうか。
時計塔のマリア、その技に何度切り刻まれただろう。
三十までは数えていたがそれ以降は無心だった。
近距離での戦闘では私は圧倒的に不利、そう刻み込まれた気分だ。
鳴り響く時計塔の音も耳馴染んできた頃だが、そろそろ終わりにしよう。
もう、覚えた。
「行くよ」
霧を潜った私の声へと返ってきたのは、走り抜けるような急加速を伴うすれ違いざまの一閃。
上半身を仰け反らせるようにしてそれを避ければ、彼女は流れるように大上段で私を叩き斬ろうとする。
太刀筋に聖剣を添え刃を受け流しつつ、受け止めきれない反動を利用した回転斬りを私はマリアに見舞った。
彼女の上半身から夥しい量の血液が噴き出すが、それは彼女の特殊な防御のために一瞬で止まる。
そして、何事もなかったかのように彼女は二刀で周囲を斬り払った。
当たらぬよう一歩下がり、左手に持った精霊に水銀弾を食べさせる。
それが
「エーブリエタースの先触れ」
大木と見紛う程のそれを、マリアは一刀の元に切り裂き相殺する。
しかし私の狙いは直撃ではなく
「随分と小賢しい」
「君が言うのか」
内臓がまろびでてもおかしくないほどの重傷を受けても尚、彼女の身体は血を吹き出した程度。
私がいたところを刃が通り抜けていくが、既に私は退いている。
「ならこれは?」
「問題ない」
神速の左右二連突きは軸をズラし、横振りは半歩下がる。
武器の間合いなど数十戦もやれば把握でき、当たらない範囲もわかっているが故の至近距離での戦闘。
これが一番安定する。
幾度かカウンターを重ねれば、彼女自身に傷は残らずとも全身は血塗れ。
対する私は一撃貰えばお終いという条件であるため、無傷で相対していた。
「ふふ、なるほど。ここまで積み重ねてきた死は無駄じゃないということね」
「ああ。散々君に斬り刻まれてきたが、そろそろ終わらせるつもりさ。君の不死性も、わかってきたことだからね」
「そう」
マリアの不死性の正体、それは血液の操作による止血と傷の補填。
たとえ内臓を裂いたとしても血液によりその組織を再現し補うことで致命傷
血液が有限である以上ダメージは確実に蓄積するが、その継戦能力は常識で測ることができないほどのものとなる。
つまり、彼女を殺しきるなら
何、簡単なことだね……だが──
「なら、
そう簡単にさせてくれるほど、彼女は甘くない。
マリアの躰軀に突き立てられた双刀、その刃と傷口から血液が噴き出す。
しかしそれはただ撒き散らされる訳ではなく、指向性を持ち刃へと纏われる。
「血刃」
悍ましく、整っていない刃は、出血を強要する。
しかしそれでいて、切れ味は今まで以上だろう。
「第二ラウンドだ」
彼女がそう言い終える頃には、既に私はその懐へと潜り込んでいる。
聖剣による薙ぎ払いを、彼女は後ろへ飛んで避ける。
その姿を消すような移動は、古狩人由来の技術だろうか。
「逃がさない。夜空の瞳」
眼窩から飛び出した神秘の隕石が彼女の右肩を撃ち抜いた。
一瞬体勢を崩した彼女へと、畳み掛けるように私は腕を突き出す。
「エーブリエタースの先触れ」
出現した巨大な触手が、彼女を押し潰し──直後、内側から鮮血と共に舞い出たマリアに切り裂かれた。
しかし、それでいい。
「其方を倒すには、私では地力が足りない。故に、此処にて力を解放しよう」
聖剣へ手を添えると共に、神秘を強く意識する。
己の内側、その奥深く。
根差す、その先へ。
【導きを、ここに】
そう声が響くと共に、膨大な、無尽蔵とも思える神秘が私の内側から溢れ出る。
それらは編まれ、組まれ、青白く、翠緑の光となり私の眼前へ集った。
「
英雄を導いた、月光。
その神秘の大剣が、私の手に現れていた。
「英雄を導いた欺瞞の光か」
「欺瞞かどうかはどうでもいいさ」
真紅の鮮血と翠緑の光が激突する。
身体の底から湧き出してくる神秘により身体が強化されている今の私は、運動性能で言えば剣先ツルギを超える。
これならば、真正面からマリアと斬り結べる。
迫り来る血の斬撃を避け、防ぎ、時には弾いて反撃する。
こちらも踏み込み、斬り上げれば、マリアは受けるのではなく避けるのを選択した。
逃さぬよう、すかさず回し斬りへと移行すれば、彼女は二刀で受け止める。
ジリジリと刃が競り合い、両者とも引かぬ接戦。
経験量の足りなさは、神秘による出力でカバーする。
「出鱈目だ」
「どっちが」
マリアは刃を弾き距離を取る。
二刀を繋ぎ合わせ、両刃剣とした。
そして、刃を引き──腰を深く落とし、突きの構えを見せた。
遠い。
そう考え、様子見に回ろうとした瞬間、導きが警鐘を鳴らす。
「っ!」
咄嗟に横に避ければ、血を纏った刺突が私の居た場所を
部屋の端から端まで、人一人を殺して余りある威力。
当たれば、と考えたところで、それを考えるのは無意味だと思考を切り替えマリアへと走り寄る。
豪速の銃弾が頬を掠める。
彼女の持つ銃、エヴェリンは、私の神秘による銃弾防御すらも貫く威力。
神秘による身体強化のある今ならば当たっても致命傷ではない、が大きな隙を晒すこととなるため今まで通り避けた方が賢明だろう。
迫り来るマリアの剣舞を掻い潜り、その胴へと刃を突き立てる。
リーチが伸びたことで避けきれず私も斬られているが、致命傷とならなければ継戦可能だと無視して突撃した。
「はあっ!!」
強化された身体能力と聖剣は、彼女の臓腑を切り裂き露出させる。
夥しい血と共に、マリアの身体が倒れかけ──踏みとどまった。
彼女は、血筋の持つ力の根源を生まれつき持っていなかった。
血族の底知れぬ『呪怨』の力。
血を媒介とするそれを持たぬ彼女は、異端であり、だからこそ血を媒介とする業を嫌った。
呪怨、それを持たずして生まれた彼女に天が与えたのは、理外の膂力。
しかし、あらゆる怪を断ち切り、あらゆる剛をも超えるそれすら、彼女は好みはしなかった。
故に彼女が扱うは二刀……技巧を凝らす闘いでもって、彼女は自身を化物ではなく人とした。
出奔し、彼女が師事した始まりの狩人、その狂熱に彼女が気がつく頃には、手遅れだった。
その様な外道の一端を担ってしまった彼女は、ただ心弱き故にその刃を捨てた。
彼女が安らかにと願う患者たちは、皆異形へと成り果てた。
ただ、救いを、癒しを願った彼女に、それは酷であった。
彼女の心に開いた孔……それが、受け皿へと変貌していった。
いつしか夢へと囚われた彼女は、その枷を取り払う。
解き放たれた呪怨に自らの精神をも焚べ、呪う者へと成る。
生と死の狭間、悪夢にとって、彼女はこれ以上ない駒となった。
故に彼女は、秘密の番人である。
彼女は呪う。彼女
呪いと海に底は無く、故に《すべて》が《そこへと》やってくる。
その入口たる時計塔にて、彼女は呪い続ける。
天与の暴君。
それは、悪夢にて
血の無き者を焼く、
血が、
彼女が自身の出かけた臓物ごと貫いた躰軀から、焔が迸る。
それは鮮血を伝播し、周囲全てを焼き尽くすほどの熱量でもって私を吹き飛ばした。
「一瞬で終わらせよう」
そう彼女が口にした瞬間、その姿が掻き消える。
咄嗟に腑の底で練り上げた神秘を全身に廻すと共に、月光で躰軀を護る、が────
「カハッ」
────斬られた。
彼女が行ったのは、単純明快な居合。
聖剣で躰軀を護ったが故に即死こそ免れたが、身体は横一文字に斬り裂かれ、斬撃に付随した血炎により全身は焼け爛れる。
倒れぬよう踏み留まるが、満身創痍。
対するマリアも、無理をしているのか血の流れ出しているその身は、灼け続けている。
「仕留め損なったか。だが──これで」
彼女はその身を捻り、力を溜めた。
それを見て、私も迎撃するべく持ちうる全ての神秘を聖剣へと注ぎ込む。
聖剣は眩いほど光り輝き、辺りを歪ませるほどの圧を発生させる。
マリアは高く跳んだ。
身体を捻り、血炎を纏いながら、流星のように。
古狩人、ゲールマンとその弟子たちに伝わる奥義。
飛翔し回転し続け、斬撃を伴うそれは、彼女の身から溢れる血炎を伴い、全てを焼き尽くす星にも見えた。
セイアは神秘を集う。
焔の星を迎え撃たんとするは、翠緑の光。
綿密に編み込まれ、練り上げられた月の神秘、その極光が輝く。
英雄、ルドウイークが魅せたその力を、セイアは再び現実にする。
「
セイアが符を唱えると同時に、翠緑の光が世界を塗り潰し。
焔の星と、激突した。
「……お見事」
後に残ったのは、廃墟となりかけた時計台。
そして、かろうじて人の形を保ったマリアだった。
しかしその身は綻び、夢の空間に溶け消えていく。
対するセイアもまた、その身は瀕死。
余波により全身の骨が砕け、もはや一寸すら動くことままならないが──それでも、その身は綻びることはなかった。
「勝ちたい、と初めて思ったよ」
「そう……」
セイアの言葉に、満足そうな表情を浮かべるマリア。
その身が溶け消えた後には、円盤が残されていた。
「はぁ……」
後に残ったセイアは、そこへ現れた灯りを点ける。
そして、戦闘の余韻を噛み締めながら、その身を薄れさせた。
***
「なんでっ……!」
幼い少女の叫びが夜の街に木霊する。
目の前には、倒れ伏した血濡れの男性。
側に置かれた車輪、そして少女の手に握られた斧は真っ赤に染まっている。
「どうしてっ……!!」
男性は何も喋らない。
少女の声だけが、響いていた。
というわけでクリスマスプレゼントでした
良いお年を