悪夢から帰り、ヤーナムの地を進む。
心なしか月が大きく感じるが、これは何かの予兆なのだろうか。
禁域の森を進み、蛇や豚を倒していく。
大きな蛇玉は強敵だったね……硬い……
途中の大砲も危なかった。
途中、バケツ?を頭に被った狩人と出会った。
連盟なるものに誘われたが……私はそんなところに所属していい人間ではない。
秘密を暴き、数多の命を狩り殺す……ヤーナムの殺戮者。
力を得るためとはいえ私はそういう立場なのだから。
カオリならどう言うだろうか。
バケツ頭……ヴァルトールとは別に、シモンと似たようなボロ布を身に纏った男とも出会った。
「わあっ!な、なんだい、あんた、脅かすなよ……こんな夜に……獣かと思うじゃないか」
「君こそこんなところでどうしたんだ」
「俺は……ここら辺に住んでる村人さ、だけど獣が出てきて逃げ出したんだ……」
確かに道中、村はあったし、この建物の前にも人はいた。
彼がいう獣はおそらく頭から蛇が飛び出す者のことだろう……あれは獣なのか?
「でもあんた、あの獣も、始末してくれたんだろう?ここから動けなくて、恐ろしくて、震えていたんだ。助かったよ」
「ふむ……まあ、助かったならよかったよ」
見るからに怪しい、死臭を漂わせた彼が、そこらの獣に負けるとも思えないが。
彼の足元にあるのも死体であり、なんとか取り繕おうとしているのはわかるが……ううむ。
獣狩り……なのかな?
「でも、そうだ、あんた……どこか、皆が避難しているような場所、知らないか?やっぱり一人は不安だからね……」
「ふむ……そうだね、聖堂街にあるオドン教会というところがいいかな。あとはヨセフカの診療所というところもあるけど……」
「おお、そうか!教えてくれてありがとう」
愛想よくニコリと笑う彼は、やはりどこか不気味だった。
門番の役割をしていた三人組の黒い影や蟲人間を倒し進めば、私の目当てのものが現れた。
湖畔に佇む歴史ある建築物……古い学び舎、ビルゲンワース。
キヴォトスにあるものと瓜二つのそれは、どんな秘密を隠しているのか……
そもそも、なぜビルゲンワースを始めとしたヤーナムの街がキヴォトスに存在しているのだろうか?
ヤーナム市街、ヤーナム聖堂街、禁域の森、そしてビルゲンワース……荒廃具合こそ違えど、街並みはほぼ同じだった。
どころか、ヤーナムの地形……谷に囲まれ、大きな湖が存在する、というものまで……まるで
ここはキヴォトスの外の筈、なのだが……それもここを探ればわかったりするのかな。
***
振り下ろされた車輪が石畳を砕く。
金のアルデオが無慈悲に揺れる度、余裕がなくなっていく。
「どうしたのですか!随分と鈍い!」
「っ……!」
砕かれた石畳の破片が頬を掠めて、血が流れる。
続けて撃たれた散弾も避けきれなくて、左腕に激痛が走るのを食いしばる。
なんとか輸血液を刺しつつ反撃で斧を振るけれど、アルフレートさんの身体は鋼のように硬く刃を弾いた。
重く、硬い……旧市街にいた狩人とはまた違う強さを持っているアルフレートさんに、私は攻めきることができなかった。
扱う得物の関係で比較的わかりやすい動きをしてくれるから、まだ避けることはできるけど……逆に言えば、避けるのがやっと。
「潰れなさい!」
「くっ……」
真上から振り下ろされた車輪は、足元の石畳をまるで紙切れのように引き裂き地面を抉る。
だけど、地面から引き抜く瞬間には隙が出来るから……
避けた動きのままに遠心力を利用して振り回した斧を、力任せにアルフレートさんに振り下ろす!
「カフッ」
左肩口に突き刺さった刃が、そのままアルフレートさんの左半身を大きく切り裂いた。
しかしそれでも身体が揺らぐことはなく、立つ姿は万全と同じもの。
切り裂いたとは言っても、表面だけ。
血がとめどなく溢れても、その戦意は衰えず、アルフレートさんは武器を構え直した。
「アルフレートさん!もうやめてください!!」
「いいえ。貴女を殺すまで、私は止まることはありませんよ」
だけど、その目から感情を読み取ることはできない。
何か違和感を感じつつ、私は再び動き出したアルフレートさんを止めようと斧を構え直した。
***
『赤い月が近づくとき、人の境は曖昧となり
偉大なる上位者が現れる。そして我ら赤子を抱かん』
『あらゆる儀式を蜘蛛が隠す。露わにすることなかれ
啓蒙的真実は、誰に理解される必要もないものだ』
学び舎の書物に挟まれたメモにはそう記されていた。
襲いかかってきた学徒を下し、辺りの書物を漁る。
様々な研究があるが、その中でも多く見られたのは『上位者』や『瞳』についての研究、学術資料だった。
どうやら彼らは一段階上の次元の思考を得るべく研究していたらしい……ミレニアムサイエンススクールの懸賞問題のようなものか。
解けない問題を解決する為に様々なアプローチを仕掛ける、という点では研究機関はどれも同じだけれどね。
宇宙に関する資料やこのヤーナムがある国、はたまたこの世界に関する資料なんかはたくさんあれど、キヴォトスに関連する資料は一切ない。
さらに私が読み解けるものは数少なく、その中でも外の世界に関連すると思われる固有名詞が多くて理解できるものは少ない……ヤーナム自治区や、獣の病なんかに関することはわからないか。
たまに出てくる『神の墓』や『聖杯』という単語は気になるが……
まあ、わからないものは仕方がないからね。
今は頭にとどめて置くことにしよう。
大扉をひらけば、そこは湖を一望できる月見台。
そして、そこで一人の老人が眠っていた。
『我々は、思考の次元が低すぎる。もっと瞳が必要なのだ』
かつてそう説いたとされる、このビルゲンワースの学長……ウィレーム。
彼は白い菌糸類を身体から生やし、安楽椅子に揺られている。
私が近づけば、彼はゆっくりと手を上げ湖の方へと指し示した。
それに従い、私はゆっくりと身を投げる。
白い水面が、ゆらりと揺れた。
『獣の病蔓延の原因を潰せ』
『ビルゲンワースの蜘蛛が、あらゆる儀式を隠している』
『狂人ども、奴らの儀式が月を呼び、そしてそれは隠されている』
『秘匿を破るしかない』
これまでに指し示されてきたこの街の惨状の原因、そして解決方法。
その一つ、儀式を隠した蜘蛛……それが、目の前に存在する『上位者』だろうか。
白痴の蜘蛛、ロマ
アメンドーズとはまた違う存在圧、だがそれは紛れもなく格が違う生物のもの。
彼、あるいは彼女を狩ることでどうなるかはわからないが……そろそろキヴォトスが恋しくなってきた頃だ、明けない夜もないだろう。
狩りの時間だ。
***
「はあっ!」
「そんな攻撃では私を止めることはできません!」
振り下ろした斧が変形した車輪の軸で受け止められる。
そのまま絡め取られそうになるが抵抗せず、わざと近づいて散弾銃をアルフレートさんの胴体に放った。
「ごふっ!?」
私が放つ水銀弾はただの散弾じゃない。
それが全弾お腹に直撃すれば、いくら秘薬を飲んで銃弾を弾けるようになっていても凄まじい衝撃が伝わる。
たまらず体勢を崩したアルフレートさんから強引に斧を引き戻し、柄で打撃を与えながら後ろへ下がった。
「……」
「ふふ……今のは効きましたよ」
狩装束がじんわりと赤く染まる。
しかしアルフレートさんは輸血液を刺さず、その代わりに車輪を変形させ怨念を溢れ出させた。
「そろそろ終わらせましょうか。貴女も輸血液が少なくなってきたでしょう?」
言われて確認すれば、懐にある輸血液は残り一本。
おそらくアルフレートさんには、もう輸血液は残っていない。
本当に、もう後戻りはできない。
覚悟を、決める。
「……」
「そう、その目です……そうでなくては」
怨念を溢れさせ身に纏い、更に鉛の秘薬を飲むことで身体の比重を高めたアルフレートさん。
その懐へ、私は走り込んだ。
すぐさま散弾を撃ち込もうと銃を構えるアルフレートさんだけど、私の狙いはその銃。
首を狙うように振るフリをした斧を短く変形させて、手元の銃を両断する!
「なっ!?くっ!」
目論見通り銃身を叩き切り、機能しなくなったアルフレートさんの銃。
咄嗟の判断で手放されたそれは、発射される寸前だったこともあって暴発して完全に壊れた。
銃を手放した次の瞬間には私に迫る車輪。
体格差により直撃するまでに空いた数瞬で、私は前に転がってアルフレートさんの脇をすり抜ける。
左腕が避けきれず、車輪に掠めただけで
起き上がれば、ちょうどアルフレートさんがこちらへ振り向いた瞬間で、その頭に斧を叩き込んだ。
「があっ!?」
ガィン、と鈍く、それでいて甲高い金属音と共に金の三角形が割れる。
中から覗く碧の瞳が、私をはっきりと見つめていた。
頭への衝撃でアルフレートさんが怯んで、そこから立て直して車輪を振りかぶるより早く、アルデオから引かれた私の斧が振り下ろされる。
そしてアルフレートさんは、
「……………………ぇ?」
アルフレートさんの身体が崩れ落ちる。
左側の鎖骨から、右の腑まで完全に開いた身体から、血が噴水のように噴き出した。
割れた黄金から覗く目は、驚愕に開かれていて。
でも、その口は、満足気に赤く笑っていた。
「なっ……えっ……?なん、なんで……?」
身体に力が入らなくなり、倒れたアルフレートさんの前で膝をつく。
ブクブクと音を立てて息が抜ける彼は、誰がどう見ても致命傷、けれど彼はその目に
「ごふっ……ふふっ、やりましたね、イズさん」
「な……」
「
「え、なんで……私が、血族なんじゃ……」
そこまで言って気がついた。
アルフレートさんが血族を前にした時は、過剰なくらい殺意を剥き出しにしてミンチになるまで叩き潰す。
怖いくらいに笑いながら。
だけど、私と戦ってる時のアルフレートさんはまるで先生みたいで、ずっと冷静だった。
つまり、アルフレートさんはずっと私に殺してもらうつもりで……
「私が血族名鑑を……読む暇など……ありません……でしたよ……私はずっと……貴女と共に……ここまで……戻ってきたの……ですから……」
カインハーストの中では生き残りがいないか目を血走らせて、カインハーストからヘムウィックに戻ってくるまではずっと船を漕いでいた。
ヘムウィックからこの祭壇のある教会までは、ずっと獣を狩りながら移動してきていた。
つまり、あれは私と戦うための
そして、
「貴女を……血族扱いしたのは……申し訳ありません……」
「そうじゃないです……!なんで……あ、そうだ!輸血液を!」
「ふふ……こんなことを……しても……貴女は……許してくれる……」
急いで懐から最後の輸血液を取り出す。
そしてそれを、アルフレートさんに突き刺そうとして。
「フッ!」
「!?」
アルフレートさんに振り下ろした手を掴まれ、信じられないほど強い腕力で私の身体へと輸血液を突き刺した。
そのままピストンを押し込んで、輸血液を全て私の身体の中へと押し込む。
すぐさま折れていた左腕が回復してしまい、アルフレートさんの身体が治ることはこれでもうなくなってしまった。
「なっ!」
「ふふ……貴女は優しすぎる……」
そう笑うと、アルフレートさんは瞳を閉じる。
内圧のなくなった臓物が身体から溢れ、狩人の生命力でかろうじて生きていたが、最後の力を振り絞ったことでそれも尽きかけていた。
「私は……使命を果たしました……貴女にも……使命があるはずです……」
「待って……もう喋らないで……」
私に使命なんて何もない。
ただ、言われたことをやってただけ……セイアさんに助けてもらってから、ずっとそう。
アルフレートさんにだって、ずっと助けられてただけだった。
「為すべき事を……為すのです……貴女の、やりたいことを……」
「そんな……だめ……」
もはや息をするというより空気と血の混ざったものを吐き出すだけとなったアルフレートさん。
それを、最後に吐き出すように、彼は口を開いた。
「ごぽっ……ふふ……すこ、しでも……あなたの……糧と……なれた……」
「アルフレートさん……!?アルフレートさん……!!」
それを最後に、アルフレートは呼吸を止めた。
「なんで……」
幼い少女の叫びが夜の街に木霊する。
側に置かれた車輪、そして少女の手に握られた斧は真っ赤に染まっている。
二つだった黄金は欠け、一つになってしまった。
「どうしてっ……!!」
男性は何も喋らない。
少女の声だけが、響いていた。
しかし、悪夢は巡り、そして終わらないものだろう
暗い空は青ざめ、白は赤に塗り潰される。
秘匿は暴かれ、狂気が街を満たす。
「やるべきことって言われても……わからないよ……」
「でも……狩らなきゃ……?」
「何を……獣……獣って何……?」
そう言いながら縋るようにイズが見上げた宙には、赤い月が爛々と輝いていた。
じわり、とイズの瞳の境界が
狩人となってから常に曖昧であったその境界は、月を写したことにより均衡が崩れた。
「あはっ……そっか」
「簡単な……ことだったんだ……」
「こんな夜に、まともな人なんてもういないんだから」
みーんな、ころしちゃえばいいんだ
最も純粋で、最も残酷な狂気が目覚めた。