見たまえ!青ざめた血のアーカイブだ!   作:めろんムーン

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84.鏖殺

 

 

 

 オドン教会の地下墓。

 そこでイズは、両親の墓を眺め……しかし、何も感じることはない。

 

 

「……」

 

 

 母を求めるようにここにきた筈だったが、ここにきた時点では既に、イズは何故ここにきたのかわからなくなっていた。

 思考は霧がかかったかのように朦朧としており、本能のままにフラフラと、生き物を見つけては殺すだけの人形になりかけている。

 踵を返し、ヤーナム市街に戻ろうとした時、どこからか甘い匂いが漂ってきた。

 

 

「…… ?」

 

 

 それに釣られるようにしてふらふらと歩けば、そこにあったのはオドン教会の地下。

 生活排水が流れる下水として使われる空間にいたのは、一人の()と、一体の悍ましい化け物だった。

 

 

「ウヒヒヒッ、ウヒヒヒヒヒヒッ……」

 

 

 赤いドレスを着た女性(アリアンナ)はこちらを見ても虚ろな様子で笑い続けており、バケモノはそれへキュイキュイと鳴く。

 そしてそれらは、まだ()()()で繋がっていた。

 

 

「……赤子の、なり損ない」

 

 

 一先ず、イズは不快な方を先に殺すことにした。

 バケモノへと斧を振り下ろせば、それは抵抗なくその命を終わらせる。

 それと同時に、女性も絶叫を上げた。

 

 

 イズがそちらへ目を向ければ、そこにはぐったりと項垂れた様子となったアリアンナ()がいた。

 斧の石突で軽くつつけば、バランスを崩し汚水へとその身を叩きつける。

 既に彼女は、息絶えていた。

 

 赤子のなり損ないと母体は繋がっており、赤子が息絶える時に母体もまたその命を散らす。

 

 見知った相手の死を前にしても、イズは何も感じなかった。

 それどころか、イズの目にはアリアンナでさえも獣にしか見えない。

 強い相手でもなければ、彼女の興味を引くこともなく……ただ、獣だから殺す、という行動指針に沿って殺す対象だった。

 

 イズはバケモノの死骸に目をやる。

 そして徐に、その死骸へと手を突っ込み……イズは、一本の紐を取り出した。

 それは、イズがヨセフカの診療所で握りつぶしたものと同じもの。

 それを、躊躇なく彼女は握りつぶし……瞳の瞳孔が、ギラリと光った気がした。

 

 

 もはや何を見通しているのかもわからず、瞳孔は溶け、獣の病の兆候を完全に表した状態。

 それでも彼女が『血に酔った狩人』に留まっているのは、ひとえに『夢の狩人』であったから。

 しかし、イズは既にかなりの期間夢へと帰っていない。

 否、帰ることができない。

 

 もはや彼女の瞳には夢の使者たちでさえ『獣』に見えてしまうため、使者たちは恐れて出て来ず、灯りを自発的に触ることもない。

 彼女を狩人の夢に返すには、彼女自身が死ぬ必要がある。

 

 それをセイアが知るのは、まだ、先のこと……

 

 

 

 イズは、ゆっくりと上を見上げる。

 ()()()()()()()()()

 それらを、イズの敏感になった五感は捉えていた。

 

 オドン教会に、『悪夢』が到来する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 孤児院の中は既に崩壊しており、生き残っている人間は一人もいなかった。

 薄暗い建物内で、死体を貪る獣や、こちらに触手を突き刺そうとするイカ星人が徘徊する……というなんともホラーな環境。

 

 

「まあ、関係ないのだがね」

 

 

 とりあえず獣もイカ星人も片っ端から聖剣で撫で斬りにしていく。

 どうやらここは聖歌隊の本拠地ではあるが、ヤハグルのように儀式を行なっている場所ではないらしい。

 となれば、別の道を探すしかない。

 

 ルドウイークによれば聖堂街大聖堂の最奥には隠された何かがあるという。

 実際、聖堂街上層には孤児院から大聖堂の上層へと接続した歩道橋がかかっていた。

 狩人の悪夢でも、大聖堂には『燃える獣』や『実験棟へのエレベーター』、現実では『教区長エミーリア』がいた……大聖堂という場は、医療教会にとって最も重要なものなのだろう。

 

 

 落ちていた狩人証を拾い、這い寄ってくる赤子のなり損ないたちを仕留めた私は、一つのミイラを見つけた。

 

 

「……妙に気を引くポーズだね」

 

 

 左腕を上に掲げ、右腕を地面と水平になるように保つ。

 わかりやすく言えば、『L』のような形に腕を掲げたジェスチャーだろうか。

 

 

【これは交信を意味する】

 

 

 交信……交信?

 これがか……?

 確かに様になっているがこれでできるのか……?

 

 

『どのような儀式が上位者に作用するのかわからない以上、これは駄目だと切って捨てるのはいけないのではないか?』

 

 

 ……確かに。

 カルト集団な医療教会とて、やっていること、できていることは善悪は置いておいて紛れもなく本物の儀式。

 しかもその上位会派の片方がこうしてミイラとなった存在をわざわざ残しているということは、ちゃんと効果があるのだろう……多分。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで大聖堂の上層へと進めば、そこにあったのは一面の花畑。

 大聖堂の中庭?屋上?に花畑があるというのも変な話に思えるが、『夜空の瞳』を手に入れた場所も大聖堂の上の花畑だった。

 ここと狩人の悪夢の教会の作りはほぼ同じなのだから、向こうにもあればこちらにもあるということなのだろうか?

 それとも因果が逆だろうか。

 

 そんな考えを他所に、花畑には神秘が募る。

 青白い光が空中、あるいは天から降り注ぎ、眩しく光った時……そこには、青いキノコのような頭をした、人型の化け物がいた。

 それは、確か知見を深める時にミレニアムから取り寄せた書物にあった空想上の存在によく似ている。

 

 

「う、宇宙人だ……」

 

 

 

星界からの使者

 

 

 オカルトというのもあながち間違いではなかったらしい。

 まあ、宇宙人より余程非現実的な存在(上位者)とは沢山あってきたが。

 

 さて、蹴散らそうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 カツ……カツ……カツ……

 オドン教会の地下から、ゆっくりと、しかし確実に靴音が登ってくる。

 それを聞きつけた赤衣は、すぐにそれがイズのものだと気がついた。

 しかし、それはすぐにおかしいと気がつく。

 彼女のものにしては、妙にフラフラと左右に振れ、歩幅もバラバラ。

 最後に彼女と会った時から数刻は経過しているが、記憶にある彼女の歩き方と全く違うというのはすぐにわかった。

 

 

「……ちょっと、怖くなってきたなぁ」

 

 

 壺の影に隠れるように這いずりつつ、彼は辺りの物の位置をずらす。

 勿論、獣避けの香を追加で焚いておくのも忘れない。

 先ほどから何か大きな戦いが起こっているのか聖堂街の方はとても騒がしい、しかし反対にヤーナム市街の方はとても静かだった。

 

 一応、怪我を負っていて重体の可能性も視野に入れて、包帯なんかは準備しているが……

 

 

「……」

 

 

 

 

 やがて、その足音は教会内にたどり着いた。

 赤衣は盲目であり、イズの姿を視認することはできない。

 しかし、彼女からはとても濃い血の匂いと、甘い香り……そして、()()()()()()()()()()が感じ取れた。

 

 この時点で、赤衣は『イズが大怪我をしている』という考えを捨てた。

 物陰で息を潜め、見つからぬように気配を消す……ヤーナムで生きる上で必須技能であるこれが、赤衣は最も得意だった。

 

 本来ならば、これで難を逃れられただろう。

 しかし、イレギュラーというのは思いもよらぬ形で発生する。

 

 

「……臭い」

 

 

 一つ目、イズにとって獣避けの香はあまり意味をなさないこと。

 イズはもはや半ば獣のような物ではあるが、その本質は未だ狩人に囚われている。

 つまり、彼女にとって獣避けの香は嫌な匂いがするだけの、煙の出る壺にすぎない。

 

 

「……」

 

 

 そして、二つ目はイズが強くなりすぎていたことだった。

 過敏とも言えるほど鋭くなった五感は、あらゆるものを感じ取る。

 それは、空気の流れを通じてあらゆるものを知覚することができるほどに。

 たとえ隠れたとしても、生物である以上生命活動は行われ、微量だとしても空気は流れる。

 

 既に赤衣は、イズに見つかっていた。

 

 

「……!」

 

「……」

 

 

 イズがこちらに気がついていることを、雰囲気から赤衣も察してしまう。

 しかし、今更逃げ出すことはできない……遅すぎたのだ。

 

 

「……すまない」

 

 

 彼は目の前の彼女が安心してここにいられなかったことを悔い、彼女に振りかかる運命を呪い……そして、祈った。

 どうか、彼女にいつか平穏が訪れるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 星界からの使者たちを殲滅し、大聖堂の最奥へと進む。

 神秘の扱い方を理解してから大火力を連発することができるようになったセイアは、多少強いだけの有象無象ならば簡単に倒すことができるようになっていた。

 

 そんなセイアは、横たわっていた聖歌隊の死体から一つの秘儀を手に入れていた。

 

 

「ふむ……彼方への呼びかけ……ミコラーシュが奥の手のように使っていたものか」

 

 

 頭を開いたクリオネのような、宇宙色の軟体生物。

 凄まじい神秘を感じるそれを、セイアは懐に仕舞い込んだ。

 

 

「……さて。こんな所にいかにもなエレベーターがあるとはね」

 

 

 大聖堂、教区長エミーリアが祈り初代教区長ローレンスの頭蓋が安置されていた祭壇の上層裏手。

 そこにあったのは、どこかへと続く秘密のエレベーター。

 特に何か罠が仕掛けられているわけでもないことを確認して乗れば、それは下へと降り始めた。

 

 深く、聖堂街上層から聖堂街の高度へ。

 深く、聖堂街からヤーナム市街の高度へ。

 深く、ヤーナム市街の高度から旧市街の高度へ。

 深く、旧市街の高度から──海抜へ。

 

 

「……海水?」

 

 

 エレベーターが止まり、降り立った場所は磯臭い洞窟だった。

 少し進めば、そこは海水が薄く張ったとても広い大空洞。

 天蓋から入った少しの光が拡散し、神秘的にも大空洞を隅々まで照らしている。

 

 

「……夜なのに?」

 

 

 そう、今は夜。

 しかも、空は青ざめ月は赤。

 どう考えても、これだけの光量を確保することなど不可能。

 

 

「……悪夢とはまた違う異空間かな」

 

 

 かつてビルゲンワース……そして聖歌隊が探索したとされる神の墓、その名残。

 今はもう塞がり、埋もれ、一部しか残っていないが……それでもなお、その領域だった場所には特異性が残っている。

 それを利用して生み出されたのがここ──嘆きの祭壇である。

 

 

「……」

 

 

 祭壇、それを意味するように、セイアの視線の先には大きな台座と……それに乗せられた、『白痴の蜘蛛、ロマ』の頭部に似た、岩とも遺骸ともとれるもの。

 

 そしてそれに()()祈るのは、一体の上位者。

 

 首を垂れ、啜り泣く様に音を鳴らす、丸い頭部。

 背には天使のような翼が広がり、鯨のような巨大な胴体からは丸太より更に太く大きい触腕が幾本も生えている。

 

 

「……」

 

 

 セイアが月光を宿した聖剣を構え神秘を解放すれば、それは嵐となり風が吹き荒れる。

 それに反応したのか、ゆっくりと顔をあげセイアの方へと向き直る上位者。

 

 伏せていた丸い頭はまるでザクロのように開かれており、中からは無数の管と、血に染まったような悍ましい中身……そして、一対の翠の綺麗な瞳が覗いていた。

 

 

 

 星の娘、エーブリエタース

 

 

 

 彼女こそが、医療教会の血の源。

 星の眷属であり、見捨てられた上位者である。

 

 

「……君に非はないが、狩らせてもらう」

 

 

 現世における最後の上位者との死闘が、今始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 時を同じくして、アイリーン、ヴァルトール、流血鴉の三名もまた、聖堂街の最奥にある大聖堂へと突入してきていた。

 三人とも、戦闘での疲弊から徐々に余裕がなくなってきている。

 

 

「チッ……!」

 

 

 独特な音を奏で、二刀流の慈悲の刃が流血鴉の血刃を弾く。

 しかし流血鴉はアイリーンの一手のうちに三、四手と攻撃を加え、それをヴァルトールがなんとか防ぐ形になっていた。

 

 

(二刀流より手数が多いってのはどうなってんだい……!)

 

 

 大振りな回転ノコギリでは、いつ均衡が崩れるかもわからず……かといって、この状況を打開する手段もない。

 まさに千日手、禁域の森から状況は変わらずただ緊張に張り詰め精神を削っていく戦いだった。

 しかし、それもまた終焉へと向かう時が来る。

 

 

 三者が不意に手を止め、離れる。

 大聖堂の最奥、その直下から、何か大きな気配が感じ取れたからだ。

 

 まるで何かに阻まれるように探りづらいが、今まで感じたこともないような存在圧。

 最も戦闘経験があるヴァルトールでさえ、このような圧力は殆ど感じたことがない。

 

 一つは、聖堂街に来た時から感じていた大きな気配(セイア)であろうが……もう片方はなんだ?

 

 そう考えた時、()()()()()()にも、凄まじく強大な気配が現れた。

 

 

「……」

 

「……戻ってきたか」

 

「……冗談じゃないよ」

 

 

 全身、血濡れ。

 瞳は完全に濁り、虚ろな様子で斧を引きずる()()はしかし、その力を更に上げて現れた。

 その口からは、空気が漏れている。

 まるで唸り声のように。

 

 

 イズ・ガスコイン。

 又の名を、血濡れた狩人。黄金の獣

 

 

 彼女が、息を吐ききった瞬間──消えた。

 否、消えたと見紛う程の速度で、流血鴉へと襲い掛かったのだ。

 

 甲高い音を立てて防いだ流血鴉だったが──受け切れない。

 彼は驚愕した……膂力が、先の戦いと比べて二倍、いや三倍にも思える程増加していたのだから。

 この短期間ではありえない成長の仕方。

 何をどうすればここまでの化け物が出来上がるのか。

 

 壁に叩きつけられると同時、彼は即座に上へと身体を押し上げ追撃を避けた。

 即座に飛んできたイズの攻撃で、大聖堂の壁面に大きな傷が入る。

 

 

「……好機だ」

 

「……なに?」

 

 

 それを見ていたヴァルトールが上げた声に、アイリーンは怪訝な反応を返した。

 

 

「あの獣の刃は、常に強者へと向かう。この場で言えば、あれはあの鴉に夢中なようだ」

 

「……ああ、そうだね」

 

「であれば隙をつき、あの鴉を始末するのがいいだろう。あの黄金の獣は三人でかかったところで倒すのは難しい」

 

「……あの馬鹿弟子を始末した後はどうするんだい」

 

「一度引く……が、逃げ切れるかどうかは運だな」

 

「そうかい……」

 

 

 ため息をつくアイリーンだが、次の瞬間には臨戦体勢を整えていた。

 それを見たヴァルトールも、息を整え武器を構える。

 

 

「死ぬのが遅くなるか早くなるかだろうけどね、やってみたっていいさ」

 

「出来るだけ死ぬなよ」

 

「当然」

 

 

 死闘は、終わりへと着実に向かっていた。

 

 

 

 

 

 

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