移植かリマスターまだですか
エーブリエタースを狩ったセイアだが、その神秘残量は当然万全ではない。
残り、二割といったところか。
エーブリエタースの障壁の中和と、仕留めるための大技で大きくその残量を消費してしまっていた。
流血鴉は休む間もない戦闘の継続により、その疲労の蓄積が溜まっている。
しかし、技の冴えに衰えはなく、寧ろ激戦に次ぐ激戦でボルテージが上がり磨きがかかっている。
「……ふむ」
深傷を負ったが倒れる気配のないイズ。
最早この場では実力不足のアイリーン。
何か策ありげなヴァルトール。
三者三様を見たセイアは、この場を鎮めるには人手不足だと感じた。
負傷したイズもこの場で様子見をしている……というよりは、セイアと流血鴉のどちらに刃を向けるべきか見定めているといったところか。
まだまだその力に衰え無し、アイリーン達に抑えられるほど弱ってはいない。
自身がどちらか片方を受け持ったとして、その間に疲弊している様子の二人がやられないという保証はない。
「……セイア。イズを頼むよ」
ふと、アイリーンがそんな言葉を口にした。
それと同時に、彼女は流血鴉の前へと躍り出る。
彼女は度重なる激戦で全身に傷跡が残されていたが、それでも臆する事なく立ちはだかった。
「アイリーン、君は……」
「元々こいつはあたしの獲物だよ。手を出すんじゃないよ……それに、あたしじゃ無理だがあんたならあの子を止めてやれる」
その言葉には、有無を言わさぬ覚悟が籠っている。
流血鴉もまた、アイリーンへとその刃を構えた。
今ここで、確実に仕留める……それが両者の、心の内。
「……わかった。任せるよ」
セイアが、アイリーンに背を向ける。
たとえ無謀だとわかっていても、彼女の決意を無駄にはしたくなかった。
「そこのバケツ頭!アンタもそっちで戦いな!」
「……いいだろう」
ヴァルトールは、アイリーンの言葉に素直に頷いた。
セイアは見たところ眼前の黄金の獣と互角、しかしそれでは倒し切ることはできない。
ならば自身が加勢し、確実に削り切るのが得策。
「行くよ、馬鹿弟子」
「……」
超神速の剣戟が、アイリーンを狩らんと襲いかかった。
同じくして、イズが品定めを終える。
見据えたのは、眼前にいる黄金の狐。
その常識外の脚力で床を砕き迫り、セイアの脳天へと、斧を振り下ろし──空を斬る。
「随分と強くなったようだね」
彼女は半歩下がることで身を逸らし、斧を避けた。
獣狩りの夜にて数多の強敵を屠ってきたセイアの戦闘技術は、歴戦の古狩人以上のものとなっていた。
「ふっ!!」
「っ!!」
月光の聖剣と獣狩りの斧が激突する。
それは
「……!」
「強くなったのは君だけではない!」
セイアの身体に、翠緑の雷が迸る。
今のセイアは、神秘を全て身体強化に回した状態。
一時的とはいえ、暴虐の化身となったイズに張り合える程の力を得ている。
「期待通りだな」
イズの後ろから、回転ノコギリを振りかぶったヴァルトールが襲いかかる。
イズは回転盤を横から殴りつけて軌道を逸らすが、刃が掠めた腕は傷つけられ血が滲んでいた。
回転する刃は肉を削ぎ落とし、骨を削る。
それが掠めたとなれば、深傷は避けられぬ筈。
「……当たったはずだが」
「身体も相当堅くなっているらしいね」
「……■■」
しかし彼女のダメージは軽微、当たった箇所は裂傷にはなっているもののそれ程深くはないようだ。
並みの獣より遥かに頑丈であり、その肉体強度は上位者にも迫る。
「俺が脚を止める。お前が仕留めろ」
「……わかった」
自身は決定打にならないと即座に判断し、足止め役に徹することを決めたヴァルトール。
彼はセイアが言われた通りに神秘を束ね始めたのを尻目に、イズへと突貫した。
しかし、いくら連盟の長とて眼前の圧倒的な暴力には勝てない。
彼は古い時代から戦っている歴戦の狩人だが、同時にかなり年老い、衰えている。
ある程度決まった『技』の傾向があった流血鴉と違い、イズの戦い方は本能に従う不定形。
見極めるのも容易ではなく、まして防ぐことなど能わず。
「─────■■■!!!」
「ぐうっ……!!」
まず初めに、避けきれぬ攻撃を避けるため盾にした左腕が粉砕された。
かろうじて繋がっているだけのボロ切れになったそれを、ヴァルトールは躊躇なくイズに叩きつけ千切った。
「……■■!!」
「がはっ……!?」
次に、震脚により怯んだ身体を蹴り飛ばされたために肋骨が砕け散った。
防御姿勢をとった為に即死は免れたが、内臓の幾つかも潰れているだろう。
しかし彼は、輸血液で治すとそのダメージを無視した。
「■■■■■■■!!!!」
「があぁっ!」
ボロ雑巾のようになった彼を、イズは吹き飛ばす。
しかし彼は、自らに輸血液を入れながらイズに喰らい付いていた。
四肢欠損は輸血液では治せない。
既に回復不可能な傷をいくつも受けているとしても、彼は自らの役目を全うする。
「よくやってくれた」
ダパァン!
そして遂に、その時は来る。
眩く輝く聖剣を構えたセイアが、破裂音と共にヴァルトールとイズの間に滑り込んだ。
右片手で聖剣を持ち、左手に構えるは煙を上げた銃。
ヴァルトールに向けられた一撃を、遠距離での銃パリィで凌いだのだ。
続けて聖剣の腹で強打され、その体勢を大きく崩す。
「どうか狩人の夢に戻ってくれ──」
「■■■■■■■■■■■──────!!」
本命が出てきたとその戦意を剥き出しにしたイズだったが、体勢を立て直す前にセイアの構えは終わろうとしていた。
撃ち終わった銃を手放すと共に、上段に掲げた聖剣へとその手が添えられる。
その、眩く輝く翠緑の剣は、残光を残し振り下ろされた。
「
一才の無駄なく、刀身に封じ込められた神秘がその斬れ味を最高潮にする。
『貫き』『奔流』などの放出系とは違い、神秘のロスを極限まで減らした、対人特化の奥義。
ヴァルトールの回転ノコギリを見て、その技は更に洗練されていた。
極小の神秘で形成された刃を刀身に纏わせ、高速で表面を滑らせることにより、その剣は万物を切断する最強の武器となる。
その刃がイズの肩へと突き刺さり、そのまま袈裟斬りにした。
「────────────」
心臓や肺など、主要な臓器ごと切り裂かれたイズ。
その身体から溢れんばかりの血と臓物が噴き出し、ゆっくりと倒れ──しかし寸前で踏み止まり、セイアへとその拳を叩き込んだ。
「──────■■■■■■■■!!!!」
「なに────ごふっ!?」
幸い、殴られたセイアの内臓は破裂しなかった。
しかし、衝撃で懐の中身が飛び出す。
イズの狙いは、空中に浮かぶ輸血液。
彼女は、瞬間的にそれを掴み取りその身に打ち込んだ。
即座に、再生が始まる。
潰れた内臓が修復され、血液が通り、その機能を回復する。
砕け、切り裂かれた骨が癒着し、その強度を取り戻す。
断裂した筋肉が再生し、その膂力を再度得る。
そうして肉体を復活させ、万全の状態となったイズ。
セイアを仕留めるべく、その脚に力を込めようとした瞬間──
「──────?」
思わず目を向ければ、そこにあったのは
それはセイアの懐から物が散乱した時に落ちた、初代教区長である『ローレンスの頭蓋』である。
それ自体は、不自然ではない……が、それが存在している場所が問題だった。
初代教区長ローレンスが祀られているのは、ここ聖堂街の大聖堂。
そこには、
つまり、今この場には本物の『ローレンスの頭蓋』が二つ存在していた。
初代教区長ローレンスは初めての聖職者の獣であり、人の頭蓋は悪夢の中にしか存在しない。
しかしそれが、悪夢を渡ったセイアから零れ落ちたが為に『現実に』現れてしまった。
同一人物の頭蓋骨が二つ同時に存在する。
それは、特異点を産む。
頭蓋を触媒として強力な力場が発生し、イズの身体が即座に呑み込まれた。
「イズっ!」
それを見ていたセイアの前で、力場は即座に閉じる。
突然のことで、何もできなかった。
後に残ったのは、セイアが落とした荷物のみ。
しかしその中に、『ローレンスの頭蓋』は残ってはいない。
「何が──」
「ごほっ……」
「っ!ヴァルトール!」
理解が追いつかないが、今はまだ戦闘中。
ヴァルトールの苦しそうな咳により現実に引き戻されたセイアは、彼に輸血液を刺して横に寝かせた。
既に彼の手持ちに輸血液は残っておらず、先程の激戦がどれほど綱渡りだったかを実感させられる。
「俺に構っている暇はない……鴉羽の所に行け」
「っ!ああ」
イズが消えたのは気掛かりだが、追えない以上は気にしても仕方がない。
後でカオリ、もしくはヒトミに相談するとして、今はやるべきことをやらなくてはならない。
***
膝をつき、刃を落とす。
背の鴉羽は周囲に散乱し、まるで地に堕ちた鳥のよう。
カインの流血鴉に善戦したアイリーンであったが、その実力差は残酷であった。
「はぁ……はぁ……」
「……」
全身を刻まれ、繋がっているのが奇跡なほどの深傷も多い。
左腕は切断され、双短剣であった慈悲の刃は変形前の一本の刃へと戻っている。
脇腹は斬り裂かれて開き、腹圧で臓物が溢れかけるのをベルトを上から強く巻くことで強引に押さえつけていた。
右大腿は骨が見え、力を込めるごとに血が噴き出す。
最早輸血液は尽き、出血多量により意識は朦朧。
それでもアイリーンは、その意志と気迫だけでその場に立ち塞がっていた。
「……」
流血鴉が、一息にトドメを刺さんとその血刃を腰溜めに構え──アイリーンと自身の間に現れた人物を見て、その構えを解いた。
「はぁ……はぁ…………あんた、年寄りの言うことは素直に聞くもんだよ……」
アイリーンの瞳に映った、
その気配は最初と比べて微弱なものとなってはいるが、それでもこの場にいる誰よりも大きい。
「あたしとしたことが、しくじっちまってね……」
「……輸血液はあるかい?」
「もう……ないね……」
「なら、これを刺してくれ」
セイアは懐から、輸血液を取り出しアイリーンへと渡す。
もはや何も言うことはなく、アイリーンはそれを受け取った。
セイアもまた、
「さて、待たせたね」
「……」
狐耳に尻尾を携えた、異色の狩人。
今まで戦った中でも、その存在感は別格。
「……!」
故に、流血鴉は様子見を捨て、初手で最大最強の技を繰り出す。
腰溜めに深く名刀『千景』を構え、守りを捨てる。
同時に、その刃に手を沿わせて斬り、溢れ出た血を刃に過剰に纏わせた。
対するセイアもまた、流血鴉の技を正面から打ち破らんと神秘を練り上げる。
残り神秘は一割、その全てを聖剣へと注ぎ込んだ。
神秘で形成された極小の刃が刀身を滑り、それが乱反射を引き起こし眩い翠光が辺りを照らす。
「────────
先に動いたのは、流血鴉。
瞬間的に踏み込み、放たれたのは血の六連撃。
バツ印を書くように放たれた二連続の斬り上げは、敵の防御を強引に剥がし取り、即座に三つの斬撃へと派生する。
そうして斬り刻んだ敵を最後に襲うのは、大上段からの一閃。
これを受けて、生き残ることができる存在はいない────本来ならば。
「────
しかし、目の前にいるのはこのヤーナムで最も頭角を現した
HPが少なくほぼ全ての攻撃が即死級、尚且つ数々の初見殺しに対応してきたセイアにとって、全ての攻撃は条件が同じ。
そして、流血鴉の攻撃は確かに速いが────見切れないことはない。
最も強く振るわれる事となる二連撃を、前方へのステップで潜り抜け……続く三連撃を、聖剣で
「……!」
「はあぁぁぁっ!!」
流血鴉は動じる事なく、その刃を大上段から振り下ろし。
セイアもまた、血刃を迎え撃つべく聖剣を振り上げた。
「「!?」」
両者の刃、その衝突の寸前。
大聖堂の窓を突き破り、黒い塊が侵入してきた。
「この時を待ってたぞ!!」
くぐもった、腹に響く男の声。
雷光を纏い、赤い瞳を輝かせ現れたのは、『恐ろしい獣』だった。
連盟の狩人を始末し、機を窺っていた彼にとって、このタイミングは最高のもの。
「死ねぇっ!!」
乱入者によって、セイアと流血鴉の気が一瞬逸れ刃が鈍る。
しかし、セイアの目には映っていた。
乱入してきた黒い獣へと舞う、
「なっ──────」
恐ろしい獣が驚いたように声を上げた。
しかし、それはもう既にセイアの耳には届かない。
真っ直ぐに正面を向いたセイアは、躊躇いなくその聖剣を全力で振り上げ────刃が鈍った流血鴉のその技を、打ち破った。
「はあっ!!」
「……!!」
奥義を破られた流血鴉の身体が、二つに両断された。
ヤーナム最強の人斬り、その敗因は信じる仲間がいなかった事であった。
流血鴉が両断されたのと同じ頃、背後で雷光の爆発が迸り──セイアに届く寸前でその雷を散らす。
セイアが急いで振り返れば、そこには倒れ伏した獣と、その上に重なり倒れている
「く……そ……」
恐ろしい獣が、悔しそうに声を上げ──その瞳の光が消えた。
その上で身を捩り煙を上げながら、アイリーンが立ち上がる。
「アイリーン!」
「はぁ……はぁ……ごふっ……」
激戦で欠けたペストマスクから流れ落ちたのは、大量の血。
途端に、アイリーンの身体が崩れ落ちる。
慌ててセイアが駆け寄れば、アイリーンはその全身が焼け爛れていた。
乱入してきた恐ろしい獣は、最大まで雷を溜めていた。
あのままセイアと流血鴉の所までたどり着いていれば、溜めた電荷を解放し自身を雷爆弾としていた事だろう。
それを瞬時に見抜いたアイリーンは、隻腕の身であろうと妨害するため走り出し……瞬時に心臓を一突きにして、恐ろしい獣を仕留めた。
誤算だったのは、アイリーンが飛び出してきた瞬間に恐ろしい獣が躊躇なく電荷を解放した事だろう。
電磁爆発をゼロ距離で受けたアイリーンは、全身を貫いた雷により、筋肉、内臓、その細胞の隅々にまでダメージを負っていた。
嫌な匂いが、辺りに漂う。
「ババアだって……はぁ……最後に役には立っただろう……はぁ……」
「喋らないでくれ、今輸血液を…………っっ!?」
「……もう、ないんだろう?」
アイリーンの言う通り、セイアの懐には輸血液が残っていなかった。
聖堂街上層、エーブリエタース、そしてイズ、流血鴉との連戦、加えてヴァルトールとアイリーンに分け与えた分、そしてイズに奪われ使われた分。
それで、手持ちの輸血液を全て使い切っていたのだ。
「あたしももう、潮時さ……ここまで狂っちまったこの街で、よく頑張った方だよ……もう、あんたが最後の生き残りさ」
「アイリーン……」
「獣はもはやとめどなく、狩人はもう、用無しさ……」
赤き月が現れ、空が青ざめたヤーナム。
まともな生き残りなどもう居らず、残っているのは獣か、あるいは狂ってしまって取り返しのつかぬ人間だけ。
この場にいる、アイリーン、セイア、ヴァルトール……三人だけが、正気を保っていた。
「…………なあ、あんた……これを渡しておくよ……」
最後の力を振り絞ったアイリーンが持ち上げたのは、彼女が最後まで手に持っていた得物である『慈悲の刃』と、一つの狩人証。
鴉羽を模ったそれは、狩人狩りの証であり、鴉羽の狩人に代々継承されてきたものだった。
「それは狩人の業さ。けれど、あんたが背負うものでもない……どうしようと、あんたの自由さね」
「……わかった。受け取ろう」
セイアが刃と狩人証を受け取ると同時に、アイリーンの腕が力無く落ちる。
もはや感覚はなく、動かそうとも思えないほど疲れ切っていた。
「……ああ、なんだか眠くなってきたよ………あたしはもう
荒れていた呼吸は、聞こえぬほどに薄くなってしまっていた。
それはまるで、安眠するための呼吸のように整った様にも聞こえる。
「眠らせてもらうよ……少しだけね……」
過ぎ去ったかつての思い出を振り返り、目の前の狐の少女と友人の娘に安寧を祈る。
欠けたペストマスクからのぞく瞳が、ゆっくりと閉じた。
***
大教会の外に佇むヴァルトールは、足音を聞いて振り返った。
そこにいたのは大剣を背負った金狐の特徴を持つ少女、セイア。
「鴉羽の狩人は眠りについたよ」
「そうか」
隻腕となったヴァルトールは、杖を片手にヤーナムの街を見る。
静寂に包まれた街は、気配一つなく……それを眺める彼は、もの寂しそうな雰囲気だった。
「……黄金の狩人よ。お前はどうするつもりだ」
「……私は、この夜を終わらせるよ」
「…………そうか」
彼は短く返すと、階段を降り始める。
セイアはそれをみて、彼の背に言葉を投げかけた。
「……君は、どうするんだい」
「……俺は俺のやり残した事を終わらせるだけだ。連盟として……血濡れた狩人としての役目をな」
「……そうか」
短いやり取りを残して、ヴァルトールは夜の闇へと消えた。
赤い月を見上げ、セイアもまた夢へ戻るために使者たちのいる灯へと足を向けた。
「……イズ、君はどこへ…………」
そう、呟きを残して。