あらゆるものが吹き飛んだ大聖堂跡地。
その瓦礫の山から、人影がゆっくりと立ち上がった。
全身が丸焦げになり、両腕は炭化しているが、それでもその人影……イズはまだ生きていた。
ローレンスにトドメを刺したイズだったが、ローレンスはその命尽きる間際にその全てを燃やし尽くした。
結果、発生したのは瞬間的な熱の膨張による大爆発。
そのエネルギーは大聖堂とその周辺を破壊し尽くし、全てを残骸へと変えた。
「…………ケホ」
イズが、気管に残った煤を吐き出す。
ほとんど焼死体のようになり、元の面影など微塵も残っていない彼女。
片目と呼吸器官は守ったが、それ以外の全てが焼けてしまっている。
恐らく、誰が見ても彼女がイズだとはわからないだろう。
(……死ねなかった)
イズは、そう心の中で半ば諦めため息を吐く。
いや、今から自分の身体が行く場所によっては死んでくれるかもしれない……そう思うしかない。
もう彼女は自分の意思で身体を動かすことができず、その主導権の一切が本能に奪われていた。
そして、ローレンスを倒したことにより……僅かながら、燃え尽きた血の遺志の残滓と……ある一つの、彼の理想を得ていた。
それが彼女へと影響を齎すのは、まだもう少し先だが…………
(…………ん?)
イズの優れた聴力が、大聖堂の跡地に何かが入ってきたのを感じ取る。
ゆっくりと振り返れば、そこにいたのは…………バケツを頭に被った狩人だった。
「……凄まじいな、これは」
彼はそう言うと、懐から一つの鈴を取り出した。
それは、『古狩人呼びの鈴』……協力者を呼び出すもの。
「……本当ならば狩らねばなるまいが、俺にも慈悲というものがある……
ヴァルトールが口にしたのは、彼が知り得ない筈のイズの名。
本来何も関係がない筈の彼はしかし、彼女のことを知っているようだった。
「
(…………!?)
チリン、チリン……と、ヴァルトールが鈴を鳴らした直後。
どこからともなく現れたのは、イズの目の前で死した筈の古狩人。
イズの祖父、ヘンリックだった。
***
私のいた場所を、肉の塊が抉り飛ばす。
ゴースの遺子の戦い方は原始的な身体能力任せのように見えて、手持ちの胎盤をヨーヨーのように飛ばして押し潰し、鞭のように敵を撃つというテクニカルなものだった。
キュヤァァァァァァアアア!!
地面を抉り、ゴースの遺子が胎盤を振り回す。
隙が少なく、また胎盤を紐で伸ばしたり直接掴んで殴りかかったりとリーチがつかみ辛い。
先程聖剣で一撃受けてみたが、凄まじい膂力で吹き飛ばされてしまった……
いつも通りだが、軽い牽制以外は当たれば一撃で即死しかねない……向こうの防御力がどうかは知らないが。
私が攻撃しようと近づいたとしても、彼は辺り一帯を胎盤とその紐で薙ぎ払う。
その長さは最長で7〜10mほどか……避けることはできるが、砂浜を抉る攻撃が多い……視界が砂で塞がれないよう注意しなければ。
おまけに、ゴースの遺子の動きは獣じみた低姿勢で身を屈めて飛ぶことが多く、その速度も今まで戦ってきた敵と比べて遥かに速い……あのイズと同じくらいには。
「っ!危ういね!」
アァァォォォオオ!!
振り上げ、縦振り、左右への振りのリーチの有無。
飛びかかりやバックジャンプ攻撃、胎盤投げ、それに伴う余波の見極め。
それらを瞬時に行いながら、私は聖剣で確実にヒットアンドアウェイを重ねていく。
幾度か斬り結んでわかったのは、彼の防御力はそれほど高くないということ……胴体に十数、足に三、腕に二回攻撃したが、いずれも弾かれることはなく裂傷になっている。
火力と機動力に特化した、イズのような手合いということか……彼女との前哨戦には、丁度いい。
砲弾のような速度で肉片が頭を掠める。
ゴースの遺子が、手に持った胎盤から肉片を千切り投げたのだ。
それは私の遥か後ろに着弾し、宿っていた凄まじい神秘により戦車の砲撃もかくやという大爆発を起こした。
流石は上位者、産まれたてといえども神秘を扱う技量はあるらしい。
だが、私とてキヴォトスの住人だ。
戦車や銃弾など腐るほど見ている中で、砲弾と同速程度の肉片に臆するほど柔ではない。
続け様に投げられた肉片二つを潜り抜け、ゴースの遺子の左腕を斬りつける。
切断するつもりで攻撃したが、刃は骨で止まる……右から肉塊が迫ってきているのを察知し、早めに追撃を諦め飛び退いた。
「……これで終わりじゃないだろう?」
数多の斬撃を加えたが、その程度で上位者が死する筈もない。
彼らを倒すならば、確実に息の根を止める程の損傷を与えなければいけない。
私の声に応えるように、ゴースの遺子が手に持った胎盤を構え、地面に突き立てた。
同時に溢れ出るのは、胎盤からではなく
今まで扱っていたのは、母から得た神秘……しかし戦いを経て、彼は自身の神秘の扱い方をも習得した。
途端、成長するように背の萎びた翅が大きく羽ばたいた。
それは天女の羽衣のような……それでいて虫の翅のような……神秘的でどこか不気味なもの。
まるでギロチンのように、刃を両手で広く構えたその姿は益々獣のようだが、それでもその姿はまごうことなき上位者のそれだった。
そして、彼の身体に
本来、上位者たちにとって雷とは天敵でありその身体を徹底的に破壊するもの。
彼らの身体は神秘で大部分が構成されており、その結合を電荷により破壊するためである。
自然が持つ防衛機構たる雷は、星の力の神秘によって生まれ、星の外敵であり外宇宙から飛来する彼らを穿ち、滅し、堕とす。
しかし、ゴースの遺子はこれを御した。
星の力の一端を、自らのものとしたのだ。
ゴースの遺子の速度が上がる。
瞬時に翔んだその刃が、セイアの眼前へと迫る。
(疾い!)
寸前で回避するが、遺子の猛攻は止まらない。
突進からの二連撃、続けて三連叩きつけ、即座に背後に回っての広範囲横薙ぎ。
その全てが必殺の一撃であり、周囲に放電しながらのもの。
「くっ……!
咄嗟に神秘を解放し、急遽練り上げた神秘で強化した聖剣で応戦する。
だが漁村道中での疲労や消耗もあり、徐々に追い詰められていく。
アアアァァァァアアァアァァァアァァァアアアア!!!!
「まだ上がるのかっ!」
好奇とみたゴースの遺子が、その神秘の運用を一段階上げた。
彼が叫ぶと同時、辺りに数十の雷柱が降り注ぐ。
それらは雨に濡れた地面を伝わり、また空中で放電しながら、その全てがあらゆる方向からセイアへと向かい─────
「まだ、とっておくつもりだったんだが」
「仕方がない」
──雷柱によって作られた球の内側から、翠緑の閃光によって打ち破られた。
その中心に佇むのは、今まで以上に眩く輝く聖剣を
「
それは、神秘を臨界点まで圧縮し維持する、セイアが至った新たな形態。
生徒と聖剣という本来会う筈のない組み合わせは、運用により凄まじいエネルギーを生み出す。
その反面、神秘のロスや消費は通常の数十、否、数百倍にも及ぶ。
セイアは今まで最低でも一割以上の神秘を使用しなければ聖剣の力を引き出すことはできなかった。
だがセイアは、それを解決しようとしていた。
故に編み出されたのは、極限まで自身の全ての神秘を圧縮し聖剣で制御すること。
キヴォトスの住人に存在している、生命活動に必要な神秘すらも圧縮し、その全てを『
「頼んだよ」
【了承した】
『君は全く面白いことを考えるな……任せたまえよ』
極限まで圧縮された神秘は、臨界点に達すると共にその性質を変化させる。
そのエネルギー効率は数十、数百倍にもなり、運用に必要だった神秘量を従来の千分の一ほどまで減らすことができる。
それが意味するのは、『月光の貫き』並の威力を持った月光波が連射可能となったということ。
キィィィイャアアアァァァァアアァアァァァアァァァアアアア!!!!
「いくよ」
神秘による身体強化を施したセイアと、ゴースの遺子が激突する。
音速をも超える技の応酬が、浜辺に轟音を響かせる。
「はあっ!!」
コォォン!
コォォォン!
キィイャアアアァア!!!!
ゴースの遺子が差し向けた轟雷を、セイアが放った月光波が消し飛ばす。
続けて放たれた月光波がゴースの遺子へと放たれるが、ゴースの遺子はそれを横から
だが、曲がりなりにも触れたために彼の腕の被害は甚大。
左腕は半ばまで蒸発し、肘の骨が見えている。
アアアァア!!!!
だが、彼は怯まず、聖剣を振ったセイアの隙をついてその腹に胎盤を叩き込んだ。
「ご、はっ────!」
身体強化の効率が跳ね上がっていなければ、今の一撃でセイアは上下に両断されていた。
瞬間的にできる最大まで神秘を束ね防御してなお、内臓の幾つかが破裂し、肋骨と脊髄がへし折れる大怪我を負ったのだから。
口から大量の血の塊を吐きながらも、セイアは即座に輸血液を入れ命を繋ぎ止める。
両者互角、その実力は拮抗していた。
だが、命ギリギリで行われる互いの決死の攻防は、そう長くは続かない。
いつしか浜辺には、左腕と右脚を失ってなおセイアに襲い掛かろうと構えるゴースの遺子と、輸血液が尽き肩で息をしているセイアの姿があった。
優勢なのは、セイア。
体力の消耗があるとはいえあらゆる怪我を輸血液で治すことができるというのは、シンプルに強力、尚且つ彼女はゴースの遺子にはないここまで積み重ねた戦闘経験を持っている。
如何にゴースの遺子が上位者であり、その力が常軌を逸していたとしても……ここまで闘ってきた経験は、産まれたての彼にはなかった。
「……終わらせよう」
セイアが、聖剣を大上段へと構える。
その翠光が辺り全てを等しく照らし、闇夜を照らす月のように輝いた。
同時に、ゴースの遺子もまた迎え撃たんとその神秘を全開にする。
天上を覆う厚い暗雲に、白い稲光が幾重も走り、その脅威を轟かせた。
「月光の奔流」
セイアが、その光を解放する。
それは、今まで使っていた、ただ神秘を放つだけの技ではない。
セイアの記憶に残る、ルドウイークの必殺の一撃を再現した業。
絶対不可侵である霧の壁すらも揺るがせた、あの一撃を────今ここに。
ギェィィィイャアアアァァァァアアァアァァァアァァァアアアアオオオオォォォォヲヲヲヲヲヲヲ!!!!
在らん限りに叫んだゴースの遺子に応えるように、天から雷霆が堕ちた。
それは、古くから神の御業として崇められた自然界における最大最強の現象。
千分の一秒未満という極短時間で太陽の表面温度の五倍以上の熱量を生む程のエネルギーが、指向性を持ち個人へと向けられればどうなるかは神話に語られる通りである。
凄まじいエネルギーの衝突が、瞬く間に世界を光に包み、大地を震わせ、天を轟かせる。
しかし、拮抗は一瞬だった。
瞬間的な放電現象である落雷を、聖剣の光が撃ち破り────ゴースの遺子を呑み──海を割った。
「はぁ……はぁ……」
セイアが尻餅をつく。
神秘の極限の圧縮は、凄まじい精神力が必要不可欠……それを、導きとルドウイークの手助けがあるとはいえ戦闘中常に維持しなければならない。
まさに神業、故の消耗。
セイアと同じことをするのは、ミコラーシュであっても不可能。
それこそ上位者であったとして、不可能ではないが容易ではないだろう。
死こそしなかったものの、疲労度で言えば過去戦った中でも上位のものだった。
そんな中、ふと気配を感じ振り返る。
そこにあったのは、上位者の死骸。
「……これが、ゴースだったのかな……ん?」
その、軟体生物にも魚類にも見える化け物の
セイアは直感で、その影こそが『
【上位者ゴース、その子供は……生まれる
導きの言葉に、ルドウイークが押し黙る。
このヤーナム、その全ての礎たるビルゲンワースの罪は、このヤーナムそのものの罪でもある。
ここに至るまで、漁村の様々な所で見かけた、首無し死体……そして、皮を剥がれ、無数の孔を開けられた頭部。
それらはまるで生きたまま行われたかのように苦悶に顔を引き攣らせていた。
「……そうか」
黒い影に歩み寄れば、それはただゆらりゆらりと揺れるのみ。
無垢であったはずの存在が最初に抱いたのが憎悪であったというのは、なんと残酷なことだろうか。
「……」
セイアがゆっくりと手で触れれば、それはサラサラと形を細かく崩し、眼前の海へと散っていく。
「……ああ、ゴースの赤子が、海に還る……」
いつのまにか、浜辺にはセイアの他にもう一人の影があった。
それは、漁村に着いた時に会った、最初の住人。
かつて呪詛を吐いていた彼は、ゴースの遺子の残滓が消えるのをゆっくりと見ていた。
「……呪いと海に底は無く、故にすべてを受け容れる……」
彼の言葉と共に、残滓は溶け消え、降り続いていた雨が止んだ。
悪夢の主、その遺志が、ゆっくりと眠りにつく。
「……どうか、安らかに」
いつしか一人となり、曇天の隙間から差した陽に照らされて。
セイアは、ゆっくりとそう呟いた。
***
悪夢の大聖堂の跡地にて、ヘンリックとイズが対峙していた。
全身が黒焦げ、髪や衣服も燃え、しかし性差すらわからなくなるほどの火傷を負っているイズを、ヘンリックは正確に本人だと認識していた。
「……変わり果てたな」
それは、外見に対してではない。
その本質、その内面。
ただのいたいけな無垢な少女から、夜の闇に生きる狩人へ、そして血に酔い獣へと堕ちかけたことへの言葉。
その言葉を聞いた瞬間、イズはびくりと肩を震わせ、口から音にならない声が漏れる。
言葉の意味がわからないほど、イズも鈍感ではなく、以前と今の状態が違うということに対してなのは正しく理解している。
だが、イズにとってはその言葉が自身の罪を咎めているように感じられ……他ならぬ祖父の言葉であったことで、深く心に突き刺さった。
「ァ……」
「無理に喋らなくてもいい。言いたいことはわかる」
全てを見透かした、澄んだ瞳がイズを見つめる。
それが苦しくてイズは目を背けるが、気にせずヘンリックはイズへと歩み寄った。
「……私も、お前と同じだ」
「……」
ヘンリックは、血に酔い、無辜の民に刃を向けんとした狩人。
それは、首を刎ねたイズが最も知っている。
「……我々は罪を犯した。だが、私と違ってお前はまだ生きている」
「……」
口下手だが、それは確かにイズを思っての言葉。
家族であり、血が繋がっているからこそ伝わる想い。
「……罪を抱え、だがそれに沈むことは許されない。形はどうであれ償いをしろ……それが、『人』として生きることだ」
「……ゥ…」
獣から、人に戻ることのできる可能性を秘めた存在。
だからこそ、その可能性を諦めることをヘンリックは許さなかった。
だが、イズも素直に頷くことはできない。
ここまでに犯してしまった罪は、幼い子供が背負うにはあまりにも大きすぎた。
そして、その罪の意識が、最悪への引き金となる。
彼女の周囲に、
「……ァ」
「っ!イズ、お前は……!」
ヘンリックがそう声を上げた瞬間、イズの身体が
それは彼女を焼くと共に、辺りに伝播を始めた。
「クッ……ヴァルトール!」
「
ヘンリックの言葉に応じ、ヴァルトールが構えを取った。
初代教区長ローレンスを倒したイズが受け取ったものは、ローレンス自身の内にあった二つのもの。
その一つ、彼自身を焼いていた罪の炎……その火種が、未だ消えておらず、そしてイズを燃料に再度燃え始めたのだ。
火をつけろ、燃え残った全てに。
あらゆるものを燃やし尽くさんとする、尽きぬ罪の炎が、その本質をあらわにする。
そして同時に、イズの身体が変容を始めた。
その骨格が、その身体そのものが、人間の範疇を越え始める。
「ァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「イズ……」
「……仕方がない。力技で行くぞ、ヘンリック」
鈴と回転ノコギリを構えたヴァルトールとノコギリ鉈を構えたヘンリック。
二人の眼前で、イズという存在が一つの終局点へと向かおうとしていた。
まだ、続くんじゃ
もう少し、あと少し……4〜5話くらい……
もうすぐブルアカが帰ってくる……