天空にて、二柱の上位者がぶつかり合う。
相手の月の魔物……仮名「フローラ」は、正真正銘の夢の上位者。
物理的には互角、だがしかし上位者同士の戦いとは権能の押し付け合いを指すためいくら殴り合おうとあまり意味はない。
そして月の魔物の力は、悔しいことだが優に俺を超えている……経験の差というべきか、領域の上書き速度は向こうのほうが上だ。
だが現状、俺たちの侵食状況は3割といったところ。
最初は当然1割に満たなかったことを考えれば、十分上書きは進んでいる。
『ヒトミ、そこの解析を重点的に』
『はい。カオリさんは、あちらの維持を』
その理由は、俺が一人ではないからだ。
「フローラ」が一台の超高性能スーパーコンピューターだとすれば、俺たち「レティナ」は並列稼働する超高性能スパコン。
性能に関しては「フローラ」が10、俺とヒトミがそれぞれ8、だが並列で稼働すれば「レティナ」としては12〜15の力を出力できる。
花畑の維持にも力を割いているとはいえ、徐々に「フローラ」の領域を喰らうのは訳なかった。
むしろ花畑の修復の方が面倒だって話はある。
下でドンパチしてる三人……セイア、ゲールマン、そしてガスコインの娘……イズ。
彼らの破壊規模がかなりおかしいのだ。
セイアは月光の聖剣からビーム撃って数百m単位で何もかもを破壊しているし、イズが振りまく焔はあらゆるものを燃やし尽くしながら伝播するために山火事もかくやという速度で広範囲に燃え広がっている。
唯一良心的なのはゲールマンだが、前者二人のインフレに劣らずこいつも自分を削りながらの自己強化で凄まじいカマイタチを飛ばしまくっている。
ただ、消耗が二人と違い早過ぎる……あと3分も戦えば燃料切れで死にそうだ。
元々彼は死に体、ここまで戦えているだけでも奇跡だが……まあ、このレベルの戦いは長引くことはないだろう。
『カオリさん、集中してください』
『ああ、すまない』
さて……フローラ、下が終わる前にさっさと終わらせよう。
そう内で呟きつつ、俺は目の前にいる上位者を見据えた。
***
翠緑の閃光が通り過ぎると共に、花畑に大きな裂け目が形成される。
それは即座に埋め立てられるが、その上は一瞬のうちに焔が奔っている。
そして上空には、見えぬ刃が飛び交っていた。
「はあっ!!」
「カァッ!!」
■■■!!!
ゲールマンが放った飛ぶ斬撃を避け、セイアが舞う。
それを追うように焔が天へと噴き上がるが、聖剣の一閃と共に消し飛ばされた。
ゲールマンが追いすがり追撃を加えようとするが、セイアが先の攻撃から続けて放った一閃は攻撃の先を潰す。
鎌を全力で振り抜き大きなカマイタチを生み出したものの、月光の前には無力……避けるだけの余白を生み出すに終わり、彼は九死に一生を得る。
「……ついていくのが、やっととは」
肩で息をしながら、燃えていない花畑へと着地するゲールマン。
彼の視線の先では、天変地異を引き起こすかの如き戦いを繰り広げる二人の少女の姿があった。
「……」
己の内を注視すれば、その存在は擦り減りもはや僅か。
あと1、2分でも戦えば、確実に存在が消滅する。
「だが、まだ────ぐぅ!?」
それでもなお戦おうと鎌を持ち上げた瞬間、急激な脱力感と共に彼は膝をついた。
慌てて自身を調べれば、力が急激に
そして、それをできるのはゲールマンには一人しか思い当たらない。
「フローラ……!」
上空を見上げれば、月の魔物は見知らぬ上位者と忙しなく衝突している。
よく見れば、それは余裕なさげにしながら必死に戦っているようにも見えた。
「押されているのか……」
そう呟いた時、ゲールマンの背後に気配が現れる。
振り向けば、そこには『人形』がいた。
「ゲールマン様、一度お戻りになってください」
「……君は、向こうの人形だな」
それはこの狩人の夢の人形ではなく、セイアのいた狩人の夢の人形。
おそらくこちらの人形は、月の魔物に力を吸われ今は物言わぬ抜け殻となっているだろう。
「イズ様、そしてセイア様にはこの夜を巡る因縁がありますから……」
「見届けろ、というのだな……最早私の役目は無くなったか……」
最早、ゲールマンの力などあの少女たちはとっくに超えている。
全盛期であったならば、あるいは互角に戦えたかもしれぬ……その程度の期待しか持てぬ実力差。
「存在を保ち、裁定を見届けるのもまた助言者の役目かと」
「……そうか。ならば、下がろう」
人形に連れられて、消えかけの老狩人は静かにこの場から消えた。
***
ゲールマンが去ったのと同時。
ここまで戦ってきたイズの身体が、戦闘における最高潮の状態に達する。
焔がよく馴染み、その操作も緻密に、正確になったイズ。
セイアの戦い方を見て、どのように焔を扱うのかというのをよく本能は学んでしまった。
「……今のままでは、私は君を倒せないらしいね」
信じられぬ強さを見せつけるイズに、もはやセイアにも余裕などなくなっていた。
ここまでの『
対して今からは、世界を焼き尽くす灼焔の化身を倒さねばならぬ。
ならば──持てる全てを、使うべきだろう。
「使わせてもらうよ、
セイアが使うのは、アデラインから受け継いだカレル文字『苗床』。
人ならぬ声、湿った音の囁きの表音であり、星の介添えたるあり方を啓示するこのカレル文字を宿したセイアは、空仰ぐ星輪の幹となる。
そして宿すは、ゴースの遺子を倒したのちに気がつけば手にしていた寄生虫。
おそらくは、あの憎悪を振り撒く住人が……私へと持たせたものなのだろう。
それは上位者ゴース、あるいはゴースの遺子に宿っていた寄生虫である。
ゴースの寄生虫を握り、セイアの身に『苗床』のカレル文字が宿った瞬間。
彼女の身体から、
星輪の幹、それ即ち『失敗作たち』のいた庭園の大樹である。
それに身を準えてセイアに生えたのは、星輪の花。
そしてそれらに、『精霊』が宿る。
「ぐっ……頭が割れるっ……!!」
本来、『苗床』を受け入れた存在は首から上がカリフラワーのようになる。
しかしそれは
精霊を受け入れた脳みそは肥大化し、頭蓋を破り頸椎と共に外へと『発芽』する。
実験棟の患者たちの頭部が脳だけだったのも、理由は単純明快、首から上が肥大化する脳と頸椎に耐えきれず内側から破裂、もしくは腐り落ちたためである。
しかし、セイアはキヴォトスの住人。
獣耳や尾を持っていることから分かる通り、身体構成が通常の人類とは異なる。
それが、彼女の身体を損なわずに精霊を宿すことを可能とした。
「はぁっ……はぁ……よし」
セイアの両腕に生えたのは、3対6本もの青ざめた触手。
うなじから同じように5本の触手が生え、それらは髪に混じる。
全身には幾本もの蔓が絡み、固定するかのようにキツく締め付ける。
髪を装飾するように、
【ゴースの寄生虫、接続完了】
「ありがとう、【導き】」
神秘の量が急激に増加し、その存在規模が何倍にも膨れ上がる。
3本目の臍の緒を2本、身体に取り入れ……精霊を脳に住まわせ、支配下に置く。
今、セイアは一時的にとはいえ上位者の領域に足を踏み入れていた。
「ふぅ……これは、新鮮だね。まるで、生まれ変わったみたいだ」
脳に瞳を得たわけではなく、領域や権能は使えず……存在規模が上位者並みとはいえ、それは仮。
だがしかし、今のセイアはエーブリエタースに匹敵する堅牢さと、ゴースの遺子に匹敵する出力を得ている。
セイアの歪な進化の形、その究極形。
キヴォトスの神秘とヤーナムの神秘が混ざり合った結果生まれた怪物。
ヒトに戻ることのできる最終ライン、そのギリギリ。
百合園セイア、【Temporary of the Great One】
「さあ、終わらせよう」
セイアの神秘が爆発するかのように膨れ上がり、聖剣が花畑を薙いだ。
ただそれだけで、翠緑の光と共に何もかもが地平線まで消し去られる。
■■■!!!
閃光を回避したイズが、天から飛来する。
灼焔を推進力にし、膂力も加わるその加速は、音をも置き去りにした。
焔を纏った斧が、セイアの脳天へと振り下ろされ──翠緑の聖剣と激突し、大爆発を引き起こす。
「これでもまだ互角とは────ぐっ!!」
聖剣が再度振られる前に、イズがセイアを蹴り飛ばした。
更には数十m吹き飛ばされた彼女へと瞬時に追いつき、頭を掴んで空中で大きく振りかぶる。
しゅるり、と触手が巻きつきイズを締め上げるがそんなことは関係ないとばかりにイズは力を解放した。
「っっっ!!!」
■■■■■■■■!!!
イズがその膂力でもって投げ、セイアが天から地の底へ堕ちる。
落下の衝撃で大穴が形成され、何も見えぬ土煙の中から、宙のイズ目掛けて閃光が迸った。
空気を焼き切り断裂させる、もはや形容もできぬ音と共に、その光線は天上の上位者にまで届き得る。
蜊ア縺ェ縺」?
蜊ア髯コ
それは上位者二柱が張った結界へと衝突し、結果として天にオーロラを形成させた。
同時に、結界でできた天井にイズも着地する。
灼焔がイズの周囲で渦巻き、幾つもの球を形成した。
■■■■■■■■!!!
咆哮と同時、それらから放たれたのは超圧縮された焔の熱で作り出されたビーム。
それらはまるで雨のように降り注ぎ、地上を焼き溶岩の海へと変えた。
「熱い……!」
自身目掛けて飛来した数千の熱線を掻い潜り、弾き、逸らす。
そして、熱線に紛れ落ちてきたイズの斧による一撃を迎え撃った。
バギャァン!!
凄まじい轟音と共に、地面が割れ、衝撃波が駆け巡る。
翠緑の剣閃に貫かれたイズだが、そのダメージは少ない。
灼焔が神秘を燃やし、月光をも届かせはしない。
だが、セイアはそれを気にも止めず、目にも止まらぬ連撃の月光が天を駆け、地を割る。
吹き飛ばしたイズを尻目に、セイアは決め手を作るため神秘を練り上げ始めた。
『■■■■■■……!!!』
対するイズもまた、敵を討ち滅ぼさんと灼焔を収束させ、自身の内に秘めたる無限の熱量を引き出す。
熱力学第一法則を無視し生まれるエネルギーは、核融合すらも超越し、星の息吹たる火山にも匹敵する。
地平線の先まで、地と宙の万物を融解させていくその姿は、正に顕現した太陽そのもの。
その中心で、イズは斧を掲げる。
「ならば、星をも堕としてみせようじゃないか」
「願いは救い、身勝手な我儘ではあるが、私はそれを叶えてみせよう」
出力を跳ね上げ、効率を跳ね上げた上で、セイアは自身の持てる全てを練り上げる。
星を、否、世界すらも光に包もうとするかのように。
上位者の神秘の全てを注ぎ込んだ、神威。
その月の光に、天上の月は応える。
繧サ繧、繧「?∵アコ繧√m?
月の魔物、カオリの許可の元、月から光の柱がセイアに降り、無尽蔵の力を与えた。
光が撹乱され、その刃は翠緑白をメインとした虹に輝く。
『
イズの斧が振り下ろされ、太陽が地に降るのと同時。
セイアもまた、聖剣を振り抜き──────世界が、白く染まった。