見たまえ!青ざめた血のアーカイブだ!   作:めろんムーン

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92.The Gold Hunters

 

 

 

 天上の二柱の上位者、その片方に、触手が突き刺さる。

 全身を八つ裂きにされた巨体は、溶岩の海となった狩人の夢の大地へと沈んでいった。

 

 

『こっちの勝ちだな』

 

 

 グツグツと未だ煮え沸っている溶岩を防ぐ力も最早なく、月の魔物はゆっくりとその命を失わせていった。

 月の魔物の権能を喰らい付くし奪い尽くした俺とヒトミを内包した上位者が、上から降り立ちトドメを刺した。

 

 

『……さて。こりゃ……悪夢の中だから良かったけど』

 

『地上でやってたらどうなってたかわかりませんね』

 

 

 原始地球を彷彿とさせる、地平線まで見渡す限り続く溶岩の海。

 勿論陸地も残されてはいるが、どこも赤熱しまともな生命が生きていけるような環境ではない。

 

 

『まあ、直せるが』

 

 

 瞬きする間に、それらは一瞬で元の花畑へと戻り……俺によって引き伸ばされていた花園は、元の庭園へとその大きさを戻す。

 

 

 その中心に、二人の少女がいた。

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 無惨に全身が焼け爛れ横たわったイズに跨り、セイアは聖剣を彼女の胸に突き立てている。

 その刃は確実に心臓を貫き、致死の一撃を与えていた。

 彼女は既に、絶命している。

 しかし俺が月の魔物の権能を奪ったことで、一時的に復活が保留される形になっていた。

 

 

「……待たせたね、セイア」

 

「……カオリか」

 

 

 上位者としての姿が解け、俺とヒトミの二人が庭園へと降り立つ。

 ヒトミは集中するようにイズの方へと意識を向け、彼女を取り巻く因果に気を配っていた。

 セイアが、聖剣をイズから引き抜きこちらを見る。

 

 

「上位者、月の魔物はその力を私に喰われ、今やこの領域もアレが管理していたものも私のものとなっている」

 

「……ならば、イズは助けられるね」

 

「無論」

 

 

 即座にイズへと近づき手を翳せば、やってくるのは様々な情報。

 上位者『月の魔物』により狩人と化し、血に酔い、『獣の病』に冒され、『3本目の臍の緒』を2本取り込んだ。

 そしてローレンスから『獣の抱擁』と『罪の炎』を取り込み……上位者『オドン』の力も受けている。

 これら全てを紐解き、彼女から分離させていくのはまさに手術といったところか。

 

 

「あいもかわらずオドンは余計なことしかしないな」

 

「姿なき上位者オドン……素質のあるものに干渉し、子を成す母体としようとする存在。アリアンナさんと偽ヨセフカ医師は彼の子を身籠もっていましたね」

 

 

 初耳なのだが。

 そう思ったセイアだったが、口を挟むわけにもいかず思いを内心に収める。

 

 

「オドンと月の魔物、本来関わらない両者がイズに干渉し、自身のものとすべく互いに力を注いだのが彼女の急成長の原因だ……もっとも、上位者オドンの力は悪夢の世界には届かない。狩人の悪夢、そしてここ(狩人の夢)に来た時点でイズへの支配権は月の魔物が握っていた」

 

「……」

 

「唯一の誤算は、イズが強くなりすぎたことだろう。月の魔物の支配から逸脱する力のせいで、やつはイズから力を回収できなかった……とまあ、自業自得でアレは沈んだわけだ」

 

 

 よし、オドンの影響を除去。

 ついでに月の魔物が絡めていた支配権と精神汚染を外し、紐付けを俺の方に移す。

 『3本目の臍の緒』は……驚いたな、完全に分解されて、しかもさっきまでの戦いの燃料にされて残ってない……

 

 だが、『獣の病』と『罪の炎』は、外せないか……イズの存在の根元まで深く繋がってしまっている、外せば彼女の存在そのものが揺らいでしまう。

 仕方がないから『獣の病』は『獣の抱擁』と紐付けて……獣性を封じ込める外部の器を用意するか、『狩人』であるという状態も封じ込めに一役買うから彼女は狩人のままになってしまうが。

 『罪の火』は……どう抑え込めばいいんだこれは……とりあえず強引に彼女の奥底にまで封印するが、俺でさえ完全な封じ込めはできない……いずれは漏れ出てしまうだろう。

 

 

 イズの身体が、再構築されていく。

 俺がイズの内面を弄っている間に、ヒトミがイズの身体を作り替えていく。

 そうして五分ほど神秘の光に包まれた彼女は、気が付けば元の幼い、無垢な身体へと戻っていた。

 

 

「ふぅ……これで、元通り……とまではいかないが。普通に暮らす分にはとりあえずは問題ないはずだ。」

 

「そうか……ありがとう、二人とも」

 

 

 ついでにセイアのことも治療する。

 力を使い果たしたのか、既にゴースの寄生虫と苗床は外しているようだった。

 触手と植物の燃えカスが、風に攫われていく。

 

 

「さて、セイア。君の目標はこれにて成った。ヤーナムは……運命通りに滅び、君は『力』を手に入れた」

 

「……」

 

「今の君ならば、滅びを退けることもできよう……過程はどうあれ、満足かね?」

 

「……そうだね」

 

 

 彼女はそう頷くと、俺の後ろに目を向けた。

 つられて俺も振り向けば、そこにいたのは鎌を携えたまま車椅子に座るゲールマンと、彼の乗る車椅子を押してこちらへ来た人形。

 

 

「……君が、月の魔物を倒したのか」

 

「そうだ、古狩人ゲールマン」

 

 

 彼は力を使いすぎ、もはや存在も希薄。

 今ここにいるので精一杯といった様子だった。

 月の魔物『フローラ』によって繋ぎ止められていた彼は、しかし『フローラ』が俺たちに抵抗するために存在ギリギリになるまで力を搾り取られてしまっていた。

 

 

「……ゲールマン、こちらの都合に付き合わせてすまなかった」

 

「構わんよ。今となっては、私の役目など意味はない……彼女が救われたのなら、何よりだ」

 

 

 彼の悲願、獣の病の根絶……それは、古き友ローレンスと交わした約定。

 しかし彼を繋ぎ止めていた月の魔物は力尽き、俺が発した「ヤーナムが滅んだ」という言葉から、彼はもうその約定は「全滅」という形で為されてしまったのだと理解していた。

 

 

 

 

 

「……ん…」

 

 

 やがて、イズが目を覚まし、身を起こす。

 しかしその目に映るのは、絶望でしかなかった。

 

 

「……わたし、なんで……いきて……」

 

「……」

 

「……どうして、死なせて……くれなかったんですか……」

 

 

 彼女の心は、ヘンリックによって完全なものとはならなかったとはいえ、未だ殻に閉じこもったまま。

 ヤーナムの民を虐殺し、大切な人を手にかけたというのに、今なおのうのうと生き残ってしまっている。

 祖父ヘンリックの言うように贖罪しようとも、自身の罪は大きすぎた。

 その事実が、彼女の心を蝕む。

 

 

「……イズ・ガスコイン。確かに君の罪は大きいが、自死を選ぶことはその罪を受け入れないことと同じだ」

 

「……でも、私がやったことは……許されるようなことじゃ、ないです……」

 

 

 カオリの言葉に、イズはそう呟き顔を曇らせる。

 しかしそこで、セイアが彼女の前に立った。

 

 

「……許しを与える人間はいないよ、イズ。もう、そんな人は……ヤーナムには、残っていない」

 

「……っ」

 

「……私は元々はヤーナムの人間じゃない。死なんて無縁な、ただの平和な街に暮らしていた……だからこそ、ヤーナムにきて得たものは色々あったんだ」

 

 

 セイアはそう言って、自身の内に意識を向ける。

 そうして聞こえてくるのは、数多の『遺志』。

 彼女が殺し、狩ってきた人々……その願い、あるいは想いが、聞こえてくる。

 それらの多くは恨み言や加虐的な言葉だが……その裏に潜む意味を、セイアは読み取っていた。

 それは自身を糧にしたのだから、生き残れ……という、生存競争の中での被捕食者としての矜持。

 

 

「私たちは皆、犠牲の上に立っている。それらは皆、私たちが関わらなければ確かにこの先も生きていたかもしれない……」

 

「……」

 

「だがそれは、かもしれないというだけだ。殺めた命と向き合わなければ、彼らも報われない……彼らは皆、生き残るために生きてきたのに……己を狩った者が自死するなんて、認められるはずがないだろう?」

 

「でも……」

 

「それに、君はもう『獣』じゃない。人なんだ……『獣』だった君は、私が狩った。今の君はただの『イズ・ガスコイン』で……人として生き直すことができるんだ」

 

 

 セイアの言葉に、イズの中でヘンリックの言葉が重なった。

 

 『人として生きろ』、それは正しい道を行く人間にしか許されないことだと思っていた。

 けれど、もし()()()()人間がそこを歩くことが許されるのであれば。

 

 

「人として死者を悼み、忘れない。それこそが死者に対する唯一の贖罪……そう私は思う。

イズ、君は……()()()()?」

 

「私、は……」

 

 

 人の記憶からも忘れ去られ、成したことが消え去った時……人は、本当の死を迎える。しかし生者は彼らを憶え、継いでいくことができる……いつか、どこかで聞いた論を、彼女は思い出した。

 償う方法などない、そう考えていた彼女にとってそれは青天の霹靂。

 精神の殻が破られ、彼女の心に一片の希望が握られた。

 

 

 

「私は……生きてもいいんですか」

 

「ああ」

 

「償いを、できるんですか」

 

「そうさ」

 

「……私が何かしても、止めてくれますか」

 

「勿論」

 

 

 途端、イズの瞳から涙が溢れ、嗚咽を漏らす。

 罪の意識から彼女の奥底にしまいこまれていた生存の意思が、セイアの言葉によって溢れ出した。

 

 

「我慢はしなくてもいい」

 

 

 彼女の心に静かに寄り添い、セイアは全てを受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、落ち着いた頃。

 泣き腫らし目を真っ赤にしたイズは、ゆっくりとカオリ、ヒトミ、人形、そしてゲールマンへと向き直った。

 

 

「……助けてくださり、ありがとうございました」

 

 

 感謝の言葉を伝える彼女に、各々それぞれの体で反応を返す。

 今の彼女は晴れやかで、しかしどこか覚悟を決めたような、そんな顔。

 

 

「君はまだ、狩人の業に囚われたままだ。それをどう活かすかは君次第、邁進したまえよ」

 

「私も協力するからね。何も気負わなくていいさ」

 

「はい!」

 

 

 カオリとイズの言葉に、元気よく返事する。

 それは次世代の芽、今はまだ小さくともいつか咲くだろう。

 黄金の、大輪が。

 

 

 

「さて……セイア。この後はどうする?()()()()にまだ起きないか、それとも起きるか」

 

「ふむ……」

 

 

 カオリがセイアに聞いたのは、キヴォトスに戻るか否か。

 本来、セイアが見ていた未来はそれほど遠くはないが……確かに今からでは、まだ少し遠い。

 それを無視して今起きるか、それとも情勢を見極めるか、それを彼女は確認していた。

 

 

「まだ、起きない。と言っても、調()()()には間に合わせるつもりだよ」

 

「そうか」

 

 

 そんなやりとりを見ていたイズが、不思議そうに言葉を漏らす。

 

 

「セイアさんは……元いた場所に戻るんですか?」

 

「何を言っているんだい、イズ・ガスコイン。君も来るのだよ……彼女の起源、キヴォトスへ」

 

「……へ?」

 

 

 かくして決まったのは、イズ・ガスコインのキヴォトスへの移入。

 それを成すために、彼女は19世紀基準の知識水準から必死で現代基準へのアップデートをするのだが……それは語らずにおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。血に感染()まった二人の少女は、紆余曲折あれど黄金の狩人たち(Gold Hunters)へとなった。貴公はどうする?古狩人(Old Hunter)

 

「……ふむ……さて、な。私はもう、消えカスのようなものだ……もはやヤーナムも滅んだのだろう?」

 

「ああ、ヤーナムは滅んだ。まあ……残り滓はあるが、もう持ち直すこともあるまいよ」

 

「ならば……冥府の土産に、因果を断ち切って逝くとしよう」

 

 

 ゆっくりと、鎌を携え彼は立ち上がる。

 そして少女たちの方にその刃を向け、スッと空を切った。

 

 

「さて……悪夢からは、解放された筈だ」

 

 

 古狩人ゲールマン、その業は『断ち切ること』に関して極められている。

 それは因果を、そして呪いすらも断ち切ることができる、一種の権能のようなもの。

 本来であれば、狩人の夢から逃れる方法は彼の解釈によってしか行うことはできない。

 

 そして悪夢から断つことができるということは、彼女たちに関わりがある『悪夢のような世界』も斬ることができるということ。

 

 

「向こうのヤーナムとの関わりを二人から断ったか」

 

「血による呪いは、どれほど逃れようとも繋がる限り必ず追いかけてくる。それならば……繋がらせなければ良いからな」

 

「まぁ、やり残したことは私が処理すればいいだろう」

 

 

 役目を果たし、ゲールマンの身体が形を崩壊させていく。

 カオリはそれを見届け、老兵は静かに去っていった。

 

 

 

 

 

 




これにてBloodborne編終了です
長かった……幕間だった筈なのに……本来なら75.には終わってた筈なのに……
まあいいでしょう(よくはない)
この後は多少幕間を挟んだあと、またブルアカ本編へと戻ります。今後ともよろしくおねがいします!
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