96.ポストモーテム
いつか、どこかの夜。
百合園セイアは、とある部屋にて白い少女と対峙していた。
「……百合園セイア?」
「ああ、そうだよ。君を待っていたんだ、アリウス分校所属『白洲アズサ』」
白い少女──白洲アズサの言葉に答えたセイアは、ゆったりと微笑みを浮かべる。
「……待ってた?私を?」
「うん、夢でもこのシーンを見ていたからね……何と説明するのが良いかな……まあ、『予知夢』のようなものだと思ってくれると良い。時々、そういう夢を見るんだ。後で現実になってしまう夢、それ以外にも色々な夢をね」
言っている意味がわからない様子のアズサに、彼女は自身の力を噛み砕くように説明する。
それに対し、アズサは少々疑り深い様子で口を開いた。
「……つまり、これから私が何をするのかも分かっている、と?」
「ああ、私のヘイローを壊しにきたんだろう?」
まるで当然のようにそう言うセイアは、この場の主人であるのに異質そのもの。
ヘイローを壊す、それ即ちキヴォトスにおいては死を意味する……だがそれは、あってはならない事。
「他にも仲間がいたようだけれど、君だけがここまで到達した。素晴らしい力だ、白洲アズサ」
「……分かってて、どうして逃げなかった?」
「……無意味だからさ。『全ては虚しいものである』……アリウスが大好きな言葉だったね。同じことだ。未来が見える私にとって、足掻くことは無意味」
セイアの言葉には、諦観が含まれていた。
変えることのできない未来を見続けたが故の、覚悟とは違う心構え。
「『死』というものが、キヴォトスにおいて見えにくい概念であることは確かだ。それでもやはり私たちは生きているのだし、ともすれば『死』が隣り合わせでないなんてことはあり得ない」
『死』。
キヴォトスにおいて、最も存在が否定されている概念。
なぜ否定されているのか、なぜそれを疑問にも思わないのかはわからないが……この場にいる少女たちは、少なくとも『死』に最も近しい場所にいる。
「『ヘイローを壊す』……つまり誰かが、私の死を願っている。そして君は、この秘密の部屋まで他の誰にも気づかれずに侵入してきた。ここまでのことが出来てしまうのだから、やはり足掻いても無駄さ……君の立場からだってそう思わないかい、白洲アズサ?」
「……」
問いかけの答えは、沈黙。
アズサの顔は陰り、その表情を読み取ることはできなかった。
「まあそれ以外にも理由が無いわけではないが……ところで、君は以前にもヘイローを壊したことが?」
「……いや、無い。でも、やり方は習った」
「『習った』……」
「肉体に取り返しがつかない、致命的なダメージを与える……与え続ける。普通は5.56mm弾を何発撃ったところで、ほとんど致命傷にはならないはず。でも、ダメージが無いわけじゃない。尋常じゃない量の弾薬、そしてダメージを与え続けるだけの圧倒的優位と、そのための時間。それらを『異常なほど』叩き込みさえすれば……銃火器だけでヘイローを壊すことも、不可能じゃない」
「……」
セイアはそれを聞き、黙り込む。
それは実質、不可能というようなものだ。
その理論を実行するには、何百……いや何千kgの弾薬と、数日は要する時間が必要。
そして撃たれる側の抵抗を何も考えない場合だろうが……そんな条件を用意してなお、生きている可能性の方が大きいだろう。
「銃火器以外だって、いくらでもある。病気だって無いわけじゃない。例えば、水や食料の摂取を長期間にわたって強制的に絶つ、呼吸ができないような環境下に強制的に閉じ込める、身体機能が停止するほどの出血をさせる、体温が一定以下になるような状態でずっと拘束し続ける……あとは、『
セイアはアズサの最後の言葉に違和感を覚えた。
まるで何かを忌避するように、恐ろしい何かを思い出したかのように……アズサの言葉が、一瞬震えたために。
「『死』に至らせる方法は、幾らでもあるはずだ。それに、『百合園セイアは身体が弱い』と聞いている」
「……だから、その銃火器でも十分だと?」
「……それもあり得ない話じゃない。でも今の私には十分な時間も、優位性も保証されていない。だから、この特殊な爆弾を使用する。これで『ヘイローを破壊』する」
アズサが懐から取り出したのは、一見なんの変哲もなさそうな爆薬。
C-4にも見えるそれを、アズサは確かにその爆弾であるとさし示していた。
「つまりそれは、『ヘイローを破壊する爆弾』ということかい?聞いたことのない技術だが……なるほど、アリウスはそういう研究をしていると。『ヘイローを破壊する方法』、すなわち『人を殺す方法』を」
「……ああ、そしてそういうことを習った。『学校』とは、そういうことを『習う』場所なのだろう?」
「…………そうか……アリウスは、そこまで……」
セイアは思慮を巡らせながら、静かにアズサに近寄る。
そして、彼女に一つの問いかけをすべく口を開いた。
「……白洲アズサ、一つ聞かせてほしい。君は『人殺し』になってしまっても大丈夫なのかい?」
「……」
「私は見たんだ、『人殺し』になることを恐れる君の姿を。君が望んだかどうか、他に選択肢があったかどうか……その辺りは実のところ、さしたる問題じゃない。『人殺しは人殺しである』……その明確で絶対的で、何より絶望的なまでに分かりやすい命題がその身に刻まれる。そして、この世界に残り続ける……そうなってしまった後に君が感じる絶望、苦しみ、怒り、後悔と挫折、そして無力感……それらは、誰に届くことも無く虚空へと消えていく」
逃れることのできない業。
命を奪った者の罪。
それらを自覚し、そして心に残るそれは確実に精神を蝕んでいくだろう。
「君もアリウスなら知らないはずが無い。『vanitas vanitatum』……この世界の真実を……しかし、私は知っているんだ。君がこの言葉に同意しながらも、どこかで否定しているということも……」
セイアは眼を伏せ、夢で見た、目の前の白い少女の行く末を思い出す。
コンクリートの隙間から、健気にも咲いた小さな花を見つめる少女の姿を。
「……そうだろう?その花を見つめながら、君はそう考えていた。『全ては虚しいもの』だ……しかし、それでも足掻かなければならない。これが君の根幹に根ざすもの、君を現す心象……私にはよくわからなかったけれど……」
眼を開いたセイアは、揺れるアズサの瞳を見つめ……核心をついた。
「となると、君は実のところ……私を殺しに来たのではなく、私に助言を貰いに来たんじゃないのかい?君がこの先、どう足掻くべきなのかについて」
***
「……さて、そんなこともあったね」
「随分と高説を述べたものだな。そんな君が今や、『人殺し』であり……全ては虚しいと知ってなお、足掻こうと努力した末に力を手に入れている」
「……今思うとあの頃はやさぐれていた。少し恥ずかしいね」
狩人の夢、その庭園にて。
俺とセイアが、茶会をしながら語らっていた。
「ナギサのところに顔を出さなくても良いのかね?彼女は随分と君を心配していたようだが」
「彼女は調印式を成すまで仕事が山積みだ、今私が帰ればかえって仕事を増やすことになりかねない……本来のホストである私の仕事だったが、今になっては関わりがなかった以上引き継ぎも難しいだろうからね。ところで、カオリはキヴォトスに戻らなくても良いのかい?」
「私はいま自宅療養していることになっている……まあこの後、ナギサに呼ばれてはいるが、時間にはまだ早い。退屈潰しでも今はいいだろう?先生は
「先生……か。連邦生徒会長失踪後に現れた、大人の男性……彼は信用できるのかい?」
「あれは特異点だ。あれが行動しなければ、キヴォトスは確実に滅びる」
「それほどか……なるほど、目をかけておこう」
ゆっくりと紅茶を飲む。
今日は……アールグレイか、美味しいな。
まあ俺にとっては味の違いとかあんまりわからんから全部美味しいが。
「にしても私はあの時随分身勝手なことを言ってしまった。『エデン条約によって、ゲヘナとトリニティ間の紛争が無くなれば、アリウスの問題はじきに解決できるかもしれない』などと……」
「まあ少なからず、エデン条約はアリウスを逆に焚き付ける要因となってしまうだろうからな」
「戻ったらアズサにも一言謝らなければ」
「……ナギサのメンタルケアもしたまえ。ハナコがやった作戦の影響で、暫く「あはは」と聞くだけでひっくり返っているぞ」
「流石にそれは私にもどうしようもない」
花畑に二人の笑い声が、クスクスとなった。
***
時間は流れ、トリニティ総合学園、ティーパーティーのテラスにて。
俺はセイアに話した通り、ナギサに呼ばれ対面していた。
「聖園ミカとの対談は済んだかね?おそらくあれはかなりのお転婆だろう、いまは拗ねて面倒な子供のようになっているのではないか?」
「……ええ。いえ、その話は置いておきましょう。今回お呼びしたのは……あなたへの謝罪のためです」
ナギサは深く眼を伏せ、そして頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした。あなたを疑い、そして……処分しようとしていたことを、ここに正式に謝罪させていただきます」
「受け取ろう。こちらとて非は多い……と言いたいのだが……私は身を固められていなくてね、詫びを請求させてもらいたい。といっても、タダではない」
「……できることならば」
ナギサがそう言ったのを確認して、俺は取引材料を出す。
「ビルゲンワースでの発狂事件について、だ。ビルゲンワースでは、以前から超常的な力についての研究が行われていてね、その中には精神に作用するものもあった」
「……超常的な力、ですか……にわかには……」
「信じがたい、とは言うまいな?君の友には最も超常の力に近しい存在がいた筈だ。予知夢を見る少女が」
「……!」
「さて、そんな研究をしていたビルゲンワースだが、ちょうど私が入校した日……事件が起きた。ちょうどその日は精神系の力を持つアイテムを手に入れてきた先輩方の、公開講義だったわけだ……20人余りの生徒たちは皆仲良く、その公開講義に参加した。私は……入学初日だったのもあり、色々な手続きをするためにその誘いは断ったのだがね」
「……なるほど」
「そして……おそらく講義は成功してしまったのだろう。結果はお察しの通り、講義に参加していなかった私を除く全生徒の発狂。何がどうしてそうなってしまったかはわからないが、これが私の知る事件の真相さ。しかし……分校長の立場は今でも、発狂した者が保持したまま。迂闊に手も出せまい」
「……そうですね。情報提供、感謝します。大きな操作は……今の時期に行うには少々遠すぎるので、いつかまた行うことにします」
当たり前だが全部フェイク。
知らんが……?勝手に俺を召喚して全員発狂した奴らとか本当になんもわからんが……?
でもまあ経緯自体は似たようなもんだし良いだろ?
「そうしたまえ。さて、私の対価について言わせてもらうが……」
「……」
「私と共に入学する予定だった者がまだ二人、入学できていなくてな。こちらに呼びたいのだが……」
「……なるほど、そうでしたか……それならば編入の形をとって手配させていただきますよ。学籍は……ビルゲンワースの方がよろしいですか?」
「ああ。ついでに言うならば、私もビルゲンワースの学籍は好んでいてね……留学のような形で処理してもらいたいのだが」
「構いませんよ。学生として勉学を学ぶ機会を、失わせるわけにはいきませんから……それに、あなたを疑ってしまった贖罪に少しでもなるのであれば……受け入れないわけにもいきません」
チョロ。
いやまあ俺を怪しんでた要素を解明し、裏切り者もいなくなったことで完全に警戒が解けているんだろうが……
それにしたってチョロい。
「……ところで、相談なのですが」
「ふむ?聞こうか」
「……実はまだ、先生への謝罪をできていなくて……しかし、顔を合わせづらく……どうすれば良いのかと……あなたも……言ってはなんですが、顔を合わせづらかったので……」
「……」
なるほど。
まあ……気持ちはわからないでもない。
それでも俺とはちゃんと面会しているあたり、学園の長としての責任は果たせるんだろうが……学園外の存在で、大人で、忙しそうな先生は後回しにしてしまったんだろうな。
ナギサとてまだまだ子供……まだ理解できていない先生という存在への対応としては、仕方がないところだ。
「……そうさね、先生を相手にするのは確かに少し難しいところだが……自分に素直になりたまえ。あれはこちらの気持ちに向き合う切実さは十分持っている」
「……そうですか、わかりました。それでは……こちらの方に編入生の情報を幾らか記入お願いします」
「わかった」
そうして手続きをしつつ、この日は終わっていったのであった。
実は前回、カオリが黄金の獣は体力は10万と言っていましたが実は彼女はレベルの上昇なら伴う実数値の減少を考慮していなかったので間違っています
正しくはHP7500前後ですが、イズは耐性値と防御力がブラボでは考えられないほど高いので実質体力は18000〜24000程度です(物理系70%カット、雷&血&神秘60%カット、炎カット80%カット)
とても珍しいカオリのポンでした
なおブルアカの基準に合わせるとセイアもイズもHPが3桁増えます(総力戦トマト並)