「おはようカンスケ!」
「おはよう、愛さん」
「ねぇ、カンスケ。今日の同好会活動また愛さんボイトレ入っててさ、手伝ってくれないかな?」
「問題は無いよ、それじゃあ行こうか愛さん」
宮下愛は勘助の恋人である。あの日以来付き合ってからこうして登校するたびに話をする。主に同好会や次の休みにどこに行くかとか、そんな話だった。
しばらく話していると愛が急に大人しくなる。
「どうしたんだ愛さん」
「ねぇ、カンスケってなんでアタシのことさん付けするの?」
「なんでって言われても……」
「付き合ってるなら呼び捨てで良くない? せっつーだけじゃん呼び捨てなの。少なくとも愛さんはあだ名とか付けてるよ?」
「菜々くらいしか仲のいい人間がいなかったからな。男女問わず友達という物は菜々しかいない」
「え!? 以外だね、カンスケ同好会ではちゃんと人と話せるじゃん」
「中学の時に母さん死んだからな。片親なのもあって異端児扱いされてた」
「そう……なんだ」
「虹ヶ咲はいいな、両親死んでもみんな仲良くしてくれるから」
勘助の言葉に声も出ない愛、だが愛はなんとか振り絞って勘助に言葉をかける。
「愛さんがいるじゃん」
「え?」
「カンスケの両親がいなくてもアタシがいるじゃんって言ってんの! か、カンスケなら別に……家族になってもいいし……お姉ちゃんも喜ぶから」
「そ、そうか……ありがとうな……あ、愛」
家族になるという発言が恥ずかしかったのか愛は顔を赤くして顔を伏せながら言う。聞いてる勘助も愛からのプロポーズじみた言葉に顔を赤くしていたが勇気を出して呼び捨てにしてみた。
「ね、ねぇカンスケ?」
「どうした愛?」
「その、アタシ達って付き合って二週間くらい経つよね」
「そうだな、それがどうした?」
「そ、その……て、手をね?」
「手?」
「い、いや、やっぱりなんでもない!」
「ちょっと愛さん!?」
突然話を切り出してすぐになかった事にした愛に勘助は何の話かわからなかった。
☆
「愛さんが相談なんて珍しい。璃奈ちゃんボード『どしたん? 話聞くよ?』」
「ありがとうりなりー。実はカンスケの事なんだけどさ」
「勘助さん? どうかしたの?」
「愛さん悩みがあって……」
「言ってくれないとわからない」
愛はある日、自身の親友である天王寺璃奈に相談していた。相談内容は愛にとって恥ずかしい事だが、言わないと璃奈に伝わらないのでハッキリと伝えた。
「カンスケと手を繋げないんだ」
「え?」
「後、その……き、キスも……まだで……」
「は?」
少なくとも愛と勘助が付き合って二週間程経っている、璃奈は愛に確認を取る事にした。
「愛さん、勘助さんとストレッチしてる時とか挨拶する時って身体に抱きついてるよね?」
「それは練習だからね。挨拶は……なんか勢いで肩叩いたりしてるだけだし」
「手を繋ぐくらいは普通に出来ないの?」
「改めて意識したら恥ずかしくて……」
「私、初めて愛さんの事よく分からなくなってる」
「りなりー酷くない?」
「愛さんの方が酷い、勘助さんだって男の人。好きな人と手を繋いだり、キスしたいと思うよ。璃奈ちゃんボード『男は狼』」
「うっ……確かにそうなんだけど……」
「でも、勘助さんは待ちそう、愛さんの気持ちがどうとかって言って。そしてズルズルと何も出来ないまま愛さんと付き合っていたのが自然消滅して勘助さんは愛さんを置いて……」
「それだけは駄目!」
「ごめんなさい、冗談が過ぎた。でもありえない話じゃない」
璃奈の言葉に愛は悩み続ける。璃奈は愛に助け舟でも出そうと、一言。
「もう勘助さんに言うしかない」
「へ?」
「悩んでても始まらないから、勘助さんと話し合ってお互い合意してから手を繋いでキスしてエッチな事すればいい」
「りなりーなんて事言ってるの!? 手とかキスはともかく……その、え……エッチ事って」
「愛さんギャルの割には大した事ないね。こんなの元女子校の虹ヶ咲生徒なら話して当然の話題」
璃奈の矢が愛にぶっ刺さった、くらった愛はいじけながらもだって恋人なんて初めてだしと、言うしかなかった。
「正直私怨で言ったのもある。私も勘助さんが好きだったから。でも、勘助さんは愛さんを選んだ。だからこそ2人には私達の分まで幸せになって欲しい」
「りなりー……」
「でも、愛さんが踏み出せないで勘助さんが悲しむなら容赦なく引き剥がす。私が付き合う付き合わないはともかくとして、じゃないと勘助さんが可哀想」
「りなりーってさ……ハッキリ言うよね」
愛の言葉に璃奈はボードを出してVサインした。それでも愛は璃奈を憎めない。璃奈が勘助を好きな事は知っていたし、告白もしているのだ。勘助がそれを蹴ってまで自分を好きになってくれたのだから答えなくてはならないのも事実であった。
「恥ずかしいのは分かる。でも、いつかはそうならないといけない。璃奈ちゃんボード『覚悟だ、覚悟を決めろ』」
「もうりなりーのボードはなんなの? どこからその絵を新調してるの?」
「勘助さんやせつ菜さんに面白ボードの案を出してもらってる。絵を描くのは得意」
璃奈の言葉に、またため息が増えた愛であった。
☆
「ごめんね、急に呼び出して」
「いや、事務所の仕事も無いから手伝うくらいは出来るぞ」
勘助は愛のお願いを受けて、もんじゃ屋で手伝いをしていた。
どうにも予約が多く入っていたのを忘れており手薄になってしまったらしい。その話を聞いた勘助は愛のために手伝うと言い、もんじゃみやしたに来ていた。
お客さんからは最初は新人だとか愛の彼氏だとか言われたが、誰かが山本勘助をテレビで知っているという話をしたせいで、ネットワークに拡散された。そのせいもあり人数はそこまでではあったが、予約だけでなく勘助と愛のファンが殺到する事態になった。
勘助は接客業を初めてやったが、ファンサービスで少しは人と関わる事に慣れているためそこまで困る事はなかった。
一通り落ち着いてから愛と勘助は部屋に戻れたが、時計はすでに夜を指していた。
「また泊まらせてもらって悪いな」
「いいよ、元々アタシがカンスケを手伝わせたのが悪いんだし」
結局愛の家のご好意で泊まらせてもらう事になった勘助。愛と談笑しながら、寝る準備を済ませて2人きりでまた話をする。
ふと、愛が口を開いたのは勘助が寝ようかという前だった。
「か、カンスケあのさ」
「どうしたの愛?」
「そ、その……」
少しどもってから、勇気を出せアタシと、気合を入れてハッキリ伝えた。
「手、繋がない?」
「こうか?」
「変態!!」
急に手を握られた瞬間バチっと愛が勘助にビンタした。
「痛い!? 急になんだ!?」
「あ……ご、ごめんなさい!!」
いきなりビンタされて頬が痛む勘助と全力で反省して謝る愛。少し静かになってから勘助は口を開く。
「何か……あったのか?」
「い、いや、そのカンスケが嫌いだからビンタしたとかじゃなくて……ええっと……その! アタシ、カンスケと性的な事がしたいの!」
「はぁ!?」
「い、いや間違えて!! 今のは違くて!?」
本来ならキスをしたいと伝えるつもりが焦って一歩踏み抜いたせいで両者顔を真っ赤にした。とりあえず落ち着けと、そう言ったのは勘助。愛に深呼吸を促して落ち着かせる。
愛も勘助の言葉に深呼吸をしながらゆっくり心臓を落ち着かせる。
「とりあえず落ち着いたか?」
「う、うん。ごめん、変な事口走って……」
「いやそれはいいんだが、えっと……つまり愛は何がしたいんだ?」
「実はね……付き合って二週間経ってるのに、手も繋いで無いなって。キスも……まだだし」
「あぁ、それで焦ったのか。別に私達は私達のペースがあるだろ、焦らなくていいよ」
「でもカンスケも男の子でしょ? そういう欲求あるんじゃないの?」
「まぁ、あるにはあるけど、それは合意があって成り立つ物だ。愛だってそんな見た目してても付き合う事すら初めてなんだし、俺もそれを分かってるから大丈夫だよ」
勘助に撫でられた愛は正直自分が負けた気がした。恋人である思春期の男子高校生にまるで保護者のように心配されているのだ。これを言われてはい、そうですねと、納得出来るわけも、めでたし出来るわけでもなかった。
「なんか嫌だな……」
「愛さん?」
「ええい! こうなれば勢いだ!」
「え? ちょっと!?」
自分の中の何かが暴れ回った結果、愛はカンスケを全力で自分の元に引き寄せて……
ガチン!!
「痛い!!」
キスを失敗させた。勢いよく唇を近づければそうなるに決まっている。それでも愛は何も考えず勘助に激突した。その結果が2人して唇を押さえて痛がっている光景である。
「いきなり何するんだ……」
「キス! でも痛い!」
「愛さんってバカなのか?」
「バカとは何さ! せっかく女の子が勇気出してるのに!」
「はぁ……愛、目閉じろ」
「え? 目?」
「いいから閉じろ」
そう言われて目を閉じた愛、その瞬間ゆっくりと唇に何かが重なった。驚いて目を開けると目の前には勘助の顔が映り、離れていく。
「キスってのはゆっくりやるもんだ。勢い任せじゃ怪我するぞ」
「え? したの?」
愛の言葉に勘助は赤くなった頬で正解を答えた。それと同時にキスされた愛も顔が真っ赤になる。
「なんだよ、したかったんだろキス」
「恥ずかしいです」
「俺だって恥ずかしいわ」
「でも……幸せだね。カンスケ、もう一回、今度は目を開けてキスして」
「分かったよ」
そう言って勘助と愛はお互い目を開けたままキスをした。
2人がキスをする時にはいつの間にかお互いに両手を繋ぎ合わせていた。
「カンスケ、ありがとう」
「俺も、ありがとう。後、愛」
「何?」
「その……性的な事はもう少し段階を得てからな」
「う……うん」
結局、愛と勘助が初めてを交わす時は、その前にまた相談に乗った璃奈が頭を抱える事になるのである。