「嵐珠さ……嵐珠、飯行こうぜ」
「か、勘助? 今なんて言ったの?」
「いや、練習終わったから飯行こうぜって……勿論私が奢るぞ?」
「そ、そうじゃなくて! どうして急にランジュのこと呼び捨てで……」
「嫌なら辞めるけど……関係深めるって言ったの嵐珠だろ?」
「え、ええ。だ、大丈夫よ! 少し驚いただけだから。でも、嬉しいわ! ありがとう勘助!」
「なら、良かった」
「でも、良いの? 奢ってもらったりして……」
「ああ、構わない。でも、嵐珠が満足するかは分からない。貴方からしたら庶民の店だからな」
「別に気にしないわ。行きましょう勘助」
ランジュと勘助のやりとりを見ながら事情の知らない一年生と二年生はザワザワしており、事情が知らなくても三年生、事情を分かっている栞子、菜々は少し微笑んで見ていた。
あの後、勘助は菜々に言われた通りランジュとコミュニケーションを取ることを心がけた。一方でランジュは栞子と話し合った結果、少しばかり破天荒な性格を抑えることや、勘助の身の丈にあったお金の使い方や誘い方を考える事にした。
いつものランジュだと、誘うにもお店が高級過ぎて、勘助から謝られながら断られたりする事もあった。それを話すと栞子もランジュを嗜めながら勘助の気持ちと金銭的な部分を汲み取れとアドバイスしたのだ。
今回の勘助からの誘いを大チャンスだと考えたランジュはしっかりと誘いに乗ったのだった。
☆
「ここに来るのは久しぶりだな」
「えっと、勘助? ここは何処なの?」
「ライブハウスだ」
「ライブハウスって歌を歌うバンドとかがいる場所よね? ご飯を食べるんじゃなかったの?」
「食べるさ、とりあえず入るぞ」
そう言って勘助はライブハウスの中に入る、中は少し暗いがほんのり明るくて夜の気分が少しばかり味わえる場所であった。
「よう、勘助久しぶりだな」
「先週来なかったか?」
「そうなのか? 私は仕事だったぞ」
「あ、そうか悪いな」
「えっと……誰かしら?」
「少しだけ会話してた時に言った私の叔父だ。山本繁信、ガラ悪いけど優しい人だよ」
ガラ悪いという言葉に事実だと、笑いながらも繁信はランジュと自己紹介をした。白髪にグラサン、更には屈強な身体もあり流石のランジュも息を飲んだが、勘助の言葉もあり打ち解けるのは早かった。
「ところで今日はどうした?」
「カルボナーラ2つ、後学生でも飲めるソフトドリンク2つ頼む」
「普通に飯食いに来たのかよ、演奏は?」
「嵐珠どうする? 踊るか?」
「踊ってみたいわ!」
「んじゃ、部屋の貸し出し2人分」
「分かった、食べてからでいいなら今用意する」
「ほら、お金。先払いな」
「この店の値段表暗記して先払いすんのはお前くらいだ」
勘助と繁信のやり取りに、自分も出そうと財布を出したが、勘助が止めた。たまには払わせてくれと、勘助が言ったのでランジュもそれ以上は言わなかった。
「勘助の叔父さんって勘助に似ていい男ね」
「あのヤクザと何処が似てんだよ?」
「外見じゃなくて、何だか落ち着くわ。勘助といる時も、話しやすいしそれに通ずるものがあると思うの」
「あの人はな……家族じゃないんだ」
「え?」
「親父の家計に拾われたんだと。だから、血は繋がってない。それでも、親父から寵愛を受けていたからその恩として私に優しくしてくれてるんだ」
「そうなのね……」
「それでもだ、私にとっては親だよ。両親の次に親なんだ」
勘助の言葉に、ランジュは考えて発言しようとしたが、かける言葉を見つける前に、料理が届いてしまう。
「ランジュちゃんだっけ? 別に、何も声を掛けなくていいぞ」
不意に、料理を運んできた繁信がランジュに言う。ランジュはそういうわけにもいかないと言いたかったが、繁信は言った。
「確かに、俺と勘助は血の繋がりはないが、俺は勘助を本当に息子として見てる。そこに信玄さんも関係ない、そうだよな勘助」
「叔父さんはそう思ってくれてんのか?」
「当たり前だ、じゃなきゃお前の両親が死んでも俺は何もしない。恩とか理由なんてそこにはない、俺は俺が勘助の面倒を見たいからやってんだ」
「まぁ……ありがとう叔父さん」
「血の繋がりはなくても、とっても仲が良いのね」
「ところで、勘助。ランジュちゃんは勘助の何だ? 菜々ちゃん以外の女の子を連れてくるのは初めてだろ?」
「えっと、勘助とアタシは……」
「私の好きな人だ」
「ちょっと勘助!?」
繁信の言葉に勘助はそう答えた。焦ったランジュを放っておいて、勘助は続ける。
「正直、私は両親が死んで、恋とか愛とかした事ないから分からない。でも、鐘嵐珠の事は誰よりも好きなんだ」
「勘助……」
「私は願わくば嵐珠と一緒にいたい。今日はそんな大切な人が出来た事を、報告しにきた」
「なるほどな……まぁ、お前の自由だ。俺は何も言わん」
そう言って繁信はランジュの方を見て……
「うちの馬鹿を宜しく頼む。ランジュちゃん」
「馬鹿とはなんだ、こう見えてもクラスでは成績トップだぞ」
「地頭が良くてもライブになると馬鹿丸出しだろうが。何だユニコーンって、アニメのパクリじゃねぇか」
「かっこいいんだから良いだろ。ってか叔父さんも木削ってユニコーン作ってたじゃん」
「お前の妄想に付き合ってるだけだ、相変わらず信玄さんに似て妄想豊かだよな。ランジュちゃん、コイツは昔からギターには伝説のユニコーンが宿ってるって本気で信じてんだ」
「だって親父が言ってたんだよ、獰猛だの、力強い音が鳴るだの、何なら私の言うことしか聞かんって言ったのも親父だ」
「まぁ、信玄さんも大人のくせに厨二病だからなぁ……そういえば結局アレなんだったんだ?」
「アレって?」
「お前以外が弦に触れたら切れるやつ」
「同好会のみんなに試してもらったけど全員切ったぞ」
「怖いな……マジでいわくつきか?」
「それに関しては私もわからん。幼馴染の菜々どころか好きな人の嵐珠ですらも切れるし」
「そ、そうね。確かに不思議だわ」
勘助がノンストップでランジュに対して好意を向けた言葉に彼女は不意をつかれたが、結局ランジュが謎だったように、勘助のエレキギターの謎は解けなかった。
☆
「美味しかったか?」
「ええ! とっても」
ライブハウスでランジュと軽く練習をして、2人で帰っている最中、ランジュと勘助は2人で話し込む。
「美味いよな、私も好きだ」
「勘助の叔父さんって聞いた時は正直怖かったけどね、ごめんなさい」
「普通の反応だ、気にするな」
「ねぇ、勘助少し寄って良いかしら?」
ふと、ランジュが指を刺したのは公園だった。勘助は何も考えず肯定し、そのまま公園のベンチに腰をかける。
「勘助、さっきランジュの事好きな人って言ったわよね」
「言った。私は嵐珠が好きだ、でもやっぱり……いや、どうなんだろうな?」
「どうしたの?」
「これって恋なのか? いや、好きって事はそう言う事なのか?」
「もしかして、自覚無いの?」
「確かに嵐珠といると退屈しないし、好きだし、生涯一緒にいても良いけど……コレが恋か分からない……いや、恋なのか? でも、もう少しドキドキとかするのでは……」
「勘助、少し落ち着いて」
「嵐珠、やっぱり私……」
「一つ、貴方にして貰いたいことがあるわ」
「しても欲しい事?」
愛とか恋に頭を悩ませる勘助にランジュは一つ頼み事をした、それは……
「ランジュにキスしなさい。勿論、口と口よ」
「えっと……え? どういう……」
「恋人や夫婦はキスの一つ二つは平気でするものだと栞子は言っていたわ。勘助が本気でランジュの事が好きなら、生涯を誓えるなら出来るわよね?」
「嵐珠は、それで良いのか? 私は何も分かってないぞ」
「それが間違ってたのよ。愛とか恋に正解なんてないの。勘助とアタシはこうやって2人で話したり、ご飯食べたり、スクールアイドルをしたりして過ごせるのが幸せでしょう? きっとそれが、ランジュ達の愛し方であり、恋の仕方なのよ」
その言葉に、勘助は盲点だったと、目を開く。
「なるほど……灯台、とは違うが私は考え過ぎてたのかもしれないな。嵐珠と付き合うには、恋人になるには愛や恋を知らねばならないと思い過ぎていた」
「でも、そんな事はしなくて良いのか。両親や叔父が私を理由もなしに愛してくれたように、私も嵐珠を愛すのに、理由は要らないんだ」
「ええ、思えばランジュ達は下らない争いしてたのね」
「下らなくはないさ」
「え?」
「この話があったからこそ、気づけたんだ。理由の無い物事は無いよ」
そう言って、勘助はランジュの名を呼んで、伝えた。
「嵐珠、叔父さんの言った通り、私は馬鹿なのかもしれん。考え過ぎて、前が見えないのも馬鹿な私の特徴だ」
「それでも、こんな私を、子供みたいな俺を、好きになってくれるか?」
「ええ、勿論よ。思えば勘助にはその考えの深さで助けられた事もあったわね」
「帰国の時か、アレは手段がなかったのだ。穏便に済ませたかったが、反省文を書くことになってしまった」
「栞子から聞いたわよ。原稿用紙全部にびっしりと『ごめんなさい』ってたった6文字を書き殴って、教師と栞子を恐怖で気絶させたみたいね」
「反省文の書き方なんて知らなかったんだ。それに、ちゃんと書き直したから忘れてくれ」
勘助は苦笑いするしかなかった。あの後、栞子だけでなく、教育実習生にして栞子の実姉、三船薫子にまでも生徒指導と称して、悩みやストレスを抱えているならと心配されたのは言うまでもなかった。
勘助からすると、本気で反省文を書いた事がなく、初めての反省文で書き方を知らなかったからとしか説明のしようがないのだが。
「でも、そう考えたら勘助もちゃんと人間なのねって思ったわ」
「私を化け物だと思ってたのか?」
「あの件と一緒に音楽科でミアと同着の成績だって聞いたらちょっと疑うわよ」
「嵐珠だって完璧人間だろ?」
「いいえ、栞子からも言われてるけどランジュは変わり者なのよ。破天荒だって言われたわ。欠点は誰でもあるの……勘助はこんな女は嫌?」
「まさか、私は嵐珠の全部が好きなんだ……そうだ、さっきの返事返してなかったな」
「返事って……」
ランジュが言い終える前に、勘助はランジュの唇に自分の唇を当てた。
不意をつかれたランジュだったが、顔を真っ赤にした勘助のせいで、恥ずかしさよりも笑いが出てきた。
「ど、どうして勘助が……照れるのよ!」
「い、一応、私からはファーストキスだから」
「ファーストキスで顔赤くなりすぎ……ってちょっと待ちなさい。『私からは』ってなに?」
「そ、その……璃奈さんから……」
「どこに?」
「頬です」
「頬でそんなに真っ赤なの!? 貞操概念どうなってるのよ!」
「うるさいな! 恥ずかしいもんは……」
恥ずかしいと言う前に、勘助はランジュにキスされていた。
「ほら、ランジュのファーストキスあげるわ。コレでアナタはランジュのものよ」
「ら、嵐珠……」
「愛してるわ、勘助。これから宜しくね?」
「あ……あぁ……」
「勘助? 顔真っ赤過ぎない?」
「嵐珠、ごめん……俺もう無理……」
そして勘助はそのまま恥ずかしさでぶっ倒れた。最後に見えたのは、冗談抜きでめちゃくちゃ心配して大声で勘助を呼ぶランジュの姿だった。
☆
「そんなわけで嵐珠と付き合いました」
「せつ菜、勘助は頂くわね」
「いや、それは祝福しますけど……そんなキスの仕方あります!?」
「勘助さんはランジュと付き合ったのですね」
あのキスの翌日、2人は菜々と栞子にお礼を言った。菜々と栞子はランジュと勘助が付き合った事を喜んでくれた。
「世話になったな、栞子さん」
「いえ、こちらこそランジュを宜しくお願い致します。破天荒で馬鹿で、反省文の塊ですけど」
「栞子! どういう意味よ!」
「栞子さん、反省文の話はしないでくれ。トラウマなんだ」
「それはこっちの台詞です! 怖かったんですよ、本当に!」
「あの後、三船先生が勘助さんを生徒指導室に連れて行った理由聞いてああ、あれかと思って私も怖かったですけどね」
「あの後同好会行ったら特にかすみさん達一年生組から怯えられたんだけど、あの人バラしたな」
「姉がバラしたというより、私が皆さんにお見せしたんです。同好会だけではなく生徒会など虹ヶ咲学園で頼りにされている方が、実は虐められていましたとか、度重なるストレスや不安で不登校になりましたとなっては大問題ですから」
「そりゃ……ごもっともな事で」
「その前に勘助が不安にさせたのが悪いんじゃない? 後、栞子達も裏でコソコソしないで渡された後すぐに直接勘助に言えばいいじゃない?」
「それは……そうですけど」
「勘助なら素直だから隠さず言うでしょう? それに、聞いてみて答えるなら勘助が言える理由だからそのまま聞いて、勘助の顔が暗くなったら呼び出せばいいじゃない」
「うっ……あのランジュが正論を言うなんて、明日は雷でしょうか?」
「菜々、雷鳴ったら璃奈さんと愛さんを庇ってやってくれあの人雷苦手だったから」
「YES、マスター」
「YES、ユアハイネス」
「誰がマスターじゃ。後、栞子さんは菜々に毒されすぎだ。ちょっと台詞違うし」
「見事なツッコミね。ランジュじゃなければ見逃しちゃうわ」
「嵐珠はそのまま見逃せぇ」
「ツッコミ天才軍師さんですか?」
「栞子さんは早く帰ってこい、こっち側だろ」
勘助の言葉に笑いが起きる。勘助は1つ咳払いをして、改めて言う。
「私は嵐珠と付き合うけど、スクールアイドルは妥協しないからな」
「ええ、勘助と付き合ったからといって妥協はしないわよ」
「お二人なら大丈夫だと信じています。勘助さんとランジュはやる時はやる人ですから」
「まるでやらない時はとことんポンコツかますって言ってんな」
「ランジュはそうですけど、勘助さんは……まぁ、心配無いですね。寧ろやり過ぎて体調が心配ですけど」
「ランジュがいっつも癒してあげてるから無問題ラ!」
「え?」
ランジュの言葉に菜々と栞子の声が重なる。勘助は慌てて2人に弁明する。
「ふ、2人が思ってる事はしてないぞ、嵐珠の家によく行くから私と嵐珠の2人で寝てるだけで……」
「それも問題では?」
「ぐっ……確かに」
「でも、勘助はランジュからキスしてあげないと寝ないわよね」
「黙れ破天荒」
「勘助さん、詳しく」
「えっ……えっとだな菜々……寝る前のキスとか夫婦は普通だろ?」
「ランジュと勘助さんは夫婦では無いはずですよね? 婚姻届の提出はなさいましたか?」
「いえ……付き合ってるだけです……」
「ランジュに手は……」
「出して……無いです……俺からは」
「『俺からは』?」
「ランジュが誘ってるわ! 勘助ったらいつも良いところで気絶するから物足りないんだけど……」
「とりあえず全方位にすみませんでした」
綺麗な土下座を見せた勘助に対して、前と現の生徒会長2人は溜息を吐きながら、せめて避妊はしろと言うので精一杯だったらしい。
「勘助」
「な、なんだ嵐珠……」
「愛してるわ」
「うっ……わ、私……いや、俺も……です」
「でも、ベッドの中でももう少し愛して……」
「黙れ破天荒」
「な、なによぉ……」