「勘助さん、貴方の黒歴史を教えて下さい」
「いい笑顔で何てこと言いやがる」
勘助が栞子の家の庭が見える場所で正座をしながら彼女の点てたお茶を飲んでいると、そんな事を言われた。
黒歴史。即ち、過去に自分語りやカッコよさを表す象徴として作られる麻薬である。あるものはポエムを、あるものは小説を、そしてあるものは……
「まぁ、昔作った歌詞とかになるのか?」
「あまり恥ずかしく無さそうですね」
「もう、世間に公開してるし恥もないだろ」
「それ以外は何かありませんか?」
「どうしてそこまで黒歴史を……」
「実はですね、姉さんに私の小説がバレまして……」
「きっつ」
栞子曰く、しずくから物語の書き方を学んで書いて見た小説を姉に見られたと言う話である。恥ず死ぬって話である。
「差し支えなければどんな小説を?」
「ええっと……」
「言いたくないならいいけど、せつ菜の影響でファンタジーとかかなぁって思っただけだ」
「恋愛です」
「ほう、良いじゃん」
勘助はそれだけ聞いたら満足だったが、栞子からまた言葉が飛んでくる。
「侑さんとせつ菜さんの官能小説とか」
「ぬん?」
「歩夢さんが果林さんにあざとく小悪魔な後輩を演じながら果林さんを虜にしていく小説とか」
「ほう」
「私が勘助さんと性的にシたいシチュエーションを小説化したりとか」
「最後は聞きたくなかった」
勘助が思ったのはそんな黒歴史を自分に言っても良かったのかと言う事であるが、
「勘助さんがいつまでも手を出してくれないので」
そんな言葉で勘助は何も言えなかった。話を変えようと、勘助は少し黙って、そういえばとくりだした。
「黒歴史までとはいかんが、今見てもクスリと笑いが来るノートならあるぞ」
そう言って勘助は一冊のノートを宿泊カバンから出した。
「このノートは?」
「小学生の自由研究」
「どんな内容なのですか?」
「カッコよく聞こえる英単語やことわざ、四字熟語などの意味を調べて、実はカッコ良くもないって言うものをピックアップしたのだ」
栞子がパラパラとノートを見るとそこには文字が書かれていた。
『蛇足→一見蛇に足が生えている化け物で、気味悪さやカッコよさはあるが、その意味は余計な事をするなと言うことに近しい』
『extra→人生遊びという双六タイトルにも使われており、発音がカッコよく聞こえるが、意味としては余分なとか、オマケのような感じで使われるので別にカッコ良くもなんでもない』
栞子はそれを見ながら笑っていた。勘助も釣られて笑ってしまう。
「自分で言うのもアレだが、小学生の割には中々面白いもん作っただろ?」
「ええ、というか本当に小学生ですか? こんな自由研究今SNSに載せたら恐らく人気になりますよ」
「んじゃ、アップしとくか」
栞子の言葉を聞きながら、床にノートを置いてアップする。
「勘助さんSNSやられてたんですね」
「一応シンガーソングライターとしての垢だけどな。これで人気になってくれたら俺としては嬉しいんだが、そんな簡単に……」
「なんか通知凄く鳴ってません?」
勘助が人生そんなに甘くないだろと言おうとしたが、彼の携帯から鳴り止まぬ通知の音と、栞子の焦った声で携帯を見るとハートの数がすでに5000以上ついていた。
「おめでとう御座います。明日はインタビューのお仕事いただけますね」
「こんな自由研究の話インタビューでするの嫌なんだけど」
「大丈夫です。私もそう言った拙い内容でインタビューを受けましたから」
「どんな内容だ?」
「私が携帯の汚れを取るためにシャワーで洗い流した時の話なんですけど」
「根本がおかしい」
俗に言うiPhoneシャワーである。
「栞子って天然?」
「分かりません。ですが、怪我した時や手を洗う時も汚れは水道水やシャワーで洗い流すので、携帯も同じかと」
「機械に水はダメって習わなかったか?」
「盲点でした、水で洗って携帯さんを綺麗にしなきゃって思いまして」
「可愛いなちくしょう」
きょとんとした栞子に萌えを隠しきれない勘助。
対して可愛いと言われた栞子はえへへと言ってニヤニヤしていた。
「勘助さん、膝貸してください」
「どうぞ」
そう言って勘助は栞子を膝枕する。栞子は勘助の膝で寝転がり、膝を丸めて勘助のお腹に顔を擦り寄せる。猫じゃん。
「にゃんにゃん」
「栞子って前世猫か?」
「ご主人様の前だけにゃん」
「こんなの栞子じゃない」
「勘助さんすごく良い匂いがしま……すぅ、すぅ……」
「寝とる!?」
日も暖かくなっていたのもあり、栞子はそのまま眠ってしまった。勘助は栞子の頭を撫でながら彼女の寝顔を一枚携帯で撮る。
「ただいま! って勘助来てたんだ」
「お邪魔してます薫子さん。栞子は今寝たんで起こさないで下さい」
「え? 栞子……あら、気持ち良さそうに寝ちゃって……」
「この猫すぐ身体丸めて寝たんですよ」
「勘助の事本当に好きなんだねぇ。姉として妹の恋路は応援するよ」
「貴方の恋路は私が応援しますね」
「生意気だな。そんなんじゃアタシのこと義姉さんって呼ばせないよ?」
「姉御って呼ぶんでいいです」
「それは喜ばしい事なの?」
帰ってきたら栞子の姉である薫子とここまでからかい半分で話せるのは勘助くらいだ。
虹ヶ咲では教育実習生として多少なりとも尊敬されているのもあるが、彼女は三船家の子供である。彼女自身おちゃらけた性格ではあるが、少しばかり敬遠されてしまうのも事実であった。
「それにしても勘助は相手してて楽でいいわ。家柄とか気にしなさそうだし」
「気にして欲しいならしますけど、薫子さんも栞子もそういうのはお嫌いでしょう? というか私は三船家とかどうでもいいんで」
「それはそれでどうなの?」
「別に三船家を継げって言われればそうしますけど、それ以外は好き勝手やらせて貰いますよ。惚れた女がたまたま敷居が高かっただけなんで」
「何というか……それが本気で言ってる時点でとんでもないよね君」
「おっ、分かるんですか? 私の心が」
「まぁ、一応三船家として、人の感情とか顔色とかはある程度ね。でも勘助は本当に読めないというか、口にしてるのが本心というか……」
「嘘をつくのは苦手なんですよ。栞子は大好きですけど」
そう言って寝ている猫を撫でる勘助を薫子は見ているが、少しだけ羨ましいそうに見ている。
思えば勘助は三船家にお邪魔しても堂々としていたし、栞子や薫子がリラックスしてと言わなくても普通にあぐらをかいて栞子の頭を撫でていた気がする。両親がいる時は正座で話してはいたが、普通に話していたのでそもそも敷居とか関係無く緊張などしないのではと薫子は思った。
「緊張? しますけど、これから栞子と付き合っていく上で慣れないといけないので、堂々としますよ」
薫子がそのまま勘助に思った事を伝えた時に返ってきた言葉はこれであった。
「勘助は栞子の事本当に好きなんだね」
「はい」
「あっさりと……」
「当たり前じゃないですか。栞子になら私の全てをあげますよ。財産も命も……一応証拠としてここにサバイバルナイフありますけど」
「待って、どうしてそんなものがあるの?」
「栞子の両親に認められなかった時のために俺の左腕をあげようかと」
「三船家にそんな物騒な決まり作らせないで」
「それくらい本気な訳です。俺は」
栞子も栞子でヤバイが、勘助も負けてないと思った。
その時すぐに栞子が少し唸って目を開けた。勘助は起きたかと、栞子に確認するが、彼女の目はトロンとしていた。
「栞子、大丈夫か?」
「あれ……お姉ちゃん……何で髪短いの?」
「俺はお姉ちゃんじゃねぇ」
2人のやり取りに薫子が意表を突かれて笑ってしまった。その声で目を覚ましたのか栞子は顔を真っ赤にして勘助に抱きついた。
「違うんです、勘助さんが凄く女性っぽかったので……」
「何も違くないけどな栞子さん」
「栞子、笑わせないで……アハハ!!」
「薫子さんは何で俺がお姉ちゃんって言われたのにショック受けず笑ってるんですか?」
「いやぁ、確かに勘助が女装したらお姉ちゃんだなぁって……してみる?」
「しないです。やっても母さんみたいになるのでお姉ちゃんとは程遠いです」
「か……勘助お姉ちゃん……」
「栞子ちゃん?」
「すみませんでした」
勘助のちゃん付けに対して羞恥が耐えられなくなった栞子が謝るとまたも薫子は爆笑した。
「とりあえず、おはよう栞子」
「おはようのキスをお願いします」
「うがいしてからな」
「勘助が厳しくて笑うんだけど」
「彼女とその姉にこんな事言うのもアレですけど知ってます? 寝起きの口内って人間のフンより汚いんですよ」
「それは分かるけど……」
「私は理解してるのでお互い寝て起きたらうがいしてキスしますよね」
「その後ハグしてたら栞子が俺の首噛みちぎるけどな」
「何それ怖い」
勘助の言葉に少しばかり恐怖を覚える薫子と、
「勘助さんは私のものですし、私も勘助さんのものなので、首筋に傷を残して所有物を示すのです」
「それは勘助が栞子の物ってだけで勘助が栞子に何か傷つけてるわけじゃないよね?」
「勘助さんが奥手すぎて傷をつけてくれないのです」
「傷って言ってるけど、ただのDVだからな?」
「勘助さんが痛みを教えてくれれば良いんです。下の口とか」
「薫子さん妹の暴走止めてください」
「え? まだヤってなかったの?」
「薫子さん?」
「勘助さんが手を出してくれません」
姉妹共に勘助を睨みつけながら泣き真似をする栞子とニヤニヤする薫子。勘助は頭を抱えた。
「勘助、別に子供作れとか言わないけどさ、恋人なんだからそう言うのもスキンシップでしょ? たまになら手を出しても良いんじゃない?」
「凄くまともな意見くれましたけど恥ずかしいんですよね」
「お金あげるからホテル行けば?」
「お金はいらないです」
「勘助さん、今度行きませんか?」
「まぁ……栞子が言うなら」
「愛してます」
「お前さては泣き真似だな」
「それじゃあアタシホテル予約しとくね」
「2人ともグルかよ!?」
「妹のためなら何でもするよ」
「勘助さんのためなら何でもします」
「2人が怖いんだが……まぁ、いいか」
結局この姉妹には勝てないなと思いながらもいつまでも3人で仲良くできたらいいと考える勘助であった。
☆
「勘助さん怖いです……」
「奇遇だな、俺も怖いんだ」
「彼氏として守ってやるよとかはないんですか!?」
「死者や幽霊の前では俺たちなど無力。大人しく襲われるのを待つしかあるまい」
「嫌ですよ! 姉さんのバカ! 勘助さんが泊まってくれると言ったから見たものの、それがホラー映画なんて聞いてません!」
結局その後勘助は三船家に泊まる事になったのだが、姉である薫子が一緒に見たいものがあると見せたのがホラー映画。
勘助はビビりなので、怯えてはいたが、栞子もまさかのホラー映画が苦手であったため、今は2人で一つの布団入り抱きしめ合いながら怯えている。
「なぁ、栞子。お願いがあるんだけど」
「何ですか……少し怖いんですけど」
「花を……摘みたい」
「え? 花ですか?」
「分かりやすい言うと……雪隠だ」
「もっと分かりませんよ……普通にお手洗いとおっしゃってくれればいいのに」
「俺乙女だし。お化け怖いし」
「私の彼氏らしく堂々として下さい……それで、私にどうしろと?」
「ついてきて下さい」
勘助の頼みに寝ながら頭を抱える栞子だが、しっかりと、冷静に、自分の利益を考えた時、誰もいない暗闇で布団を被るより、勘助の元にいて恐怖を薄めた方がいいと思った栞子は彼についていくのだった。
☆
『初めての借金、初めての借金、初めての……』
そしてその翌日、勘助の携帯が鳴った。勘助は少しばかり目を擦りながら携帯を開く。電話の相手は菜々だった。
「菜々か……どうした?」
『おはようございます。何だか眠そうですけど大丈夫ですか?』
「おはよう菜々。休みだから寝てたんだ、昼から同好会だろ? それには参加するから安心しろ」
『そうでしたか、おやすみのところすみません』
「いや、構わん。どうしたんだ?」
『少し栞子さんに聞きたいことがあったんです。でも、マナーモードにしているのか電話に出ないので、彼氏である勘助さんが何か知っているのではないかと……』
「栞子なら俺の横で気持ち良さそうに寝てるぞ?」
『は?』
「いや、だから栞子なら俺の隣で寝てるんだって……昨日2人して眠れなくてな」
『眠れない……』
「栞子、起きろ。菜々から聞きたいことあるんだとよ」
「ううん……勘助さん……今(寝ていたから)すごく気持ちがいいのでもう少しこのままでいさせて下さい……」
『気持ちがいい……』
「菜々、ごめんな。今コイツ起こすから」
『い、いえ。大丈夫です。また後で聞きます。お楽しみのところ大変失礼しました』
「え? 菜々?」
勘助との電話を切った菜々だが、少しばかり焦った感じで電話を切られた勘助は疑問に思ったのだった。
その後、栞子と勘助が昼頃に同好会へ練習しにいくと、同好会の全員が顔を真っ赤にして2人を見ていたという。
「みんな今日はどうしたんだ?」
「勘助君、栞子ちゃんを大切にしてね」
「お、おう。それは分かってるんだけど、侑さん急にどうした?」
「勘助さん、栞子ちゃん。卒業おめでとう。璃奈ちゃんボード『ゆうべはおたのしみでしたね』」
「璃奈さん? 俺らまだ卒業しねぇけど?」
「良かったわね、栞子ちゃん。勘助が手を出してくれて」
「え? 果林さん? そりゃ、手くらいは繋ぎましたけど……?」
その後、栞子の幼馴染である鐘嵐珠が、エッチなことしたんですね発言をかましたファインプレー(???)もあり、顔を真っ赤にした勘助と栞子がはちゃめちゃ誤解を解いたのだった。