「おはよう、かすみ……さん」
「おはようございます。そろそろ慣れてくれませんか? 勘助先輩」
「かす……かすみ……そうさん」
「誰!? って、ただの草じゃないですか!?」
「分かってんだけどさ、慣れなくて」
「せつ菜先輩は呼び捨てなのにですか?」
「アイツは幼馴染だし……な、なぁかすみ……さ……ま」
「何ですか様って……まぁ、良いですけどいつか呼んでくださいよ?」
「分かったよ、かすみん」
「何でそれだけ言えるんですか!?」
コントじみたやりとりに勘助は笑うが、かすみは必死である。勘助とかすみが付き合い始めてからの最初の難関は勘助の呼び方だった。普通に慣れないのだ。
かすみから怒られながらも勘助の教室近くで分かれると、同じクラスの侑とミアがニヤニヤと笑っている。
「おはよう、侑さん、ミアさん」
「おはよう勘助君。見てたよかすみちゃんとのやりとり。付き合うって聞いてた時は少し驚いたけど、仲が良さそうで安心したよ」
「まさか子犬ちゃんと付き合うとは僕も思ってなかったよ。でも……天才軍師って言われてる勘助にはもっと良い人がいるんじゃないの?」
「いない」
ミア的には多少の冗談を含めて言ってみたが、思いのほか勘助がハッキリと真面目な顔して返したのでミアは少し驚いてしまった。
「あ……その、別にみんなに魅力が無いとかじゃなくて……えっと、かすみんは……ほらなんやかんや頭はアレだけど努力家だし、イタズラ好きだけど謝られてコッペパンくれたら結局憎めないし、スクールアイドルとしての本気は私も1番って言ったらアレだけど認めてるから……なんというか、努力って点では通じるところがあるって感じで……」
「sorry.僕が悪かったからそんな申し訳無さそうに説明するのはやめてくれ。別に勘助がかすみの事を好きだからと言って、じゃあ僕達に魅力が無いのかなんて責める気も無いから」
「いや、私も……結局ヒトリダケナンテエラベナイヨ病だから。恋人はかすみんだけど」
「ちょっと待って何その病の名前。ごめん私気になって話が入ってこないんだけど」
「ヒトリダケナンテエラベナイヨ病は通称侑病と言ってな」
「鬱病みたいに言わないで、ってかもしそれとかけてるなら鬱病の人に本気で謝って」
「かけてるわけないだろ失礼な。侑病は偉大なんだよ。みんなが可愛い過ぎて推しが選べない時にかかってしまう病なんだ。オタクとしては最高の病だぞ」
「なんか勘助君の命名だと思うけど、私のこと呼び捨てにされたら恥ずかしくてムズムズする」
「仮に呼んでいいと言われてもかすみんすら呼べないから無理だな」
「菜々ちゃんは?」
「幼馴染のため証明完了……とにかくだ、スクールアイドルとか仲間としては好きだが、かすみんは別だ。ちゃんと恋人として好き」
「勘助君ってストレート過ぎるから困るよね……大丈夫? 菜々ちゃんに襲われない?」
「最近菜々が言ってたんだけどNTRってなんだっけ?」
「勘助逃げろ、せつ菜から今すぐ逃げるんだ」
「ミアちゃんに同意」
2人の言葉に疑問符を浮かべる勘助。結局、授業が終わってもその意味は分からなかったのでかすみに聞く事にした。
☆
「勘助先輩はかすみんが守ります」
かすみにNTRの意味を聞いた勘助だったが、この一言を返された。
「いや、意味を忘れたから聞きたいんだが」
「勘助先輩にはまだ早い単語です」
「かすみんは私をなんだと思ってんだ?」
「少なくとも同好会のメンバーに腕組まれるだけで鼻血出して気絶する先輩には早いと思います」
「体質だから許してくれ」
勘助は鼻血が出やすい体質であると同時に菜々以外女性慣れしていない。なので同好会メンバーにくっつかれるだけで顔を真っ赤にする始末。水着なんてもってのほかで、合宿の時はウクレレを弾いて事なきを得たが、集中するものが無ければ完全に保健室行きである。
「せつ菜先輩がその気ならもうかすみんは勘助先輩を守るしかないんです」
「なぁかすみん、本当にNTRってなんだっけ? NT-Dしか知らないんだけど」
「逆にかすみんがNT-Dというものを知りませんけど」
結局NTRの意味は教えてくれなかった。
「そういえば朝かすみんが呼び捨てでいいって話あっただろ?」
「はい。ってか、かすみん呼びは確定ですか?」
「かすみ……さんが私の事を呼び捨てにするなら頑張ってみるが」
「無理ですね」
即答だった。
「おみそれするってやつです」
「恐れ多いってやつだろ」
「かすみんが軍師の隣にいるのはまだ早い気がします」
「諦めんなよ。とりあえずかすみんが私を勘助と呼ばないなら私も呼び捨てにはしないからな」
「か、かん、かか、か……ん」
「カンって麻雀かよ」
「かん……すけ……殿」
「無理でも先輩って言えよ」
お互いがお互いに呼び捨てにできない状況が続いた。
「仕方ない。あだ名とかどうだ? 私はかすみんだが……ほら、勘ムスとか」
「色んな方向に謝らないといけない気がするのでやめておきます」
「助さんは?」
「なんか野球でそんなあだ名の人いましたね。でも、かすみんは可愛くないと思います」
「ヤマカン」
「もはやあだ名じゃなくて当てずっぽうじゃないですか」
「因みにヤマカンってのは歴史上側の山本勘助が由来だとか」
「え!?」
諸説ある。結局勘助のあだ名は考えつかないのだが、かすみは勘助とそれについて話を続けていた。
「そもそも学校は先輩後輩あるけど、出たら年上か年下だろ。敬意とかいらんて」
「そう言われても……」
「学校や職場の先輩後輩なんて勉強や仕事の能力が高い低いで低い人が高い人に教えを請うから敬語とか使ってるに過ぎんと私は思う」
「でも、そこから離れればただの人間よ。心に敬意は持ってても、表に出す必要って無いと思うんだ」
「かすみん馬鹿なので正論まがいの事言って納得させる事するのやめてくれません? 今結構、じゃあいいかって本気で思っちゃってますけど」
「これでいいのだ」
「よくないです」
「かすみん頼むよ」
「うっ……かすみんって呼ばせてる手前何も言い返せない」
「かすみんは私が言いたいだけ。可愛いじゃん」
「本当にいつか同好会メンバーに刺されますよ。特にせつ菜先輩」
「大丈夫、何回かやんちゃ版の菜々にドロップキックされてるけどそのまま足から受け止める分体勢崩した事ないから」
「化け物ですか」
「人間人間」
結局無駄話に花を咲かせていただけだが、2人にとってはパーフェクトコミュニケーションだと思った。