「お邪魔します」
「うん、いらっしゃい勘助」
ある日の休日、勘助は侑の家に遊びに来ていた。遊ぶというか、侑から曲作りの相談に乗って欲しいとの依頼をされた。
最初は学校で話す段取りを決めていたが、誰が言ったか同好会のメンバーが折角付き合っているのなら家でやれよと突っ込んだため、予定を合わせてこの日に勘助は侑の家に来た。
「ごめんね、仕事とか忙しいのに」
「今日は普通にオフだったんだよ。ってか、学生だからあんま仕事入れてない」
「それでも生徒会とか学校の課題とかあったんじゃ?」
「心配すんなよ、全部終わってるから」
「課題出されたの昨日じゃ……」
「誰だと思ってる、僕は世界の山本だぞ」
「ミアちゃんがキレそう。流石勘助だね」
「やる事は早めにやる」
「真面目だぁ、本当にせつ菜ちゃんの幼馴染だけあるよね」
「歩夢さんはしっかりしてるのに侑は寝坊助って聞いてるから幼馴染はあんまり関係ないぞ」
「あはは……善処します……」
たわいない会話から急に侑の方向に流れ弾が飛んだが、それでも空気は和やかだった。少し暑いねと、侑が窓を開けるために立ち上がりカーテンを開きながら鍵を解除すると……
「ニコニコ」
侑は静かにカーテンを閉めた。
「どうした侑? 窓に虫でもついてたから開けるのやめたのか?」
「虫だったらまだ良かったよね」
「はい?」
ニコニコと口に出しながらビデオカメラ片手に幼馴染の部屋にヒョコっと顔を出して、盗撮しようとしている
「あぁ……歩夢さん誘うか?」
「私は……嫌かな、今日は勘助と2人がいい」
「なら、後で謝っておこうか」
「思うんだけど私たち悪くないよね?」
「まぁ、理不尽だとは思うけど、歩夢さんも侑の事が心配なんだろ。一応歩夢さんから見たら急に現れて幼馴染を手籠にした男なんだから」
「そうだけど、私は勘助がそんな男なら近寄らないよ」
「侑ならトキメイたら男女関係なく抱きつきそうだけど」
「私だって女の子なんだからそれくらい分かってるよ。でも、勘助は別」
そう言って勘助の腕に自分の手を乗せる侑。勘助も手が乗せられてる腕とは逆の手で静かに握った。
「今度、2人でご飯でも食べようか。みんなに内緒でさ」
「歩夢が怪しむんじゃない?」
「心苦しいがハッタリかますか、正直に言って首飛ばされるかだな」
「私嫌だよ、折角結ばれた人が食事行くだけで自分の幼馴染に首取られてるの」
「まぁ、歩夢さんもなんだかんだで優しいから頼んだら許してくれそうだけどな」
「そうだといいなぁ」
「遠い目をするなよ」
恋人との暗黙の了解として、他の男女の話はしないというのがある。それでも、2人になっても必ず会話に出てくる幼馴染、上原歩夢の話をしている侑と勘助はとても楽しそうだった。
「勘助、ここってどのコード使ったらいいかな?」
「ここは低めのマイナーコード良いと思う。この教材からここら辺のマイナーコード使ってもそこまで暗くはならないから」
「あ、本当だ。逆に明るい感じがする」
「明るいというかあまり暗っぽくは無いから明るくしても違和感ないだけだよ」
軽い雑談をしながら侑の曲作りを手伝っていく勘助、付き合う前と違うのはお互いの距離が全く無い事だ。
イヤホンを使えばお互いの耳に付けるし、侑がピアノ演奏すれば勘助が侑の元に行って目を閉じながら聴く。
「手伝ってよ、勘助も弾けるでしょ?」
「侑みたいには弾けんぞ」
そう言いながらも勘助は侑の隣に借りた椅子を置いて、低音側の鍵盤に手を置いて演奏する。いわゆる連弾と呼ばれるものだが、侑と勘助が暇つぶしをする時はこうして仲良くピアノを弾いていた。侑が勘助をピアノを誘う時は課題が終わる目処がたったという証拠なのは2人だけの合図である。
一通り演奏したら侑は立ち上がり、課題が終わった事を叫んでベッドに飛び込んだ。それを微笑ましく思いながら労いの言葉をかける勘助。
ふと、侑が勘助の名前を呼ぶ。勘助が侑の方を見ると仰向けで寝ながら勘助に両手を伸ばす。
「勘助から来てよ」
「いや……え?」
「いっつも私から抱きつくんだから、偶には勘助からも来てよ」
勘助は少し前髪を触りながら頬を赤くした。確かに侑は自分の彼女であり、その彼女が合意の上なら……
「勘助まだ?」
「わ、分かったよ……」
「私じゃ嫌?」
「んな訳ないだろ、恥ずかしいんだよ」
「じゃあ来てよ」
侑は意外にも恋愛に対して肉食だったらしい。
思い返せば女の子と言えども自分の幼馴染含め同好会のメンバー全員に対して抱きつきながら侑ハーレム紛いのことをしている彼女は肉食系だと言われても何もおかしな事ではなかった。
その彼女にまんまと心を喰われたのは自分のせいではなく、彼女の人間性が勘助をその沼に引き摺り込んだのが原因だと思ってしまったのは完全に惚れた弱みである。要は侑が可愛いから惚れた。
勘助は躊躇いながらも、侑の元に行き、ゆっくりとしゃがみ込んで静かに、侑の両手を取る。
「えい!」
そのまま勘助が勢いよく引っ張った侑に力負けした。勘助が侑を押し倒す絵面が出来てしまったが、その構図を作り倒されてる側の侑は憎めないほど屈託のない笑顔で、倒している勘助は恥ずかしさで真っ赤に染まる。あわよくばしばらくこのまま呼吸を整えておきたい勘助だが、
「じゃあこのまま抱きしめるね」
ちょっと待って欲しいという前に勘助の両腕は曲げられ、そのままゼロ距離で接触した。
「勘助温かいね」
「普通に恥ずかしくて死にそう」
「本当に耐性無いんだね」
「合宿のプール以上には顔が赤いよ」
「あはは! 勘助可愛いね!」
笑い事じゃないと言いながらも、最愛の少女のぬくもりに恥ずかしさも嬉しさもどちらも味わえた。
「ねぇ、勘助キスして」
「積極的過ぎるんじゃないかなぁ!? 俺もう死ぬって!」
「まぁ、勘助だから待たないけどね」
そう言って思いっきり勘助にキスをする侑。勘助はキャパオーバー過ぎて固まった瞬間、ぐるりと2人の位置も立場も変わってしまった。侑が上に、勘助が下に。
「ゆ、侑? なんか目が怖いんだけど」
「え? そんな事ないよ?」
そのままキスを一つ、二つ、それ以上の数重なった唇は途中から離れる事をせずにしばらく重なり続けた。
「ゆ、侑、ちょ、ちょっと待って……」
「嫌だよ?」
侑はキスをやめる気はないらしい。勘助も否定系の言葉を言っただけで、侑自身を否定せずその行動を受け入れた。
「勘助」
「侑……何?」
「好きだよ」
「俺も好きだよ」
お互いに愛の言葉を口にして、もう一度唇を重ねようとした瞬間だった。パシャリと、シャッター音が一つ聞こえて2人を正気に戻す。音の方向に顔を向けるといたのは桃色の幼馴染。完璧にカメラの枠に収めた被写体は何の抵抗もなく写真として入ってくれた。
「歩夢!? 何してんの!?」
「え? 窓開いてたから来ちゃった」
「私開けてないよね!?」
「侑……多分さっき開けようとした時、鍵だけ解除していたんじゃないか?」
「あ……」
ふと、先程の侑自身の行動を思い出すと鍵を解除した瞬間に見えた幼馴染のせいでカーテンだけを閉めた事を思い出す。勘助もそれに気がついたのはたった今であった。
それよりも2人は目の前の黒いオーラを出しながら笑顔でカメラを構えているポムをどうにかするのが先決だった。
「侑ちゃん、恋愛初めてにしては少し積極的じゃない?」
「何で見てるのさぁ!! 出て行ってよぉ!」
「歩夢さん、侑も一旦落ち着いて……」
「どうしたの? 勘助君何か文句あるのかな? かな?」
「あんま無いっす。侑ちょっと助けてくれ」
「勘助!?」
なす術はなかった。結局その日は嫉妬した歩夢を慰めるべく、侑と勘助の2人でたわいない話をする事になったのだが……
「歩夢さん、因みにだけどその写真は何に使うんだ?」
「え? えーと、侑ちゃんには内緒にするなら言うよ?」
「それなら常識の範囲で黙っておく。どうするつもりだ?」
「はい、勘助君にあげる」
侑がお手洗いに行っている間、勘助は歩夢にカメラの事を聞いてみると、歩夢はこう言ってカメラを勘助に渡した。
受け取ったカメラを見ると完全な使い捨てカメラであることと、フィルムが入っていない事が判明。
事情だけ聞いたのだが、ベランダから侵入したのは事実だが、昼間から幼馴染のそういった行為を続けさせるわけにはいかないと、側から見れば余計な心配だが、歩夢は真剣に思ってしまったらしい。
「侑ちゃん暴走してたし、勘助君も惚れた弱みで断れなさそうな雰囲気だったから流石に危ないかなって……本当にごめんね?」
「いや、まぁ……歩夢さんの言う通りになりそうだったから助かったわ」
「侑ちゃんってトキメキに目がないからすぐ盲目になっちゃうんだ。だから勘助君も流されちゃダメだよ? まだ高校生なんだから」
「うーん……ごめん。それは確かにそうだ、私たち学生だもんな」
「歩夢、勘助、お待たせ。何の話してたの?」
「侑、次からは俺がお前にリード繋げてやるからな」
「本当に何の話!? 後、歩夢あの写真消してね!?」
「えぇ、どうしようかな?」
「あれ……本当は歩夢さんもしフィルム入ってたら消す気なかったんじゃ……うわ怖」
今日一日で恋人である高咲侑と幼馴染の上原歩夢。その両方の別の意味での恐ろしさを知った勘助だった。