「しずく、少し膝を貸してくれないか?」
「別に構いませんが、どうしたんですか?」
「昨日寝てなくてな。みんなが集まったら起こして欲しい」
「そうでしたか。私で良ければお貸ししますよ」
「しずくがいいんだ」
勘助の言葉にお礼を言ったしずくだが、礼を言うのはこちらだと返された。
ソファーに座ったしずくの膝で勘助は眠り、数分も経たずに寝息が聞こえてきた。しずくは勘助を起こさないように撫でながら呟く。
「本当に可愛い顔してますよね……勘助さんが女の子だったらせつ菜さんと共にスクールアイドルとして大人気なのに」
そんな呟きに対するツッコミも眠っていれば出来ない。しずくは寝ている勘助にさらに言い続ける。
「勘助さん……勘助君……勘助ちゃん……勘助……やっぱり恋人同士なら呼び捨ての方が良いんでしょうか? でも、先輩だし……」
「勘助……お兄ちゃん」
そこまで言っていると部室のドアが開いた入ってきたのは中須かすみと天王寺璃奈、三船栞子の一年生組である。
「お疲れ様です! 可愛いかすみんが来ましたよぉ!」
「かすみさん静かにして!」
「ちょっ! なんで挨拶して怒られないといけないのさ!」
「かすみちゃん落ち着いて、勘助さんが寝てる」
「え? 勘助先輩が?」
大声を出して怒られた事に理不尽だと言ったかすみだが、璃奈の言葉で周りを見ると勘助がしずくの膝で寝ていた。
「勘助さんお疲れですか?」
「昨日寝てないらしくて……みんなが来たら起こしてって言われたんだ」
「仲が宜しいのですね」
「栞子ちゃんがそういうの意外」
「どうしてですか?」
「栞子ちゃんなら風紀がとか言って止めそうだから」
「流石に部室で接吻などされるとアレですけど、膝枕くらいは問題無いのでは? お互いの合意ですし、なにより勘助さんも頑張りすぎてるの知ってますし」
「勘助先輩! 起きて下さい!」
「かすみさんめっ! どうして起こしてるの!? 話聞いてた?」
「だって勘助先輩がみんな来たら起こしてって言ったんでしょ? ならかすみん逹来てるから起こしても良いじゃん」
「それは、そうだけど……」
「勘助先輩! 起きて下さい!」
かすみが勘助を起こそうとしたのだが、勘助からゆっくりと言葉が飛んでくる。
「……うるせぇな……誰だ……砕くぞ」
「ひっ!?」
勘助は基本的に寝起きは良い方だが、今回ばかりはほぼ寝ていないのもあって少し怒っていた。いつもの勘助には程遠いくらいの冷たい低音を聞いて一年生組は恐怖する。
勘助は少し目を擦ってから起き上がるが、目の焦点はあまり合っていない。そんな姿を見てまたかすみが悲鳴をあげる。
「す、すみません勘助先輩! 許して下さい!」
「あ? あぁ……かすみさんか。あれ? って事は集まったのか?」
「いえ、一年生しか集まってないんですが、勘助さんが集まったら起こせと言ったのでかすみさんが強引に……」
「かすみんのせいなの!?」
「そうだよ」
「そうだと思う」
「そうでは無いのですか?」
「ぐっ……そうかもしれない」
改めてかすみが勘助に謝るが、勘助は許す。
「起こせと言ったのは私だからな」
「その割には怒ってましたけど」
「え? 怒ってた?」
「たしか……『うるせぇな……誰だ……砕くぞ』と言ってましたよ」
「あぁ、なんだもう1人の私か」
「まさかの二重人格!?」
「冗談だ。ごく稀に眠すぎてそうなるだけだ。悪かったな」
「かすみん殺されるかと思いましたけど」
「大丈夫だちょっと頭の骨にヒビを入れるだけだから」
「何にも大丈夫では無いですよね!?」
「勘助さんなら出来る。璃奈ちゃんボード『破壊神』」
「その不動明王のようなイラストはなんですか」
「璃奈さんたまにクオリティバグってるボード作るから仕方ないよね」
しずくの言葉に勘助達は笑う。とにかく起こしてくれてありがとうと、勘助はかすみ達に伝えて、そのままギターを取りに歩こうとすると。
「あれ?」
「勘助さん!?」
寝起きだったのかは分からないが、視界が歪みフラッとしながら膝をついた。心配になった4人がいくつか言葉を交わすが、勘助は、あぁ、うん、というこの二つの単語だけを使っているだけで決して無事とは言えない。
「勘助さんはソファーに座っていて下さい。ギターは今持っていきますから」
「ありがとうしずく」
「というか今日はお帰りになられては? その状態で活動は難しいと思いますが……」
「後少しで完成する曲もあるからそれをやってから帰らせてもらおうかな」
「そうおっしゃるのでしたら……」
勘助と栞子が会話をしている間にしずくがエレキギターを持ってくる。お礼を言って受け取ると、それを弾く。それでもやはり調子が悪いようで、そこまで力強い音が鳴らない。
「あ、無理かも」
「だから栞子さんが言ったじゃん、休みなさいって」
「仕方ない……帰るか」
結局侑達に話を通して、勘助は早退した。
☆
「おはよう、しずく。前は早退して悪かったな」
「いえ、そこに関しては問題無いですけど、今日勘助さんを家に呼んだのは他でもありません」
「デートか?」
「いいえ、勘助さんには今日一日中馬鹿になって貰います」
「はい?」
早退した日からしばらくしたある日の休日。勘助はいつものようにしずくに呼ばれたので鎌倉の家まで来たのだが、デートでは無かった。馬鹿になってもらうなんて聞かされたらまるで意味が分からない。
「昔の時代のお話ではありますが、女性は男性に尽くすという事が当たり前の時代でした」
「昔はな」
「そんなわけで勘助さんの恋人として今日は貴方に尽くしたいと思います。そんな訳でまずは先にお風呂どうぞ」
「朝11:00から話飛びすぎだろ。ってか俺に尽くすって……」
「勘助さんは何も考えずに癒されて下さい」
勘助は自分だけが奉仕を受けるのは少し不満ではあったが、こうなってしまったならしずくは止められない。今日は特段することも無いので大人しく従う事にした。
「まぁ、やり過ぎたら止めるか」
「勘助さん何か言いました?」
「いや、なんでも無い。そこまで言うなら奉仕して貰おうかな」
そしてしずくの家に泊まる着替えが入ったカバンを持って入るのだった。因みにギターはしずくの頼みから家に置いてきた。今日は本当に何もかも忘れて欲しいと言われたのだ。
☆
「勘助さん、背中流しますか?」
「大丈夫だ、今上がるから」
風呂に入っている途中しずくが乱入仕掛けたが勘助は止めた。流石にそこまでは恥ずかしいと言ったが、しずくからするとそれ以上の事はヤッてしまってるので今更だと思っている。
風呂から出て着替えた勘助を待ってたのはしずくだが、手にはドライヤーと櫛を持っていた。
「髪乾かしますね」
「え? 良いのか?」
「言ったじゃないですか、勘助さんをご奉仕すると」
そう言ってしずくはドライヤーの電源を入れて勘助を椅子に座らせる。勘助の髪を乾かし始めたがしずくは勘助の髪質に驚いた。
「勘助さん髪サラサラですね!?」
「あんまり意識してないけどそうなんだな」
「シャンプーとか何使ってるんですか?」
「市販の安売り。たまにしずくの家のシャンプー借りるけどそんなものだ」
「トリートメントは?」
「何それ?」
勘助の言葉にしずくは絶句した。正直羨ましさしか無かった。
「こんなに髪質が良くて、顔も声も可愛くて、ギターも弾けるなんて……」
「ちょっと待って、可愛いってなに!?」
「勘助さんは可愛いですよ」
「男ですけど」
「勘助お姉ちゃん」
「お兄ちゃんの方がいいな」
「勘助お姉ちゃん」
「さては変える気ないな」
しずくの言葉に勘助は苦笑いするしか無かった。
☆
「それではマッサージを始めます」
「ちょっと待って、何で着替えたのにまたパンツだけにされてるんだ?」
「少しオイルを使うので脱いで貰いました」
「恥ずかしいんだけど」
「お互いの皮膚の色を全て知り尽くしておいて今更じゃないですか。すぐ乾くものなので終わったらすぐ着替えてもらって構いませんし」
「凄く本格的だな」
しずくから自室のベッドでうつ伏せになれと言われたので勘助もその通りにする。視界は下を向いているので見えないが、しばらくすると背中に冷たい感覚が出てきた。
少しばかり勘助は反応するが、そこまで冷たい訳でも無かった。それよりも、顔がかなり熱い。たまにしずくから誘われて夜のコミュニケーションも何とか頑張って取ってはいた。それでもいくら恋人の前とは言え、パンツ一つでなすがままにされる事にはやはり一切慣れていない。恥ずかしさが勝る。
「すみません、冷たいですか?」
「あぁ……でも、大丈夫だ。ありがとう」
「それでは続けますね」
「なんか恥ずかしい」
「大丈夫ですよ、きっとすぐその感情は無くなりますから」
「どういう事だ?」
「左肩のここ結構凝ってますね」
「たわば!?」
しずくは勘助の左肩のツボを押す。勘助は一瞬悲鳴を上げたが、すぐに心地良くなった。
勘助は多忙である。学校での授業や同好会の副部長だけでなく、生徒会活動や事務所で働いているのもあり身体は凝り固まったという意味で死んでいた。
「あぁぁ……気持ちいいな、痛いとこは痛いけど」
「素人の私でも分かるくらい凝り固まってますからそうとうでは?」
「確かに気づいたけど相当だな」
「ええ、双頭のサンダー……」
「それ以上はいけない。ってか知ってるんだな」
「せつ菜さんがよく語っていましたよ。最近のネット対戦では妨害が酷すぎて楽しめないって」
「まぁ……あのカードゲームは賛否あるわな」
「何か問題が?」
「RPGって知ってるか? 正式名称じゃなくて、戦闘中はどんなゲーム性なのかってやつ」
「確か味方と敵が1ターンに1回攻撃するんですよね?」
「そう。それが他のカードゲームなら大体出来るはずなんだが、そのカードゲームは妨害が出来る分相手に何もさせずにずっと自分のターンが出来るんだ。先行取ってしまえば勝ちまではいかないがめっちゃ有利なのよ」
「ずっと俺のターンってやつですか?」
しずくの言葉に勘助は肯定した。肩や腰、太ももや足をマッサージされながらこうしてたわいの無い会話をしていくおかげで、勘助の恥じらいも段々と減っていく。
そうなってくると、少しリラックス出来るようになり、最終的には……
「眠い」
「寝てしまっても大丈夫ですけど、もう少しで終わるので服を着てからお休みになって下さい」
眠気が勝ってきたが、何とか堪える。マッサージ自体は何とか終わるまで耐えられたが、服に着替えた瞬間、強い眠気が襲ってきた。
「どうぞ、勘助さん」
「いいのか?」
「ええ、私ので良ければ膝をお使いください」
「しずくがいい」
前の同好会で言った時のようなやり取りをして、勘助はベッドに座ったしずくの膝で眠る。しずくは勘助が眠ったのを確認すると、ゆっくりと頭を撫でた。
「可愛いなぁ……」
勘助の寝顔は幼すぎた。学校での姿は気を張りすぎているのもあり凛々しく見えるのだが、眠ってしまえば気が緩み、顔がとても幼く見える。しかもかなり可愛い顔をしているのでしずくは羨ましがった。
「何で私より……同好会のみんなより可愛いの? なんか嫌だな」
「勘助さんが女の子でも驚かないかも。電話越しとか勘助さんって分からなかったら少し声低めの女の子の声だし」
「はぁ……こんなに可愛いくて頼れる人が私の恋人かぁ……」
知らない人からすれば虹ヶ咲学園にいるただの男子高校生だと言われればそれで終わり。だがしずくから見た山本勘助は学生でもあり、生徒会庶務でもあり、同好会の副部長でもあり、シンガーソングライターでもある恋人なのだ。多少なりとも釣り合うかどうかと不安はある。
それでも勘助は一緒にいてくれる。
「何で勘助さんは私の告白を受けてくれたんだろう?」
「好き以外理由あるのか?」
「うわっ!? か、勘助さん!?」
「おはようしずく。俺は単純にしずくが好きだから受けてだけだ」
「い、いつから?」
「いや、今目が覚めたから告白を受けた理由くらいしか知らないけど……」
他の事は聞かれていなかったので一安心だが、しずくは勘助に改めて聞いてみる。
「勘助さんは……私で良いんですか?」
「しずくがいいと言ってるが?」
「いえ、付き合うなら幼馴染であるせつ菜さんの方が未来永劫上手くやれたのでは?」
「そうかもしれない」
「否定はしないんですね」
「しずくも知っているだろ? 俺と菜々は一心同体みたいなものだ誰と付き合ってもあいつとの絆は揺るがない。そう考えれば確かに菜々とは付き合ったら上手くいくだろうな」
「それでもだ、俺はしずくを選んだ」
「理由は……何ですか?」
彼女の言葉に勘助は少し考えて、1つ謝った。そしてはっきりと
「正直理由ってないんだ。強いていうなら俺はしずくに惚れて、恋人として付き合いたかった。不誠実かもしれないけど最初はそんなものだった」
そう言った。黙っているしずくに勘助はさらに伝える。
「でもな、付き合っていくうちにしずくの事がもっと好きになった。言っただろ、演技してるしずくも良いけど、真面目そうに見えて時々俺がしずくのお菓子間違えて食べた時に子供みたいに頬を膨らませたり、俺の名前呼びながら犬みたいにくっついてきて甘えて来たりしているしずくが大好きだって」
「恋愛については初めてだから確定はできんが、最初付き合う時はあまりお互いの事なんて知らないと思うんだ。付き合って、深く関わっていくからこそ相手の良いところや悪いところが見えてくる。それを妥協して、許しあいながらも、我慢出来ないところは話し合って直していく。好きな所はしっかり愛して絆を深める。それが俺の恋愛像だからな」
「だからきっかけこそフィーリングのような感じではあるが、今ではしずく以外考えられないのは事実だ。だから安心しろ、俺はお前が好きだ」
勘助が言い終わると、しずくが深く、深く息を吐いた。勘助は怒っているのかと少し心配になってしずくの膝から起き上がる。
「し、しずく大丈夫か?」
「勘助さん……今日私が勘助さんをお呼びしてご奉仕をしたいと思ったのは勘助さんが頑張り過ぎているからです」
「勘助さんは学業や部活だけでなくお仕事もこなしてそのせいでこの前ふらついていたではありませんか。恋人としてはもう少し私を頼って癒されて欲しかったんです」
「うっ……ごめん」
「はい。そんな訳で今日は勘助に一切負担をかけず、リラックスして癒されて欲しかったのですが……」
「すみません、我慢出来ません」
「えっ……ちょ!?」
勘助が言葉を言う前にベッドに押し倒した、嫌な予感がするが、しずくの言葉に耳を傾ける。
「あんなに、私の大好きな人に熱烈にプロポーズされて我慢出来ない人なんていません。大丈夫です、勘助さんはそのままで癒されて下さい。私が全てやらせていただくので」
「しずくちょっと待って、今昼過ぎだけど……」
「母は用事で帰って来ませんよ。ここまで言われて私も本気で勘助さんの全てが欲しいと思いました。いえ、私が貰います。例え貴方が他の人に目移りしても、絶対離すものですか」
「勘助さん、愛してます。骨の髄まで」
「想いが重い……まぁ、お手柔らかに頼む……」
結局その日は身体だけ疲れたが、心はとても癒された。
☆
「おはよう、勘助君、しずくちゃん」
「おはよう侑さん」
「おはようございます侑先輩」
「あれ? 勘助君としずくちゃんが一緒に来るの珍しいね」
「泊まったからな」
「あぁ……なるほど……えっと、仲良いねって言えば良いのかな?」
「恋人ですから。ですよね、勘助さん」
「フフッ、まぁそうだな。侑さん、次のしずくがやる曲だが俺にやらせてくれ」
「勿論良いけど……ってあれ? 勘助君なんか雰囲気変わった?」
「まぁ、昨日色々あったからな、しずく」
「ええ、そうですね勘助さん」
「なんか熟年夫婦みたいな距離感なんだけど……」
「まだ早いだろ」
「ええ、そうですね」
その翌日から勘助としずくがかなり大人びて見えるようになったのは同好会だけでは無かったらしい。