「ねぇ、栞子。今日の夜ツーリング行かない?」
とある金曜日の朝、三船家にて姉である三船薫子が妹の三船栞子に提案した。薫子が教育実習のため、三船家に滞在しているのもあり、栞子にこうした提案をするのは珍しくもない。
「今日は金曜日ですから課題なども多いので遠慮します」
「えぇ、また!? そろそろ良いじゃん付き合ってくれても……」
「姉さんみたいに暇人じゃないんです」
「別にアタシ暇人ってわけじゃないんだけど……」
そんな事を言われながら実の妹に断られるのも珍しくない。ふと、薫子は思いついたように携帯でメッセージを送る。
「どなたか誘う相手でも?」
「勘助ならついて来てくれるかなって」
「勘助さんですか? 最近多いですね」
三船姉妹の言う勘助というのは、スクールアイドル同好会マネージャーの山本勘助である。彼は生徒会活動だろうが課題だろうが疾風迅雷の如く完璧に終わらせてしまう人間なので、薫子の誘いも事務所の仕事が無ければ了承してくれるだろうと信じていた。
ここ数週間にわたって勘助と薫子がよく出かけているのも知っている栞子は改めて聞いてみる。
「勘助さんとはよく行かれるんですか?」
「まぁね。教育実習生の立場上、夜くらいしか会わないから安心して」
「そういう事ではないのですが……」
栞子は流石に教育実習生と言っても、同じ学校の生徒と出かけるのは不安であるが、この豪放磊落な性格の姉に何を言っても無駄だと思ったのだった。
☆
「そんなわけでツーリング行こうよ彼氏さん」
「あんたマジで捕まりますよ」
「いや、あんたも同罪だからね?」
薫子の衝撃の一言に勘助は頭を抱えた。そう、この二人実は付き合っている。
事の発端は勘助が80%程悪いのだが、薫子に告白したのだ。
「いや、それにしてもまさかアタシに告白するとは思わなかったよ」
「俺は断られる事前提で言ってみたんですけどね。さっき言ってたように了承した薫子さんも同罪ですからね」
「酷い彼氏だね。そういうのって俺が守ってやるよって言うもんじゃないの?」
「確かに告白したのは俺ですし、薫子さんのことは愛してますけど……いくら愛でも法には勝てんのですよ」
勘助は少し暗い顔になり、口調もかなり真面目な感じになる。それをみた薫子はふーんと、少し考えながらすぐに
「とりあえず乗ってよ。ツーリングくらいならバレないって」
そう提案した。閑話休題。
その後、バイクに乗って風に乗りながら何を食べるか話し合う。
「何食べたい?」
「何度も聞きますけどおすすめの店ってあります?」
「勘助、そういうのは男が調べてリードするものだよ」
「それはそうなんですけど、薫子さんの紹介してくれるお店ってすごく美味しいので」
「居酒屋とかラーメン屋なのに?」
「はい。お姉ちゃんがいたらこんな感じなんだなぁって」
「コラ、勘助違うでしょ」
勘助の言葉に少しばかり注意を促しながらハッキリと
「アタシはあんたの彼女でしょう。お姉ちゃんになるのは栞子の時だけで充分よ」
「確かにアタシ達は犯罪一歩手前を覚悟して付き合ってるけどさ、最悪アタシが教師にならなければ大丈夫でしょ?」
「俺は薫子先生の夢を応援したいんですけど」
「だったら生半可に告白なんてするんじゃない。勘助が真剣に考えてアタシに言ってくれたからアタシもそれを受け入れた。そう言うんなら早く卒業して大人になりな」
「そう……ですね。すみません」
流石の天才軍師と言われていても薫子の前ではただの年下の子供に過ぎない。薫子も薫子で自分も大学卒業して無いから子供みたいなものだと、言いながら勘助を店に連れて行くのだった。
☆
「美味しいですね、このラーメン」
「でしょ? 最近見つけたんだけどさ、結構イケるなって」
勘助が連れて来られたのはラーメン屋ではあったものの、麺とスープが絡み、食べやすい味付けでとても美味しかった。
少しばかり水を飲んで落ち着いた勘助は1つ薫子に聞く。
「薫子さんは俺のことまだ愛してませんよね」
「ハッキリ言うとそうだね」
「それを聞けてよかったです」
「普通はガッカリするんじゃ無いの?」
「薫子さんが好きなので告白したのは俺ですが、貴方から見たら自分の教育実習している生徒から告白されたくらいにしか思わないでしょう? 薫子さんと俺は栞子さん経由しか接点も無いですし」
「何で告白したのよ?」
薫子の言葉に勘助は苦笑いしながらハッキリと言った。
「隠し事無しで話すと一目惚れなんです。綺麗な人だなって。栞子さんの話とかしてやっと薫子さんの魅力がわかって、そこにもっと惚れました」
「俺からも聞きますけど、なんで受けたんです?」
「アタシモテたけど彼氏作った事ないから経験としてかな」
「えぇ……」
薫子は確かに顔立ちも良く、女性だが背も割と高いしスタイルも良い。モテるというのは本当なんだという事は勘助にもわかったが、だからこそ自分の告白でなくても良いのではと思った。
「アタシが自分で言っちゃうけど確かに人気だったよ。スクールアイドルもしてたから。でも、その時はスクールアイドルが大好きで、それと栞子しか見てなかったからさ、彼氏とか無いのよ。しかも紫苑女って名の通り女子校だし」
「あ、確かに……ってあれ? モテたけどって言いませんでした?」
「アタシの世代なんだけどさ、百合姫って本知ってる?」
「納得いきました。薫子さんはもしかしたらそっちの適性があったのかもしれないんですね」
「残念だけど、アタシは男性がいいかな」
「だからさ、男で真剣に告白して来たのは勘助が初めてだよ。大学も教職志望だから勉強ばかりで出会いもなくてね。先生になったらもっと出会いないんだろうなぁって考えた時に……」
「鴨がネギ背負って来たと。カモだけに」
「あんた自分で言ってて悲しくならないの?」
「恋は盲目ってやつです。薫子さんに利用されても良いように使われても許せます」
「勘助いつかアタシが別れるとか言ったら刺すとかしないよね?」
「栞子さんに泣きつくので大丈夫です」
「全然大丈夫じゃないでしょ、あんた自分の立場分かってんの?」
分かってますと、勘助は笑う。相手は教育実習生、仮にも教師と付き合っていると言っても過言では無いのだ。身内でも栞子にバレるわけには行かない。
「お互い、笑っちゃうくらい心はバラバラですね」
「でも、アタシと別れる気無いでしょ?」
「ええ。当然」
「虹ヶ咲の天才軍師が犯罪に手を染めるなんてね」
「グレーなんで。染める一歩手前ですから」
「胸を張らない。本当に困った生徒だよ」
それは先生もでしょうと、勘助は言って、そのまま少し残ったラーメンを全て啜り切ったのだった。
☆
寮の近くの人気の無い公園で勘助は下された。基本薫子と出かけた後は、基本ここで降ろしてもらう。寮の近くだと危ないし、その近くのコンビニも万が一の為無しにしたところ寮の近くとは言っても少々離れた所でで下ろしてもらうことを考えた。
これは全て勘助の策であるが、薫子曰く、天才軍師の使い方を間違っていると言われた。
「今日はありがとうございました」
「こっちも悪いね奢ってもらって」
あの後、会計時に薫子が払うと言ったのだが、毎回ツーリングという名のデートをしてもらっている勘助としてはやはり払われっぱなしは黙ってられなかった。
『いつも払ってくれますから偶には払わせて下さい。学生ですけど働いてますから』
『最近ガソリン代もバカにならないですしね。その代わりまたデートしてくれれば嬉しいです』
そんな勘助の言葉に、というか主にガソリン代という単語で思う節があった薫子は勘助にお礼を言いながら奢ってもらった。
「それじゃ、また今度ね、勘助」
「薫子さん……一つだけお願いがあるんですけど……」
「お願い?」
「その……一応付き合って一カ月くらい経ってるじゃないですか……だから、その……」
「なになに? もしかして……お姉さんとキスでもしたく……」
「手を繋いでも良いですか? 握手でも良いので……薫子さんにツーリングの時以外も触れたいので」
勘助のお願いに薫子はたじろいだ。正確に言うと勘助のウブさに驚いたのだ。男子高校生なら付き合って一カ月(勘助と薫子の場合は少し特殊だが)くらいならキスくらいはねだるかと思っていた。
かといって薫子にはまだ勘助にここまで心を許して無いので、少しふざけながらも口調は真剣にまだ早いよと、言うつもりだったのに。手に触れたいと来たら話は少し変わってくる。
少し考えている薫子に勘助は少し寂しそうに笑って言う。
「薫子さんが俺に好きだと言ってくれるまでキスはしませんよ」
「最初はツーリングに連れて行ってくれるだけで心が満たされたんですけどね、男……いや、人っていうのは欲の塊で、ツーリングの時に薫子さんの腰に手を当てて身体を預けていたら薫子さんの体温が温かくて……とてもドキドキしてたんです」
「いつかその手で、素手で俺の手を握って欲しいという欲が止まらなくて……って薫子さんどうしました?」
「勘助……アンタ乙女チック過ぎない?」
「俺は男ですよ?」
勘助の思いはまさしく少女漫画などの女の子の立場である。多くは女性が男性にいうセリフだと思うが、まさか女性の自分が年下であれど男性に言われるとは思わなかったし、ほんの少しでもドキッとした自分は愛まではいかなくても好意的には思っていると改めて自覚した。
少し勘助に笑いかけて、少しだけだよと、左手を勘助に向ける。勘助はどうして左手を出したのか考えたが薫子は優しく
「勘助、左利きでしょ?」
そう優しく言うと勘助は涙を流した。
「え、ちょ、ちょっと勘助!? なんで泣いてんの!?」
「薫子さん……やっぱり俺……薫子さんが好きです……犯罪だって分かってても……諦められないです」
失礼しますと、言いながら勘助は左手で薫子の左手を握る。直接薫子の体温が手のひらから伝わって来た。バイクに乗る時に手袋をしていたからか、素肌の方が温かくて優しく感じた。
「温かい……それに、とても綺麗な手……でも、大きさは俺とあまり変わらないんですね」
「勘助の手が小さいだけじゃない? ギター弾いているから指はアタシより長いし細いけど、ちゃんと男らしく手のひらは固いよ」
「多分、マメです」
「じゃあ、努力の証だ」
それを聞いてまだ勘助は泣いた。恋人である人に、そして久しぶりに年上に褒められた事が勘助にとっては嬉しかった。
ふいに、薫子は勘助の手を引いて自分の胸元に勘助の身体を寄せた。勘助は少し顔を赤くしたが、薫子が先に言葉を発した。
「勘助、アタシはまだアンタを愛してるなんて言えない。正直成り行きで恋人になっただけだしね」
「はい、分かってます」
「でも、もし勘助が卒業してアタシが勘助の教育実習生じゃなくなったら大人のキス、教えてあげる」
「か、薫子さん……」
「だから勘助はこの何度かのツーリングを通して三船薫子に愛してると言わせてみせな。アンタは努力の天才で何にでも一途なんでしょ?」
「うっす……」
「安心しなさい、他の男に言い寄られても今は勘助の恋人でいてあげるから」
「ずいぶんと上からですね」
「大人ぶるってこう言う事でしょ。まぁ、アタシもまだ子供だけどね」
そう言って薫子は勘助の胸を右手で押し除けた。少し後ろに下がった勘助は押された自身の胸を抑えて薫子を見る。
「それじゃ、また今度ね勘助……今日は少しだけアンタを好きになったよ」
「え? それってどう言う……」
勘助の話を聞く前に薫子はバイクに跨ってそのまま発進した。勘助はただ一人残されたまま先程の言葉を頭でリピートさせて密かにガッツポーズしたそうな。