「勘助、お願いがあるんだけど」
「果林さんが私に? 珍しいですね」
いつものように曲を作っていた勘助に相談を持ちかけたのは同じ事務所に通う朝香果林である。勘助が疑問に思いながら私に出来ることならと、了承した瞬間だった。
「私と二人部屋でホテルに泊まって欲しいのよ」
そんな果林のお願いは同好会のエマ以外の全てを凍らすには十分だった。
☆
「スキャンダル待った無しですけど……」
「勘助には女装して貰うから大丈夫よ」
「大丈夫じゃねぇよ」
果林の2回目の爆弾発言に流石の勘助も敬語を辞めた。同時にこのポンコツ姉貴をなんとかしなければと決意した。
因みに周りは果林に対してなんで発言をしているんだと、注意する者。顔を赤らめながら果林と勘助の関係性を勝手に恋人にしている者。めっちゃ台本書いてる酒飲みと、話だけ知っているスイスの人間の4グループに分けられた。
「ってかなんでそんな話が?」
「その、仕事の人から二人一組のホテルの宿泊券を頂いたのよ。同じ学校なら勘助と行ったらって……」
「その時点でなんかきな臭いんですけど……」
「だからこそよ。尾行の可能性も考慮して、他の人と行ったら詰められそうだから。本人連れて行って、その本人が女装するしかないじゃない」
「もっと他にあったでしょ? そもそも行かないとか、私を勝手に体調不良にして他の女の人連れて行くとか……」
「まぁ、それもあったんだけど……」
そう言って果林は微笑んでいるエマと勘助の方をチラチラ見る。しまいには知り合いは女性ばかりで、2人で何かあったら遅いからと、勘助にお願いした。勘助はそれを見て少しばかり溜息をつき
「仕方ない……行くか」
「え? 良いの?」
「果林さんはともかく、果林さんの知人に何かあったら困りますから」
「私はどうなっても良いの?」
「果林さんは璃奈さんに頼んで迷子GPS付けてますので助けに行けますから問題無いです」
「あら、そうなのね……って、え?」
果林の疑問をサラッと流しながら勘助は了承した。かすみ達にスキャンダル云々言われたが、勘助は女装すりゃ良いんだろと、話して納得させた。
それで出来たのは……
「お母様! 私です! 中川菜々です!」
「うん、知ってる。ってか俺だよ」
「果林ちゃんと同じくらいお姉さんって感じがする〜」
「彼方さん、お姉さんとは……」
「何よ、似合うじゃない。今度それでモデル出てちょうだい」
「嫌です」
「お母様ぁぁぁ!!」
「菜々うるせぇ」
「へぇ、この人って勘助君のお母さんなんだ。凄くカッコいい女性だね!」
「侑さん、その息子です。母さんじゃないよ」
白髪の長髪に、骨格を隠せる大きな上着とロングスカート。ヒール無しでも背丈があるのでボーイッシュ系に近い女の子が出来上がった。
「勘助先輩。スクールアイドルやりませんか?」
「部長が何言ってんだ。しねぇよ」
「彩香お母様、頭撫でてください」
「菜々もそろそろ泣き止め。私も感動はしてるから」
勘助の姿が彼の母親と同じ姿形をしていたのもあり菜々が感動のあまり号泣し続けたのは言うまでもない。
☆
「2名様ですね。えっと、朝香果林さんと……」
「山本勘助です」
ホテルの受付の人が、勘助の顔と名前を何度か見る。名前から男と思ったら女の子だったからか。いや、そもそも勘助は男である。もしそうだとしたら少しばかり悲しみがある。
「ごめんなさいね。この子少し声が低いのよ」
「あ、そうでしたか……それでは女性2名様ですね」
「ちょっと待てぃ」
男かと思ったら女の子でしたという方程式がここに完成しかけたので勘助は全力で学生証を出して止めた。受付の女性の脳がバグったのは言うまでもない。勘助は誤解を生む発言をした果林を恨めしそうな目で見たのだった。
「さすがスイートルーム。広いわね」
「ホテルの感想の前に謝ってくださいよ」
「どうしたのかしら勘助ちゃん」
「へぇ……そう言えば売店にパンダのぬいぐるみありましたね。あげますよ」
「なっ……ど、どうしてそれを!?」
勘助が果林に一本返した。果林も顔が赤くなった。勘助曰くエマから聞いたと言うと、果林のターゲットはエマに変わった。
「エマさんは完璧超人みたいな所ありますから果林さんがどれだけ言っても無駄かと」
「そ、それは……確かにそうね」
「所で、1ついいですか?」
「どうしたの?」
「こんな猿芝居いつまで続けるんです?」
勘助の猿芝居という単語に少しだけ眉を動かす果林。
「正直果林さんが私をホテルに連れて行く事は決してないと思ってます」
「なんでそんな事言うのよ」
「モデル……事務所所属の果林さんが1番分かってると思いますけど? 正直私が女装してまでスキャンダルを揉み消すくらいなら、来ない方がいいと思うんです」
「仕事の関係で貰ったから行かない訳には行かないって言ったじゃない」
「私である理由なんてないでしょう? 果林さんは引く手数多ってやつですから」
「ねぇ、勘助。本気で……そう思ってるの?」
「違うなら理由の一つでも言ったらどうです? 別に私は何を言っても怒りませんから」
「ふざけないで」
勘助がそう言葉を発した瞬間、果林はホテルに置いてあったテーブルを叩いた。勘助は少し驚きながらも、果林の方を見つめると、いつもの余裕そうな表情をしている果林とは全く違う、何かを悲しんでいる果林がいた。
「貴方がそう言うならもういいわ。私は出て行くから、勘助はここで一泊しなさい」
「ちょ、ちょっと待って下さい。それってどういう……」
「さよなら」
そう言って果林は荷物をまとめてホテルの部屋を後にしたのだった。
☆
いつからだったからか覚えていない。彼と会った日からか、彼と無駄口を叩いてふざけ合っている時なのか、あるいは一緒に仕事をしている時か、もしかしたらあのダイバーフェスで彼に奮い立たされてからかもしれない。
本音を言うと果林は結局勘助の事が好きであった。先輩後輩の垣根を越えた初めて生まれた恋愛感情に果林も少し慌てた。
自分には少女漫画のような恋の仕方は似合わない。セクシー系スクールアイドルとして、モデルとして、高校生よりも少し大人じみた態度で恋をしてみようと思った。
だが、果林には分からない。菜々のように幼馴染の立場で我儘に勘助を誘う事も出来ず、璃奈やしずくのように後輩の立場で甘えながら勘助を誘う事も出来ないのだ。
果林は勘助より年上である。多少揶揄われても年上の威厳を見せながら少しの余裕を持って勘助にアピールしたかった。
宿泊券に関しては偶々本当に貰った物なので嘘ではないが、誰でも良いわけではない。勘助とホテルに入りたかった。渡す時内心はかなりドキドキしてほんの少し汗が出てきたのはなんとかバレずに済んだ。
でも、勘助は気が付かず、挙げ句の果てには他の人を連れていけばスキャンダルが防げるなんて事を言い出した。事務所に所属している果林にとっては至極真っ当で納得のいく話であるし、こんな状態でなければ素直に聞いていただろう。
今回の様に勘助をホテルまで誘って入室をし、確実に時期尚早過ぎたとかいっそのこと此処で2人きりでたわいない話をしながら勘助の趣味趣向を知って、お姉さんらしく何か別のプレゼントでもしてあげようとか様々な思いを巡らせながら興奮していなかった場合に限るが。
そんなわけで勘助の真剣な思いやりに対して鈍感野郎だと不快感を示した果林はそのまま怒りに身を任せてホテルを後にしてしまった。
「私ったらダメね……よく考えたら、勘助が私を心配して言ってくれた言葉なのに……やっぱり大人ぶってホテルに誘うんじゃなかったわ」
それでも宿泊券を貰ってしまった事もありこれ以外の方法も考えられなかった果林。溜息を吐きながら道を歩いていると……
「果林さん? どうしたんですかこんな所で?」
「せ、せつ菜?」
「もしかして道に迷ってます? いや、でも勘助さんがいませんね……えっとホテルは……アレ?」
偶々道ですれ違ったのは勘助の幼馴染である中川菜々こと優木せつ菜である。せつ菜は少し考えながら果林が1人の状況を推測するが、逆に混乱してきた。
「ホテルにチェックインはしたけど勘助と喧嘩したのよ。まぁ、私が悪いんだけど」
「え!? け、喧嘩ですか?」
「なによ、悪い?」
「い、いえ! そんな事は……ただ、果林さんと勘助さんが喧嘩するのが信じられなくて。勘助さんが失礼な事言っても果林さんが怒る素振りなんて無いじゃないですか?」
せつ菜の言葉に果林も納得する。
確かに勘助は果林に頭が悪いだのエマに甘えきりだの先輩に対して好き放題失礼発言をしまくっているが、これは予想とかではなく事実である。
虚偽とか噂話を鵜呑みにして責めてくるなら果林も怒りはするが、正直勘助の言ってる事は九分九厘以上事実なのでぐうの音も出ないのが本音だ。
勘助も勘助で失礼発言の後にしっかりと勉強を教えてくれたり、寝起きが良くなる方法などを調べながら提案して来たりするので怒るに怒れない。果林の為に言ってるなんて人はあまり信用出来るものでは無いけれど、彼の場合は本気で調べてアドバイスしてくるので流石の果林でも信頼するしか無い。
たまに果林も勘助には早く寝ろなどとお互いの短所を事実だけで言って揶揄っているため本気で怒る事も無かったし、同好会のメンバーからはいつもの光景だと笑われる始末である。
「もし、もしもよ? 勘助が私を見てくれないって言ったら貴方はどうするの?」
「え? 勘助さんは果林さんしか見てないと思いますけど……」
「はい?」
果林としては少し強がってせつ菜に聞いたつもりである。せつ菜が勘助に告白した事は果林も周知の事実であるしそれを横取りしようと思っているのも事実。
だからこそ恐る恐るではあるが聞いてみた所、せつ菜から出た言葉は果林も予想していない言葉である。
「え? 気づいて無いんですか?」
「気づいて無いってどう言う事?」
「勘助さんが同好会で果林さんのいない時毎回迷子かなって心配してるんですよ」
「はぁ?」
「果林さんの事務所予定とか知らないけど、部活に来てくれないと心配になるって……最近果林さんが来たら結構様子聞いてるじゃないですか」
そう言えばそんな事もある気がして来た。最近ではあるが、事あるごとに迷子なのかとか、体調が悪く無いかとか聞いてきたのだが、全ていつものからかいだと考えて適当に返事をしていた気がする。
「勘助さん果林さんがお仕事の時、やっぱりあの人いないとルーティンにならないっていつも言ってますし」
「揶揄うのがルーティンって聞いた事ないけど」
「勘助さんもああ見えて揶揄ったり、イタズラするの好きでしたから、果林さんの前では素を出してる感じですよ」
「勘助がイタズラ? 以外ね」
「私のメガネ勝手に欠けてたり、私の筆記用具から勝手に消しゴム取り出して使ったり、私が居眠りしてたら髪型をツインテールに弄られてたりしてました」
「それせつ菜限定なんじゃないの?」
「確かに手を出して来たイタズラは私だけですけど、ああやって口で揶揄ってくる事は無かったですよ。恐らく果林さんには身体とかを手で触れづらいから口で揶揄ってるのでは? おもちゃみたいに」
先輩をおもちゃ扱いするのもどうなのかと果林は溜息を吐いたが、心が高揚していたことに間違いは無い。
そんな果林に対してせつ菜は聞いた。
「果林さんは勘助さんが好きですか?」
「ええ、好きよ。でも、せつ菜みたいに幼馴染らしく我儘も言えないし、しずくちゃん達みたいに後輩らしく甘えるなんて出来ない」
「そんな事は無いと思うのですけど……」
「これは私の意地よ。年上らしく勘助に頼られながら時には対等に付き合いたいの」
「勘助さんが果林さんを頼るとか余程ですけど」
「せつ菜貴方もそっち側なの?」
急に弄られた果林は少し慌てながらせつ菜に突っ込んだ。せつ菜は少し笑いながら
「まぁ、勘助さんと付き合うなら方向音痴をほんの少しでも改善してくれると助かります。璃奈さんが果林さんにあげたキーホルダーにGPSつけなくてもいいですから」
「え? あれ本当だったの!?」
「果林さんどこ行った!?」
せつ菜の言葉に驚いた果林だが、それよりも果林自身を呼ぶ声が聞こえた事にも驚いた。
「勘助!? どうして……」
「今日のところはドロンしますね。果林さん。勘助さんの気持ちも少しは汲み取って下さい。お二人がちゃんとぶつかり合える関係だと、信じてますから」
「ちょ、せつ菜!?」
「見つけた! 果林さん! どこ行ってたんですか……ってあっ!?」
「勘助!?」
逃げたせつ菜を追いかけようとしたが、勘助に見つかった。勘助が走って果林の元に向かおうとすると、女装のせいで初めて履いたレディース用の靴で躓いてしまう。
果林は勘助を呼びかけながらも走って勘助を受け止める。
「あ、危なかった……ありがとうございます果林さん」
「全く、危なっかしいわね」
「行方不明の果林さんが言います?」
「怒ってる人に向かってその口ぶりは無いんじゃないの?」
「い、いふぁいです」
勘助の言葉に少しムカついた果林は勘助を立たせた後頬を両手でつねって伸ばす。頬を弄られた勘助は言葉もうまく発せないが、とりあえず果林が怒っていた事を改めて理解した。
「そ、それで……なんで逃げたんです?」
「え?」
「いや、逃げた理由ですよ。正直私が言ってた事に果林さんがキレる要素なかったと思うんですけど……まぁ、果林さんも分かりきったスキャンダルがどうとか少しうるさく言ったかなくらいで」
勘助の話を聞いて、本気で勘助は悪気もなく言っていた事が分かった。果林は少し考えて、落ち着いてゆっくりと話す事にする。
「勘助、よく聞きなさい」
「はい。何ですか?」
「ホテルの宿泊券は本当に貰ったものよ。それを踏まえて話をするわ」
「私はね、貴方が好きなの」
「は、はい?」
「好きな人と2人きりになりたいって言うのは普通の感情でしょう? ホテルなのは流石にやりすぎだとは思うけど、これくらいして腹を割って話さないと勘助も答えてくれないと思ったのよ」
「それじゃあ、他の人って言った時に渋ってたのは……」
「スキャンダルとかどうでもいいの。そりゃ確かに他の男となら私も嫌だけど、勘助とスキャンダルになるならそれで良いのよ。私は勘助と2人で泊まりたかったんだから」
「でも、勘助はきっとうるさいから、女装って事で手を打たせた。最初からまどろっこしい事なしで私が誘えたら良いんだけどね」
「今回ホテルに誘ったのは勘助からお弁当を貰ったりしたお礼に、エマと相談して勘助を寛がせようとしたかっただけなのよ。貴方の話を聞く限り、金欠で安いホテルの一つでリラックスも出来ない人間みたいだからね」
「うっ……それは、事実です。それなら正直にい言って欲しかったです。私本気で心配してたので、だけどすみませんでした」
勘助の目を見ながら一言一言に魂をこ込めて発言をする果林。それを聞いた勘助は少しばかり顔が赤くなっていたが、果林の言った言葉の後しっかりと謝った。
「それじゃあ、ホテル戻りましょう。この件はどちらも悪かったことにして、別の件で話し合うから」
「え?」
「貴方が告白に返事してくれない限り、そこに泊まり続けるからね」
「はい!?」
「勘助の財力が尽きるのが先か、折れて告白の返事をするのが先か。因みに断っても逃がさないから」
「それ俺詰んでんじゃねぇかよ!?」
「さ、行きましょう勘助」
「ちょっと待って……果林さんしかもそっち真逆ですって!」
そう言って果林は勘助をホテルまで引っ張るつもりだったが、道に迷ったので勘助が渋々ホテルまで戻る事になったのだった。