「それでね、スイスはドイツ語とは少し違うの」
「スイスドイツ語なんて稀に聞きますけど、本当に違うんですね。日本の方言みたいな感じですかね?」
「うーん、スペルとかも違うから別の国の言葉って言う方が合ってるかも」
同好会の日に勘助が顔を出すと、そこにはエマしかいなかった。勘助の提案で、エマからスイスの事を聞いて話をしている。2人がこうして話す事はあまり無かったので新鮮だと思った勘助。エマも勘助と深く話すのは久しぶりだと笑い、こうして会話をしていた。
「勘助君は何か知っている言葉ある?」
「ええっと……まぁ、Buono(美味しい)とかIch zahle bar(支払いは現金で)とかですかね?」
「ボーノはともかくその単語は珍しいね……」
勘助の言った単語に何故それを覚えているかエマは聞いたが、勘助はテレビか何かで聞いたと答えた。支払いと挨拶くらいは覚えておいて損はないと思ったらしい。
「エマさんって何人家族でしたっけ?」
「ええっと……10人以上?」
「凄まじいですね、下の子が多いならお世話も大変では?」
「ううん、そんな事ないよ。むしろお世話したいって思っちゃうんだ」
「凄いですね。私は……まぁ、子供が仮にいたら2人が限界ですかね」
「勘助君の子供かぁ……何だか可愛いかも」
「そうですか?」
「男の子と女の子ならどっちが良いの?」
「私が男として産まれたので女の子ですかね。別に、ギターやれとか言わないですけど、歌かダンスのどっちかは上手くなって欲しいとは思います。頭は……まぁ、ちゃんと自分で生活しても困らない程度賢ければ文句は無いです」
「でも、勘助君の子供ならギターも歌も上手だと思うな。頭も良いかも」
「まぁ、そもそもそんな相手も居ないのでアレですけど」
「あれ? せつ菜ちゃん達は?」
勘助がしずく、せつ菜、璃奈に告白されていたのを知っているエマは話を聞く。勘助は一言断ったと言った。
「どうかしたの?」
「いえ、別に嫌いじゃないんです。ただ、私としてはみんなで仲良くしたいだけなんですよ。愛とか恋とかあんま分からないんで、同好会のメンバー全員と親友でいたいなって……ダメですかね?」
勘助は不安そうにエマに聞いてみるが、エマから出た言葉は分からないの一言だった。
「分からないとは?」
「うん。確かにわたしも恋とかした事ないから分からない。でも、みんなと仲良くいたいって言う勘助君の気持ちと、どうしても恋人になりたいって言う3人の気持ちもどっちも大切だから」
「勘助君の言う事に3人が納得したならそれで良いんじゃないかな?」
「そうであって欲しいです」
「もしも勘助君達が仲悪くなったらわたしが、ううん、果林ちゃん達同好会のみんなで仲良くしてもらう為に助けてあげる」
「ありがとうございます」
やっぱりお姉ちゃんなんですねと、勘助はエマに言いながら改めて彼女の凄さを褒めた。エマは温厚でみんなのお世話係の様な雰囲気を持っており、相談もしやすく、人気者だ。
「そうだ、勘助君。膝枕してあげようか?」
「え?」
「ほら、同好会のみんなや弟達にもやってるから。勘助君何だか眠そうだし……」
遠慮しますと言いたかったが、そんな雰囲気では無かった。すでにエマは準備しており、早く横になれと言わんばかりに自分の手で正座で作った膝を叩く。
「わ、私で良いなら……」
「勘助君ならいいよぉ」
そして、勘助はエマの膝に頭を預けた。普通に気持ちは良かったが恥ずかしさであまり脳の処理が追いついてない。それでも、勘助は少し照れながらもそのまま目を閉じると、いつの間にか意識が消えていた。
エマはエマで勘助が寝息を立てたのを確認すると、そっと頭を撫で始めた。弟達にもしている事もあり、嫌でもなければ苦でもない。
「お疲れ様です! って、何で勘助さんがエマさんの膝で寝ているんですか?」
そんな2人に同好会の教室に入るなり牙と嫉妬を向けるせつ菜。エマは指を鼻に当てて静かにと合図を送り、知らぬ勘助は昼からぐうぐうと寝息を立てて眠っている。
「わたしが言ったの。たまには勘助君を寝かせるのもいいなって」
「確かにエマさんの膝に沈んでいったメンバーは数知れずどころか全員ですけど……」
少しばかり不満になりながらも勘助の寝顔を見て少しばかり気を許そうと思ったせつ菜。それくらい勘助は気持ち良さそうに寝ていた。
「そういえば、エマさんと勘助さんって何話してるんですか?」
「スイス語かなぁ」
「え? 勘助さん話せるんですか?」
「ううん。でも、少しばかり勉強してるらしいよ。なんでも、中国語と英語は少し話せる様になったからスイスの言葉も学びたいんだって」
「普通に凄すぎません?」
「凄いよねぇ」
エマは勘助の頭を撫でながらせつ菜と2人で勘助を尊敬した。鐘嵐珠やミア・テイラーから学んだ中国語と英語。2人曰く、勘助はかなり話せるらしい。
「スイス語も話してくれたらわたしも嬉しいな」
「勘助さんなら出来ますよ。軍師ですから」
「そういえばせつ菜ちゃん」
「何ですか?」
「軍師って神様だっけ?」
「それは軍神ですね」
エマは日本語ペラペラの留学生ではあるが、少しばかり危ういところもある。
☆
「そういえばエマさんってスイスで何食べてたんですか?」
「子猫だよぉ」
「は?」
勘助は恐怖した。ギターの練習をしている間、休憩中のエマと軽く会話でもしようかと考えたのが運の尽き。とんでもない事を聞いた勘助は黙ってしまう。だが、最後はエマに冗談だと言われてしまっては苦笑いするしか無かった。
「じょ、冗談ならよかったです」
「うちの地域では食べないかなぁ」
「うちの地域では」
聞きたくない事を聞いてしまった勘助である。よその地域では食べるのだろうか。
「そういえば、勘助君はずっとそのギター弾いているけど、違う楽器を弾きたいなぁとかは思わないのかな?」
「弦楽器ならあらかた弾けますよ。ただ、ギターじゃないとダメなだけです」
「凄く大切にしてるんだね」
「ええ、エマさんみたいな事は言えませんけど、コイツは家族みたいなもんです」
そう言って勘助は目の前に置いていたエレキギターとアコースティックギターを軽く触る。
「わたしも少しだけ楽器をやったことがあるんだぁ」
「何の楽器を弾いてたんです?」
「アルプホルンだよ」
アルプホルン。最大で4m程ある管楽器のホルンである。直線に長く音が出るところは楕円形の様な形。もみの木で作っているものもある楽器だ。
エマからこんな感じだと、写真を一枚見せてもらった勘助、普通にデカいと、そう言った。
「デカいというか……長すぎません?」
「4mくらいかなぁ」
「吹きづらそうですね」
「わたしが吹いたのは小さいものだから1mくらいかも」
「吹く楽器はあまりやった事がないです」
「トランペットとか吹かないの?」
「オカリナってやつくらいなら吹けますけど、それ以外はあまり……」
「ねぇ、勘助君」
「何ですか?」
「もしもわたしがスイスに里帰りしたら、一緒に来ない?」
「スイスにですか?」
「うん。家族にもわたしがスクールアイドルをしているところ見せたいし、勘助君にスイスを楽しんでもらいたいなぁって」
「言葉知りませんけど」
「わたしがいるから大丈夫。それに、勘助君もそれまでには話せるでしょ?」
エマの言葉に多少ならと、頷く勘助。
「スイスの楽器も一緒に吹こう! そしたらみんなでお昼寝して、勘助君にスイスのご飯を食べさせてあげるね」
「ご、ご飯ですか……」
「子猫じゃないよ!?」
先程の会話からもうそれしか考えられない勘助だが、チーズフォンデュやラクレットなどのチーズ料理をエマがあげると、唾を飲むくらい食べたくなってきた。
「スイスってパンなんですね」
「うん! わたしの大好物なんだ、勘助君にも食べて欲しいな!」
「まぁ、俺で良ければスイスくらい乗り込みますよ」
そんな勘助とエマの会話を聞いていた同好会のみんなは2人の空間がかなりほのぼのとした雰囲気であったのでその影響もあり平和に会話をしていたそうな。