「ここなら、誰も使ってませんから安心して下さい」
「うん……ありがとう……菜々ちゃん」
放課後、歩夢は同好会メンバーの1人である中川菜々(優木せつ菜)と会っていた。いや、正確には歩夢は菜々に気が付いてなかったのだ。
事を詳しく説明すると、歩夢はあの後少し離れた廊下でうずくまって泣いていたのだ。それを偶々見かけた菜々に心配された。そして少しばかり涙を落ち着かせた後、放課後に空き教室に呼ばれてここにいるという事である。
「それで、侑さんと何かあったんですか?」
「侑ちゃんじゃ……ないの」
「侑さんじゃないなら、勘助さんですか?」
「な、なんで?」
「歩夢さんが最近勘助さんと話しているのは皆さん知ってますから。といっても、二択のような感じで聞いただけなんですけどね」
菜々はそう言ったが、歩夢の反応を見て、勘助と何かあった事を確信した。だが、菜々の疑問は晴れない。
山本勘助は幼馴染の菜々から見ても歩夢を泣かせる人間だとは思わない。歩夢が泣いてるところを見て、放っておく人間でもない。そうなると喧嘩以外になってしまう。あるいは歩夢が何か誤解を……とも考えたが、ちょうど本人がそこにいるのだ。話してもらおうと菜々は考えて言葉を選んだ。
「勘助さんと何かありましたか?」
「違うの……私が勝手に……でも、分からないの……」
「歩夢さんが勝手に? 分からない?」
「最近ね……勘助君と侑ちゃんについて話すんだ」
主に侑が他の女の子と話してるから嫉妬していると付け足すと、菜々は少し気まずそうに笑った。そんな話をしていたのかという笑いと、自分も侑とはよく仲良く話す関係であるからその気まずさである。
「最初はただ相談に乗ってもらうだけだったの……でもね、勘助君と話してたら落ち着くの」
「私は侑ちゃんが唯一無二だと思ってた。でも、勘助君と話すのが楽しくて……勘助君と一緒にいるのが、侑ちゃんと同じくらい……幸せに感じちゃうの……」
「歩夢さんは、もしかして」
「ごめんね……分からないって多分……私が誤魔化してるだけ……なんだよね?」
歩夢の話に菜々は全てを察した。歩夢は勘助の事が好きなのだ。ただ、幼馴染の侑を大切にしていたのに、一番だと思ってたのに、自分にもう1人同じくらい大切な人が出来てしまって、戸惑っているのだと。
歩夢は勘助の事が好きなのは気づいている。それでもみんなにも、自分にも、高咲侑が一番だと言い続けてそれを信じてやまなかった歩夢。勘助の事を好きになり、心が揺れ動くのが怖かったのだと。
歩夢はその感情が一つになり、自分の想いを理解出来ていなかった。菜々は少し考えて、ゆっくりと口にする。
「歩夢さんの気持ちは分かりました。それなら、1つ侑さんにお伝えするのをオススメしますよ」
「侑ちゃん……に?」
「歩夢さんは侑さんの事好きなんですよね。なら素直に相談してみては?」
「侑さんの事は大好き。それを踏まえて勘助さんの事も大好き。これはどうすれば良いのかって」
「で、でもそんなこと言ったら侑ちゃんは……」
「離れますか? なんだかんだ言っても侑さんだって歩夢さんの事が大切なんです。この話をしてじゃあ嫌いですなんて言う人間だと思いますか?」
菜々の言葉に歩夢はゆっくりと首を振った。菜々は歩夢の元に近づいてゆっくりと手を握って言った。
「歩夢さん、恋って素晴らしい事なんですよ」
「素晴らしい……の?」
「はい、歩夢さんの話を聞いて少し心苦しいですが、私も勘助さんに告白した身です。勘助さんの事を考えるととっても楽しいんですよ。いつ会えるかなとかどんな話をしようかなとか、勘助さんの仕草や表情、声を聞くたびに脳みそが破壊されちゃうんです」
「ね、ねぇ……菜々ちゃんも、もしかしてこっち側?」
「さぁ? 何のことでしょうね。少なくとも私は勘助が誰と結ばれようが後からベッドが何かに押し倒して、私だけの勘助さんでいて欲しいって泣きながら言えばワンちゃんとか考えてますけど」
「うん、菜々ちゃんもこっち側だったんだね」
「だから、歩夢さんも始まっちゃいましたけど正直諦めてくれると助かります。ただでさえ2人もライバルがいるので、歩夢さんに取られるわけにはいきませんから」
「あれ? さっきと違うこと言ってないかな?」
少し邪悪な笑みを浮かべる菜々に自分の影が見えた歩夢は少し離れた。そして深く考える。
「うん……始まったのなら貫くのみって言ったのは私と菜々ちゃんだし。侑ちゃんと話そうかな」
「それじゃあ私は勘助さんに女の子からベッドに押し倒されるのはありかなしか聞いてみますね」
「それ本気だったの……?」
菜々の言葉に自分が一度幼馴染にやった事だとは言えなかったので黙ってしまった歩夢だった。
☆
「そんなわけで私は歩夢さんに何をしでかしたのか知りたいんだ」
「おそらく貴方は歩夢さんの心を奪ったのでしょうね」
勘助サイドに移れば勘助は放課後、生徒会長の三船栞子と共に時間内に終わりきらなかった少しの仕事を2人で片付けていた。栞子が1人でやろうとしたのだが、勘助が相談事があるから手伝わせて欲しいと交換条件をつけたのだ。
栞子は天変地異の前触れかと思った。相談相手はあの山本勘助である。成績優秀、運動能力抜群、同好会のメンバーが持つ悩みや不安を解決するマネージャー兼相談役。
また、それだけには飽き足らず、生徒会として仕事は早いし、同好会メンバー兼モデルの朝香果林と共に、職種は違うが同じ事務所で音楽活動を行なっており、実力は音楽関係トップクラスの家系であるテイラー家の娘であるミア・テイラーと肩を並べるほどの実力者。
そんな天が複数もの力を与えた強者が名家三船家の娘とは言え、数々の栞子の相談事を彼は一言で解決に至らしめた。そんな彼がだ、相談事とは珍しいったら珍しい。
しかも内容は勘助と同級生で最近仲が睦まじく、栞子も信頼しており、頼りにし続けている先輩の上原歩夢に対しての話であった。勘助の話を聞いて、ある程度質問していた限りではコレは恋愛相談なのではと思う。
「心を奪ったって……それは言葉通りの意味か?」
「ええ、それ以外考えられませんけど」
「栞子さんでも冗談を言うんだな、あの侑さんLOVEの歩夢さんが? 俺に惚れた? 訳わからなくて草生えるとはまさにこの事じゃないか」
「一人称変わってますよ。そこまで興奮しなくても……」
勘助のテンションが上がると勘助は一人称が『私』から『俺』に変わる。そこまでテンションが上がったのかと言われるとそうではなく、ただ恥ずかしかったのだ。パニックになった。
「ですが、歩夢さんは勘助さんと昨日までは話していて、今日は顔を赤くして逃げたんですよね? おおかた昨日の勘助さんが歩夢さんと関わっていない間に何かあった事は予想できますよ」
「それでも、歩夢さんがおれ……私に惚れるとは思えないのだが」
「勘助さんと話すの楽しいという話でも侑さんにしたのでないですか? そしたら侑さんが何か返して、それがトリガーとなったとか?」
「栞子さんは歩夢さんがどれだけ侑さんLOVEなのか知らないから言えるんだ。あの人の侑さんLOVEをしっかり見たら男どころか他の女の子よりも侑さん一番って分かるだろう」
頑なに否定をする勘助だが、歩夢の事は栞子よりも詳しいのもあって栞子があまり返す言葉も無かった。
なので、少し違う観点で話をしてみる。それは、もしも歩夢が勘助に惚れていたらどうするかという事。
勘助は最初は逆立ちでもしてなどとアニメのようなボケ回答に回ろうと思ったが、栞子に対して真剣に相談に乗ってくれと言ったのは勘助自身だったので、しっかりと考えることにした。
「そうだな、もし歩夢さんが告白してくるなら……多分私は受けると思う」
「意外ですね、保留にするのかと思いましたが……」
「最近さ、歩夢さんと話すの楽しいから好きなんだよな。あの人聞き上手ってのもあるだろ? いつもは私が聞く役だから聞いてばっかだけど、歩夢さんは雰囲気的に話しやすいんだ。それに……」
「それに、何ですか?」
「なんか、少し辛いんだよな。完全に脈ないって分かってんのに、歩夢さんが屈託ない笑顔で侑さんのこと話してるの。侑さんが男だったら、私が歩夢さんを避けてしまってるかもしれない」
「完全に勘助さんが歩夢さんにベタ惚れしてません?」
「あぁ……そうか。歩夢さんの事好きなのか……そうだな、うん。それしかないわ」
「どうするんですかこれ、歩夢さんが侑さんLOVEって言うのを卒業しない限り勘助さんが一方通行じゃないですか」
「まぁあれだな、うん。恥ずかしいな」
勘助は机に真っ赤になった顔を伏せた。仕事は終わったので何もない机に顔面を乗っけている。
栞子は一息つくと、顔に痕が付くからやめろと注意する。勘助が少し顔を上げたが、本当に顔の全てが真っ赤であった。
結局その後は、歩夢が勘助をどう思っているかわからないので待ちの一手しか提案を出来なかったらしい。