まさかこんな場所でアクアと会うとは思わなかった。
驚きも強いけど、やっぱり会えて嬉しいって気持ちが一番大きい。
あと、なんと言っても、うちの子がイケメンすぎる。
流石私の息子だね。
―――じゃなくて、ちょっとマズいかもしれない。
アクアの問いかけに、どう答えればいいのかわからない。
今の私の姿は、ルビーやミヤコさんの時と違って帽子とマスクとサングラスしか掛けていない。
他の人から見たら怪しい女で終わりだけど、アクアから見たら変装したアイだとバレる可能性がある。っていうかその可能性しかない。
顔は完全に見えないけど、髪とか体格などの判断材料は揃っている。それだけで「お前もしかしてアイか?」ってなったら
―――でも、原作を知っている私からしたらあり得るから逆に怖い。
いや、でも私はアイなんだから良いじゃないのかな?
アクアに会えて嬉しい。抱き締めたい。大きくなったねって言いたいもん。
―――ちょっと待って。冷静になった方が良い。
いや、でもよく考えれば冷静になる必要なんてないのかも。
私の中身は偽物だけど、アクアたちを想う気持ちは嘘じゃない。そうじゃなければ、私はアイになっていない。
だからここで私がアイだって言っても、何にも困らない。
むしろ、ううん……絶対に喜んでくれる。アクアの喜ぶ顔を見たい。
アクアとルビーの喜ぶ顔が見たいんだ。だから、そう……こんな中途半端な状態じゃ言える訳がない。
―――だから今は、アクアに嘘を伝えるしかない。
私は一度目を閉じて、開いた。
幸い、アクアはまだ私がアイとは気づいていない。
疑ってはいるかもしれないけど、まだ証拠不十分だと思う。声だって聞かれてないし、誤魔化せると思う……。
「盗み聞きする気はなかったんですが、聞こえてしまって……奇跡さん、ですよね?」
アクアが声を少し抑えて聞いてくる。周りに聞こえないようにする彼の配慮に、出来る子だなーと思う反面……これで答えやすくなったよな?っていう無言の圧力を感じた。
このまま「奇跡ちゃん?ダレッスカソレー」って知らんぷりして帰る訳にはいかないよね。
あくまでアクアは私を奇跡ちゃんだと思って声をかけて来てくれてる訳だから、私も奇跡ちゃんとして接すればいける……かな?
「ソダヨー」
とりあえず声を高めにして答える。
一応、名刺も渡して本人アピールは忘れない……流石は元お医者様だね。受け取り方がとっても丁寧。
さて、アクアはどんな反応をするのかな?
奇跡ちゃんの声は聞いたことがない筈、そんな彼女の声を聞いた君はどう私に接するのかな。
「いきなり声かけてすみません。僕、奇跡さんと同じ事務所の星野
アクアが、キラキラした笑顔を向けてくる。声の事はスルーで、一旦挨拶って感じかな。
なるほどね。その爽やかキャラは崩さない姿勢ですか。
まぁ、初対面同士なら印象ってめっちゃ大事だからこの対応は普通かな……でも、ちょっとでもスキを見せたら「はい、お前怪しいからDNA検査~」とかしてきそうだから、その辺は注意しないといけないね。
「ワタシもアクア、マリンくんに会エテ嬉シイヨー」
「アクアで良いですよ……僕の名前、変わってるでしょ?」
(変わってないよって言いたいけど、それ言ったら疑惑が深まりそう……だけど、一応私は大人だから人の名前を変わってるって言うのは抵抗があるけども……うぐぐ)
―――よし、決めた。
「ソンナコトナイヨ。キレイなナマエ」
「……そう言って貰えると嬉しいです」
アクアがニコリと笑う。これは彼の本心だってわかるけど、その裏に何かを隠している表情だね。
私の頭じゃ彼の考えを推理するのは難しいけど、頑張るしかない。
「僕、奇跡ちゃんのファンなんですよ」
「アリガトー」
「貴女の動画はよく見るんですけど、ホント、パフォーマンスとか完璧で凄いなって」
「アリガトー」
「……先日、B小町の衣装を二着借りてましたよね。あれはコラボで使ったんですか?」
「ソレハ秘密」
「ですよね。すみません、変なこと聞いちゃって」
申し訳なさそうにするアクア。顔がイケメンだからどんな表情も絵になるね。その表情の裏で色々えげつない事を考えてるって思うと複雑な気分だけど。
「「……」」
お互いに無言になる。気まずい空気が流れているのが、ひしひしと感じ取れた。
(ごめんねアクア、今バレる訳にはいかないんだ)
私は話を切り上げるタイミングを見計らいながら、アクアに視線を向ける。
―――やっぱ、うちの子きゃわわ~!!
☆
(これ、思った以上に気まずいな)
アクアは、内心でそう思いながらも目の前の女性から目を離さない。
帽子、マスク、サングラスという最高に怪しい恰好をした彼女は、アクアと同じ苺プロ所属のユーチューバー奇跡の子だ。同じとは言ったが、彼女はぴえヨンと並ぶ登録者数百万人超えの超有名人。同じ事務所だからと言って気軽に話しかけていい存在ではない。
ましてや、今の彼女は完璧にオフモードだ。見かけても声を掛けないのが、ファンとしても同業者としても正解の筈だった。
しかし、アクアは声を掛けてしまった。
たまたま通りかかったら「奇跡ちゃん」という声に反応してしまい、半分無意識に聞いてしまった。
これでもし違ったらただのナンパ野郎か不審者だと思われてしまったが、幸いにも彼女は本物だった。
オフの奇跡ちゃんに話しかけてしまって申し訳なくなるアクアだが、嬉しさもあった。
最近、双子のルビーが奇跡ちゃんと会って話して、更には連絡先まで交換したと、事あるごとに自慢していた。
やっと、その鬱陶しさから解放されるのだ。
勿論、純粋に奇跡ちゃんと話せて嬉しいという気持ちもある。
―――ただ、嬉しさ反面戸惑いも大きかった。
(髪型と髪色が似ているだけじゃない……身長と体格も同じに見える)
目の前の奇跡ちゃんと、星野アイが重なる。動画で見た彼女の完璧なパフォーマンスも、人を惹きつける魅力もアイと殆ど変わらないように見えた。
奇跡ちゃんはアイの生まれ変わりではないのか。
アクアの中で、考えていた疑惑が大きくなる。そうだと決めつけてしまえば、彼女がアイだと錯覚してしまいそうだった。
しかし、そんなうまい話はない。
奇跡ちゃんは今年で二十歳だ。アイが死んでまだ十数年しか経っていないので、生まれ変わりはありえない。
そもそも、アイの生まれ変わりなら正体を隠す必要がない。
―――そこまで考えて、アクアは一旦自分の考えに蓋をした。
今は、オフなのに応えてくれた奇跡ちゃんとの会話に集中するべきだった。自身の願望にも似た妄想に付き合ってもらう必要はない。
ただ悲しいことに、アクアの前世は三十手前の男性である。今どきの二十代の女性の好みなんてわからない。
じゃあ奇跡ちゃんの私生活について聞いても良いが、初対面の―――しかも、オフ状態の彼女に聞くのは抵抗があった。
そうなってくるとアクアの会話デッキは限られてくる。
「―――よく、B小町さんの曲を踊ってますが好きなんですか?」
「スキダヨー」
「一番好きな子とかいるんですか?」
「ミンナスキカナー」
「アイの衣装で踊ってるのは……」
「ナントナク」
奇跡ちゃんの返答に、アクアは心の中で大きなため息をつく。とりあえず彼女に言葉のキャッチボールをする気がないのはわかった。本当のことを言っているのだろうが、煙に巻かれている気分だ。
(それにしても、本当に似ているな……)
当たり障りのないことを言ってのらりくらりと躱す奇跡ちゃんの返答が、たまらなくアイと重なってしまうことに、アクアの心は乱される。
しかし、冷静な部分がアクアを指摘する。
奇跡ちゃんは色々なことを秘密にしているのだから、それは当たり前だと。またそれがアイと同じだと気づき、「いよいよ重症だな」とアクアは心の中で自虐的に笑った。
何度も言うが、アイの生まれ変わりはありえない。
彼女が死んだ日、奇跡ちゃんは既にもう生まれているのだから―――自分に言い聞かせたアクアは、奇跡ちゃんの顔を見つめる。
そのサングラスとマスクの下には、何を隠しているのだろうか。
アクアは、奇跡ちゃんの事をもっと知りたいと感じていた。
何もかも秘密にしている奇跡ちゃんに対する探究心なのか、目を離せない彼女の魅力に惹かれてなのか、あるいはもっと違う何か―――第六感がそうしろと言っているのかはわからない。
正直、アクア自身もこの感情は「ない」と思っている。
奇跡ちゃんが隠している秘密を知りたい。ルビー辺りに言えば「きっしょ」と言われる未来が想像できた。
しかし、たまらなく気になってしまうのだ。だからアクアは、この感情が湧き出る理由を知りたい。それはきっと奇跡ちゃんの事を知ればわかるはずだ。
ただ、このままずっと同じアプローチでは、彼女はのらりくらりと躱すだけだろう。
もう少し大胆に踏み込むべきだと、アクアは心の中で思う。
しかし、そんなムキになってどうするんだと冷静な部分もある。
そもそも初対面だということを忘れてはいけない。
少し考えたアクアは、スマホをポケットから出した。
「……良ければ連絡先とか交換しませんか?」
「イイヨー」
自分から提案したことではあるが、案外あっさり交換してくれる奇跡ちゃんにアクアは驚きを隠せない。
ただ、驚きとは裏腹に、彼女なら快く許可してくれると予想はしていた。あれだけ秘密にしていた声を聞かせてくれたのが、その判断材料になった。
スマホを出した奇跡ちゃんが、画面に表示されたQRコードを読み込む。
お互いのスマホに、友達が追加されたというメッセージが表示された。
「ありがとうございます」
「嬉しいなー」
奇跡ちゃんの美しい黒髪が、元気に跳ねる。その場でくるりと一回転した彼女は、月が出ていない暗闇の夜でも美しい輝きを放っていた。
一瞬―――アクアは見惚れてしまう。
無意識の内に、奇跡ちゃんに手を伸ばしていた。その手をするりと抜けた彼女は、軽やかなステップで離れると、嬉しそうに言った。
「今日ハモウ遅イカラ、マタ今度話ソウ」
「……あ、あぁ」
バイバイと手を振って去る奇跡ちゃんを、アクアは呆然と見送る。納めどころがなくなった手を誤魔化すようにポケットに入れると、彼女とは反対方向へと歩き出した。
他人の空似にしては、アイに似ている奇跡ちゃん。アクアたちと同じ生まれ変わりは年齢的にありえない。それでも、気になってしまっている自分がいるのは確かだ。
(……急ぐ必要はないか)
幸い、この会話で最後という訳ではない。
社交辞令でなければ、近いうちに話す機会があるだろう。それからでも、奇跡ちゃんを知るのは遅くはない。
次に彼女と会う日を楽しみにしている自分がいることに驚いたが、存外悪い気分ではなかった。
立ち止まり、アクアは後ろを振り返る。その行動は何となくだったが、振り向いて良かったと思った。
もう遠くへ行ってしまった奇跡ちゃんの人影が、こちらに手を振っているのがわかる。
見送ってくれているのだろう。その距離から見送る必要があるのかと若干思わなくもないが、嬉しかった。
「ふっ」と笑みを溢したアクアは、奇跡ちゃんに手を上げて答えると彼女を背にして歩き出す。
―――これ以上の幸福は望んではいけない。その価値はない。アクアの心の闇が囁く。
アクアの瞳に黒い星が輝き、纏っている雰囲気が変わる。
考えるのは、自身の父親についてだ。
とりあえず、昼の「今日あま」の現場で鏑木勝也のDNA検査に必要な物は採取できた。結果待ちだが、結果次第では対応を改める必要がある。
それに、そろそろ卒業式やら高校入学の準備で忙しくなる。暫くは父親探しもお預けだが、高校生になれば本格的に動ける。そこからが勝負だ。
アイをあんな目にした犯人を見つけて復讐する。アクアの中で静かに復讐の炎が燃えていた。
☆
―――数日後、DNA検査の結果が届き鏑木はアクアたちの父親ではないことがわかった。それがわかれば用無しだと思ったが、彼はアクアの知らないアイの情報を持っていた。
聞かない手はない。
アイのファンということで情報を引き出そうとしたが、話す条件として彼のプロデュースする恋愛リアリティーショーに出演することになった。
そして更に数日後、無事に陽東高校に受かったアクアとルビーは真新しい制服を着て校門をくぐる。でかでかと「陽東高校入学式」という看板に出迎えられた彼らは、入学式の会場へと向かって行った。
その後方の物陰から二人を見つめる影が一つ。
「アクアとルビーの制服姿きゃわわ……うちの子可愛すぎるでしょ」
段ボールを被った怪しい女が、二人を見ていることに本人たちは気づかない。その後ろでミヤコが「奇跡ちゃん何してんの……」と頭を抱えていることを、彼女は知らない。
今日は陽東高校入学式。天気は快晴、絶好の入学式日和であった。