奇跡の子   作:マロンと栗

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お待たせしてしまってすみません!


ある日の出来事①

アイが死んで十数年が経過した。

 

……何時の間にか、あの子が死んで十数年も経過してしまった。

 

アイドルとして活躍していた時間よりも、元アイドルという時間の方が長くなってしまった事にどうしようもない寂しさがある。

だからと言って、もう一度アイドルを―――なんて、そんなバカなことは出来ない。

 

もうそんな歳じゃない。

あの頃の熱量も、夢も、憧れも、何もかもをあの時に置いてきた。

グループを抜けた時、私の中のアイドルは死んだ。

 

―――その筈だった。

 

アイドルを辞めて十数年経った今でも、私の中のアイドルはしぶとく生きている。

身だしなみや服装はどっからどう見てもおばさんなのに、心の中は若いまま。

良い歳なのに結婚もせず、外出時はマスクを着けて、アイドルの頃に買ったコートを捨てれずにいる……本当に、諦めの悪い。

 

ラインの名前だってあの頃のままで。「めいめい」なんて……ほんと、何時までアイドル気分なんだろうね。

 

コタツに寝転がりながら、私は自身のアイコンを見て苦笑いする。そこには、アイドル時代の私が笑顔で写っていた。

私が一番輝いていた頃だ。

未練たらたらだと言われても仕方がない。

こんな恥ずかしいアイコンにしているのは、元B小町メンバーには誰もいない。

 

確かめるように、私は元B小町のグループラインを開く。

脱退や解散でみんな抜けてしまったけど、今でも残っているメンバーもいる。

私、たかみー、きゅんぱん、ニノの四人だけ。ニノに至っては今まで一度も返信を返さないから、実質三人ではある。

 

あれ?ニノのアイコン変わってる……。

 

意外だった。

まさか、ニノがアイドル時代の写真をアイコンにするなんて……しかも、アイちゃんとのツーショットだ。

何時かのライブ開始前なのか、衣装を着た二人がピースをしながら写っている。

二人はあんまり仲良くなかったのに、どういう心境の変化だろう。

理由を知りたいけど、今更な気もする。

 

 

ニノの心境の変化の原因がわかった。

多分、この動画がそうだ。

 

私は、ユーチューブにアップされていた動画を見る。

タイトルは『元B小町のニノさんと踊ってみた!』である。

映し出されたのは、ジャージ姿のニノと、奇跡ちゃんと呼ばれるダンボールで顔を隠した少女だった。

「何やってるんだニノ」と思っているのも束の間、曲が始まりアイちゃんの衣装を着た少女とニノが踊り始めた。

 

……普通に踊れてる。

 

ニノも私と同じでイイ歳だ。てっきり酷いクオリティかと思ったけど、中々どうして様になっている。

勿論、現役時代と比べたら雲泥の差だ……コメント欄にも「ニノ頑張れ」の書き込みが乱立している。

 

それでも、ニノの顔は今が一番輝いている気がする。

 

あんなに幸せそうに、楽しそうに踊る彼女を、私は知らない。

 

それに、奇跡ちゃん。彼女は何処かアイちゃんを彷彿とさせる。

なんでだろう?

どうしてそう思ったのかわからないけど、奇跡ちゃんはアイちゃんにソックリだ。

立ち回り、ダンスのキレ、仕草、雰囲気、魅力……何もかもが、アイちゃんに似ている。

ううん、アイちゃんと言っても過言じゃない。

それくらい、奇跡ちゃんのダンスは完璧だった。

 

これだけなのかな?それとも、他の踊ってみたもそう見えるのかな?

 

私は、試しに他の動画を再生して見る。

 

これは……違うかな。アイちゃんじゃない……感じ?

ううん、アイちゃんみたいに見えるけど……違う。

 

自分でも何言ってるんだって感じだ。

どの踊りも凄く魅力的なのに、さっきのニノと一緒に踊っていた程じゃない。

何かが足りない。圧倒的に。

多分この違いは、元B小町のメンバー……アイちゃんのダンスを間近で見て感じた人じゃないとわからない。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

とにかく、ニノの心境の変化は奇跡ちゃんと踊ったからだろう。

 

正直な話、ちょっと羨ましい。

 

奇跡ちゃんとニノのダンスを見て、私も久しぶりに踊りたくなった。踊れるかは別として。

それに、また皆に会いたい。

昔はギスギスしちゃったり喧嘩もした。楽しい思い出よりも、辛い思い出の方が覚えている。

それでも会いたくなってしまった。

 

私は、グループラインを開いて文字を打ち込む。

内容は……『久しぶりにご飯でもどう?』である。

あとは送信ボタンを押すだけだけど、ちょっと迷う。

本当に送って良いのだろうか。もしも、既読スルーされたら悲しくなるし、予定が合わなくて誰も来れないかもしれない。逆に、直ぐに決まっちゃう可能性もある。

 

ただ画面をタッチするだけでいいのに、こんなに勇気がいるなんて思わなかった。

 

指先が震える。押すべきか押さないべきか……。

 

私は、思い切って画面をタッチする。

軽快な音と共に、先程打った内容が送信された。

 

一分もしない内に、既読マークが一つ付いた。

誰だろう……そう思っている内に、返信が帰ってくる。

まさかの一番はニノだった。

 

『いいね』

 

短い返事だけど、私はとても嬉しかった。

ニノにスタンプと言葉で感謝を伝える。既読マークは一つだけ、他の二人はまだ見ていないのだろう。

スマホを持ったままコタツから立ち上がった私は、外出用の服に着替える。そこら辺にあるファッションセンターで買った地味な物だ。

昔はブランド物で身を固めていたが、今となってはこちらの方が落ち着く。まぁ、そう言う歳になった。

マスクを付けて、服を買った店で買ったバッグを持つ。

靴箱横にある鏡には、アイドル時代にバカにしていたおばさんが写っていた。

ほんと、あの頃は若かった。気づいていないだけで、ある意味無敵だったとも言う。

 

―――今思えば、私は恵まれていた。

 

顔もアイドルやれるくらいには美人だし、スタイルだって良かった。アイちゃんみたいな可愛い子と一緒にやれるだけでも、幸せだったと思う。

それに気づかずに、終わってしまったけど。

 

ほんと……あの頃は若かったよ。ホントにね。

 

私は、玄関の扉を開けて外へと繰り出した。

 

 

 

 

 

今日の夕ご飯は何にしようか。

 

飲食店の立ち並ぶ通りの街灯には、ぽつりぽつりと明かりが灯っている。視線を左右に向ければ、学生であろう若い子たちが明るい表情で歩いていた。

春になったばかりの肌寒い中なのに、彼らは楽しそうに話しながらファストフードの紙袋を持っていた。

 

……久しぶりにファストフードでも食べよう。

今日は、何だかそんな気分だ。

 

店内に入ると、ファストフード店特有の良い匂いが私を出迎える。明るい雰囲気の店内には、子連れの親子や学生らしき若者たちで溢れかえっていた。

場違いな場所に来たような気分になる。

なるべく気配を消しながら、私は店員にハンバーガーを注文する。あの頃よりも、メニューが多い。

どれにするか考えるが、後ろで待っている人もいるので手短に……チーズバーガーを単品で頼んだ。選んだ理由は、昔アイちゃんが美味しそうに食べているのを思い出したから。

 

番号が書かれたレシートを受け取り、指定された場所で待つ。

私以外に待っているのは一人で、マスクを付けた紫がかった黒髪の少女だった。

その子の隣に立った私は、ぼんやりと数字が浮かぶ掲示板を眺めた。

 

新しい数字が掲示板に映し出される。

どうやら黒髪の少女の番号だったらしく、足取り軽やかに彼女は向かって行った。その後ろ姿を、私は目で追いかける。

 

……え?

 

黒髪の少女の後ろ姿に、アイちゃんの姿を幻視した。

どうしてだろう。

アイちゃんの事を思い出していたからだろうか。それとも、彼女の雰囲気が似ているから?

私は、店内を出ていくまで黒髪の少女を目で追いかけた。

マスクをしているせいで顔がわからない。顔さえ見えれば、この心の中に現れたアイちゃんを否定できたのに。

 

馬鹿な考えは止めよう。

 

私は、誤魔化すように掲示板に視線を移す。

何時の間にか、レシートに記載された数字が表示されているのに気づく。

私は急いでハンバーガーの入った紙袋を受け取ると、迷った末に黒髪の少女の後を追いかけた。

 

―――私は何をしているんだろう。

 

ストーカーまがいの事をして、何を確かめたいのか。

黒髪の少女がアイちゃんに似ているから……だからなんだ?

少女からしてみれば、私は赤の他人で不審者だ。

バレたら気まずい所の話じゃない。ストーカー行為で通報されてもおかしくない。

だけど、どうしても気になる。

でも、声を掛ける勇気はない……。

 

そうして声を掛けるか否か迷っている内に、近くの公園まで来てしまった。

公園と言えば、以前私が彼氏と別れて落ち込んでいる時に、アイちゃんと話をした事がある。あの時は気付かなかったけど、私を心配してくれていたんだと思う。

不器用ながらも、確かにあの時アイちゃんは私を励まそうとしてくれた。

あの時、それに気づいていれば……何か、変わっていたのかもしれない。

 

そんな事を思っていると、黒髪の少女は公園へと入って行った。

一瞬追いかけるか迷った私は、薄暗い公園に少女一人で入るのは危ない───と自分に言い聞かせて、彼女の後を追いかけた。

公園からそのまま出るなら良し。もし違うなら声をかけよう。

 

黒髪の少女がベンチに座った。持っていた紙袋を膝の上に置くと、中身をガザガサと漁っている。

どうやらベンチで食べるつもりなのだろう。薄暗い公園の中、一人寂しく、小汚い灯りに照らされて。

あの時の私も、アイちゃんから見たらそう見えたのかもしれない。

 

……私は、勇気を出して黒髪の少女に声を掛けた。

 

「こ、こんばんは」

「うん?こんばんは」

「えーと、貴女もここでハンバーガーを食べるの?」

「うーん。そんな感じかな。お姉さんも?」

「そっそうなんだよね!私もここで食べようと思ってさ」

「ふーん……」

 

黒髪の少女の瞳が、私を上から下に向かって見ているのがわかった。

多分、怪しんでいる。

そりゃそうだ。こんなタイミング良くハンバーガーを食べに公園に来る人間はいない。

最悪、警察を呼ばれても仕方がないと、言ってから気づいた。

ヒヤヒヤしながら待っていると、少女の瞳と目が合う。

 

「じゃ、一緒に食べよっか」

 

黒髪の少女はそう言うと、ベンチの端に座り直した。ぽんぽんと隣を叩いている。

ここに座りなよと言う事なのだろう。

少しだけ少女が心配になる。

自分で言ってはなんだが、同性とは言え怪しい女だ。そんな女を隣に座らせて大丈夫なのだろうか……勿論、少女に対して危害を加えるような事はしないけど、余りにも無防備で逆に心配になる。

 

少女に危機感のなさを指摘した方が良いのだろうか。

―――いや、余計なお世話だろう。

これだからおばさんは……なんて思われちゃうかもしれない。

 

「ありがとう」

 

私は、少女に礼を言うと隣に座った。

ハンバーガーを手に取る前に、マスクを外してバッグにしまう。それから、紙袋に手を入れてハンバーガーを取り出した。包み紙を半分だけ剥がして手に持つ。

チラリと横を見れば、黒髪の少女も同じように包み紙を剥がしていた。

 

そして―――黒髪の少女がマスクをズラす。彼女の顔を見た私は、驚きのあまり目を見開いた。

 

「アイ……ちゃん?」

「うん?」

 

黒髪の少女が私の方を向く。白星の瞳が、私の顔をまじまじと見つめる。

どっからどう見てもアイちゃんだ。あの頃と同じ姿のまま。

でも、そんな筈はない。

アイちゃんはもうこの世にいない。ストーカーに殺されてしまったから。

じゃあ、目の前にいるアイちゃんは一体……どういうこと?

夢でも見ている気分だ。でも、手に持ったハンバーガーから来る美味しそうな匂いが、それを否定する。

 

「えーと……」

 

アイちゃんの瞳が、右から左に流れる。

何かを考えるような顔をして、それを誤魔化すように続けた。

 

「芽依ちゃん久しぶり?」

「アイちゃんっ!!!」

「わっ……と」

 

アイちゃんに抱き着く。片手に持ったハンバーガーが少し潰れたような気がするけど、そんなことはどうでも良い。

 

「何処にいて───アイを演───のか〜」

 

アイちゃんが何か呟いたけど、私には良く聞こえなかった。その代わり、彼女の心臓の音が私の鼓膜を揺らす。

落ち着いているのに力強い音。でも、次の瞬間には消えてしまいそうな感じ。

私は、アイちゃんを強く抱き締める。何処にも行かないように、何処かに消えてしまわないように、彼女に縋る。

 

「まさかこんな所で芽依ちゃんに出会うとはなぁ」

 

アイちゃんが、何でもないように言う。まるで数日会っていなかった時のように、彼女の口から出た言葉は羽毛みたいに軽い物だった。

アイちゃんの左手が、私の頭を撫でるのがわかる。

 

少しだけ、怖くなった。

 

死んだ筈のアイちゃんに会えた。それは嬉しい。

でも、冷静に考えてみれば死んだ人間に会えるはずがない。

つまり、これは……もしかすると……。

 

「アイちゃんは……幽霊なの?」

「……」

 

私の問いかけに、アイちゃんは答えない。頭を撫でる手が止まり、静寂が辺りを包み込む。

 

「そんな訳ないじゃん」

 

アイちゃんが、何でもないように言う。私の頭に、彼女の吐息が優しく語り掛ける。

きっと、アイちゃんの顔は昔みたいに笑顔のままだ。

でも、今その顔と面と向かい合う勇気は私にはない。彼女の胸に顔を埋めたまま、私は会話を続けた。

 

「そうだよね。変なこと言ってごめん」

「気にしてないよー。幽霊だって言われても仕方ない感じだし」

「でも、っ……アイちゃんに会えて嬉しいよ」

「私も芽依ちゃんに会えて嬉しいよ」

 

「死んだ筈じゃ」「どうして昔のままなの?」。喉まで出かかった言葉を、急いで飲み込む。

どうしてだろう。アイちゃんなら答えてくれると思うのに、今のアイちゃんに言ってはいけない気がする。

こういう時の私の勘は昔から当たる。

 

「あっ……ハンバーガー!ハンバーガー食べよ!」

 

バっと顔を上げた私は、誤魔化すようにアイちゃんに笑いかける。一瞬だけ目を見開いた彼女は、同じように笑うとハンバーガーを頬張った。昔みたいに育ちの悪さは感じない。勿論、嫌味とかじゃない。

もぐもぐと美味しそうに咀嚼をするアイちゃんを見ていると、無性にハンバーガーが食べたくなる。まるでCMを見ているような気分だ。

堪らずハンバーガーを頬張る。ちょっと潰れて不格好だったけど、それでも久しぶりに食べたチーズバーガーは美味しかった。

 

「うん、やっぱり作り立ては美味しいね」

 

アイちゃんが笑顔を向ける。

 

「美味しいね」

 

私もアイちゃんに笑顔を向けた。

 

―――それは、何てことない日の奇跡の出会いだった。




書いては消して書いては消してを繰り返してたら何が何だか……脳がバグりそうでした。

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