―――よく思い出せない。
アクアとルビーの入学式。
こんなに待ち望んで、夢見て、楽しみにしていたのに―――どうしてこんなに、ツラいんだろう。
胸が苦しい。
頭が、割れるように痛い。
ずっとずっと、待ち望んでいた光景が目の前に広がっている。
ルビーとアクアの晴れ姿を見ることができた。
私の心は温かな気持ちで満たされた。きっと前世に子供がいたらこんな気持ちになっていたんだと思う。
月並みな感想になってしまうけど、本当に……螫峨@縺九▲縺。
―――頭が、痛い。
ほんと、嬉しかったなぁー。
ルビーの瞳には夢と希望がいっぱい詰まってキラキラ輝いてた。ほんと、綺麗で可愛くて、流石私の子って感じ。
アクアは、何か考え事してる感じで、くっらーい顔してたけど、最後は頬を赤くして私を見てたっけ、可愛い。
【二人とも、本当におめでとう】
うん。良かった……この気持ちは、嘘じゃない。
私という偽物が抱いた気持ちは、今日だけは本当だった。
頭が痛い。
本当に二人の晴れ姿を見れて良かった。これは、ほんとに本当。
でも、心に突き刺さったのは、ルビーの希望に満ちた顔。彼女の顔には何の嘘もない。
罪悪感が襲ったのは、アクアの照れた顔。嘘吐きな私が、彼の本心を見て良いはずがない。
───違う。そうじゃない。
星野アイは、こんな事思わない。
二人の入学式を見れて心が痛むなんて、そんな事ある筈がない。
ズキリと頭が一段と痛くなる。
―――じゃあ、○○が感じてる痛みは何なのかなー?
それは……それ、は……私が、星野アイの皮を被った偽物だから。
―――でも、○○は何時かそれが本当になることを願って嘘をついてるんでしょ?
そう。私は、二人の幸せの為に星野アイになるんだ。
―――うーん。それで本当に叶えることが出来るのかなー。
どういう、意味?
―――○○は今幸せ?私から見たら、今の貴女はとっても苦しんでるようにみえるけどなー。そんな状態で……えーと、自分が幸せじゃないのに、相手を幸せにできるの?
―――ッ。
そもそも、数回嘘をついただけで苦しんでる貴女に、これから先ずっとずーっと嘘を吐けるのかなー?
―――うるさいっ!!
わっ。びっくりした。
急にどうしたの?私はそんな風に怒鳴らないけどなー。怒り、悲しみ、絶望……そういうのは全部隠すんだよ。ほら、笑顔笑顔。
―――あなたはアイじゃない。私が生んだ偽物のくせに!わかったような口を開かないでっ!!
うん、そうだね。
でも、偽物にすらなれない貴女は……。
【一体ナニなのかな?】
「ッ!」
私の口から、言葉にならない声が漏れる。
そこで我に返った。
慌てて周りを見渡すと、寝室のベッドに腰かけていた。頬を伝う生暖かい液体を拭う。
何時の間にかマンションに帰って来ていたらしい。
鈍く痛む頭で今日の出来事を思い出してみる。
はっきりと記憶があるのは、アクアとベンチに座って、ルビーと彼女の友達に会ったところまで。それから先は、思い出せない。
よくそんな状態でここまで帰ってこれたと思う。
足元にはレシートが落ちており、拾って見てみれば、今日の日付けだった。何やら色々と買い物をして帰ってきているようだ。
玉ねぎ、人参にジャガイモ……どうやら買い物をした私はカレーを作る気だったらしい。
でも、どうしてカレーなんだろう?
考える。
「やっぱり、子供といえばカレーじゃん☆……あれ?」
自然と声が出た。
確かに子供が好きなご飯と言えばカレーだって言うかもしれないけど、私はハンバーグだと思う……あれ?
「そもそも、わたしってどっちのわたし?」
別にどっちでも良い気がする。
どっちを作ってもアクアとルビーなら喜んでくれる……はず。
―――わからない。
二人の好きな物が、なにもわからない。
あの子たちが普段何をしていて、どんな時に感情が動いて、笑って、泣いて、悲しんで、怒って……幸せなのかわからない。
勿論、原作の出来事ならわかる。
でも、それ以外は?
二人の好きな食べ物は?
嫌いな食べ物は?
好きな教科は?
苦手な教科は?
休日はなにしてるの?
普段はどんなことして過ごしてるの?
―――どんな風に笑って、泣いて、怒って、悲しむの?
なにも、わからない。
私は星野アイで、あの子たちの母親なのに、そうあるべきなのに……そうでなければいけないのに。
あの子たちの事が何もわからない。
こんな状態で、私は本当に……ホントに二人を幸せに出来るの……?
私の問いに答えてくれる人はいない。
代わりに、スマホの画面が光る。画面にルビーの文字が見えた私は、すぐに手に取って確認した。
『もしよければ再来週の土曜日にお出かけしませんかー!』
ルビーからのお誘い。
こんな状態じゃなければすぐに「行こう」と返したのに、手が動かない。
わかってる。
これはルビーを知れるチャンスだって。わかっている。
だけど、同時に「私」の事もルビーは知ってしまう。
きっとあの子たちなら、少し深く踏み込んで接してしまえば、私がアイだと気づく。それたまらなく不安で、怖い。
「あぁ……こんなんじゃ駄目だよね……」
今まで口に出さなかった弱い心が出てしまう。
心の内に留めておくべきだった感情が、溢れだす。
怖い。
アイなのにアイになりきることができない自分に。
恐ろしい。
私を見た二人が、「こんなのアイじゃない」と失望することに。
失望だけならいい。私が傷つく分には幾らでも構わない。
でも、二人が傷ついて絶望する顔は……それだけは、絶対にダメだ。
だから私は完璧を演じないといけない。
いけないんだ。
だから。
そう。
もっと私は頑張らないと。
こんなんじゃダメ。
ダメ。
だめ。
駄目。
どうして私はいつもダメなんだ。
違う。
ダメ。
これはアイじゃない。
私だ。
前世の弱い私。
だめ。
出てこないで。
私は二人を幸せにするんだ。
こんな私が。
二人を幸せに?
できるの?
ホントに?
ズキリと頭が痛む。
───これ、不味いかな?
☆
ツクヨミは激怒した。必ず、こんな早朝に自分を呼び出した自己中心的なアイに一言強く言ってやらねばならないと決意した。
慣れた手つきでカードキーを翳してマンションの入り口を潜ると、アイの部屋へと急ぐ。
途中あの日の警備員が怪訝な表情で見ていたが、そんな事は知ったこっちゃない。
こちとら早朝に理由も知らされず呼び出されたのだ。
止めようもんなら容赦しねえぞ―――と威嚇する。まぁ、頬をぷっくりと膨らませているだけなので、大人から見たら微笑ましいのだが。
そんな事は露知らず、ツクヨミはズンズン進んでエレベーターを押すと、野良猫のように威嚇しながらエレベーターに乗っていった。
「なんだあの可愛い生き物……」
警備員の呟きは、ツクヨミには届かなかった。
☆
アイの部屋がある階層に到着したツクヨミは、ぷりぷりしながら進んでいく。
あと少しでアイの部屋だが、機嫌が直ることはない。むしろ、部屋に近づくにつれて悪化していた。
幾らツクヨミとは言え身体は幼い子供だ。そんな子供を早朝に呼び出す自分勝手な女がいる。しかも、ソイツは双子の母親と来た。
どういう神経したらこうなるんだとツクヨミは怒る。
「全く、私を何だと思っているんだ!」
バチの一つでも与えてやろう。
ツクヨミはダンダンと足を強く踏み出しながら歩き───足がもつれた。
ヤバいと思ったが時すでに遅し。
とてん―――という音が似あう程可愛らしく転び、呆然と廊下の床を見つめる。
掃除の行き届いた綺麗な廊下だ。今この瞬間にも、涙で汚れてしまいそうだが。
「うぐっ。厄日だ……」
ごしごしと乱雑に涙を拭ったツクヨミは、立ち上がる。乱れた服も気にせず、彼女はアイの部屋へと急いだ。
「ツクちゃーん!よく来たね☆」
笑顔のアイがツクヨミを出迎える。
こっちは早朝に呼び出されて今さっき転んだばっかりなのに、何でコイツはこんなに笑顔なんだろうか。無性に腹が立ったが、今はまだその時ではない。
無言で部屋に入ったツクヨミは、奥の部屋へと向かう。そこが、今回の戦場だ。
廊下の途中で後ろからアイに持ち上げられているが、戦意は衰えない。ここでやるなら上等だ。かかってこい。
ツクヨミの瞳には、確かな決意が浮かんでいた。
そのまま抱っこされた状態で部屋に入り、二人で一つの椅子に座る。勿論、ツクヨミはアイの膝の上だ。
ぎゅっと抱き締められた状態で、数分が経過した。
カウンター狙いで身構えていたが、明らかに様子がおかしい。
流石のツクヨミも何かあったのかと心配になり、我慢できずにアイに話しかける。
「はぁ……それで、私を呼んだ理由はなんだい?」
「うーん。もう少しだけこうさせて欲しいなー」
「はぁ?何を言って……はぁ、わかったよ」
震えていた。
あのアイが、何時もあっけらかんとしている彼女の彼女らしからぬ姿に、空気の読めないツクヨミではない。
「ツクちゃん、私ね……」
ぽつりぽつりと話を始めた。
―――要するに、限界が来たのだ。
しかし、彼女はアイだ。アイとしてこの世に生を受けた存在であり、それ故アイにしかなれない……哀れな人なのだ。
アイの夢を叶える為に、双子の幸せを叶える為に生まれた本物の偽物。アイが偽物である事実は、彼女が墓まで持って行く真実。
孤独だ。
ある意味理解者である双子には話せず。仮親には相談できない。友人にも。
もしもそんな事を話そうものなら―――アイは死ぬ。これ以上の破綻を世界は赦さない。アイとして生きると決めたのだから。
人であり人ではないツクヨミだから聞けた内容である。アイの心の内に留めて置くべきことだ。言葉にしてはいけない。世界に出してはいけない。
だが、これでもギリギリのところだ。
現に話をしているアイの身体は、死人のように冷たいものに変わりつつある。
「私は、本当に二人を……」
「アイ。アイ、それ以上はいけないよ」
ツクヨミは、優しくアイに語り掛ける。彼女を落ち着かせるように、幼子をあやす声色で。
ぽたり―――綺麗な床に、真っ赤な雫が垂れる。
何か生暖かい液体が、ツクヨミの背中をじわりじわりと広がっていく。
本当に、本当にアイを復活させた存在は良い性格をしているらしい―――ク〇が。
ギリギリのところだった。
アイがあれ以上言っていれば、あの日の再演が始まるところだった。
鼻をつく血生臭い死臭がする。
ツクヨミはチラリと後ろを見た。
アイが、星の消えたアイがいた。彼女の瞳は何も写さず、何も見えない。何も輝かない。
刺された傷口から血が溢れ、床を真っ赤に染め上げる。青白い唇を、紅い血で塗りつぶす。
暗く淀んだ瞳が、ツクヨミを見る。
「わたし……アイが復活すれば何もかも上手くいくと思ってた。」
「でも、ちがった」
ポタリ、ポタリと赤い血が涙のように流れ出す。
「間違ってた。
「アイ、だめだ。それ以上は言ってはいけない」
ツクヨミの静かな懇願に、アイは応えない。だが、言葉は届いているようだった。
「……わたしが完璧なアイになってアクアとルビーに会う。それで二人が幸せになるなら。」
「でも、難しいね。他人になるってさ……どっからどう見てもアイなのに、内面は弱い
「彼女も弱かったと思うよ」
「……え?」
「星野アイも人間だよ。だから嘘をついて、“完璧で究極”なアイドルのアイを演じていたのさ。君ならわかるだろう?」
「そう、だけど」
「双子の気持ちがわからない?わかったら神様だよ。だから、少しずつでいいから二人のことを知っていけばいい」
「人生はこれからだよ」その言葉を聞いたアイの瞳が、僅かに輝きを取り戻す。
だからこそ、大丈夫だと確信した。
「アイ。君の夢はなんだい?」
「私の夢……私の、夢……そんなの決まってるよ。アクアとルビーが幸せに―――」
星が輝きを取り戻す。
あの冷たさと生暖かい感触だけを残し、何もかもが嘘だったかのように消える。
これでいい。
ツクヨミは満足そうに微笑むと、それを見たアイが首を傾げた。
「何でもないよ。アイ」
ツクヨミは見守ることしかできない。彼女の選択を尊重するだけだ。それがどんなに辛く険しい道だとしても、決して否定しない。
例え全ての人と世界に否定されたとしても、ツクヨミだけは絶対の絶対に否定しない。静かに優しく照らすのだ。それが役目である。
見守る人間が二人から三人になったが、まぁいいだろう。
アイの輝く白星を見て、ツクヨミは幸せな溜息を吐く。
きっとこれから、今以上に彼女に振り回される日々が始まる。それはとても面倒で癪だ。
しかし、存外悪い気分ではなかった。
―――アイの発言を聞くまでは。
「あ、そうだった。アクアとルビーにカレーライスを作ろうと思ったんだけど、
有無を言わさず。
そう言ってツクヨミを抱っこしたまま席を立ったアイは、キッチンへと向かう。
逃げる隙は無い。
「ツクちゃん子供だしアクアとルビ―のこと知ってるでしょ?それで、一つずつ食べて決めて欲しいんだよね~」
ツクヨミの目の前には、人参や玉ねぎ、ジャガイモなどの野菜の山と様々な市販のカレールーが積まれている。その横には、スパイスであろう粉がきれいに並べられていた。
嫌な予感がする。
ツクヨミがアイを見ると、にっこりと笑顔になった。
「これから毎日カレー食べよ?」
「は?イヤだが?」
暫くの間、ツクヨミは三食カレーの日々が続いた。
百歩譲ってルーやスパイス等の違うカレーが朝昼晩と出てくるならいい。だが、ルー(普通、隠し味①、隠し味②)が続くのはどうかしている。本当に、味の変化が微々足るものなのだ。最早、アイの正気を疑うレベルである。
当の本人も「これ、何入れたっけ」等と言った日には、流石のツクヨミも泣いてキレた。
そんなツクヨミの様子を見て、やっとこのカレー地獄がおかしいと気づいたのか、「普通に作ったカレーが一番美味しいよねー」と言う結論に至った。
ふざけている。
これにて、永遠に続くと思っていたツクヨミのカレー地獄は、あっけない終焉を迎えたのだった。
「アイ、取り合えずそこに座れ」
椅子の上に立ったツクヨミが、対面の椅子をビシッと指さす。
今日こそはガツンと言うべきである。そう、今日こそは!
「ツクちゃん、そんなとこに立ったら危ないよー」
「……」
「うん、良い子に座れて偉いね」
アイは満足そうに微笑むと、ツクヨミの対面に座る。彼女の輝く瞳が、ツクヨミをジッと見つめていた。
「……はぁ。取り合えず、君の計画をもう一度話してくれ」
「この前話した内容と全然変わってないけど……あっ!ルビーとデートに行く約束してたんだった」
「…………はぁ。取り合えず、それも含めて詳しく、一つずつ、丁寧に、わかりやすく教えてくれ」
「まぁ良いけど―――」
そう言ってアイは、今後の計画を話す。まず初めにツクヨミが思ったことは「計画とは????」である。
アイが話した計画(笑)を要約すれば「こうなったら良いな~」である。つまり、彼女の願望だ。
自信満々に「ドーム公演!」とか言ってる。
まぁ、言うだけならタダだ。それを実現する為の計画は、ない。
うん、何だか頭が痛い―――頭痛が痛い感じだ。
ツクヨミが額を抑えてアイの話を聞く。「もうやめてくれ」と言いたいが、ショックで言葉が出ない。
まさか、無計画で突っ走っているとは思わない。それなのに、既にニノともう一人を救っている。出たとこ勝負をしている筈なのに、着実に正解の道を進んでいる。
もう、一周回って凄いとしか言えない。バカと天才は紙一重と言うが、アイはまさにそれだ。
カレーライス?それはバカだ。思い出したくもない。
「どうかな!私の計画は!」
自信満々にアイが言う。キラキラと子供のような笑顔、褒められ待ちの犬のような感じだ。何処からツッコむべきか、それとも無視して褒めるべきか。
ツクヨミは数秒迷い―――。
「ウン、良いじゃないカナ」
考えることを諦めた。
勿論、フォローはする。その役目は、ツクヨミではないが。
「アイ、提案なんだが……ルビーとデートに行く前に彼に会うことを薦めるよ」
彼ならアイの計画(笑)をしっかりフォローしてくれるだろう。なにせ、アイを筆頭に個性豊かなじゃじゃ馬娘たちをまとめていた実績がある。
フォローじゃなくてガッツリ関わりそうだが、それはツクヨミの管轄外だ。むしろ、そっちの方が良いとさえ思っている。
ツクヨミは、彼のよく行く場所を適当な紙に書いてアイに渡す。
「うーん。〇〇に会うのはアクアとルビーの後って決めてたけど、ツクちゃんが言うならまぁいっか」
受け取った紙を見たアイが、不服そうに頬を膨らませている。
ツクヨミだって本当はこんな事したくない。だが、しなかった場合に、アイが何をしでかすかわからない。
目の離せない子供と同じだ。子供には、保護者が必要である。
ツクヨミがその役目をしても良いが、いや、良くないが、アイ一人に付きっ切りと言う訳にも行かない。そう言うのは保護者の役目だ。
決して、「お前も苦労しろ」と引きずり込む訳ではない。他意はない。本当に。
それに、このまま一人で行くと、また何時何処であぁなるかわからない。だから、アイを支えてくれる人が必要だった。
「よーし。さっそく会いに行く準備をしないとね」
そう言って椅子から立ち上がったアイは、くるりとツクヨミに背中を向ける―――と、思い出したと言わんばかりに声をかけた。
「そういえば、××ってどこに住んでるか知ってる?」
アイの口からでた名前に、ツクヨミは目を丸くする。
まさかアイからその名前が出るとは夢にも思わなかった。
絶対に関わることはない人間。もう彼女とアイの縁は完全に切れている。
それなのに、どういった意図で今この時に聞くのか。アイの表情が見えないのでわからない。
数秒だけツクヨミは考える。
彼女の住所は知っている。だが、教えるべきか否か。
「……知ったところで、どうするんだい?」
ツクヨミの問いに、アイが振り返る。
「
恐ろしい。眩しい笑顔―――で、彼女は答えた。
色々な人とのフラグが立ちまくっている!!頑張って消化していくぞー!!
気晴らしに書いてたオリジナル小説(一話)もあるので、もしお暇でしたら見て下さい。