奇跡の子   作:マロンと栗

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今回のお話はかなり独自解釈&独自設定があります!!
ご注意ください。





星野あゆみ①

簡素な仏壇にあの子の遺影はない。

あの子が写るCDだけが、ポツンと置かれている。

そもそもあの子の写真は一つもない。とうの昔に処分してしまった。

本当に、本当に馬鹿なことをした。

 

毎日仏壇の前に膝をつき、許しを請う。

 

ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい―――。

 

ごめんなさい。殴って。

ごめんなさい。怒鳴って。

ごめんなさい。嫉妬して。

ごめんなさい。傷つけて。

ごめんなさい。迎えに行けなくて。

 

ごめんなさい―――母親になれなくて。

 

アイの実母―――星野あゆみは、彼女が死んだあの日からずっとこうして謝り続けている。

死んでからやっと気づいた。あの子が、自分の大切な物の一つだったことに。

今更過ぎる。

遅すぎた。

 

勿論、何度も何度もあの子に会いに行こうとした。

でも、その度にアイがアイドルとして輝く姿を見て、まぶしい笑顔をする我が子を見て―――どうするのがいいかわからなくなる。

結局のところ、アイに会うのが怖かったのだ。

血の繋がった親子だったのに、子供の接し方がわからない。

憐れな母親。

アイの眠る墓の場所すら、あゆみは知らない。

彼女の葬式にすら行けなかったのだ。それは当然の結果だった。

 

≪ピンポーン≫

 

古いチャイムが鳴る。

来客だ。チラリと時計を確認する。

平日お昼前だから郵便だろう。

 

「はーぃ……」

 

少し大きな声で家に居ることを来客者に伝える。

すると。

 

「お邪魔しまーす」

「え?」

 

間髪入れずに来客者から返事が返ってきた。

若い女性の声だった。

ガラガラと玄関の引き戸が開く音。靴を脱いでこちらに向かってくる足音が聞こえた。

 

そして、仏間の障子が開く。

 

「あな、たは……嘘よ。そんなまさかっ!」

「久しぶりだねー」

 

ニコリと微笑みながら、死んだ筈のアイがそこに立っていた。

 

 

 

 

「ちょっとは落ち着いた?」

「え、えぇ!ごめんなさい……ありがとう」

 

良かった。と言って対面に座ったアイ。

 

「あんまり取り乱すから、小さい頃みたいに打たれるかと思ったよー」

 

なんでもないように言う彼女の言葉に、あゆみは鈍器で頭を強く殴られるような衝撃を受ける。

 

「ご、ごめんなさ……っ」

 

すぐに謝ろうとしたあゆみだったが、アイの表情を見て言葉に詰まる。

彼女はずっと笑顔のままだった。仏壇に飾られたCDと全く一緒のソレに、あゆみはアイが自分のことを母親ではなく他人と同じ接し方をしていると気づく。

 

「気にしなくて良いよー。もう過ぎたことだし」

 

あれだけの事をしておいて、アイはなんでもないように言う。

表情も声色も変わらない彼女の姿に、あゆみは涙が溢れる。

 

この子をこうしてしまったのは、私だ。

 

わかっていた。

わかっていた事なのに、今になって酷く後悔した。だが、コレも自分勝手な考えだ。

わかっていてアイを傷つけた。世界でたった一人の娘なのに、自分自身を優先した。

 

「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」

 

あゆみは、涙を流して謝罪する。

しかし。

 

「うーん。なんのこと?」

 

アイに届くことはない。

いや、そもそも本当になにを言っているのか心当たりがないのだ。そのことに、あゆみは少なくない安堵を覚え、自身を酷く嫌悪した。

 

あゆみは流れる涙を拭い。アイと同じように笑う。

 

「なんでもないわ……気にしないで」

 

あゆみの口から出た嘘に、アイは何も言わない。

只々、画面越しで見ていた表情のままだった。

 

「それで。どうして、ここに?」

「うーん……」

 

瞳を左右上下に動かしたアイは、最後にあゆみを見る。

眩しいほど輝いている彼女の瞳に、あゆみはビクリと肩を震わせた。

 

目の前に座る彼女が恐ろしい。

 

それが罪悪感からくるのか、それとも別のナニかなのかはわからない。

実の娘……自分から捨てておいてどの面が言っているのかと言われてしまうだろうが、それでも血の繋がった我が子。

彼女が何を考えているのか、全くわからなかった。

 

「別に深い理由はないよ?ただ、ちょっと顔を見に来ただけ」

 

まるで久しぶりに帰省してきた言いぶりだ。

実際にはもう会えないとわかっていた娘との奇跡の再開だが、彼女からはそれが一切感じられない。

羽毛のように軽い言葉。と言えばいいのか、とにかく本当にアイの態度は、わだかまりなど感じさせないものだった。

ならばとあゆみは、痛む心を抑えて口を開く。

 

「そう……今、何処に住んでるの?」

「都会かな」

「一人暮らしなの?」

「そうだねー」

「お仕事は?まだアイドルを…?」

「んー、それは秘密」

 

アイの返答は、初めから決まっていたかのようにスムーズだった。

悪く言えば淡白、よく言えば心配性の親に適当に答える娘。だろうか。

後者であるはずがない―――が、アイとの会話に喜んでいる自分がいた。

 

久しく感じていなかった。温かな気持ちが溢れる。

 

あゆみは、アイを見つめた。

彼女の知っている姿とは違う。大きく立派に成長した彼女を。

 

もしもあの時、アイをぶたなければ。

もしもあの時、アイを愛せていたのなら。

もしもあの時―――アイを迎えに行っていたのなら。

 

アイの成長を見れたのかもしれない。

きっとそれは素晴らしいことだ。

なのに。

それなのに。

あゆみは、全てを捨ててしまった。

 

今更過ぎる。どのツラ下げて―――。

 

「はぁー」

 

わざとらしいアイのため息が聞こえる。

せっかく会いに来てくれたのに、考え事をし過ぎていたらしい。

あゆみは慌てて彼女を見れば、何故か笑顔を浮かべていた

 

「そんなくらーい顔しないでさ。せっかくの娘が帰って来たんだよ?まぁ、娘って思われてな―――」

 

「そんなことない!!!」

 

あゆみは、ガタリと机を押しのけて立ち上げる。

自分でもびっくりするほど大きな声が出た。アイも同じように、目を見開いている。

 

「アイは、私の……っ。私の娘よ。ごめんなさい。今更こんなこと言って」

「でも言わせて頂戴。貴女は、私の大切な娘よ……」

 

あゆみの頬を、涙が伝う。

理由なんてわからない。

ただただ、どうしようもなく涙が溢れた。

 

「そっかー」

 

短く呟いたアイは、目を瞑る。ゆっくりと息を吸い、ゆっくりゆっくりと吐き出した。

ぼやけた視界の中心。彼女の小さな口が開き、白星が輝く。

 

「ありがと。()()()()

「っ……アイ!!」

 

押しとどめていた感情の波が、溢れ出す。

それまで抱いていた罪悪感や後悔を洗い流し、アイの胸に飛び込んだ。

 

「わっと……どうしたの?」

「アイっ。アイ!!バカなことをした。私は、ほんとっにバカなことをした。どうして貴女を捨てるようなっ。たった一人の愛娘を!!」

 

子供のように泣きじゃくるあゆみを、アイは優しく抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、私は帰るねー」

 

玄関先。笑顔で手を振るアイに、あゆみも同じように手を振る。

すでに辺りは暗くなり始めていた。

 

「えぇ……ごめんなさいアイ。あんなに泣くなんて……」

「そんな時もあるよー」

 

「でも」と続けたアイが、あゆみを見る。

 

「次に来たときは、沢山お話しようねー」

「っ!!えぇ、えぇ!!」

「お母さんに会わせたい子たちもいるし」

「そうなの?誰かしら……」

「ふふ、それは秘密」

 

人差し指を口に当てて、アイがウィンクした。

とても幸せそうな顔。今なら、アイの気持ちが少しわかるような気がした。

 

「楽しみにしてるわ」

「うん。それじゃーね」

 

ひらりと踵を返したアイ。彼女の小さくなっていく背中を、あゆみは手を振り見送る。

 

その様子を、夜空に輝く一番星が見守っていた。

 




読んで下さりありがとうございます。

推しの子で描かれていないキャラの心理描写は難しすぎる……難産すぎた。
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