奇跡の子   作:マロンと栗

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第一話

株式会社苺プロダクション。

一昔前に星野アイという伝説のアイドルと、彼女が所属するB小町というアイドルグループで一躍有名になった事務所だ。

 

それはまさにシンデレラストーリー。

 

苺プロの代表である斎藤壱護(いちご)と夫人であるミヤコ、スタッフたちの夢であった「ドームライブ」。その夢を星野アイとB小町は叶えてくれた―――叶えてくれるはずだった。

 

星野アイが、ストーカーに殺されるまでは。

 

ドームライブの当日、自宅にいたアイはストーカーのファンに腹部を刺されて殺された。その知らせを聞かされた斎藤夫妻は、その場に崩れ落ちる。

壱護は、血は繋がっていないがアイの保護者でもあった。娘のように大切にしていた子の突然の、最悪のタイミングでの不幸な知らせに、彼は次の日失踪する。

 

そして、苺プロは星野アイと代表取締役を一度に失ったのだ。

しかし、壱護の妻であったミヤコが代表取締役に就任。何とか会社を立て直そうと奮起するが、アイの死から二年後にB小町は解散。アイドル部門は廃部となった。

 

現在はネットタレントに力を入れており、運営は成り立っていた。

 

そんな苺プロには、稼ぎ頭が二人いる。

どちらもユーチューブをメインで活動する配信者で、どちらも覆面系という少し変わったスタンスだった。

一人は『ぴえヨン』という名前の男性で、ひよこの被り物を被ったブーメランパンツのガチムチ。という一歩間違えれば変質者として通報されかねない姿をしている。

しかし、逆にそれが小中学生に刺さったのだろう。彼らに莫大な人気を誇っていた。

もう一人は『奇跡の子』という名前で活動している女性で、ファンの間では「奇跡ちゃん」と呼ばれている。段ボールを被って「踊ってみた」を投稿している変人―――声も素顔も何一つ公開していない謎が多い女性だが、幅広い層に人気があった。

登録者数数百万という数字を見れば一目瞭然だが、彼女のダンスに魅了された人間は数えきれない。

 

苺プロ代表取締役の斎藤ミヤコもその内の一人だ。

 

奇跡ちゃんが、何時どうしてどうやって苺プロに所属することになったのか。その記憶は曖昧だが、確か飲み屋でベロンベロンに酔っぱらっていた時だとミヤコは認識している。

 

確実なのは、今年で彼女が二十歳であること。それくらいだ。

 

逆に言えば、それ位しか彼女の事を知らない。自分の会社に所属しているタレントなのに、本名も素顔も声すらも聞いたことがなかった。

 

(よくこれで今までやってこれたわね……不思議だわ)

 

ため息をついたミヤコは、机に広がっている資料に目をやる。そこには、奇跡ちゃんの契約書があった。

名前の欄には『奇跡の子』と書かれており、判子は奇跡の二文字。誰がどう見てもふざけた書類だ。こんなものが通用する筈がない。

しかし、苺プロの判子もその書類には()してあった。つまり、この時のミヤコはコレを許可したのだ。

 

(ホント、確認しといて良かったわ)

 

ミヤコは「はぁ」と深いため息をつく。

何故今になって彼女の事が気になったのかはわからない。本当に偶然、書類仕事をしている際に彼女の資料が目についたからだ。

ただ、確認して良かった。早急に書類を書き直してもらう必要がある。

 

ミヤコが彼女に連絡を取ろうとスマホを見れば、そこには一件の通知が来ていた。

 

「はは、こんな偶然もあるのね」

 

差出人は奇跡ちゃんからで、内容は「用事があるから事務所に行く」というものだった。

こんな偶然が幾つも重なった事に若干の恐怖を感じるミヤコだが、連絡をする手間が省けて良かったと喜ぶ半面、期待している自分がいた。

前者は言わずもがな、後者は彼女の声を聞けるのではないか?もしかしたら素顔も、という期待からであった。

 

(とりあえず、彼女が来る前に準備をしておきましょう)

 

ミヤコは、彼女に書いてもらう書類の準備を始めた。

 

―――十分後。

 

彼女から苺プロに着いたという連絡を受けたミヤコは、事務所のドアを開ける。

 

そこには、段ボールで素顔を隠した不審者がいた。

 

ミヤコは反射的にドアを閉めそうになるが、目の前の彼女が奇跡ちゃんだという確認は取れている。そうでなければ、ドアは開けない。

 

「い、いらっしゃい」

 

ミヤコは誤魔化すように笑顔を作り、彼女を招き入れた。

ペコリと小さく頭を下げた彼女は、ジッとミヤコを見てから事務所の中に入る。

 

「ここに来るのは初めて……初めてよね?」

 

ドアのカギを閉めたミヤコは、彼女に話しかけながら部屋へと案内する。

反応は相槌だけ、声はまだ聞けていない。

少し残念に思うミヤコだが、コミュニケーションが全くできない訳じゃないことに安心する。

そして、何時も打ち合わせや会議で使っている部屋に案内すると、あからさまに彼女の反応が変わった。

 

「―――!!―――!!!!」

 

別に何か特別な物がある訳じゃない。

机や椅子、ソファ、テレビに手書きのホワイトボードがある程度だ。それでも、彼女は右に左に視線を動かし、恐る恐るペンを取ってみては、ホワイトボードに文字を書く。何故そこで「金は天下の回り物」と書いたのかは不明だ。

直ぐに文字を消すと、今度はソファに座って身体を揺らした。

 

(ただの動作で、どうしてこんなに目が離せないのかしら)

 

ミヤコの視線は、彼女に釘付けだった。

理由はわからない。

ただ、彼女の所作の全てを目に焼き付けたい。ずっと見ていたい。そんな思いが沸々と湧いてきた。

 

こんな思いをしたのは彼女―――星野アイを見た時以来だった。

 

(あぁ、そっか……彼女は)

 

そこでミヤコは納得した。自分が何故彼女に夢中になっているのか。それは、彼女がどうしようもなく星野アイに似ているのだ。

 

「ねぇ、奇跡ちゃん―――あっ……っと、そろそろお仕事の話をしましょうか」

 

「アイドルやらない?」ミヤコは反射的に出そうになった言葉を飲み込む。

不思議そうに首を傾げる彼女に、誤魔化すように手招きして書類を広げた。

 

あんな奇跡はもう起きない。所作が似ていた所で、星野アイの代わりにはなれない。そう自分に言い聞かせたミヤコは、咳ばらいを一つ。

 

「こほん。えーと、まずは貴女の用事から済ませようかしら」

 

そう提案したミヤコだが、そちらからどうぞと手で言われる。

 

「そう?じゃあ遠慮なく―――そういうことだから、悪いけど書き直して今度持って来てくれるかしら」

 

書類の不備を説明して謝罪したミヤコは、クリアファイルに入れた書類を彼女に渡す。

 

「それで、貴女の用事は……」

「ルビーとアクアは元気ですか?」

「え……」

 

―――ミヤコは絶句する。

 

彼女の声を初めて聞いた驚きから?違う。

被っている段ボールのせいでくぐもって聞こえたが、彼女の声があの子と重なった。

 

本当に、本当に似ているのだ。

 

「ミヤコさん?」

「あっ、え? そうね!あと少しで受験だからちょっとピリピリしてるけど、二人とも元気よ」

「良かったー」

 

用事はそれだけなのか「ありがとうございます」と言って彼女は立ち上がった。

段ボールを被った頭を器用に下げると、そのままドアを開ける。

ミヤコは、呆然と眺める事しかできない。

 

そして、彼女がドアの先へと消えようとして―――。

 

「待って―――待って、アイ!!!」

 

咄嗟に言葉が出た。あの子の名前を呼んでしまった。

ミヤコはしまったと思うが、もう遅い。

どうかしてる。自分でもわかっている。

しかし、呼び止めずにはいられなかった。

このまま見送れば、彼女もあの子と同じように消えてしまうような気がした。

 

「どうしたの?ミヤコさん」

 

そんな心配をよそに、彼女は飄々とした態度で首を傾げる。それがまたあの子と重なる。

 

(違う。違うのよ斎藤ミヤコ。彼女はあの子じゃない。あの子じゃ、ないのよ)

 

自分にそう言い聞かせ、ミヤコは口を開く。

唇が震えているのがわかった。

 

「なん、でもないわ……ごめんなさい。呼び止めてしまって」

 

ミヤコの言葉に首を傾げながらも「ミヤコさんまたねー」とあの子の声であの子のように、彼女は手を振りながら帰っていった。

 

「はぁ……相当疲れてるわね」

 

机に突っ伏したミヤコは、何も考えたくないと目を瞑る。

脳裏に浮かぶのは、あの子の笑顔。それは暗闇に光る一番星のように輝いていた。そんな風に笑う彼女と、それを眺める自分―――彼女の側には、同じように笑う二つの星があった。

 

幸せな夢。もう絶対に叶うことがない夢。しかし、夢の中だけでもあの子たちには幸せでいて欲しい。薄れゆく意識の中、ミヤコはそう願ったのだ。

 

 

 

 

 

ミヤコが目を覚ましたのは、それから二時間後のルビーとアクアがやって来た時だった。

 

「ミヤコさーん」

 

玄関からルビーの可愛らしい声が聞こえた。

慌てて時間を確認する。

 

「やばっ!!」

 

今日はルビーと一緒に、彼女がスカウトされた地下アイドルのライブを見に行く日だった。

寝過ごしたわけではないが、時間がないのも事実。

ミヤコは急いで机の書類を片付けていると、二人が部屋に入ってきた。

 

「ミヤコさーんって……あれ?お客さん居たの?」

 

金髪ロングヘアの美少女―――ルビーが、そう言いながらメイク道具を机に置いた。彼女の後に入ってきた金髪のイケメン―――アクアは、スマホを片手にソファに座る。

二人は星野アイの隠し子であり、彼女が亡くなってからはミヤコが彼女の代わりに母親を務めていた。

 

血は繋がっていなくても二人は、ミヤコにとって大切な存在である。

そんな二人に彼女は笑顔で答えた。

 

「えぇ、奇跡ちゃんが来てたのよ」

「嘘!マジっ!?あーん、もう少し早く来てれば私も会えたのにぃーー」

 

ルビーがバタバタと悔しがる。彼女は奇跡の子―――奇跡ちゃんのダンスに魅了された一人。つまり、ファンであった。

 

「……奇跡ちゃんの素顔と声は聞いたの?」

 

アクアが冷静に自分は興味がありません。といった感じで問いかける。

しかし、彼も奇跡ちゃんの隠れファンであることをミヤコは知っていた。

 

「段ボールだったから素顔はわからないけど、声は―――」

 

ミヤコは一瞬迷い。

 

「とっても、とっても可愛かったわよ」

「?……そう」

「えぇ!? 声聞けたの!? 良いなぁー」

 

当たり障りのない感想を口にした。

「星野アイに似ていた」と言っても良かったが、二人の前でそんなことを言えばどうなるかわかったもんじゃない。ただでさえ今は高校受験という大事な時期だ。要らぬことを言ってそれが受験に響いたら目も当てられない。

 

「また今度来る予定だから、その時に会えると良いわね」

「うん!」

 

ニカリと太陽のように笑ったルビーは、出かける準備を始める。

彼女の笑顔が、星野アイの笑顔と重なった。

当たり前だが、ルビーはアイの娘だ。成長するにつれてアイに似てきている。そんな彼女の夢は知っていた。

 

「ねぇ、ルビーはアイドルになりたいのよね?」

「うん!!勿論だよ」

 

ミヤコの問いかけに、ルビーは真っ直ぐ答える。そこに迷いはなかった。

 

「そう……アイドルは大変よ?貴女がどんなに可愛くても売れる訳じゃない。給料だって厳しい、私生活なんてあってないようなものよ。ストーカーの被害だって……」

 

そこで一度区切ったミヤコは、ルビーの目を見つめる。桃色の綺麗な瞳、片眼はアイと同じ星が輝いていた。

 

「それでも、貴女はアイドルをやる?」

「やるっ!当たり前だよ。やっと、やっと私もなれるんだから……ママみたいなアイドルに絶対なるんだ!」

 

ルビーの熱い想いが部屋に立ち込める。

何時の間にか立ち上がっていたアクアが、冷静に彼女に問いかけた。

 

「……本気なんだな?」

「本気だよ!」

 

彼女の思いを聞いたミヤコは、静かに目を閉じる。

答えはもう決まっていた。

 

「なら、今日行くグループに入るのは辞めて……ウチの事務所に入りなさい」

「え?」

 

ミヤコの言葉に、ルビーは呆けたような顔をする。その後ろでは、アクアが静かに見守る。

クスッと笑ったミヤコは、いまだ呆けている彼女に手を差し伸べ―――

 

「ルビー、うちでアイドルやらない?」

 

今度は言えた。

 




アクアくんとルビーちゃんってミヤコさんのこと「ミヤコさん」って呼んでたよね……?
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