皆様、ありがとうございます。
今回も、独自設定と独自解釈が含まれます。ご注意ください。
「ニノちゃん」
電話の向こうで、死んだ筈のアイが女の名前を呼ぶ。
ニノ―――新野冬子は、何が何だかわからなかった。
始めは、質の悪い悪戯電話だと思った。だから、一言嫌味を言って切るだけでいい。
しかし、ニノは自分が泣いている事すら忘れて、その声に憑かれていた。
その声はたまらなくアイの声なのだ。
彼女の中で、アイは唯一無二の存在だ。この世のどこを探しても、彼女を超える者はいない。
当たり前だ。星野アイはこの世で唯一の一番星、他の星がどんなに輝いても、綺麗だったとしても、全てが等しく二番星なのだから。
そんな彼女の声を、ニノが間違える筈がなかった。間違える訳がない。
(アイ……アイの声……)
だから、どうすればいいのかわからない。
スマホの向こう側に、アイがいる。
十中八九彼女は幽霊だろう。それ以外に説明が付かない。化けて出たのか、お盆にはまだ早い。アイの事だから、関係なしに帰ってきそうではあるが。
彼女に何を言ったらいいのか、何と言葉を掛ければいいのか―――どう赦しを請えばいいのかわからない。
「あれ?ニノちゃーん……もしもーし、聞こえてるー?」
人の気持ちも知らないで、スマホからはアイの呑気な声が聞こえてくる。幽霊なら、もう少し怖がらせに来た方が良いのではないだろうか。そんな事を、ニノは思ってしまう。
(はは……なんだか、馬鹿らしくなっちゃった)
こんなに真面目に考えているのに、当の本人はどこ吹く風だ。
昔からアイは変わらない。それは、幽霊になっても変わらないのだろう。なら、頭を痛めてまで悩む必要はなかった。
ニノは、昔のように嫌味を言おうとして―――
―――本当にそれでいいの?
開いた口を閉ざす。
このまま昔と同じで良いのだろうか。
これは奇跡だ。
どんなに大金を積んでも、どんなに徳を積んでも叶えることが出来ない幸福だ。自分如きが掴んでいい幸福ではない。
(そうよ……奇跡や幻聴だとしても、私がアイと話す事は赦されない)
アイの声を聞けただけでも幸せ者なのに、会話なんて―――どのツラ下げてするというんだ。
ゆっくりと通話終了ボタンに手が伸びる。
これ以上望むべきじゃない。
スマホからは「おーいニノちゃん」とアイの声が聞こえる。止めて欲しい。そんな声で呼ばれる資格なんてない。
だから、早く通話を切るべきだ。
ニノは唇を強く噛む。目を瞑り、震える指で通話終了ボタンを押そうとして―――
(私のせいでB小町がギスギスしてる―――私はまた皆と仲良くしたい。仲直りしたいです)
(もしも、ブログを見たらさ―――今度会った時教えて欲しいな)
(あんな所に書くなバカって、本心ならちゃんと直接言えよバカ野郎ってさ)
(そしたら私、バカでごめんねって……)
不意に、あのブログで見たアイの本心が頭をよぎる。
あんなモノはアイじゃないとブログごと削除して否定した。
アイの本心から目を背けて、逃げてしまった。
もしもあの時、アイが死ぬ前にブログを読んでいたら。なんて、都合の良い事がある訳がない。
だけど―――これは、そのもしもの延長線上だ。
どうしようもない。救いようのないニノに、何故か神がくれた奇跡。
(それなら、少しだけ……今日だけでも、夢を見させて)
ニノは、ゆっくりと目を開けてアイに語り掛けた。
「久しぶり……お盆にはちょっと早いんじゃない?」
「あはは、確かにそうかもね。元気にしてる?」
「……あんたがそれ言うと、嫌味にしか聞こえないんだけど。元気よ」
「そーかな?」と笑うアイ。あの頃と変わらない。
変わったのは、大人になったニノの方だ。当たり前だ。アイは死んだ時と同じだろうが、彼女が死んで十数年も経っている。
ニノからしたら、アイはまだまだ子供だ。
だから。
一瞬の静寂。
ニノは、勇気を出して踏み込んだ。
「…………ブログ、見たよ。なん、で!なんで、あの時言ってくれなかったのよ……」
「あはは」
まただ。アイは笑って誤魔化そうとする。
でも、今日は―――今日だけは逃がさない。アイから逃げない。
「バカ……」
「え?」
「バカっ!!アイのバカやろう!!」
ニノは叫ぶ。視界がぼやける。熱い想いがこみ上げる。
久しく感じてなかった想いが、彼女の頬を伝った。
ニノの見える景色が変わる。
あの日の楽屋だった。彼女の目の前には、B小町の衣装を着たアイが笑顔で立っていた。
ニノは、これが幻覚だと、都合の良い夢だと直ぐにわかった。
後ろを振り返って、あの時と同じようにアイから逃げれば、この夢は覚めるだろう。そうすれば、また元の生活に戻れる。
これ以上アイに踏み込めば、取り返しのつかない事が起きる。ニノの心が叫ぶ。
しかし、今日だけは逃げないと決めた。
グッとこぶしを握り締めたニノは、アイに近づく。
こんなこと許されない。許されるはずがない。許されるべきじゃない。する資格なんてない。
それでも―――ニノは、虚空に向かって手を差し伸べる。彼女の眼には、アイがいた。
笑顔だった彼女の口がゆっくりと開く。
「あはは……バカで、ごめんね」
―――掴んで、くれた。
相変わらず目の前のアイは笑顔のままだ。でも、その頬には一筋の涙が流れる。
初めて見えた。アイの涙。
ニノの心は、もうぐちゃぐちゃだ。
「ホントに、バカだよ……アイ」
「うん、そうだね」
涙が床を濡らす。鼻水が止まらない。
今のニノの顔は、見るに堪えないブサイク顔だ。とてもファンに見せれる顔じゃない。
でも、ここには彼女とアイしかいない。
あの時の―――続きが始まる。
「アイ、あの時……酷いこと、私……酷いこと言っちゃった。ごめんね……ごめんねアイ」
あの時言えなかった言葉。
ずっとずっと言えなかったことを後悔して、諦めていた。でも、やっと言えた。
しかし、ニノの心の中の闇が囁く。アイは「そんな事覚えてない」「そんなこと言ったっけ?」と。
わかってる。そんな事はニノ自身が良く分かっている。
アイは最強無敵のアイドルだ。こんな言葉なんて一々覚えている訳がない。
「うん。私は大丈夫……許すよ」
「っ!!」
こんなのアイじゃない―――心が否定する。
否定しないといけない。
アイは最強無敵のアイドルで、一番星で、弱みなんて絶対に見せない完璧な存在だ。
目の前で語り掛けるアイは、ニノの知ってる彼女じゃない。こんな姿、望んでない。
でも、どうしようもない程アイだった。
最強無敵のアイドルの―――一番星の―――違う。どれも違う。
大切な何かが崩れる。
必死に縋っていたモノが、偶像が崩れる。
(違う。崩れちゃダメだ。これが崩れたら……私は、私はっ)
ニノは必死に崩れた欠片を集める。集めようとして、誰かが彼女の手を引く。
振り返れば、そこにはアイが居た。
これはニノの妄想だ。都合の良い夢だ。
でも、アイは彼女の手をずっと握っていた。
「ニノちゃん、あのね」
スマホからアイの声が聞こえる―――それに合わせて、アイの幻想が動く。
(やめてっ)
声が出ない。
「良かったら私と―――」
聞いてはいけない。
そんなことより欠片を集めないと。最強無敵のアイドルが。
(やめてっ。やめてやめてやめてっ!!)
どんなに否定しても、アイの手は振りほどけない。
ニノの後ろで、何かが崩れる音が聞こえる。
「仲直り、してくれないかな?」
「あっ……」
アイの声だ。
最強でも、無敵でも、何でもない……何者でもないアイの声だった。
これは幻覚だ。都合の良い夢。
ニノの前には、ダサい服を着た女の子が立っていた。靴下は交互で柄が違うし、靴は汚い。
でも、紫がかった黒髪は綺麗で、嫉妬しちゃうほど美人さんで、瞳には星が宿っていた。
(ズルいよ……ズルいよアイ。そんなキラキラした瞳で見られたらさぁ)
何もかもどうでもよくなってしまった。
「はは、全くアイには敵わないなぁ……勿論だよ」
ニノは彼女に笑いかけた。
すると、満足そうに目の前の
あとには、変わらない風景が彼女を出迎える。
うす暗い部屋。パソコンの画面に映るアイが、ニノに笑いかけている。
夢が覚めたのだと、奇跡が終わったんだとニノは感じた。
何も変わってない。
アイの幽霊と仲直りした所で、ニノが犯した罪が消えることはない。許されることもない。
結局、ニノの中でアイは「最強無敵のアイドル」であることは変わらない。
でも、ニノの心には眩しい一番星が輝いた。彼女の心を照らしてくれた。
(ありがとう。アイ……これで私も)
静かに目を瞑ったニノは、天国にいるであろうアイに祈りを捧げ―――。
「良かったー……あっ!!やばっ!!時間がなっ……硬貨!硬貨……ない!?」
ん―――?
何か、聞こえてはいけない声がニノのスマホから聞こえた。
「えーと、また今度会ってゆっくり話そ!一週間後に○○集合で!!あと―――」
途中で電話が切れる。
「……え?」
(夢じゃ、なかった?)
いや、そんな訳がない。アイは死んだ。
葬儀に参列したのも覚えている。毎年、彼と一緒に彼女の墓参りに行った。
(そうよ……彼のとこにもアイから電話があったんじゃ?)
ニノはスマホの連絡帳を開き、彼に電話を掛けようとする。
しかし、止めた。
もしアイから電話が来ていたら、真っ先にこちらに連絡して来るのがわかったからだ。
ニノと彼は、取り返しのつかない過ちを犯した共犯者だから。
それがないと言うことは、アイはニノにしか電話をしていない。
つまり、アイは彼より先にニノに連絡をしてくれたのだ。
それは、彼よりもニノの方が優先順位が高いと言っているようなもの―――。
「ふふ、アイったら……」
これはニノの都合の良い妄想だ。
しかし、彼女はそれを疑わない。ここにもし第三者が居れば、冷静になれと指摘しただろう。だが、彼女を止める者はいない。
(一週間後、そこで全てがわかる)
死んだ筈のアイから「会おう」と言われた日にち、その日を予定表に入れたニノは、部屋の明かりをつけた。
「死者から電話が来た者は、一週間後に死ぬ」そんな都市伝説を、ニノはアイドルの頃に聞いたことがある。
馬鹿馬鹿しいと思っていたが、ニノはそれが本当だとしても良かった。推しの子の電話で死ねる。許されざる罪を犯した自分には、勿体ない最期だ。
「流石に、ゴミは片付けよう」
何時死んでも良い様に、仮に死ななかったとしても、その日を最後にしようとニノは心に決めた。
―――ニノがアイに無茶なお願いをされるまで、残り一週間。ある意味、死んだほうが良かったと羞恥に悶えるまでのカウントダウンが始まった。
もっとニノちゃんの葛藤やドロッドロの感情を書きたいのですが、私の拙い文章力ではこれが限界です。こんなの違う!と思った読者様申し訳ありません。
あと、ホラーっぽくしてニノちゃんの感情をかき回してやろうかと思っていましたが、ハピエンってタグにあるのでやめました……
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