奇跡の子   作:マロンと栗

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第六話

星野アイがニノと電話をした少し前。

 

アイの息子である星野アクアは、子役時代からお世話になっていた監督の実家で夕食を貰い、帰路についていた。

 

(ふぅ……食い過ぎたな)

 

少し出たお腹をさする。メニューはトンカツなどの油ものだったが、三十前の前世と違い今は十代である。

この程度のこってりは、彼の中で許容範囲内だった。

 

アクアの前世は、しがない産科医だ。

何処にでも居る普通の、いや医者というだけで普通ではないかも知れないが、とりあえず普通の人間だった。

そんな普通の人間「雨宮吾郎」は、アイドルグループB小町のアイを推していた。そのキッカケを作ったのは、彼が研修医の頃に担当していた少女である。彼女もまた、アイの熱狂的なファンだった。

しかし、残念ながら少女は難病で、十二歳という若さでこの世を去る。

 

それから四年後、吾郎の元に推しがやってきた。彼女は妊娠しており、彼がアイの担当医になった。

吾郎は真面目だ。いくら推しだろうと、きっちり仕事はこなす。勿論、アイドルの推しが妊娠というとんでもない事実に、彼の心は乱れに乱れた。

今をときめくアイドルの妊娠。それはアイにとっても彼女の所属する事務所にとっても爆弾だ。ファンやマスコミに知られたら、どうなるかなど火を見るより明らか、産まないという選択肢もあった。

 

しかし、アイは「産む」選択をした。あの日吾郎に語ったアイの願いを叶える為に、吾郎は医者として彼女に寄り添う。

 

そして、アイの出産予定日―――雨宮吾郎は何者かに崖から突き落とされて殺された。

そこで終わるはずだった彼の人生は、思わぬ再スタートをする。

 

アイの産んだ双子の片割れとして転生したのだ。

 

初めは自身に起きた不可解な現象と、愛久愛海(あくあまりん)というキラキラネームに遠い目をしていた。

しかし、推しであるアイドルの子供に産まれて喜ばないファンはいない。

同じく前世の記憶を持つルビーと一緒に、アクアは幸せな生活を送れていた。

 

あの日、星野アイが殺されるまでは。

 

十数年経った今でも、アクアはあの日の事を鮮明に覚えている。

アイは、自宅にやって来たストーカーに腹部を刺された。徐々に冷たくなる彼女を、看取ることしかできなかった。

医者なのに救えなかった己の無力さと、最愛の母親と推しを同時に失った喪失感で、一時期アクアは生きる意味を失っていた。

そんな彼に転機が訪れる。

世間がまだアイの死亡に悲しみに暮れる中、アクアは呆然とテレビを見ていた。

 

アイを殺したストーカーは自殺した。犯人は何処にでもいるような「普通の大学生」だとニュースキャスターが言う。

前世の自分を殺したのも十中八九奴だろう。とアクアは思う。暗くて顔は見えなかったが、背格好は同じだった。

 

そこでふと、アクアは疑問に思う。

 

犯人の男は何でもない大学生だ。そんなヤツが「偽名を使っていたアイの本名知っていて」「隠していた病院を突き止め」担当医だった雨宮吾郎を殺した。そして「引っ越したばかりの新居を特定して」彼女を殺した。

 

どう考えても不可解だ。マスコミや記者ですらアイの私生活を暴くことは不可能だったのに、ただの大学生に出来る筈がない。

 

情報を提供した奴がいる。それも、彼女をよく知る者の中に。

アイと不仲だったB小町のメンバーは論外。彼女と病院に一緒に来た苺プロの社長は、アイの事を自分の娘のように大切にしていた。

それならアイの親族かとも考えたが、彼女は施設育ちだ。母親がいるらしいが、連絡先も知らない様子だった。

 

そうしてアイの身近な人物を順番に消していくと、アクアは一人の男にたどり着く。

 

「アクアたちの父親」だ。

 

アイは誰にも父親の事は話していない。戸籍上の親である社長たちにもだ。

何も手掛かりがない状況だが、アイの交友関係は驚くほど狭い。先程と同じように考えていけば、相手はアイと同じ「芸能人」にたどり着く。

 

つまりアクアたちの父親は芸能界にいる。

 

虚ろだったアクアの片目に、黒い星が輝く。

 

「アイをあんな目に遭わせたヤツを見つけて殺す」

 

アクアの生きる意味が見つかった瞬間だった。

 

それから十数年。アクアは自身の中に抱く暗い感情を誰にも悟られないように、目的に向かって突き進んでいた。あの日抱いた想いは未だ風化することはない。

ただ、一つ変わったことは「ヤツを殺す」のではなく「ヤツに復讐をする」ということだけだ。

 

(必ず見つけてやる。たとえ、どんなことをしても)

 

アクアは、ぐっと拳を握った。アイと同じ輝きを放つ片目には、黒く暗い星が輝いている。

 

―――カラスが鳴いた。

 

「やぁ、人の子」

 

アクアがとある公園に差し掛かった所で、声が聞こえた。

立ち止まる。彼が横目で確認して見れば、近くのベンチに座る人影が一つ。

そこには、カラスに囲まれた白髪の少女がいた。年齢は五歳前後に見える。月夜に照らされた彼女が、アクアに微笑む。彼の瞳の星が黒く輝き、目を細めた。嫌な奴にあったと、顔が語る。

それを見た少女が、やれやれと首を振った。

 

「それが年端もいかぬいたいけな少女に向けていい目かな?」

「黙れ疫病神。お前のような子供がいるはずないだろ」

 

付き合ってられんと、アクアは少女から遠ざかる。

 

「星野アイが生きていると言ったら、君はどうする?」

 

カラスが鳴き、アクアの足が止まる。先程よりも鋭い顔で、彼は少女を睨んだ。

 

「……お前が言ったじゃないか。アイはもう居ないと」

 

アクアが初めて会った時、目の前の少女は確かにそう言った。

始めは「何を言ってるんだコイツ」と怪訝な表情をしたが、彼女はアクアが転生者だと知っていた。そんなことを知っている年端もいかぬ少女。

アクアには、彼女が少女の皮を被ったナニかに見えた。

その日を境に、少女はアクアの前に度々現れては要らぬ助言をする。ソレがまた彼の心をかき乱す。あの日の感情を忘れるなと。

 

アクアは、今日もそうだと思った。

しかし、蓋を開けてみれば少女の戯言だ。付き合っていられない。そんな彼の感情を読み取ったのか、少女は意味ありげに微笑む。

 

「あぁ……そうだったね。今言った事は忘れてくれ。私もどうかしてた」

「……もう俺の前に現れるな。不愉快だ」

「おぉ、口は災いの元だな。嫌われてしまったらしい」

 

わざとらしくおどけて見せた少女をひと睨みしたアクアは、足早にその場を去る。

しかし、一度立ち止まり少女に向き直った。

 

「お前、なんでアイが生きてるなんて言った?」

「おや?もう話さない方が良いんじゃないのかい」

「うるさい。お前はイラつく奴だが……間違ったことを言ったことがない」

「それは君なりの誉め言葉かな?」

 

「むふー」とまんざらでもない顔をした少女に、アクアは若干のイラつきを覚える。

 

「さて、何故だろうね。私の知らない所で、何かとてつもない大きな力が働いた……からかな」

「意味が分からん」

「そうだろうね。私自身も、よくわかっていない……」

 

そこで区切った少女は、少し考え事をする。

 

「すまない。一つ聞きたいんだが、火葬した時にアイの遺骨はあったか?」

「あったと……いや、待て」

 

アクアは顎に手を当てて考える。

葬儀の日、棺いっぱいの花に囲まれたアイと最後の別れをした。

そして、次に会った時には―――。

 

「骨らしきモノはあった。だが、異常に少ないと、こんなこともあるのかと葬儀屋の人が驚いていたな……」

 

あの時は、漠然とアイの骨を集めた。「これしか残らないのかと」アクアは思いながら、小さな小さな……それこそ、目を凝らさなければ見つけられないような小さな欠片を必死に集めて骨壺に入れた。

 

「それがどうした?何が言いたい」

 

骨が残らなかったことに思うところはある。しかし、その可能性はゼロじゃない。

だからアクアには、少女がそんな事を聞いた理由がわからなかった。

アイは死んだ。目の前でそれを見ていた。火葬される瞬間まで、アクアはずっとアイを見ていた。

 

「私から言える事は一つ。アイはあの日確かに死んだ」

「……そうか」

 

アクアは無表情に答えると、少女の前から立ち去る。

彼を無言で見送った少女は、意味ありげな笑みを浮かべた。

 

「アイは生きている。全く、困ったものだね……」

 

そう言った。

しかし、その言葉は彼には届かない。

 

「今から追いかけて言ってしまおうか?」

 

少女は周りにいたカラスに問いかける。「カー」と短く答えた彼らが、彼女の周りから飛び立った。頭上を輪を描くように飛んだカラスたちは、ある場所に一斉に向かう。

 

「うん、そうだね。まずは彼女に会ってからだ……」

 

「よいしょ」と少女がベンチから立ち上がる。時刻は夜、子供が出歩くような時間帯ではない。

大人に見つかれば、確実に声を掛けられて近くの警察署行きだ。それだけは避けないといけない。

ならばタクシーで行こうかと少女は考えて、可愛らしいサイフを取り出す。そこには、デフォルメされたカラスが描かれていた。

財布の中身を確認する。

 

「ふふ、なるほどね」

 

少女は真剣な表情になる―――見つからないように徒歩で行くしかない。

 

 

 




ツクヨミちゃんはまだわからない所だらけなので、かなり独自解釈と設定が入っています。わかり次第訂正していきたいです。
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