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陽東高校は、日本でも数少ない芸能科がある学校だ。一般科とは違い、芸能科は誰でも受けれるわけではない、条件として芸能事務所に所属している証明書が必要なのだ。
先日、苺プロダクションに所属した星野ルビーは芸能科を受験、双子のアクアは彼女が心配という理由で一般科を受けた。
二人とも特に問題もなく―――アクアは面接官にキラキラネームを驚かれていたが―――試験を終えた。その帰り道に、アクアが子役時代に共演した天才子役の有馬かなに出会い、巡り合わせで彼女がヒロインをやっているドラマに出演することになった。
それから数日―――アクアは、何時ものように監督の所で映像の編集作業を手伝い。今はその帰り道である。
スマホを見ると、有馬かなから連絡が来ていた。アクアは立ち止まり、内容を確認する。
どうやら出演するドラマについて話があるらしい。ご丁寧に集合場所と時間が記載されていた。
(……電話じゃダメなのか?)
そんなことを思いながらも「了解」とアクアは返信する。直ぐに可愛らしいスタンプが返ってきた。
そのスタンプに返信するかしないか迷い、とりあえず一旦スルーしておくことにしたアクアは、スマホをポケットに入れて歩き出した。
冷たい風がアクアの髪を揺らす。
もう少しで春ではあるが、夜はまだまだ寒い。吐いた息が白くなる。彼の身体を凍えさせた。
しかし、アクアの心は更に冷たく、暗闇に包まれていた。
だからアクアは、鏑木に接触する為にドラマに出演することを決めた。どうにか隙を見つけて、毛根などのDNA検査に必要な物を採取する為に。
アクアにとって、役者は父親を見つけるための手段の一つでしかない。
しかし―――。
《アクアは、役者さん?》
アイが死ぬ間際に言った言葉が、忘れられない。
一時期アクアは本気で役者を目指していた時期があった。その為に監督に指導してもらいながら、映像関係の編集をして知識を高めていった。
しかし、やればやるほどその道が険しいことに気づく。自分にはアイのような才能がないとわかった瞬間―――アクアの中で、夢は手段の一つに換わってしまった。
だが、どうにも諦めの悪い自分がいるらしい。アクアは自分の気持ちを抑え込むように短く息を吐く。
(今は鏑木に集中しよう)
彼の瞳には、黒い星が輝いていた。
☆
何時の間にか苺プロの横にある自宅に着いていたらしい。
アクアはドアを開けようとして―――ドアの前に小包があることに気づく。何故か底の面が上を向いていて、怪しさ全開だった。
(何だこれ……爆弾、なわけないよな)
恐る恐る片手でそれを拾ったアクアは、箱に何か書いていないか確認する。裏返して表面を見る。そこに書いてあった名前を見た彼は、目を見開き直ぐに自宅へと入っていった。
―――その姿を確認したカラスが、満足そうに鳴いて飛び立つ。
「あらアクア、おかえり」
「アクアお帰り~。聞いたよ!ドラマ出るんだってねー」
アクアが部屋に入ると、イスに座って髪を乾かしているルビーと、彼女と話をしていたミヤコが彼を出迎えた。
二人に何も言わずコートをソファにかけたアクアは、イス―――ルビーの隣―――にどさりと腰掛けた。
「どうしたの?なんか、顔色悪くない?」
ルビーは、帰ってきてから一言も話さないアクアが心配になる。ミヤコも同じ思いなのか、「何か飲む?」と優しく語り掛けた。
「……玄関にこれが落ちていた」
二人に大丈夫だと伝えたアクアは、持っていた小包をテーブルに置く。一見普通の小包に見えるソレを、二人は恐る恐る見て―――。
「え……?」
「嘘、でしょ」
ルビーは目を丸くし、ミヤコは口に手を当てる。
宛名にはルビーとアクアの名前が書かれており差出人の所には―――アイ。と書かれていた。
「これ……本物?悪戯とかじゃなくて?」
ルビーが箱をつつく。どうみても怪しかった。
「あぁ、俺もそう思ったが……俺たちがアイの子供だって知っている人間は限られている。その中に、こんなくだらん悪戯をする人はいないだろ」
チラリとアクアがミヤコを見れば、彼女も大きく頷いた。
「えぇ、こんなことをする人は居ないと断言するわ……だから、扱いに困るのよね」
ミヤコとアクアは頷きあう。唯一事の重大さをわかっていないルビーが、小包を手にした。
「中身見て決めちゃえば良いじゃん」
「おま、バカっ!!」
アクアの止める間もなく、テープを剝がして箱を開けてしまうルビー。ミヤコは、「むやみに開けちゃダメって教えてこなかった私のせいね」と頭を抱えている。
箱の中には、緩衝材がこれでもかと入っていた。その中央には、一つのSDカードがあった。
「……かなり古いタイプの、それこそ十年以上前のやつだ」
それにしては保存状態がすこぶる良いなとアクアは自分で思う。手に取って見てみれば、まるでつい最近おろしたばかりのような綺麗さだった。
「当然中身は確認するんだよね?」
ルビーの問いかけに、アクアとミヤコは再び視線を合わせる。コレにアイに関する何かしらが入っていればいいのだが、もし違った場合―――それこそ、変なものが映っていたら目も当てられない。
「とりあえず私が見てから判断する。それで良いわね?」
「あぁ」
「えー!私も見たいっ!!」
「だからそれを見ていいかミヤコさんが確認するんだよ」
「ぶー」と口を膨らませて抗議するルビーの相手をアクアに任せたミヤコは、パソコンで中身を確認する。間違っても音が出ないようにミュートにすると、中に入っていた動画を再生した。
「―――アイからよ」
静かにそう言ったミヤコは、二人の方にパソコンの画面を向ける。そこには、笑顔を浮かべる星野アイが映っていた。
「っ……アイ」
「ママっ!!」
椅子から乗り出すルビー。その横では、アクアが目を見開いている。
『うーん、迷ったんだけど、もしも私に何かあった時の為に、これを残しておきます―――やっぱり、何事も備えておかないとね』
「勿論、何もないのが一番なんだけど」と、笑顔のアイが二人に語り掛ける。
内容は小学校入学おめでとうから始まり、少し早い中学校卒業のお祝いビデオレターだった。
「小学生の二人は可愛いだろうなー」と彼女は二人の姿を想像し、「中学生のルビーは私に似て美人さん」だとか、「アクアは賢いから周りから浮いてないか心配」など二人の将来を楽しみに語っていた。
アクアもルビーも、アイからのメッセージはとても嬉しい。だが、思うところはある。
彼女があの日殺されていなければ、アイが今こうしてビデオレターで語っている内容は、現実でありえたことだからだ。
もしもアイが生きていたなら、このビデオレターも「こんなこと言ってたねー」なんて笑い話で済んだのに、今はもうどこにも居ない彼女からの言葉に、二人の心は喜びと悲しみが混ざり合っていた。
『ルビー、アクア』
アイが二人の名前を呼ぶ。
『これは前のビデオでも言ったことだけどさ―――』
アイが微笑む。彼女の視線が、初めて僅かに動いた。
アクアとルビーは、画面越しで彼女と目が合う。
『元気に育ってください。母の願いは、それだけ。だよ』
そこで映像は止まった。
「ママ……ママっ!」
ルビーは泣きじゃくり、アクアは静かに目を瞑る。二人はアイの言葉を違う形で噛みしめながら、感情の整理をする。そんな二人を、ミヤコは静かに見守った。
☆
「……で、コレについてだが」
ルビーはそのまま泣きつかれて寝てしまった。
アクアは彼女を寝室に運んだあと、ミヤコとビデオレターに付いて話をする。
議題は、誰が一体どんな目的でコレを送って来たか。だ。
「単純に考えるなら、生前アイに頼まれてって感じよね」
「何故今になって?」
「そりゃー……わからないわ」
正直、ここで話しても全て可能性の話でしかない。
一番手っ取り早いのは、事務所前に設置された防犯カメラの映像を確認することだ。そうすれば、届け人がどんな人間か直ぐにわかる。
とりあえず話はそれからだと二人が話している時―――電話が鳴る。
「あら、私だわ」
机に置かれていたミヤコのスマホが光っていた。手に取って確認してみると、相手は苺プロ所属の超人気ユーチューバーの奇跡ちゃんからだった。イスから立ち上がり、アクアから少し離れた位置で電話に出る。
「どうしたの?……えぇ……使っていないB小町の予備の衣装なら貸せるわ……えぇ、わかった。それじゃあ」
「B小町?」
アクアは、B小町という単語に反応する。
電話を盗み聞きする訳ではなかったが、タイミングがタイミングである。聞かずにはいられなかった。
「奇跡ちゃんが撮影でB小町の衣装を借りたいんだってさー……アイとニノのヤツ」
「そうなんだ……コラボ?」
「そこまでは言ってなかったわね。まぁ、彼女の事だからきっとそうよ」
「ふーん、よくアイの体型と合うよな」
「あんたそれ本人の前で絶対言っちゃダメよ……」
「わかってるよ」と言ったアクアは、何となくユーチューブを開いて奇跡ちゃんのチャンネルを開く。そして、前に踊っていた『B小町さんのサインはB踊ってみた』を見た。
『ア・ナ・タ・のア・イ・ド・ル~、サインはB-!!チュッ♡』
曲に合わせて、顔を段ボールで隠した奇跡ちゃんが踊り始める。下の服は、B小町のアイの衣装を着ていた。
―――似ている。
アクアは、奇跡ちゃんにアイの姿を幻視した。
身長は段ボールのせいでわからないが、体型は殆どアイと一緒だ。彼女の衣装を着れて踊れているのだから当たり前だが、中々合うことじゃない。
勿論踊りも完璧だ。ポーズ一つで人を惹きつけ、ダンスで魅了する。奇跡ちゃんは、まさにアイのような天性の才能を持った人だった。
『星野アイが生きていると知ったら……君はどうする?』
ふと、あの少女の言葉がアクアの頭によみがえる。しかし、彼女は以前アイの生まれ変わりはありえないと否定した。
信じたくはないが、信じるしかない。
星野アイがもうこの世のどこにも居ないとアクアもわかっている。
しかし、一度考えてしまった可能性を捨てきれない自分が居た。
「なぁ……奇跡ちゃんっていつ衣装取りに来るの?」
「明後日使いたいみたいだから、明日よ」
「急だな」
「そうね。本人も忘れてたみたいで、謝ってたわ」
残念なことに明日は有馬かなと会う約束がある。アクアは一瞬彼女との約束をキャンセルしようかと考えたが、そこまでする必要はないと判断した。
奇跡ちゃんがアイの生まれ変わり。
アクアは、馬鹿馬鹿しいと心の中に浮かんだ非現実的な可能性を捨てた。期待して裏切られる気持ちは、一度味わうだけで充分だ。
ただ、一度引っかかると気になってしまうのも事実である。
アクアは心の片隅に奇跡ちゃんを置いておく。
とりあえず今はアイからのビデオレターを送ってきた人物を見つけるのが先だった。
☆
後日―――アクアとミヤコが監視カメラを確認してみると、小包が置かれる前後の時間だけ映像が真っ暗になっていた。カメラの故障ではない。何かがその瞬間だけ映って起こった不運だった。
不運で片づけるには些か出来過ぎているが、映っていないのなら仕方がない。
この件は、一旦保留ということになった。
ミヤコは奇跡ちゃんに言われた衣装を準備しに事務所に行き、アクアは出掛ける準備をする。とは言ってもあとは着替えるだけなので、彼は自分の出演するドラマを見ることにした。
ドラマの名前は「今日は甘口で」略して「今日あま」、少女漫画が原作になる。アクアも漫画を持っている超名作だった。
(確か全六話で三話までネットで配信されてるんだっけか……)
とりあえず軽くでも見ておけば雰囲気や役者の感じがわかるだろうと、アクアは再生ボタンをタッチした。
『オマエ、ソンナカオシテ―――』
棒読みの男が、ヒロイン役の有馬かなに話しかける。
何だこれは―――と思っていると、次々出てくる棒読み野郎共に、アクアは眩暈がした。
原作通りかどうかなんてハナから話題に上がらないレベルの、演技の下手さだった。
原作者は勿論だが、原作のファンはキレて良い。
唯一の救いは、ヒロインを有馬かなが演じていることだろう。彼女の演技だけは別格だった。あとは、裏方が優秀だから何とか……辛うじて、頑張れば見れるように出来ているくらいだ。
(役者の夢を諦めたとはいえ、これは少し)
アクアの中で、役者はあくまで父親を見つけるための手段に過ぎない。だから、良い演技をしようとか、良い作品にしようなんて二の次だ。
ただ、それにしては酷い出来だった。
《アクアは役者さん?》
アクアはアイの言葉を思い出す。役者は復讐相手を見つける為の手段でしかない。
しかし、先程の彼女の言葉が頭から離れない。
《元気に育ってください。母の願いは、それだけ。だよ》
アイは「それだけ」の部分をやけに強調して言っていた。そこに彼女の思いが詰まっているとわかる。
(今の俺を見たら……アイはなんて言うんだろうな)
「大きくなったね」と喜ぶだろうか。「流石私の息子、イケメンだねー」と嬉しがるだろうか。それとも「復讐なんてやめなよ」と言うだろうか。
(いや、最後のはどう考えてもありえねぇだろ…………)
アクアは頭を振る。ドラマを止めてスマホを見てみれば、有馬かなと約束していた時間が迫っていた。
要らぬ考えを払い落とすように立ち上がった彼は、外出用の服に着替えると玄関へと向かった。
玄関に飾られたアイの写真が、アクアの目につく。
「……いってくる」
アクアは、ぶっきらぼうに呟いて出掛けて行った。
次回はニノちゃん回