Blue Archive vol.AGITΩ 作:mukugawa
───ガタンガタンと、聞き慣れた音が鼓膜を揺らしている。
体を揺らす小さな振動と組み合わさって、自分が電車に乗っているのだと気づいた。
「……」
目を開く。
眼に降り注ぐ光の情報量に圧倒され目を細めるが、次第にそれにも慣れてきた。
景色を左にスライドし続ける車窓の景色が見えた。
車内は白い内装もあってか、普通の電車よりも輝いて見える。幻想的とも呼べるかもしれない。
「───ごめんなさい」
気が付くと自分の対面に少女が座っていた。血にまみれた少女が。
誰に謝っているのかと周囲に目を配らせても、自分と少女以外の人間は確認できない。
とりあえず───
「病院行こうか」
「……はい?」
「いや血まみれじゃん。とりあえず電車降りて病院行こうよ」
席を立つ。
いったいこの電車がどこに向かっているかは知らないが、線路に沿って動いているんだから駅はあるだろう。
謝罪の意図はさっぱりわからないが怪我人を放っておくわけにもいかない。
あわあわと動揺する少女は見た目よりも元気そうだが、生憎とこの場に居合わせた俺は医者でも看護師でもないただの少年なのだ。
容態を確かめる術など体温と脈を測るぐらいしかできない。
「だっ、大丈夫!私は大丈夫ですから落ち着いて!」
「はいはいそうですよー、あなたは大丈夫なので大人しく座っていましょうね」
席を立とうとした少女の肩を手で制する。
頭がハイになってるのか、相当興奮しているようだ。
「ぬぬぬぬ……私の話を聞いてください!」
ブン、とバットを勢いよく振ったような風切り音と共に少女の頭が迫ってくる───
避ける暇などなかった。ゴン、という音と共に痛みが頭を駆けまわる。
「う、うおお……」
「ふぅ……この赤いしみはケチャップで、私は元気です。いいですね」
なるほど、確かにあわや脳震盪になりそうな頭突きを繰り出せる元気があるらしい。
もっと他に伝える方法があったんじゃないかと言いたいところだが、先に強引に負傷者扱いしたのはこちらだ。
この痛みは反省料として受け取ることにしよう。
「それで、あなたに聞いてほしいことが───あっ」
ーーーーーーーーーーーーーーー
「……むゥ」
肝心な所で目が覚めた……ような気がする。
ドリームワールドの第一村人がなにか言いかけたような気がしたか、耳に入る前に現実に帰ってきてしまった。
「ああ……もう」
鈍く痛みを主張する首を軽く揉む。
電車の座席に隣人が不在だからといって横になって寝ていたことがまずかった。
まだ背もたれを倒したまま眠りについていたほうがマシだったかもしれないが、過ぎてしまったものは仕方がない。
7時間だ。
東京始発からの長旅は、体をゴリゴリと削り取った。
しかし我慢のかいあってか、目を覚ましたのは終着点一歩手前のタイミング。
椅子に座り直していると終着を告げるアナウンスが車内に響き渡っている。
「しばらく電車はいいかな……体が石みたいだ」
自分で選んだ選択の結果だから何を恨むこともできない……いやまあ、これだけ時間がかかるくせに電車が一本しかない交通アクセス最悪の場所を恨むことはできるか。
「おのれキヴォトス……」
このへんてこな名前の街絶対許さん。
それはそれとしてアナウンスが鳴ったのだ。ささっと支度を済ませよう。
あくびをしながら、上のスペースに突っ込んであったキャリーケースに手をかける。
黙々と下車の準備を進めていると窓の外から大分遅い時間なのに眩しい街明かりが見えてきた。
学校案内に付属していたパンフレットにデカデカと『学園都市』なんてのせるだけのことはあるらしい。
東京以上に無駄に馬鹿でかいビルもいくつも見える。
夜は黒いカーテン閉めなきゃ絶対に寝れないなアレ。
「……ふぅ」
なにはともあれ明後日からは新しい学校だ。
気合をいちいち入れるたちではないが、それなりの気持ちにはしておこう。
学校案内にもわざわざ手書きで「覚悟を」なんて書いてあったし。
「よし」
電車の動きがブレーキ音と共にゆっくり止まった。
荷物を携えて後ろの方のドアから出口へと足を進め、自動ドアから外へ足を踏み出した。
他の車両から降りてきたのだろう。話し声が一気に駅構内を満たしていく。
学生専用の車両だとかで他の乗客などいないのかと思い始めていたのが、杞憂だったと安心した。
「やっと人が───?」
───降りてきたのはラフなYシャツに身を包んだ二足歩行の猫だった。
「人が────」
続いてスマホをいじりながらこれまたパーカーを着た二足歩行の犬。
「ひ、ひとが」
トドメだと言わんばかりにヘッドホンをかけてリズムに乗っているのか小刻みに震えるワイシャツにジーパンのロボット。そのヘッドホン意味あんのか。
「……疲れてんのかな」
非現実的な光景が回転寿司のレーンみたいなゆったりとしたスピード感で目の前を流れ続けている。
まさか寝ている間に小学校の頃によく見ていたファンシーな動物たちが織りなす教育番組の世界にでも紛れ込んだのだろうか……いや、そんなわけがない。
今日は部屋の支度を済ませてすぐに寝よう。
疲れてるにしたってここまでの幻覚はどう考えたって普通じゃない。
いくら心を病んでいたってここまでヘンテコな幻覚を見ることがあるのだろうか?暗いんだか明るいんだかさっぱりわからん。
「……コンビニ、寄るか」
───店員が文字通りの鳥頭だったことに驚く気力はなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
───キヴォトスに到着して1日。
スーパーマーケットで安い組み立て式の家具とか服一式をそろえて詰めるだけで半日が過ぎた。
残念ながらこの目が捉える住民の姿は依然ファンシーなままで、現実に帰ってくる様子はない。ようやく見つけた学生らしき少女も頭に輪っかが浮いているし、もう駄目な気がしている。
いや、わかってはいるのだ。自分の目は一切異常なんかなくてありのままの世界を映し続けているだけだと。実際に住民と接し続けていれば幻覚でないことはどうしようもなくわかってしまったんだから仕方ない。
「………」
カップ麺をすする。
部屋の中央に置かれた黒いテーブルに置かれたお盆が飛んだスープで汚れていく様をぼーっと眺める。
租借後に舌打ちをしながら雑巾で拭く……これ何回やんだろ。もう食事にすら集中できない程疲れ果てているらしい。
「うーん……」
まあ、いい。
さすがに半日も外で過ごせば意外と慣れるもんで、アパートに帰る頃には気にもならなくなっていた。
慣れてしまっていいのかはわからないが、もうそういうものとして受け入れることにする……ていうか一番の問題はそれじゃねぇ。
備え付けのベッドに置かれた学校案内と軌暮徒素のパンフレットにありったけの恨みを込めた視線を向ける。
確かにあの手作り感満載の学校案内とパンフレットの話を鵜呑みにしてのこのことこの町にやってきた自分にだって間違いなく落ち度はある。
でも治外法権は話が違う。
この先、日本国憲法通用せず……をリアルに経験するとか夢にも思わなかった。
因習のホラー村も遠慮したいが、弾丸が暴れ狂う世紀末都市だって絶対にご免だ。
きっかけは輪っかの浮いた時代遅れのスケバンを見かけたときのことだった。
肩から下げるタイプのカバンを身に着けているまでは良かったのに、当然の如くアサルトライフルを身に着けていて思わず飲んでいたコーヒーを噴水のようにぶちまけることになった。
サバゲーにでも使うのかなーなんて無理やり納得しようとしたのも束の間、「あんだゴラァアアアアアアアアッ!!」なんてとち狂った声を上げながらこれまた日用品のように銃を携帯していたスケバンと撃ち合いが始まる始末。
洋画のB級映画だって銃撃戦にはもっと脈絡があるのに、話を聞けば不良同士の小競り合いだというから、もう笑うしかない。
おまけに110番通報して現れたのが銃を構えた自分と年の変わらない少女たちで、怒号を上げながら銃撃戦に割り込んでいったりしてもう滅茶苦茶であった。
もう電車に乗って異世界転移説が説得力を帯び始めている。
法律どころか常識もここまでガラリと変わることがあるか?
「ぁぁあ………」
情けないうめき声を垂らして敷いたばかりの絨毯に体を沈める。
現状はさながら浦島太郎状態だ。
生徒は銃を持つのが常識で、コンクリをぶち抜く弾丸を喰らってもケロッとしていて頭の上には輪っか付き。住民はロボットかアニマル人間しかいない。
……いや、浦島太郎は時代を超えただけで世界は変わらなかったな。
「……明日、初登校だよなぁ」
チクタクとその時まで進み続ける時計を眺める。
この日、ジャズを流しながら眠りにつくまで「明日バスジャックあったらどうしよう」なんて妄想染みた不安に悩むことになった────
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……バスが進んでいく。
なにが乗っているかはもう気にしないことにした。
イヤホンを耳に着けて全力で思考と現実をシャットアウト。
「ねえ、あの人……」
「ちょっと、あんま見ない方がいいって……」
気のせいです。私は何の変哲もない生徒です。
銃を携帯して気に食わないことがあればブッ放す一般的なキヴォトスの生徒です。
黙って窓の外を見続けるが、代り映えのない景色にはどうも心を馳せることはできない。
近代的なコンクリの林と所々に見える砂地をただ眺め続ける。
学校案内に記載されていた通り砂漠化……実際に砂漠を見たことが無いから何とも言えないが、確かに砂に覆われている面積は多い。
この一方からの景色だけでも、砂漠と言われればなるほどと頷ける砂の町だ。
……そうやって思考をぐるぐると無駄に回していれば乗客の数はかなり減っていた。
『次はアビドス学校前』
膝の上のリュックを背負って座席を立ち上がり、運転手の元へと向かう。
「540円です」
財布から取り出した硬貨を箱へと投下。
運転手に礼を言ってからバスを降りる。
「定期券でお願いします」
どうやらここで降りる乗客がもう一人いたらしい。
定期券があるんだったらそっちに変えたほうがいいだろうか。
バス移動が久しぶり過ぎて色々と忘れている。
「あれか」
歩みを進めながら校舎の姿を捉える。以前通っていた学校とあまり変わらない……。
「……うん」
敷地内が砂まみれでバリケードみたいに跳び箱などの体育用具が並んだりしてはいるけれども。
あからさまに不良の格好をした生徒がたむろしていないだけマシ。
そう考えることにしよう。
「あ、あの」
「はい?」
「転入生の新条先輩ですよね?」
振り返ると赤渕眼鏡の少女に話しかけられた。
光輪が浮かんでおり、耳は先が尖ったエルフ耳である。
その声には聞き覚えがあった。
転入先の学校に問い合わせた時に電話口で聞いたものだ。
「じゃあ、君はアビドスの……」
「はい、1年の奥空アヤネです」
「新条テツヤだ。よろしく」
「はい!よろしくお願いします!」
奥空さんは満面の笑みでそう答えた。
なにがそんなに嬉しいのかはさっぱりだが、歓迎されていることは確かなようだ。
「………」
「あの、奥空さん?」
奥空さんにジッと頭を見られている。
いや、見られている理由は予測がつくが。
「あ、すいません……やっぱり外の人ってヘイローがないんですね」
「俺はない方が慣れてるんだけど、そんなに珍しい?」
「はい。生徒でないのは多分、キヴォトスの中でも新条先輩だけだと思います」
だと思ったよ、という言葉を飲み込む。
スーパーで買い出しに出かけるだけで視線を集めていたら、どれだけ鈍い人間でも自分に注目を集める理由があると気づく。
それも自分以外の人型がみんな頭に輪を浮かべていれば尚更だ。
どうやら自分はこの街でも圧倒的マイノリティらしい。
「あと実は……」
「どうしたの?」
奥空さんにはまだ何か言いたいことがあるようだ。
「男子生徒も新条先輩だけだと思います」
「……マジ?」
「少なくとも私は、先輩以外の男子生徒を見たことがないので……」
マイノリティどころの話じゃなかった。
俺一人?
こんなだだっ広い街にたった一人の男子生徒?
嘘だろ、と言いたいが、確かにこの2日間で男子生徒というものを見た覚えがなかった。
やけに女子生徒が多いなとは思ったがまさかひとりぼっちとは。
……いや、それはもう置いておこう。
とりあえず目下確認しなければいけないことがある。
「ごめん奥空さん。ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
「はい」
「銃持ってる?」
質問の意味が分からないのかキョトンとする奥空さん。
「……えっと、新条先輩。まさかとは思うんですけど、銃を持ってないんですか?」
「あ、はい。その通りですごめんなさい」
やっぱり持ってなきゃだめなヤツだ。
3日前は持ってただけで逮捕される場所にいたのに、ここでは携帯並みの必需品なのか。
昨日の時点で腹を括ってガンショップにでも行けばよかった。
この様子だと学校の行事でも使う可能性が高いのではなかろうか。
「い、いえ、謝る必要はありません!外では銃を携帯しないのは当然だと聞いていますから、無理もありません」
「やっぱり、必需品になるのかな」
「はい……今日の放課後、一緒にガンショップに行きましょう」
ありがたい申し出だ。
しかし、ただでさえ受け入れてもらった立場だというのに、これ以上お世話になっていいのだろうか。
終始穏やかな口調で相談に乗ってくれた天使奥空さんに申し訳ない思いで頭がいっぱいになる。
「大丈夫だよ。店くらいなら一人でも」
「駄目です」
「……え」
「先輩はまだキヴォトスには不慣れなんですよ?一人で出歩くのは危険すぎます」
正論であった。
初対面の後輩にここまでしてもらって情けない限りだが、銃撃戦に巻き込まれでもしたら明日の登校が危うくなる。
荒事には多少の自信があるが、弾丸ばかりはどうしようもない。
これから安全に武装するには、できたばかりの後輩の手を借りるほかないだろう。
「……ごめん。慣れるまで足を引っ張ると思うけど」
「大丈夫です!私に任せてください」
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校舎の中はキレイに清掃されていた。
清掃は当番制だが、奥空さんが休日に学校設備の点検で訪れた時にもやるらしい。
「小まめに清掃してるんだね」
「はい。気を抜くと砂が校舎まで入ってきてしまうので…」
外にあれだけの砂があれば当然のことか。
5人という少人数で校舎を管理する手腕には驚かされる。
その中にこれから自分が馴染めるかどうか……まあ、頑張ってみよう。
「新条先輩がいた学校はどんな学校だったんですか?」
「俺がいた学校か……結構古い学校でね。建て替え工事しないで増築と改築を繰り返してたから、学校祭なんかじゃよく迷路にされてた」
「迷路ですか?すごいですね…!」
通う側からしてみれば、とっとと改築しやがれと言う話なのだが。
流石に木造ではないが、ヒビの入った壁と所々欠けた床のタイルは何とも頼りなかった。
地震が来るたびに死を身近に感じる学校はあそこ以上にないだろう。
迷路のような通路だって、目当ての教室に行きたいのに遠回りしなければいけないほどの複雑さなんか誰も求めてない。
あの校舎を誇りに思ってるのは、全校朝会の時にべらべらと飽きもせずに学校の歴史を語る校長くらいのものだろう。
誰もまともに話を聞かないのにな。
アビドスの校舎はそれに比べて、いや比べるのもおこがましいぐらいしっかりしている。
前の校舎がヤバすぎて自分の感覚が狂っているのかもしれないが、比較すればするほど輝いて見えるくらいだ。
「新条先輩」
「どうしたの奥空さん?」
「本当にありがとうございます……アビドスに来てくれて」
急にかしこまった言い方をする奥空さんに驚く。
その理由は察しがつくが、こちらはそんな態度をとられる立場ではないのだ。
「止めてくれ、奥空さん。こっちはアビドスに受け入れてもらえるだけでありがたいんだ」
「ですが、今のアビドスはお世辞にも良いとは言えない状況です。それでも来てくれた先輩には、一言お礼が言いたかったんですよ」
奥空さんの言うことは残念ながら正しい。
周期的に襲い掛かる砂嵐の対策に資金を投じながらも中々成果が出ず、膨らみに膨らんだ約10憶の借金を抱えるアビドスは常に崖っぷちだ。
電話口でそれを聞いた時は驚いたし、その借金を学生が必死に返済していることにも驚いた。
それでもこの学校に来た理由はただ一つ。
「こっちの
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アビドス高等学校の復興を掲げる組織、アビドス対策委員会。
生徒数が減少した今のアビドスにおいて、唯一活動する委員会がが使う教室を訪れたが、まだ誰も来ていなかった。
奥空さんの登校はアビドス生の中でもかなり早いようだ。
手持ち無沙汰になったので、彼女の行う校内の設備チェックについて行く許可をもらい、軽く学校探検を行うことにした。
廃校一歩手前の学校と知って歩くと自然と空っぽの教室の数々が目に入る。
かつては名の知れた学校として栄えたというが、今は6人しか使う生徒がいない。
以前通っていた学校の情景を思い浮かべて比較すると、校舎はその構造以上の広さのように感じた。
学校は校舎だけでなく、そこに通う生徒を含めて初めて学校になる。
物寂しさを感じるアビドス高等学校の廊下を歩みながら、そんなことを思った。
「……ん?」
ある教室の名前を示すプレートに目を惹かれて立ち止る。
少し色褪せた字で生徒会室とあった。
奥空さんの話を考えると今のアビドスの全権を握っているのは対策委員会だと思われる。
今のアビドスには生徒会自体が存在しないのだろうか。
試しにドアに手をかけてみるが……開かない。施錠されているようだ。
ドアに張り付けられた窓ガラスから中の様子を確認する。
教室内の机や床は少しホコリがあるくらいで、窓ガラスも目立った汚れはない。
使った形跡もないが、清掃だけは定期的に行われているように見えた。
「そこに面白いものはないよ~」
「まあ誰も使ってないんじゃ───」
───今誰と話してるんだ?
声が聞こえた廊下に向きなおるとピンクの長髪を揺らす小柄な少女がそこにいた。
「キミが新条君だね?」
穏やかな顔を浮かべながら少女はそう問いかけた。
先輩か、後輩か……ここはひとまず。
「はい。新条テツヤです。よろしくお願いします」
「固い固~い。もっと力を抜いてくれていいんだよ」
ほんわかしている。
口調も気が抜けるというか、年下か年上かの判別がつきにくい。
会ったことのないタイプの人だ。
「私は3年の小鳥遊ホシノだよ~、気軽におじさんって呼んでね」
「わかりました、おじさん」
「ははは、最近の若者は適応が速いねぇ~。どうかなキヴォトスは?外から来たんだから、結構ビックリしたでしょ」
「そうですね。異世界転生モノの主人公気分です」
「……うへ~、ごめんね。おじさん最近の若者文化には詳しくなくて……」
いやあなたも十分若いのでは?
3年なら自分と年もさほど変わらないはずだ。
あなたがおじさんなら世の中の老人は皆仙人になってしまうぞ。
にしても異世界転生が通じないとは……いや、常識が違うんだから流行り物も違うのか。
そんなことを思っていると近くの教室に入っていた奥空さんが出てきた。
「あれ、ホシノ先輩?おはようございます」
「おはよ~アヤネちゃん。今日も早いね~」
「はい。ホシノ先輩も今日は早いですね。いつもは登校時間ギリギリなのに」
「ちょっと目が覚めちゃってね~。たまには早く来るのもありかな~って」
「新条先輩とはもう?」
「うん。ちょうど会ってね。いや~中々しっかりしてくれた子が来てくれて、おじさんもうれしいよ」
見え透いたお世辞の言葉を笑みを浮かべて受け流す。
……いや、よくないか、こういうのは。
小鳥遊先輩からのお褒めの言葉だったんだし、もっと気の利いた返しが出せればな。
こういう時に口が回るようになれば、もっと交友関係を広げられるだろうに。
「じゃあ、対策委員会室に戻りましょうか」
ーーーーーーーーーーーーーーー
奥空さんたちと共に対策委員会室に戻ると、他のアビドス生が揃っていた。
わかってはいたことだが、視線がこちらに集中している。
うん、入りづらいな。
視線はやはり人を刺せる凶器だ。間違いない。
教室に入ることを躊躇していると、パイプ椅子に座っていた一人が立ち上がった。
ベージュのロングヘアーの少女がこちらを見ると、朗らかな笑顔で話しかけてくる。
「あなたが新条テツヤさんですね。私は2年の十六夜ノノミです。これからよろしくお願いします」
「どうも丁寧に。新条テツヤです。こちらこそよろしく」
「はい。気軽にノノミって呼んでください☆」
……陽の者だ。
その場にいるだけで空気を清涼にしてしまう圧倒的な陽のオーラを感じる。
以前の学校にもここまで華々しいJKはいなかった。
いったいどんな生活を送ればここまで明るくなれるんだろうか。
「ほら、シロコちゃんもセリカちゃんも来てください」
ノノミさんの言葉に答えるように、ジッと鋭い視線をこちらに飛ばしていた銀髪の少女が椅子から立ち上がる。
セミロングの髪の上に犬耳が生えているが、今更驚くこともない。
無表情でこちらを観察する様子を隠そうともしない少女はその歩みを続け、目の前に───
「……あの、近いんだけど」
本当に目と鼻の先に来た。
「………」
「………」
……なんだコレ。
メンチ切られてるの?不良かなにかですかこの人?
黙って見つめられると怖いんですけど。
「あらあら……」
あらあらじゃないよ、ノノミさん。
あなたの同級生でしょ、何とかしてよ。
小鳥遊先輩は机に突っ伏して眠りこけてるし、奥空さんは猫耳が生えた少女と会話中だ。
頼みの綱はあなただけなんです。
困った子ね~って、お母さんみたいな微笑を浮かべてないで助け船を出してくれ。
「……私は2年の砂狼シロコ。よろしく」
「……ああ、よろしく」
──今の無言の時間は何だったの?
砂狼さんが差し出した手を握り返しながら、彼女の行動の意味を考える。
警戒されているにしては刺々しい気配はしないし、友好的かと言われれば首を傾げたくなるような、何とも言えないファーストコンタクト。
この奇妙な同級生の人柄は、一度会話したくらいで読み取れるものではなさそうだ。
「……そろそろ手を放してくれるか?」
「ん」
「セリカちゃん」
「わ、わかってるから、押さないでよアヤネちゃん…!」
猫耳の少女が奥空さんに押し出されるように出てくる。
「私は───」
その時だった。
バババババと聞き慣れてしまった音が校舎の外から聞こえてきた。
『おいおいおい! 今日も来たぞアビドスーー!!』
「……相変わらず空気の読めない連中。 ごめんなさい新条さん、自己紹介はまたあとで」
一瞬で歴戦の戦士のような表情になった仮称セリカさんは、黙々と自分の銃を手に取る。
それは他の生徒も同じで、手慣れた仕草でそれぞれの装備を構え始める。
映画で見る訓練された軍隊みたいだ。
「新条先輩は私と一緒に学校に留まってください」
ーーーーーーーーーーーーーーー
───カタカタヘルメット団。
停学、退学者によって構成された、キヴォトスでは名のある不良集団「ヘルメット団」の一派。
主に強盗、恐喝によって生計を立てている危険な集団。
最近はアビドス自治区内に頻繁に現れ、学校を襲撃している……らしい。
「つまり、敵というわけだ」
「はい。敵です」
感情を感じさせない口調で即答した奥空さん。
自分には終始穏やかだった彼女とは思えない冷たい様子から、降り積もった恨みがひしひしと伝わってくる。
というか、まとまった収入源なんてないヘルメット団にここまで続いて襲撃されるのはなぜなのだろう?
アビドスになにか恨みでもあるのだろうか。
『さて、仕事だ~。気合入れていこっか』
小鳥遊先輩の号令を合図に攻撃が始まった。
ドローンの中継映像が映るノートパソコンを眺める。
『毎度毎度懲りもせずに……うんざりなのよ! あんたたちには!』
『攻撃開始』
『行きます!』
校舎前に準備されていたいくつもの遮蔽物に身を隠していたアビドス生が進軍する。
黒見さん(奥空さんに名前を教えてもらった)が次々と遮蔽物を辿り、敵側へ。
それをフォローする形で右手にショットガン、左手に盾を備えた小鳥遊先輩が敵の射線を確実に塞ぎ、その射撃を防ぐ。
2人を狙った敵を砂狼さんと十六夜さんが撃ち抜く。
アサルトライフルとミニガン……なんであんなものを持って走れるのかはわからないが、前進を続ける2人に追従するようにつかず離れずの距離を保ち、援護する。
お互いのアクションをカバーし合い、一つの被弾もなく敵陣を責め立てる様子は、まるで一つの生き物のようだった。
「人数は敵が上なのに……」
「カタカタヘルメット団との戦闘はもう数え切れないほどですから。 相手の攻め方の癖がわかれば、人数差を覆すことは難しくないですよ」
支援物資をアームに抱えたドローンを飛ばしながら奥空さんが答える。
なるほど、経験が力になると言いたいわけなのだろうが、ここまで圧倒的な戦果を見るとそもそもの個人のレベルが違い過ぎるのではないか?
流れるような動作でリロードし、次々と標的を撃ち抜く彼女たちの姿を見ながらそう思った。
その時だった。
「……ん?」
廊下の方から物音が聞こえた気がした。
気のせいかもしれないが、一度奥空さんに確認をとろうとした。
───開け放たれた教室の向こう、廊下の窓に反射して赤いヘルメットが見えた。
敵だ。校舎の中に潜入されていた。
手に持つのはアサルトライフル。
人数は一人、銃を構えて索敵する様子からここに2人いることにまだ気づいていない。
「奥空さん。敵が廊下に来ている」
「!」
デスクの上に置かれていた拳銃を素早くとった奥空さんの射撃が、教室の入り口に現れたヘルメット団を何度も撃った。
「ぬあああ!?」
ヘルメット団は廊下に崩れ落ちた。
「まさか中に入ってくるなんて……、こんなことは初めてです」
『アヤネちゃん? どうしたの?」
「ホシノ先輩、敵が校舎の中に入ってきました」
『……わかった。 早めに片づける」
「お願いします……新条先輩、よく気がつきましたね。 助かりました」
助けられたのは自分なのだが。
「いや、たまたま物音が聞こえた気がしただけなんだ。 こっちこそ助かったよ」
奥空さんは倒れたヘルメット団を結束バンドを使い、慣れた手つきで拘束していく。
その後ろから隠れていた次のヘルメット団が、
「いやしつこいって」
奥空さんへと伸ばされた手をねじり上げ、床へと投げ飛ばす。
「うおお───この野郎!」
何が野郎だこのテロリストが。
しかし頑丈なキヴォトス人、床に叩きつけられた程度では怯む程度とは。
鉛球を喰らってケロッとしているのだから予想はしていたが、ここまで耐久力に差があるとは驚いた。
「下がってください!」
奥空さんが発砲する。
銃身をこちらに向けていたのが災いし、ヘルメット団その2は無防備にその銃撃を受け止めることになった。
「ぐええ!?」
敵は潰れた蛙のような悲鳴を上げて倒れ伏す。
危機を切り抜けられたのも束の間、敵の手に握られていたスマートフォンに悪寒が走った。
敵が校舎に侵入した目的は恐らく補給路を断つことと、あわよくば後方支援要員の人質を手に入れることだろう。
何度も正面から敗れている相手にまともに挑む方がどうかしている。
頭数も物資も少ないアビドスには効果覿面の策だ。
そう考えた時、校舎の外からけたたましい車の音が聞こえた。
「奥空さん!」
指を刺した先、窓ガラス越しに見えるものは装甲車だった。
とんでもない勢いで校舎目掛けて走ってきている。
力技で校舎の中に押し入るつもりだ!
「先輩たちは!?」
「だめです! まだ時間がかかるようで……」
話している間にも校舎との距離は縮み続ける。
踏み入れられたらどうなる?
奥空さんも中々の腕前だが、あの車の中にいったい何人の武装した敵が乗っているのか。
数に押し切られていずれは────
「───新条先輩こっちに! 外へ出てみんなと合流します!」
……それでいいのか?
人質を取られる最悪の状況は避けられる。
しかし、守るべき学校に敵が立てこもるなんてことを許していいのか?
「──いいわけないだろ」
奥空さんたちがたった5人で頑張って、守り抜いてきた大切な校舎に敵を……ましてや車を突っ込ませるなんて冗談じゃない。
ましてやテロリストなんかもってのほかだ、気に食わない。
拳を握りしめる。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「新条先輩、待って!?」
奥空アヤネは窓に向かって走り出したその背中を止めようとした。
が、止められなかった。
「!」
窓を開け放った少年が外へと踏み出す。
迫りくる脅威がまるで見えていないかのようにその足取りは真っすぐに。
背中越しに感じる圧が、アヤネの足をその場に縛り付けていた。
(新条先輩、まさか───)
入学前の連絡でアヤネは知っていた。
キヴォトスの外で流行りつつある病。
新条テツヤが転校を余儀なくされる境遇に陥った元凶を。
テツヤはそれを使って、この状況を打破するつもりなのだ。
「ふーーーー」
テツヤは手のひらを前に向けるように腕を交差させた。
腕越しに敵を見つめる目は、闘志の熱に燃えている。
「はーーーー」
吸い込んだ空気を履くと同時にその腕を一気に振り下ろした。
「変身」
変化が始まる。
腰部の中心から黄金に輝く秘石が姿を顕し、その力を全身へと流していく。
爆発するようなエネルギーは細胞を、神経を、筋肉を、骨を、遺伝子を超人へと書き換える。
全身が黒い皮膚に包まれ、その上に黄金の胸当て、籠手、膝鎧が。
頭部には黄金の角が生え、赤い複眼が輝く。
「────」
異形。
そこにいたはずの少年の面影を一切残さぬ怪物。
「……」
アヤネは自分が驚かなかったことを不思議に思った。
キヴォトスでは人の形をしていない住人など数え切れないほどいるが、あそこまで尖った住人は見たことがない。
本人から怪物と聞いていたからだろうか。
でもあれは怪物というよりは───
「……戦士」
戦士は、やってきた装甲車に両手を突き出した。
「──────」
接触した。
本来ならば跳ね飛ばされて然るべき戦士は微動だにしない。
約2mの身長からは予想もつかないパワーで装甲車の衝突を受け止めている。
「……よっと」
軽い掛け声。
戦士はその腕力に物を言わせ、自身の頭上に車両を軽々と持ち上げ、
「帰れ」
未だ銃声が響く戦場───ヘルメット団の陣地まで放り投げた。
超能力戦争を見れなかった後悔で書き始め。
アギトだけど仮面ライダーじゃないので、バンバン変身する。