Blue Archive vol.AGITΩ   作:mukugawa

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覆面水着団+A、そして……

 

 ブラックマーケット。

 中退、停学、退学。

 後ろ暗いものを抱えた生徒やあくどい商売を続ける悪い大人。

 そんな、キヴォトスの平凡の外にいる者たちの巣窟。

 とはいっても、スラム街のような形相を呈しているわけではない。

 一つの町のようなものになっているのだ。

 俺たちは便利屋68に関する情報を集めるため、この地を訪れていた。

 

「ブラックマーケットっていうから、小さな市場を想像していたけれど……」

 

「広いですねー!」

 

「確かアクアリウムもあるって話がるんだよ~。うへへ~、お刺身ー」

 

「食っちゃうんですね」

 

 ホシノ先輩いわく、お魚は見てヨシ、食べてヨシ。

 以前にアビドス外の水族館に連れて行ってもらった時も、魚について熱く語っていた。

 これが本物の魚好きというやつなのだろう。

 ブラックマーケットなんていうからにはとんでもない危険地帯かと思いきやそうでもない。

 多種多様な奴らが集まっているということは、そこを締める組織も存在する。

 主にマーケットガードとかいうのが、運営側に雇われ治安活動を行っている。

 こんなことは言いたくないが、荒くれ者どもの統制がとれているだけあってアビドスよりも戦闘の危険はないかもしれない。

 調査のために来たはずが、物見遊山のようになってきた空気を感じ取りながら歩みを進めていると、遠くに何か見覚えのある人影がこちらに走ってきている。

 

「オイこら、待ちやがれーー!!」

 

「こ、こないでくださいー!!」

 

 いつぞやのモモフレンズ伝道師の少女だ。

 何でこんなところに?

 

「テツヤくん、あの人は確かトリニティの生徒ですよね」

 

「最近はお嬢様も黒に染まる時代なのか……」

 

「あれ? もしかして、テツヤの知り合いかい?」

 

「まあ、はい。デパートで布教を受けまして」

 

 何はともあれ不良共に追われている。

 何が理由かは知らないが、乗りかかった舟だ。

 俺たちは走ってくる伝道師の少女を助けるために駆け出した。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「た、助かりました。ありがとうございます。おかげで学園に迷惑をかけずに済みました」

 

「やっぱりまずいんですか?」

 

「実は学校を抜け出してきていまして……問題を起こしたらとんでもないことに……」

 

 ノノミさんの質問に彼女、阿慈谷ヒフミはホッとした表情で答える。

 まさか学校を抜け出してきているのは予想外だった。

 一体何のようがあってこんなところに?

 

「まさかお二方にここでお会いするとは……ペロロ様が結んだ縁に感謝ですね!」

 

「うん、そうだな。まあそれはそれとして、なんでこんなところに?」

 

「実はですね。ブラックマーケット内でペロロ様の限定グッズが取引されるという情報を入手しまして……」

 

「ペロロ? なんか、先輩も知ってるみたいだけど……」

 

 セリカの戸惑いを多分に含んだ発言を聞くと、阿慈谷さんはペロロ型のリュックサックからアイスクリームを口に咥えた……というか、突っ込まれているペロロのぬいぐるみを取り出す。

 相変わらず変わったデザインだが、口に出して言うことではない。

 この手のファンに余計なことは禁句である。

 まあ、よく見れば愛嬌がなくもない。

 欲しいとは思わないけど。

 というか、学校を抜け出してまで押しグッズの収集とは……相変わらずのガチオタクだ。

 一つのものにここまでの熱を注げるのは、ちょっと羨ましくもある。

 

「これです! アイスクリーム屋さんとコラボした限定のぬいぐるみ! 限定生産でこの世に100体しかないグッズなんですよ」

 

「あら☆ 可愛いですね! 私もミスター・ニコライのグッズを集めているので、気持ちはわかりますよ!」

 

 そういえばノノミさんの筆箱はミスターニコライ型の筆箱だったな。

 やはり話が合うのだろう、2人は楽し気にモモフレンズ談義を始めている。

 俺ももらった缶バッジは家に飾ってあるニット帽に着けているし、個人的に缶バッジのシリーズも集めているから、モモフレンズに詳しくないわけではない。

 あの中に入ろうとは思わないが。

 

「というわけですね。そういえば、新条さんたちはどうしてブラックマーケットに?」

 

「阿慈谷さんと同じく、探し物だよ」

 

「そーそー、一般じゃもう流通していないものを探しにね~」

 

 阿慈谷さんの疑問に俺とホシノ先輩が答えたその時、アヤネからの通信が入った。

 

『皆さん、大変です! 四方から武装した集団が向かってきます!』

 

「いたぞ! あいつらだ!」

 

 怒鳴り声の方には、先ほど撃退した不良が援軍を引き連れていた。

 転んでもただでは起きないということだろう。

 こちらとしては転んだまましばらく起き上がってこないでほしいのだが、こうなっては仕方がない。

 

「先生、物陰に隠れますよ。戦闘の指揮をお願いします」

 

「うん。護衛もよろしくね」

 

 先生を伴って近くの店舗の影に隠れた俺は戦闘へと備える。

 俺は戦わないけど。

 非常時か許可が下りない限り、俺は戦闘に参加できないのである。

 今の役割は非戦闘員の先生の護衛だ。

 

「よ~し、みんな行くよ~」

 

 ホシノ先輩の号令が戦闘開始の合図となった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「く、くそ!」

 

 どっかで聞いたなそのセリフ。

 歴戦のアビドス生に加え、阿慈谷さんも戦闘に参加した結果、戦闘は一方的なものになった。

 しかし、数が多い。

 倒されたらまた次の不良がやってくる。

 まるでゾンビのように湧き上がる不良は、未だにその数を増やそうとしていた。

 長引く戦闘の最中、阿慈谷さんが口を開いた。

 

「こ、これ以上は駄目です! マーケットガードがやってくるかもしれません!」

 

「マーケットガード? 来ても関係ない」

 

「そうも言ってられないんです! マーケットガードはブラックマーケットの治安部隊です! 相手にしないに越したことはありません! 私が逃走経路を案内します! ついてきてください!」

 

 シロコはまだ戦う気満々だが、阿慈谷さんの言うことは正しい。

 このままでは調査どころではないからな。

 

「シロコ! 撤収!」

 

「……ん、仕方ない」

 

 阿慈谷さんの先導に従い、俺たちは戦闘エリアからの撤退に成功した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あー、疲れた」

 

「もう数時間は歩きましたよね……」

 

 セリカの呟きに同調するようにノノミさんが答える。

 不良どもを撒いた俺たちは、阿慈谷さんの協力を得ることに成功。

 その案内のもと、ブラックマーケット内で傭兵が持ちこんでいた兵器のルートを辿ろうとしていた。

 しかし、捜査は難航した。

 かれこれ数時間はびっちりと捜査しているのだが、未だにその尻尾さえ掴むことができていない。

 暗中模索とはまさにこのことだろう。

 

「あら! あそこにたい焼き屋さんがありますよ!」

 

 ノノミさんの指さす方角を見ると、確かにたい焼き屋の屋台がある。

 ちょうどいい、ここらで休憩を取るべきかもしれない。

 みんなも集中力が切れ始めている。

 

「ちょうどいいですし、私がご馳走しますよ」

 

「いいのか、ノノミさん?」

 

 彼女の持つカードはアビドスの負債を一瞬で返せるほどのリッチパウワーがあるが、どうせなら俺が払いたかった。

 そもそもここまで、俺は何の役にも立っていない。

 

「いいんです。私が食べたいんですから☆ みんなで食べましょう!」

 

 呼び止める間もなくたい焼き屋へと走っていくノノミさん。

 心苦しいが、ここはノノミさんの世話になるしかなさそうだ。

 しばらくして、ノノミさんが人数分のたい焼きが入った紙袋を抱えてきた。

 一言礼をいってから、たい焼きを齧る。

 うん、うまい。

 久しぶりに食べたが、やはりたい焼きは美味かった。

 生地とあんこも中々にうまい。

 

「アヤネちゃんにはあとで御馳走しますね。先に私たちだけで食べちゃいますが……」

 

『大丈夫ですよ。お茶菓子でもつまんでいるので、気にしないでください』

 

 少し開けた場所で休憩が始まる。

 阿慈谷さんを交えての時間は新鮮だったが、うまいたい焼きは話題を尽きさせることはなかった。

 しばらくの間、リラックスタイムが流れる。

 

「……」

 

 たい焼きを齧る手を止めている阿慈谷さん。

 どうやら何かを考えこんでいるようだ。

 聞いてみよう。

 

「どうかした?」

 

「はい。ここまで情報が見つからないのはおかしいなと思って……」

 

 その通りだ。

 なぜここまで傭兵の武器入手のルートは見つからないのか?

 俺たちはこの数時間探してきたが、ここまで探してなんの手掛かりも見つからないことがあるだろうか。

 これではまるで……

 

「何者かの手によって隠蔽されているような、そんな気がします」

 

 俺の懸念を阿慈谷さんは言葉に変えた。

 そう、そうなのだ。

 そう考えればここまでなんの手掛かりも掴めないことに納得ができる。

 

「やっぱりおかしいかな?」

 

「はい。ブラックマーケット経由のものは大なり小なり汚れたルートを経由します。言ってしまえばこの街すべてが犯罪の温床なわけですから、ここを通ること自体を隠す理由がないんです。型番がここまで見つからないことは非常に珍しいケースです」

 

 ブラックマーケットは犯罪者からしてみれば安全な市場だ。

 ここを経由することも公的機関に対してならばともかく、裏で流通する分には確かに隠す理由がない。

 ではなぜ、そこまでして武器のルートは隠されているのだろうか。

 考え込む俺たちの耳にまたしてもアヤネの警告が響いた。

 

『そちらに武装した集団が接近中です!』

 

「うわっ、あれマーケットガードですよ! 一旦隠れましょう!」

 

 2人の声に従い、俺たちは建物の影へと身を隠す。

 しばらくしてやってきたのは、武装した車両に囲まれた現金輸送車だった。

 俺が現金輸送車だと一目見てわかったことには理由がある。

 あれはアビドスにくるカイザーローン……アビドスの借金、その返済相手の車両だったからだ。

 輸送車から出てきたいつも学校に来る銀行員が集金確認書類であろう紙に手慣れた手つきでサインしていく……

 しばらくすると、輸送車は武装集団を伴って走り去っていった。

 沈黙が流れる。

 

「あれって……いつもうちに来ている銀行員ですよね」

 

 ノノミさんの言葉が重たい沈黙を破った。

 それに続くようにセリカが声を上げる。

 

「間違いない! カイザーローンの社員よ! あの憎たらしい顔を間違えるわけない……」

 

「カイザー、ですか」

 

「知ってるの? ヒフミ」

 

 阿慈谷さんに対するシロコの問い。

 それに頷いた阿慈谷さんは、カイザーの情報を語り始める。

 カイザーグループは表向きはクリーンな企業。

 しかし、その実態はグレーゾーンを乱用する怪しい会社で、阿慈谷さんの所属校であるトリニティ総合学院の生徒会、ティーパーティーもその目を光らせているという。

 つまり、よりにもよってこのキヴォトス1の黒い企業に、アビドスは多額の負債を背負ってしまっているということだ。

 

「いつも返済は現金だけだった、ということは……」

 

「私たちはブラックマーケットに犯罪資金を提供してたってこと!?」

 

 セリカの怒りは最もだ。

 数億の返せる目途の立たない借金を貸す時点でまともな企業ではないと思っていたがここまでとは。

 自分たちの努力の結晶が、稼いだお金が犯罪のために使われているのだ。

 

「……」

 

 握る拳がギリギリと音を立てる。

 こんなに腹が立ったのは初めてかもしれない。

 

「さっきやり取りしていた書類があれば、確実な証拠を掴めると思いますけど……もう銀行の中ですしね」

 

 その通りだ。

 今のところ銀行内にあるであろう書類を正規の手段で手に入れることはできない。

 多分、今後その機会に恵まれることもないだろう。

 

「じゃあ、他に方法はないな」

 

 ──そう、正規の手段では。

 

「シロコ」

 

「ん。銀行を襲う」

 

 青い目出し帽を被ったシロコがそう言い放った。

 もうやるしかねえ。

 こうなりゃ、とことんまでやってやる。

 マーケットガードがなんぼのもんじゃ。

 

「ほ、本気ですか2人とも!?」

 

『犯罪ですよ!?』

 

 後輩2人の言うことはもっともである。

 しかし、そんなことは今はどうでもいい。

 相手があくどい連中ならば、こっちもそれなりの手段をもって対抗するまでだ。

 

「やるしかないね~」

 

 賛同したホシノ先輩が、シロコの差し出した目出し帽を被る。

 俺も白い目出し帽を被った。

 

「悪い銀行をやっつけちゃいましょう☆」

 

 ノノミさんも目出し帽を被る。

 

「えっ! ちょ、ちょっと待ってください!?」

 

「まあ、こうなったらやるしかないか」

 

 覚悟を決めたセリカも目出し帽を被った。

 

「あ、あわわ……」

 

 すまない阿慈谷さん。

 こんな場面に遭遇してしまったきみを、このまま逃がすわけにはいかなくなった。

 

「ごめん、ヒフミ。あなたの分の覆面は用意がない」

 

「とりあえずこれでもどうぞ☆」

 

 ノノミさんが手渡したのはさっき買ったばかりのたい焼きの紙袋だった。

 うん、本当に申し訳ない。

 

「あ、あうう……」

 

 この場の圧に流された阿慈谷さんは、観念したように紙袋を被った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ブラックマーケット、その闇銀行にて。

 ゲヘナでも悪名高い『便利屋68』、その社長である陸八魔アルは焦っていた。

 

(ど、どうすればいいの……)

 

 便利屋68。

 彼女たちの経済状態は壊滅的であった。

 羽振りのよい依頼を引き受けたはいいものの、そのための経費として傭兵集団の日当に多額の放出を要求されたのである。

 元々貯蓄も底を尽きかけていた彼女たちにとって、依頼人に振り込まれた前金は非常に貴重な収入源であったが、傭兵集団に多くを払ってしまった今、毎月ある事務所のローン返済もこのままでは成り立たない。

 住む場所を失えばまたテント生活に逆戻りである。

 加えて、ゲヘナで問題を起こし続ける彼女たちの公的な口座は凍結されて使い物にならず、もはや先立つものもない。

 金の有無は生活力に直結する。

 もはや便利屋の未来は風前の灯であった。

 

(こ、こんなはずじゃなかったのに……)

 

 陸八魔アルはアウトローを目指す少女であった。

 裏の世界に生き、なにものにも縛られぬ真の自由なる者。

 それを目指して始めた便利屋68は、今や彼女一人のものではない。

 彼女にとって仲間はかけがえのないものであり、そのためならばどんなことでもできる。

 だからこそ、彼女は理想と現実の狭間でもがき苦しんでいた。

 金がなければアウトローにもなれず、なにより仲間たちを養うこともできない。

 だからこそ、彼女は闇銀行を訪れた。

 普通の銀行を利用することができない彼女が頼れるのはこの銀行の融資だけであった。

 それが破滅への一歩であると彼女は知らないが、便利屋に所属する浅黄ムツキと鬼方カヨコは知っていた。

 この銀行がかのカイザーコーポレーションの息がかかっているということも、融資を受けたところで待っているのは破滅しかないことを。

 そんな彼女たちが話さないのには理由がある。

 そもそも融資とは、高い確率で利益を出すと思われるものに金を貸し、利子分で収益を得る銀行のビジネス。

 自分たちの生活すら危うい便利屋が、融資を受けられる可能性はゼロであった。

 そんなことは露知らず、葛藤を続けるアルは自らのアウトローの道を見つめ直していた。

 仲間たちには飯も満足に食わすことができず、焦がれて借りた事務所は差し押さえの危機。

 直近ではラーメン屋で受けた恩を仕事とはいえ仇で返す。

 しまいには闇銀行で借金までこさえようとしている。

 これが本物のアウトローなのか?

 

(こんなの私のなりたいアウトローじゃない。私は……私は……)

 

 自らの憧れと抱える現実のギャップ。

 苦悩するアルの考えを断ち切ったのは、突然鳴り響いた銃声であった。

 

「全員動かないで!」

 

「怪我をしたくないなら大人しくしていた方がいいよ~」

 

 銃声の主たちはカラフルな目出し帽を被った少女たちだった。

 その手に握られた銃で警備員と店員、客すら脅し、銀行を潰さんとするような圧力がある集団であった。

 紙袋を被った少女に率いられたグループは受付の従業員に銃と要求を突きつける。

 

「この銀行は私たちが占拠した。無駄な抵抗はしないこと」

 

 青い目出し帽を被った少女がそう言い放つ。

 しかし、常駐していたであろう警備員が抵抗しようと試みる。

 

「動くな、と言ったはずだ」

 

 白い目出し帽を被った男が銃を抜き、警備員の四肢を貫いた。

 悲鳴が上がる銀行内の様子に目もくれずに男は警備員を踏みつける。

 

「我らのリーダー、ファウストは気が短い。コイツのようになりたくないのならば、おとなしくしていることだな」

 

「ぎ、銀行強盗……」

 

 銀行内のほぼ全員……強盗犯の正体に勘づいたムツキとカヨコ以外が恐怖に慄く中で、アルは目を輝かせていた。

 

(こ、これだわ! これが私の目指すアウトローよ!)

 

 逆らうものは誰であろうと許さない。

 法に唾を吐く行為を平然と行い、必要のない破壊行為は行わない。

 アルが憧れたアウトローの姿がそこにはあった。

 強盗犯たちは銀行員から目的のモノが詰まったバックを受け取ると足早に立ち去っていく。

 鮮やかともいえる犯行の終わりをアルは感動と共に見つめていた……

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 あーあー、やっちまった。

 やっちまったな……

 シロコの抱えるバッグの中には集金確認書と現金が詰まっていた。

 シロコが要求したのは集金確認書だけだったのだが、俺が店員を必要以上にビビらせたことが原因でみっちりと詰め込まれている。

 この量はひょっとすると億くらいは入っているかもしれない。

 

「よし、鞄だけ置いてとっとと帰るぞ」

 

「は、はあ!? なに言ってるんですかテツヤ先輩! せっかくお金を手に入れたんですよ!?」

 

『で、でもこれじゃあ本当に犯罪になっちゃうよ?』

 

「ですが、このままだと悪人のお金になってしまいます。それなら、いっそ私たちで……」

 

「そうよ! これは元々私たちが稼いだお金なんだから……」

 

 セリカとノノミさんの意見はわかる。

 正直、めちゃくちゃ欲しい。

 負債の1割を返せる機会を棒に振るのはすごーく残念だ。

 でも、この金を手に逃げるわけにはいかない。

 シロコはそれがわかっているから何も言わないのだ。

 その理由はホシノ先輩から話してもらおう。

 ことの成り行きを見守る阿慈谷さんの気配を感じながら、黙ったままだったホシノ先輩に視線を向ける。

 

「ねえ、セリカちゃん。ここでこのお金を懐に入れたとしてさ、次はどうするの?」

 

「それは……」

 

「今私たちは追い詰められてる。けど、一度でもこういう方法に頼ったら、きっとまたやっちゃうよ? 仕方がないって言いながらね」

 

「……」

 

「ただお金を払うだけならノノミちゃんに頼っても叶う。それでもノノミちゃんのカードを頼りにしなかったのは、この借金を私たちの手で返すことに意味があるからだよ」

 

「……きちんとした返し方じゃないと、アビドスはアビドスであることを失ってしまう」

 

 ホシノ先輩の言葉にノノミさんが頷く。

 現実を考えれば俺たちが生きている間に返すことはとても無理な金額だ。

 それでも俺たちは、先輩たちは返し続けてきた。

 それは返す義務があるからだけじゃない。

 真っ当な方法で返す行為自体が、俺たちがアビドスの生徒であると証明することでもあったらだ。

 だからこそ、ここで汚い金に頼ってしまえば、俺たちは『アビドス』ではなくなってしまう。

 

「そういうこと。だからこの鞄は置いていく。お金には手をつけずにね」

 

 決めるところはしっかり決める。

 だからホシノ先輩はいつだって頼れる先輩なのだ。

 

「……ああああ! もう! 変な所で真面目なんだから! わかったわよ! 口惜しいけど!」

 

 セリカも納得できたようでよかった。

 

「このお金を使うことで変なことに巻き込まれる可能性があるかもしれませんし、賢明な判断だと思います」

 

 阿慈谷さんの言うこともまた正論だ。

 この汚い金を手に持っていたことでアビドスが危機に陥ったら本末転倒。

 手放すのが一番である。 

 アヤネもマイクの奥で息を撫で下しているようだ。

 この展開にはずっと見守っていてくれた先生もニッコリ顔である。

 本当に付き合ってもらってごめんなさい。

 今度先生が困ったことがあったら絶対に助けに行きます。

 

『…! また誰かが近づいて来てます!』

 

 アヤネから本日3度目の警戒準備の声が上がる。

 まさか追手に追いつかれたのか……

 そう思った俺たちの目の前に現れたのは、便利屋68の陸八魔アルだった。

 

「ま、待って!」

 

 息を切らして追いかけてきた彼女に敵意は感じない。 

 しかし、いったいなんのようで……

 

「銀行の襲撃、見事だったわ! あのブラックマーケットの銀行をたった5分で完全攻略した手腕……あなたたちはまさに一流のアウトローよ。どうか名前を聞かせてもらえないかしら?」

 

 斜め上の事態がきた。

 嘘だろこの人、銀行強盗に憧れを抱いたのか?

 いや、キヴォトスならアウトローも珍しくはないの……か?

 陸八魔アルの言葉を聞いたノノミさんは嬉しそうにバッとポーズを決めるとこう名乗りを上げた。

 

「私たちは人呼んで……覆面水着団!」

 

 だっせ。

 他にもっと名前なかったのか?

 もっとこう、カタカナを使えばいいのになんで漢字だらけの名前を……

 

「本業はアイドル! 夜は人知れず悪を打ち倒す正義の怪盗団です!」

 

 すげー設定だな。

 ちゃっかりアイドル計画を混ぜ込んでいる辺りはさすがノノミさんと言うべきか。

 

「な、なんですってー!!」

 

 あなたもそこで反応するのか陸八魔さん。

 アウトローならもっと他をあたってくれよ、ロビンフッドとかそこら辺の。

 ほら、きみのお仲間もやってきたぞ。

 きみが目を輝かせているのを見ているんだ……なんか一人は楽しそうだな。

 

「それでは~adeliosu!」

 

 なんかいい感じにホシノ先輩が締めてくれたからとっとと────

 

「あ! ちょっと待って! そこの白い覆面!」

 

 おれー?

 

「……何だ」

 

「あ、あなたの名前は…?」

 

 名前? 

 変なことを聞くな……適当でいいか。

 

「俺はA。ただのA。目の前に立ちふさがるモノがなんであろうと突き進む、ただの小市民だ」

 

 アウトローじゃないです。

 覚えなくていいです。

 

「A……覚えておくわ!」

 

 覚えないでください。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 俺たちが掴んだ証拠の正体は驚愕の事実だった。

 傭兵集団に武装を提供していたのはカイザーローン。

 俺たちが負債を払う相手でもあるカイザーが、俺たちの敵に協力していたのだ。

 

「返させるつもりがなかったってことか……」

 

 そもそもの疑問だった。

 借金は返す見込みのある相手に貸すからこそ成立する。

 9億なんて馬鹿げた量の金額はカイザーが賄っているのだ。

 にもかかわらず、返させないといけない相手が疲弊するだけの手段を講じるということは、そもそも借金の返済など期待していないということ。

 カイザーの目的は恐らく、俺たち全員をアビドスから追い出すことにある。

 ……と、いうのが俺の推測なのだが、この推測はいくつか矛盾する点がある。

 一つはアビドスにカイザーほどの企業が手を出すほどの価値のあるモノは残っていないこと。

 ホシノ先輩にも聞いたが、アビドスに財宝があるなんて噂はほとんどでたらめで、見つかったことは一度もないらしい。

 もう一つはやり方が冗長すぎること。

 カイザーのやり方は、土地の手に入れ方としては悠長だ。

 相手が諦めるまで待つなんて効率的とはいえない、

 無理やりな手段に打ってでない理由があるのかもしれないが、一学生に過ぎない俺にはわからないことばかりだ。

 下手な推測を話してみんなを混乱させることは避けたい。

 そう思った俺はこの推測を心の中に秘めておくことにした。

 帰り道がいつもより重く感じるのは、事態が進展したのと同時に新たな問題が発生したせいだろう。

 思わずため息をついた、その時だった。

 

「失礼。あなたが新条テツヤさんでしょうか」

 

 後ろから声を掛けられた。

 振り返ってみるとそこには見たことのない人物の姿があった。

 頭部が黒いモヤで覆われたこれまた黒いスーツを身に纏った人だった。

 

「……そうですけど。何か?」

 

「失礼しました。私のことは黒服とお呼びください。あなたに話があるのですよ……アビドスの借金について」

 

「帰ります」

 

 怪しいヤツの話は聞かないに限る。

 しかもアビドスの借金についてだと?

 このタイミングで話しかけるなんて「自分は怪しい人間です」と自己紹介しているようなものじゃないか。

 

「返す目途が立つかもしれない、と言ってもですか?」

 

 耳障りな声だった。

 ひどく穏やかな癖に感情がこもっていない。

 先生の対極のような大人の声。

 それに耳を一瞬でも貸した時点で、俺はヤツに捕まってしまった。

 

「……どういうことです?」

 

「あまり回りくどいことはなしにして、こちらの提案を伝えましょう……あなたの力に興味があるのですよ───現代のアギト」

 

 ……アギトについてはアビドスのみんなと先生にしか話していない。

 そもそも『アギト』という固有名詞も使うことは避けてきた。

 他の誰かからアギトについて知るすべはないはずだ。

 それでもこの黒服がアギトについて口にしたということは……

 

「アギトってなんのことです?」

 

「隠す必要はありません。私はアギトを知っているのですから……きっとあなたの知らないこともね」

 

 やはりアギトについて知っている。

 だが何故だ?

 キヴォトスに来てアギト関連の情報がない調べたが、合致するものはなかった……

 いや、待てよ。

 こいつさっき、『現代のアギト』って言ったか?

 現代……過去のキヴォトスにアギトがいたのか?

 それとも、これも俺を誘うためのブラフなのか……いや、どっちでもいい。

 

「わかりました。話だけ、聞きましょう」

 

「ありがとうございます」

 

 黒服は顔のような輪郭を笑顔の形に歪めた。

 

「私はあなたの力を知りたいのです。人を進化させる光の因子。キヴォトスの生徒の誰もが持つ神秘に酷似した、その力を」

 

「つまり、欲しいのはアギトの力?」

 

「より正確に言えば、あなた自身です。あなたの身柄と引き換えにアビドスの負債を半額……いや、全額負担してもいい」

 

 全額、だと。

 本気で言っているのかコイツ。

 9億の金を容易く出費できる経済力、コイツはいったい何者なんだ?

 

「キヴォトスの外には、いっぱいアギトがいますよ」

 

「知っています。しかし、キヴォトスのアギトはあなた一人だ……その力のルーツをあなた自身も知りたいと思っていたのでは?」

 

 痛いところを突いてくる。

 確かにかねてよりの疑問ではあった。

 なぜ自分がアギトになったのか。

 なぜ人からアギトは生まれるのか。

 そもそもアギトとはいったいなんなのか……その答えに興味はある。

 しかし。

 

「交渉は相手に信頼があるから成り立つものでしょう? 俺もあなたも、お互いのことを知らない」

 

「確かに。ですが、あなたにも損はない話では? 貴方の生涯の疑問に答えを見つけることができるうえに、なによりもアビドスを救うことができる」

 

 ……確かに魅力的だ。

 いいことばかりにも見えるし、聞こえる。

 帰る場所のない俺の身柄一つで、アビドスのみんなが守られるのならば。

 そう考えた俺の思考を携帯の着信音が遮った。

 

「……」

 

「今日はこの辺りで失礼します。次に会ったときは……いい返事があると、期待していますよ」

 

 去っていくその背中を見つめながら、俺は大将からの電話をとった。

 

「はい」

 

『すまねえなテツヤ! 今日はシフトない日だが、出られるかい?』

 

「大丈夫です。すぐに行きます」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「あ、あなたは…!」

 

 なんか見覚えのある便利屋諸君がおこしのようだ。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

「ええ……って、それでいいのあなた!? 私たちはあなたの学校を───」

 

「お客さん。ここはラーメン屋です」

 

 こっちも商売でやらせてもらっているのだ。

 アビドスのことはアビドスのテツヤが、ラーメン屋ではラーメン屋のテツヤとして公私混同はしない。

 もちろん、迷惑客やクレーマーの類ならお引き取りいただくことになるが、そうでないのならば大切なお客様である。

 誠心誠意、接客することに迷いなどあろうはずもない。

 

「どんなお客さんでも、精一杯のおもてなしをすることが紫関ラーメンの流儀。お客さんにもお客さんなりの流儀があるなら、わかってもらえませんか?」

 

「うう……そう、ね」

 

「おおー、プロの店員さんだ! 話がわかる~!」

 

 ありがとう浅黄さん。

 陸八魔さんも落ち着いたようでなによりだ。

 

「では、注文をお伺いします」

 

「ええ。私は────」

 

 陸八魔さんの注文は店外から聞こえた轟音によって潰された。

 店内にも衝撃が走り、店のあちこちからミシミシと嫌な音が響く。

 

「な、なに!? なにが起こったの!?」

 

「大丈夫ですかお客さん!」

 

 俺の声に伊草さんが答える。

 

「は、はい。私たちは大丈夫です……」

 

「まさか、風紀委員会がここまで……?」

 

「風紀委員会?」

 

 鬼方さんの発言が気になるが今はそれどころではない。

 

「大将!」

 

「おう! みんな悪い! 今日は閉店だ! 代金はいらねえから、裏口から避難してくれ!」

 

 大将の一声で固まっていたお客さんたちが動き出す。

 次は状況の確認を────

 

『ゲヘナ風紀委員会だ! 便利屋68! お前たちがそこにいるのはわかっている!』

 

 メガホンから発されているであろう大声が店内にまで聞こえてくる。

 なるほど、この騒ぎの犯人は風紀委員会か。

 とりあえず、動揺を隠せない陸八魔さんに伝えなければ。

 

「ど、どうしましょう……」

 

「お客さん」

 

「な、何かしら?」

 

「急いで裏口へ。あとは俺たちの仕事です」

 

「……え?」

 

「大将! お客さん逃がしたらそのまま行ってください!」

 

「テツヤ!! 無茶すんじゃねえぞ!!」

 

「はい。一発クレームを入れてきます……」

 

 店の出口に向かおうとした俺の手を陸八魔さんが引き留めた。

 

「ま、待ちなさい! 何をするつもりなの!?」

 

「連中をぶっ潰す」

 

「な、なんですって……考え直しなさい! あなたにはヘイローもないのよ! 銃の腕がどれだけよくたって一人じゃ限界が───」

 

「陸八魔さん、あいつらはよりによってお食事中のお客さんがいるのに一発かましてきたんです。俺はラーメン屋の店員として、一発かまさなきゃいけねえ!」

 

 ギリっと体中の血管が締まり、血流が加速し始める。

 

「あつっ! あなた腕が……!」

 

 黄金の輝きが全身を包み込んでいく。

 頭を、腕を、脚を、胴を、体中すべての部位が戦うために生まれ変わる。

 一際大きな輝きを放った後に変身は完了した。

 いつも以上に体を駆け巡る力を感じる。

 

「ななな、なんですってーー!?」

 

「離してください。俺は戦えるので」

 

 未だ掴まれたままの手を振り払おうとする。

 しかし、陸八魔さんはその手を離そうとしない。

 

「待ちなさい」

 

「だから、なんです」

 

「あなたにはあなたの流儀があるように……私には私の流儀がある。ここには頼まれればなんでもこなす便利屋がいるのよ? 使わない手はないんじゃない?」

 

 ……なるほど、そういうことか。

 

「紫関ラーメン屋からの依頼だ。営業妨害な連中の撃退、依頼料は……」

 

 依頼料について口にしかけた俺に陸八魔さんは人差し指を立てていった。

 

「一宿一飯の恩を返すだけよ。お金はいらないわ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ラーメン屋のドアを開けた。

 煙を砲身から吐き出す戦車と展開された黒い服の部隊が見える。

 その中のリーダー格であろう、銀髪のツインテールが話しかけてきた。

 

「お前は誰だ?」

 

「この店の店員だ」

 

「そうか……この店に便利屋がいるのはわかっている。すぐに引き渡してもらおうか」

 

「断る。ここはアビドスの自治区だ。まずは戦闘態勢を解き、営業を妨害した店に謝罪するのが筋だろう!」

 

 最初に砲撃したのはお前たちだ。

 穏便に済ませる方法はいくらでもあったのにそうしなかった……アビドスの自治区と知っているのならば、明らかにこっちを舐めきっている。

 

「庇い立てする気か!」

 

「筋を通せと言っている! 店内には他にも客がいたんだ! いきなり店舗目掛けて戦車砲を撃ち込むやつがどこに────」

 

「なにをごちゃごちゃと……お前はただの店員だろう!」

 

「店員で、アビドス高校の生徒だ!」

 

「だからなんだ! 便利屋に与するようなら容赦はしない!」

 

 威嚇と言わんばかりに携えた狙撃銃で撃ってきた。

 ……おい、看板に当たってるじゃないか!

 あてつけのつもりか?

 というか、猪かこの女。

 まるで話を聞く気がないじゃないか。

 これでよく風紀委員どと言えたものだ。

 

「ではこちらも実力を行使する!」

 

「やれるものならやってみろ!」

 

 やってやるぞ風紀委員!

 紫関ラーメンに銃を向けてただで帰れると思うな!

 俺はツインテール目掛けて飛び掛かる。

 

「いらっしゃいませーー!!」

 

 肉弾戦で突っ込まれるとは思ってもいなかったのか、驚いた表情をしたツインテールの土手っ腹に拳を打ち込んだ────

 

 

 




・ファウストの紙袋
 覆面水着団のリーダーであるファウストの被る紙袋だ!
 とてつもない威圧感を放っているぞ!
 気高き一流のアウトローの証だ!
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