Blue Archive vol.AGITΩ   作:mukugawa

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砂漠に浮かぶ

 

 こちらを見つめるホシノ先輩への言い訳を考える。

 「ただの独り言ですよ~、やだなーもう」と煙に巻くには時間が経ち過ぎた。

 こうして悩んでいる間にも沈黙は進んでいる。

 この人相手に下手な嘘をつくことは悪手だ。

 身内の抱えていることとなれば間違いなくこの人はなにがなんでも突き止めようとするだろう。

 さて、どうするべきか。

 言い訳を口にしようとした俺をホシノ先輩の質問が塞いだ。

 

「テツヤくん……黒服って知ってる?」

 

「さあ、誰のこと───」

 

 しまった、墓穴を掘った。

 『黒服』というワード自体は人物を指す言葉ではなく服装を指す言葉だ。

 逆説的に俺は『黒服』が人物を指す言葉であると答えてしまったことになる────

 

「テツヤくんてさ、嘘つくの下手くそだよね」

 

「…………」

 

「話して。今ここで、アイツに何を持ちかけられたのか」

 

 ……これはもう無理だな。

 

「アビドスの負債の返済を条件に俺の身柄を渡せって言われました」

 

「アイツ、ふざけた真似を…!」

 

 憤る先輩。

 俺の心配をしてくれていることには感謝するが、俺にも聞きたいことができてしまった。

 

「先輩はなんて言われたんです?」

 

「───!」

 

「奴のことです、先輩にも何か取引を持ちかけたんでしょ」

 

 先輩から黒服の名前が出たということは、先輩も黒服を知っているということ。

 身柄という言葉だけで俺が取引を持ちかけられたと察せたということは、恐らく先輩も……

 

「先輩が俺と似たような取引を持ちかけられたことぐらい、想像つきますよ」

 

「……参ったね、こっちも墓穴を掘っちゃったか」

 

「余計にアイツの信用がなくなりましたよ」

 

「信用なんてしちゃダメ。アイツはカイザーと同じくらい危険なヤツだから」

 

 先輩はヤツとの付き合いが長いらしい。

 カイザーと並べるということは腹黒さも似たようなものと考えていいだろう。

 持ちかけた取引がまるっきり嘘というわけではないが、本当のことを言っているとも思えなくなった。

 

「じゃあ、先輩も乗らないでくださいね。アイツは人助けなんてするタイプじゃないでしょ」

 

「うん……テツヤくんもね」

 

 先輩は、言い淀んた。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 アビドス砂漠。

 現在のアビドスの衰退を表すその場所は、いまやカイザーの手の中にあった。

 先生はゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナにカイザーがアビドス砂漠で何か不穏な動きをしていると教えてもらったという。

 事の真偽を明らかにするため、なによりきな臭いカイザーの狙いを明らかにするために俺たちはアビドス砂漠へと向かった。

 度重なる砂嵐によって形作られたというこの場所にくるのは、実は初めてである。

 以前に来ようとした時はホシノ先輩に止められた。

 「行ったところでなにもないから」と言ったホシノ先輩の顔に浮かぶ虚無感は、今もよく覚えている。

 当然ながら人のいる痕跡などない……はずだった。

 

『複数の車両が通った形跡があります。みなさん、気を付けてください』

 

 アヤネの言う通りにタイヤの跡はくっきりと残り、道標のように砂漠の奥深くへと続いていた。

 跡を追い、適度に休憩を挟みながら進んだ俺たちの目に飛び込んできたのは、真新しく建てられたであろうカイザーの根城の姿だった。

 塀に囲まれた中に無数の仮説テントと車輛、アンドロイドが走り、慌しく動いている。

 みんな絶句して声も出ないようだ。

 

『なんでこんな場所にカイザーが基地を……』

 

 先生のナビゲートにより、兵士の巡回ルートを避けながら進む。

 そうして俺たちは兵士が出払った仮設テントの一角へと近づいた。

 テントの中は仮設ながらも立派なもので、でかポータブル充電器に繋がれたパソコンや開きっぱなしの紙の図面などが散乱していた。

 図面を手に取ってみるとここら一帯の砂漠の地図が描かれているが、×印のつけられた地点が多くみられた。

 まるで何かを探しているかのようだ。

 パソコンのほうを調べていた先生の声が聞こえる。

 

「これは採掘情報だね……カイザーは砂漠で何かをさがしているのかもしれない」

 

「探してるって何を?」

 

「う~ん。この砂漠に価値のあるものなんてもうないと思うけどね~」

 

 ホシノ先輩はそう言うが、カイザーがアビドスの土地を狙っているのはもうこれまでの情報から明らかだ。

 その何かを先に見つけてしまえば、カイザーを交渉の舞台に引きずり出すこともできるかもしれない。

 そう思ったその時だった。

 ビービーとけたたましい警報音が鳴り響く。

 どうやら監視の兵士に気づかれたらしい。

 兵士たちは怒号と共に近づき、こちらに警告の素振りなど一切みせずに発砲してくる。

 しかも基地だけあって物量はかなりのものだ。

 大群が潤沢な武器を構えて襲い掛かってくる……!

 

「数が多すぎますね……」

 

「みんな! いったん引くよ!」

 

 先生の指示は的確だった。

 アヤネのドローンや自信の助手の技能を用いて警備兵の少ない位置を割り出し、即座に脱出ルートを作り上げた。

 

「いたぞ! 撃て!」

 

 簡易的に張られたバリケード越しに振ってくる弾丸の雨。

 しかし、追いかけられていた時に浴びせられた弾幕とは雲泥の差があった。

 

「みんな! 私に続いて!」

 

 タンクを買って出たホシノ先輩が先端を開き、シロコやセリカが敵の包囲網を突き抜けるように進んでいく。

 ノノミさんのミニガンが追い打ちとばかりにその大火力で包囲網を薙ぎ払い、戦場の抜け道が現れた。

 

「あそこです! 走って!」

 

 先生を狙おうとした兵士の頭を拳銃で撃ち抜き、すぐさま脱出路に走るみんなへと続く。

 そんなことを2回繰り返し、ようやく俺たちはカイザーの基地から脱出。

 砂漠へと逃れることができた。

 

「な、何とか逃げ切れたわね……」

 

 そう言ったセリカの言葉を覆すように大勢の足音が聞こえてきた。

 どうやら基地の外に逃げ出した程度では逃がしてくれないらしい。

 

「まだ来るの!?」

 

「……戦車の音もする」

 

「このままでは……」

 

 迫りくる敵陣に身構えることしかできない。

 殿に残ることを提案しようとしたその時、接近する兵士たちの足が止まった。

 何が起こったのかと混乱する間もなく、兵士の群れを裂いて一台の車がやってくる。

 俺たちの前でとまったその車から降りてきたのは大柄な体格に黒いスーツを着込んだアンドロイドだった。

 

「ここは私有地だぞ、アビドス諸君」

 

 アンドロイドはそう言った。

 

「あなたは誰だ?」

 

「む? そうか、顔を会わせるのは初めてか……私はカイザーコーポレーションの理事を務めている者だ」

 

 カイザーの理事……!

 敵の親玉とまさかこんなところで鉢合わせるとは思わなかった。

 護衛も連れずに俺たちの前に一人で現れるとはとんだ余裕の持ち主のようだ

 

「では、古くから続くこの借金について話でもしようか」

 

「あんた! ヘルメット団に便利屋まで差し向けた元凶が、いったい何の用があるの!?」

 

 セリカの激昂が響くが、カイザー理事には響かないようだ。

 尊大な口調と態度を隠そうともせずに奴はこう告げる。

 

「用もなにも先ほども言ったとおり、ここは私有地だ。勝手に私有地に立ち入り、荒らした君たちに抗議の意を伝えにきたのだよ」

 

 そう言い終えると自分から切り出した会話中にも関わらず、胸元から取り出した携帯でどこかに指示を飛ばした。

 嫌な予感はすぐに的中する。

 

「ところで、君たちの信用が下がってしまったようだぞ」

 

『そ、そんな!』

 

 ドローン越しにアヤネが動揺する声が聞こえた。

 

「どうしたんですかアヤネちゃん!」

 

『アビドスの利子が……9130万になりました』

 

「理解できたかね? 君たちの紐を握っているのが、誰か。生徒6人の学校など、どうにでもできるのだよ」

 

 圧倒的な権力。

 アビドスを長年苦しめてきた借金が目の前の理事に弄ばれる。

 だが、誰も反撃できない。

 俺たちにこいつに真っ向から立ち向かえる武器はない。

 アビドスからはとっくにそんなものは奪い去られてしまったのだから。

 

「しかしこれだけというのもな……ふむ。ならば9億円の借金に対する補償金でも貰っておこうか。一週間以内に我がカイザーローンに3億円を預託してもらおう」

 

『そんな……そんなお金、用意できるわけが……』

 

「ならば学校を去るといい。そもそも借金はアビドス高等学校のものであって、君たち個人に課されたものではないだろう? 学校が責任を取るべきお金だ。何も君たちが必死に払う必要もない」

 

「大事な学校を見捨てられるわけ────」

 

 セリカの言葉をホシノ先輩が手で制止する。

 

「……みんな、帰るよ」

 

 先輩からの撤退の言葉。

 この場では間違いなく正しい選択だった。

 このまま残れば、このカイザー理事はまた俺たちを追い詰める手段を取ってくるだろう。

 

「さすがは副会長、君は賢そうだな」

 

 副会長……アビドス生徒会のことか?

 アビドス生徒会は機能していないと言われたが、肩書としてはまだ残っているのかもしれない。

 ホシノ先輩は副会長だったのか。

 

「では、保証金と来月以降の返済についてはよろしく頼むよ。お客様」

 

 それだけ言い残したカイザー理事は立ち去ろうとするが踵を返そうとしたところを止め、こちらに再び向き直った。

 理事の視線は俺へと向けられている。

 

「ああ、それとも……君がこちらに来てくれるかな、新条テツヤくん」

 

「はあ!?」

 

 理事の発言に不穏な気配が流れる。

 セリカやシロコなんかはきっかけがあればすぐにでも都にかかりそうな勢いだ。

 俺は2人を行かせないようにカイザー理事と2人の間に割って入る。

 

「なぜ、俺を?」

 

「ヘルメット団との戦闘は見させてもらった。実に素晴らしい力だ。他の生徒にはない特殊な能力を是非とも()()()()()()()にしたい。それならば、保証金や金利の件はなかったことにしてもいい」

 

 俺を直接使うとは言っていない。

 俺を研究して、その力を自分の兵隊のものにしようと言っている。

 ようはモルモットになれってわけだ。

 

「それは────」

 

「帰るよ、テツヤくん」

 

 答えようとした俺の腕をホシノ先輩が掴んだ。

 

「……帰るんだ。いいね」

 

 強い語気に反してなにか縋るようなその目を見てしまえば、カイザー理事の提案に頷くことなどできなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 カイザーの狙いはアビドスの砂漠に眠るものだった。

 アビドスを追い詰め、その土地を奪い去ることに固執するその真実を知った代償は思い。

 莫大に膨れ上がった利子と3億円の保証金。

 どん底のさらに突き落とされた俺たちに一体何ができるのか……

 人気のない学校の廊下を一人で歩く。 

 もうすぐアビドスに来て4ヶ月が経つ。

 この校舎にも慣れてきた所だった。

 

『校内の清掃は小まめにやるんです。じゃないとすぐに砂が──』

 

 校内清掃の当番は5人から6人体制に。

 ローテーションで行われる掃除は最初こそきつかったものの、慣れれば日常の1ページへと変わっていた。

 

「…………」

 

 廊下の窓からは倉庫が見える。

 戦闘に参加できない俺に物資の補給の役割が与えられると、まず案内された場所だ。

 整理整頓がなされているとは言えない有様だったそこは、俺やアヤネの掘り出し物探しのせいで綺麗に整頓され、今は先生が持ってきてくれたシャーレの救難物資の貯蔵にも使われている。

 ……いろいろな思い出が頭をよぎる。

 これが走馬灯というやつなのだろうか。

 振り返ってみればなんとも短い時間でこの学校に馴染めたものだ。

 ……それもこれも、俺を受け入れてくれたみんなのおかげだ。

 シロコ、ホシノ先輩、ノノミさん、セリカ、アヤネ。

 短い間だったが、この学校での生活ほど充実した時間を過ごせたことはない。

 その中でみんながこの学校をどれほど大切に思っているかも、理解したつもりだ。

 

「…………」

 

 対策委員会の部室の前に立つ。

 ───俺は、黒服の提案には乗らない。

 

「……」

 

 一呼吸を置いてから、その扉を開けた。

 

「……テツヤ、くん」

 

 部屋の中にはホシノ先輩がいた。

 いるような気がしていたのだ。

 きっとホシノ先輩は黒服の取引に乗ってしまう。

 だから、ここに来た。

 

「……奇遇ですね」

 

「……そっか、そうだよね」

 

「ホシノ先輩、それ持って帰ってください」

 

「……できないね、それは」

 

 その返答にかける言葉はなかった。

 

「変身──」

 

「───!」

 

 一瞬で俺の背後に回り、飛びかかってきた先輩の手を変身しながら受けながす。

 先輩は変身を確認すると躊躇なくそのショットガンの銃口を俺の頭部に向けて撃った。

 

「──」

 

 放たれた弾丸を体を傾けて交わす。

 ホワイトボードに穴が開いた。

 これ以上、この部屋で戦うのはお互いに本意ではないだろう。

 俺は学校の校庭が見える窓目掛けて跳び、突き破って校庭へと逃れた。

 それに続くようにホシノ先輩も校庭へと降り立つ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ホシノ先輩の挙動に神経を張り巡らせる。

 先輩が発するプレッシャーを真っ向から浴びたのはこれが初めてだ。

 先輩はショットガンを撃ちながら盾を構えて突っ込んでくる───

 

「ッ!」

 

 籠手で散弾の衝撃を感じながら、突っ込んできた先輩を右手で受け流す。

 ──すれ違いざまに手榴弾が投げ込まれた。

 

「くッ!」

 

 爆発する前に手で払い除ける。

 それが決定的な隙を生んだ。

 爆発する手榴弾に気を取られた俺の懐に音もなく駆け寄った先輩の銃撃が、俺の胴を跳ね上げる。

 苦し紛れに拳を振るった時にはもう遅い。

 置き土産とばかりに再び手榴弾を置いて、爆発と共に夜の闇に紛れて姿を消した。

 

「くそ……」

 

 完全に手玉に取られている。

 幸い夜でも目はきくが、隠れ場ながらじりじりと攻め立てられたら打つ手がない。

 俺は覚悟を決め、右の拳を掲げて思いっきり地面に叩きつけた。

 

「オオ!」

 

 砂煙が校庭を覆い隠す────

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 砂漠のような砂塵が校庭を覆い尽くした。

 ホシノは校舎の影へと身を潜め、砂煙に紛れて姿を消したテツヤの姿を探す。

 

(テツヤくんに夜戦のノウハウを教えたのは私だ。どこにいるかは見当がつくはず────)

 

 その予測をホシノが隠れる校舎の影目掛けて投げ込まれた石が否定した。

 

「ッ!」

 

 被弾を盾で阻止するが、すぐに第二、第三の投石がホシノを襲う。

 その衝撃に耐えながらホシノは驚愕を隠せなかった。

 

(位置を知られてる。この暗闇でも見えるの?)

 

 夜のアビドス校舎は暗い。

 付近の家屋の街灯は校舎周りの塀に遮られて入らず、校舎自体の電気も消えたままだ。

 ほぼ暗闇といって差し支えない空間の中でなお、投石は確実にホシノを捉え続けていた。

 

「行こうか…!」

 

 不意を突くことはできそうにもない。

 真っ向勝負でテツヤを打ち倒すと決めたホシノは物陰から手榴弾を投げたあと、全速力で石が飛んできた方へと突き進む。

 ホシノもアギトであるテツヤ程ではないが夜目はきく。

 今もなお砂塵が舞う校庭には確かにテツヤの姿があった。

 再び手元のショットガンを3発撃つと盾を構えてテツヤへと肉薄する。

 それを確認したテツヤは籠手で頭部を守りながら突進し、ホシノ目掛けて右の拳を振るった。

 ガン、と鈍い音が響き、盾越しにとてつもない衝撃がホシノ襲った。

 しかし、ホシノのフィジカルはキヴォトス有数のものである。

 普通の生徒ならば吹き飛ばされ、気を失ってもおかしくない一撃を受け止めてなお、ホシノは一歩たりとも動くことはなかった。

 テツヤは左の拳を盾で防ぐことのできない側面を狙った。

 ホシノはその一撃を一歩下がることで回避し、再びショットガンの引き金を引いた。

 テツヤ目掛けて放たれた散弾は、テツヤの体を捩った回避によって当たることなく飛んでいく。

 その後もお互いに一進一退の攻防を繰り返す。

 しかし、お互いに決定打に欠けていた。

 ホシノの火力ではテツヤを一撃で戦闘不能にすることはできない。

 戦闘経験の浅いテツヤではホシノの防御を切り崩すことはできない。

 お互いの体力は確かに削れているが、お互いに堅牢な防御を備えた耐久戦タイプ。

 30分近い時間が経ってもなお、その均衡は崩れることがない。

 この状況にホシノは焦っていた。

 このままでは朝になってもケリがつかないかもしれない。

 

「フッ!」

 

「……!」

 

 テツヤのハイキックを首を反らすことで避け、下がる間際に手榴弾を投擲する。

 ()()()()()()()()()()

 

「───は?」

 

 ピンの抜かれた手榴弾が宙を舞い、立ち尽くすテツヤの元へと飛んでいく。

 このままではテツヤは爆死するだろう。

 

「逃げて!」

 

 目の前に死が迫っているにも関わらず、テツヤは穏やかな表情のままだった。

 やがて手榴弾はその時を迎え────

 

「アアアアアアアア!」

 

 爆発した。

 テツヤを庇うように飛び掛かったホシノの背中を爆風の熱と衝撃が襲う。

 痛みに顔を顰めながらテツヤの無事を確認しようとしたホシノは、変身したテツヤに拘束されていることに気が付いた。

 

「……二度と、やらないで」

 

 その言葉に静かに頷き、テツヤは────

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「説明して。何があったのか」

 

 朝。

 部室で目を覚ました俺は、ホシノ先輩の残した退学届を握りしめたシロコに詰め寄られていた。

 ホシノ先輩の姿はどこにもない。

 きっと、黒服の元へと向かったのだろう。

 

「ホシノ先輩は……カイザーとの取引に乗ったんだ」

 

「カイザーと!? 何があったんですか先輩!?」

 

「借金の半分と引き換えにカイザーに所属するって言ってたよ……止めようとしたが、この有り様だ」

 

「先輩に怪我は…?」

 

 気遣うアヤネに大丈夫だと言って、椅子二つで作られた簡易ベッドから身を起こす。

 怪我はとっくに治っているが、体はガタガタで寝不足のせいで頭が痛い。

 

「とにかくホシノ先輩を連れ戻しましょう!」

 

「「はい!」」

 

 ノノミさんの言葉に頷く後輩たちとは別にシロコは何か考えている様子だった。

 

「……テツヤ、本当に────」

 

 シロコの声は突然聞こえた轟音によって中断される。

 急いで学校から出た俺たちが見たものは、逃げ惑うアビドスの住人と町を破壊するカイザーPMCの兵士たちだった。

 

「いたぞ! 対策委員会だ!」

 

「斥候がこんなところにまで……!」

 

「学校に侵入される前に片づけましょう!」

 

 斥候の数は多かったが、対策委員会の相手には足りなかった。

 こちらへと撃ってきた者たちから次々と打ち倒されていく。

 俺は変身せずに拳銃を構え、先生を狙おうとやってくるPMCの兵士たちを片づけていた。

 

『何者かの接近を確認……カイザーの理事が来ます!』

 

「おや、アビドスの諸君か。まだ残っていたのかね?」

 

「なんの真似ですかこれは! 白昼堂々と町を襲撃するなんて……たとえあなた達が土地の所有者であっても、そんな権利はありません!」

 

「学校はまだ私たちアビドスのものです! この攻撃は明らかな不法行為! 連邦生徒会に通報を────」

 

「連邦生徒会は動かんぞ」

 

 カイザー理事はそう言い切った。

 

「今まで何度も君たちがこの状況を打開しようと嘆願をしても、何の反応もしなかった連邦生徒会が動くと思うか?」

 

「……」

 

 返す言葉もない。

 今まで連邦生徒会どころか、どの組織もアビドスを助けに来てくれたことなどなかった。

 アビドスからも他の学園に助けを求めたことなどなかった。

 それが無駄なことであると知っていたからそうしなかったのだ。

 反論の言葉が飛んでこないことに機嫌を良くしたカイザー理事が続ける。

 

「アビドス最後の生徒会メンバー、小鳥遊ホシノは退学した。アビドスの生徒会はもう存在しないも同然だ。公的な部活も、委員会も、生徒会も、自治区すらないアビドスは、学園都市としての自立・存続が不可能と判断……仕方がない、この自治区の所有者であるカイザーコーポレーションが、あの学校を引き受けるとしよう……そうだな、新しい名は『カイザー職業訓練学校』とでもしようか」

 

「な、なにを言ってるの!? アビドスにはまだ、私たち対策委員会が残ってる!」

 

『それは……』

 

 セリカの言葉にアヤネが言い淀む。

 そう、一番の問題は……

 

「君たちは非公認の委員会だろう? 書類上では存在すらしない。そう───君たちは()()()()()()()()()

 

 突きつけられた事実がみんなの胸に重くのしかかる。

 そう、アビドス対策委員会はあくまで非公式の委員会。

 生徒会とは違い、なんの権限も有していなければ、その存在を証明するものもない。

 対策委員会が公式な組織になるためには生徒会の……ホシノ先輩か、連邦生徒会の認可が必要になる。

 自分達にはもう何も残されていないという事実に打ちひしがれるアビドス生。

 もはやこれまでかと思われたその時、遠くの方角から爆発音が聞こえた。

 

「何だ!? アビドスの生徒はここにいるというのに……」

 

「全く……大人しく聞いていれば何を言いくるめられているのかしら」

 

 やってきたのは便利屋68……陸八魔さんがアビドス生に語りかける。

 

「仲間が危険に晒されているのに、そこでボーっと突っ立っているつもり!?」

 

 下を向いていたセリカの頭が上がる。

 

「このままやりたい放題! 奪われ続けるだけで本当にいいの!?」

 

 シロコの銃を握る手が強く締められる。

 

「あなた達はこの結果に満足できるの!? 納得ができるの!?」

 

 アヤネが涙を拭う。

 

「アビドスは! そんな腰抜けの集まりだったの!?」

 

 ノノミさんがカイザーを睨みつけた。

 そうだ、何も終わってなんかいない。

 俺たちの戦いはここからだ。

 ()()()()()()()

 まだ、戦いは始まってすらいない───!

 

「変身──!」

 

 便利屋68の出現に驚くカイザー理事の顔面に拳を叩き込む。

 ああ、やってやったぞ……一度高慢ちきなその面をぶん殴ってやりたかったんだ!

 

「ぐおおお!? き、貴様! こんな真似をして────」

 

 鉄屑が言い切る前に投げ込まれた爆弾がその無駄にデカい図体を面白いくらいに吹っ飛ばした。

 あの巨体ならそこそこの重量だろうによく飛んだな。

 浅黄さんの爆弾づくりの腕前が伺える。

 実によい爆発であった。

 

「さあ、行くわよ! あなた達! あの腰抜けどもに私たちの強さを見せつけてやりなさい!」

 

「誰が……誰が腰抜けよ! もう頭にきたわ!!」

 

「ホシノ先輩は絶対に取り戻す。相手がだれであろうとも関係ない」

 

「非公認だろうと、不法組織でも構いません! 私たちは絶対に仲間を……ホシノ先輩を助けます!」

 

 陸八魔さんは先導者の素質があると思う。

 先ほどまでの絶望の雰囲気を吹き飛ばし、シロコたちに再び戦いの火をつけさせたのだから。

 あれは口下手な俺には到底できない芸当だ。

 陸八魔さんが便利屋68のリーダーである由縁を見たような気がする。

 立ちはだかるカイザーPMCに向かって行く仲間たちを見ながら、俺もその後に続くように走り出した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ……薄暗い部屋で、小鳥遊ホシノは拘束されていた。

 体を縛る赤い線は彼女の持つ神秘を縛り、その超人的な身体能力を低下させている。

 自らその拘束を破り、飛び出していくことはできない。

 アビドス最後の生命線を自らが絶ってしまったという事実を知った小鳥遊ホシノにそんな力は残されていないと、黒服はそう判断した。

 

「…………」

 

 小鳥遊ホシノは沈黙する。

 

「…………」

 

 小鳥遊ホシノは沈黙する。

 

「…………」

 

 小鳥遊ホシノは沈黙する。

 

「…………」

 

 キヴォトス最高の神秘(小鳥遊ホシノ)は────

 

「………………」

 

 ただ静かに、その時を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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