Blue Archive vol.AGITΩ   作:mukugawa

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Bond story
アクアリウムにて


 

 最近のアビドスの夜は騒がしい。

 厄介な地上げ屋(カイザー)が撤退したおかげで、夜に営業する飲食店が増えたのだ。

 歩道橋の上からは仕事帰りのサラリーマンや他校の生徒の姿も見てとれる。

 閑散としていたアビドスの夜は少しずつではあるが、アビドスはかつての姿を取り戻しつつあるようだ。

 ……いやあ、本当に賑やかになった。

 

「いたぞ! アビドスの連中だ!」

 

「この前の借りは返してやるぜー!!」

 

 本当に賑やかになっちまったな。

 マジで迷惑…!

 

「テツヤくん、またきちゃった!」

 

「今日でもう5回目か、どいつもこいつも…!」

 

 俺がダッシュで殴り飛ばした一人に気を取られたもう一人をホシノ先輩が速やかに制圧した。

 ホシノ先輩は疲れた様子でため息をつく。

 

「うへ~、今日は大漁だね。これがお魚だったらいいのに……」」

 

 先輩は無類の魚好きだ。

 この前も俺が夜の学校で見つけた魚のホロシールに目を輝かせていたし。

 シールをあげたらもっと喜んでくれたっけ。

 まあ、残念ながらアビドスに大量にいるのは魚ではなく不良なのだが。

 

「カイザーがいなくなったのになんでこの手の連中は減らないんですかね……」

 

 そんな俺の疑問にホシノ先輩は苦笑しながら答えた。

 

「むしろカイザーの撤退が原因なんじゃないかな。カイザーのテリトリーだと思って近づかなかった連中が、一気に流れ込んできてるのかも……」

 

「うへー、面倒くせぇ」

 

「おやおや、私の口癖が移っちゃったみたいだね~」

 

 本当に無意識だったので恥ずかしい。

 熱くなる顔を先輩から反らして、再びアビドスの夜景を眺める。

 歩道橋という普段より高い場所から見上げる景色は好きだった。

 なんというか、特別感を感じる。

 ホシノ先輩はどう思っているのか聞くために隣を見ると、携帯を取り出して何やら捜査している姿が見えた。

 通報の確認だろうか?

 そう考えた俺にホシノ先輩は携帯をポケットにしまいながら話しかける。

 

「今日はここまでにしよっか。市民からの通報も落ち着いてるみたいだし」

 

「はい。……最近は調子よさそうですね、先輩」

 

「そう見える?」

 

 以前まではどこか張りつめた様子で、見ていると心配になったのだが、最近の先輩はどこかリラックスしているように見える。

 気が抜けているという意味ではなく、良い意味で緊張していないのだ。

 やはりカイザーと黒服がアビドスを去ったことで、ホシノ先輩を襲っていたプレッシャーも消えたのだろう。

 朝の居眠り時間も減り、みんなと笑っている姿が多くなった。

 できればこのまま変わらないでいてほしい。

 先輩の笑顔は、ずっと見ていたいくらい素敵なんだから。

 

「はい。可愛いと思います」

 

「……うえ!? や、やだな~、テツヤくん。おじさんをからかっちゃいけないよ~?」

 

「からかってなんかいませんけど」

 

「…………」

 

 おかしいな、ホシノ先輩が顔を会わせてくれなくなった。

 なんかまずいこと言ったかな……

 

「じゃあ、また明日」

 

「う、うん。また明日……」

 

 俺はホシノ先輩と別れ、家路を急いだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 今日は休日だ。

 部屋の中で漫画を読むのも飽きてきたので、思い切って遠出をしようと考えた。

 

「どこに行こうか……」

 

 スマホに表示された生徒外出先ランキングは、上位の観光地を示すばかりであてにならなかった。

 テレビでやっている番組にも面白そうな場所の情報はない。

 事前リサーチを早々に諦めた俺は、気の向くままに歩き回ることを選んだ。

 天気は快晴。

 ウォーキングにはいい天気だった。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ぽつぽつと歩き始めた末に辿り着いたのはアビドスのショッピングモールだった。

 やはり人間というものは行き慣れた場所に帰ってきてしまうものなのかもしれない。

 特に用はなかったが、せっかく来たので書店でも見ていこうと中に入る。

 冷房の効いた中は快適で、帰り道の足がさぞ重くなるだろうなと思いながら書店を目指していると人ごみの中に見慣れた背中が見えた。

 

「ホシノ先輩……?」

 

 先輩も休みに買い物へ来たのだろうか。

 すぐに見失った俺は追うことを諦め、目的地である書店へと足を急いだ。

 人の波に追われること5分、どうにか目的地に辿り着いた俺は一つの雑誌を手に取っているホシノ先輩を目撃した。

 

「アクアリウム入場チケット……」

 

「先輩?」

 

何やら見入っていたらしく、俺の声にビクッと肩を震わせながら先輩は答えた。

 

「うへッ!? なんだ、テツヤくんか~」

 

「珍しいですね、ここで会うなんて。それが目当ての本ですか?」

 

「うん……時間があるなら、一緒に休まない?」

 

 ホシノ先輩の申し出に俺は頷いた。

 会計に向かったホシノ先輩を待っていると、エコバックを手に提げて戻ってくる。

 

「お待たせ」

 

「そこまで待ってませんけどね……どっか、お店に入りましょうか」

 

 俺とホシノ先輩は喫茶店へと入り、席に着く。

 注文を待つ間にホシノ先輩はエコバックから買ってきたばかりの本を取り出し、俺に見せてきた。

 

「じゃーん、見て見て! 『月刊アクアホビー特別版』だよー!」

 

「へー、付録に図鑑までついてくるんですか」

 

「そうだよ。これで1000円なんだからお買い得だよね~」

 

 ぺらぺらとページをめくってみると、アクアホビーというだけあって多種多様な魚類の飼育に使われる機材の情報が乗っていた。

 

「ウニって家で飼育できるんですね……」

 

「海水の水槽は難易度高いって話だけどね」

 

「先輩は飼わないんですか?」

 

「いやー、私は見るだけで満足かな……余裕があったら淡水魚とか飼ってみたいんだけどね」

 

 流暢に本の内容について喋る先輩だったが、突然口を閉じた。

 

「なんか、テツヤくんにはバレバレだけど、落ち着いてきたら恥ずかしくなってきちゃった。この年でこの趣味って変だよね……」

 

 ホシノ先輩はどこか恥ずかしそうに呟いた。

 

「趣味に年齢は関係ないでしょ」

 

「そうかな……」

 

 何を恥ずかしがることがあるのか。

 レトロなアニメや特撮のフィギアを集めるのが趣味の俺に言わせれば、ホシノ先輩の趣味だって立派なものである。

 コレクター気取りの俺に比べれば、知識量も誇っていいレベルだ。

 昨今は『オタク』を名乗ることにだってそれなりの下地が必要なのである。

 俺の言葉に頷きながら雑誌を読んでいたホシノ先輩は、やがて一番最後のページに差し掛かると意を決して付録の図鑑と共に付いてきた紙を切り離した。

 どうやらスクラッチ式のくじのようだ。

 

「景品は……アクアリウムペア入場券?」

 

「うん。普通に買ったら1万5千円。それが1000円で行けちゃうかもしれないビッグチャンス……!」

 

 汗を拭いながら100円玉を取り出す先輩。

 こんな緊張感持ってる先輩は見たことがない。

 今さら「アクアリウムって何ですか」とか言えない空気がそこにはあった。

 先輩がスクラッチくじを削り始める。

 当たりならばクジラのマークが入っているはずだ。

 一つ目……ある。

 

「……」

 

 二つ目……ある!

 

「──!」

 

 三つ目────

 

「……あっちゃあ」

 

 ───なし。

 

 先輩の気落ちした声が店内に虚しく響いた。

 結構堪えているらしく、注文したコーヒーを飲むことも忘れているようだ。

 ……1000円か。

 

「先輩、ちょっと待っててください」

 

「え?」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「お待たせしました」

 

 買ってきたブツを置く。

 予想外の出費だったが、これくらいは問題ない。

 片づけてもらったテーブルの上には月刊アクアホビー特別号。

 この手の雑誌を買ったのは初めてである。

 

「て、テツヤくん?」

 

「俺が出します」

 

「気持ちは嬉しいけど……そう簡単には」

 

 スクラッチくじを一気に削る。

 

「あ、出た」

 

「うそお!?」

 

 本当である。

 クジラのマーク3つ並んだスクラッチくじがこの手の中にある。

 

「こんなあっさり……」

 

「出ましたね」

 

「出ましたねって……もっと驚かないの?」

 

「なんといいますかね。俺が欲しいものではない時は出るんですよ」

 

 昔からこうなのだ。

 自分が欲しい雑誌の懸賞は絶対に当たらないのに気まぐれに送った懸賞のはがきが当たったり、ビンゴゲームで欲しいものが出尽くしたあとでビンゴになったり。

 欲しいものほど手に入らない物欲センサーとは逆の、いらないものほど手に入る逆物欲センサーである。

 俺個人にとっては意味のないセンサーだが、こういう時は役に立つ。

 

「じゃあ、どうぞ」

 

「え!? いいの?」

 

「俺が持ってても宝の持ち腐れなんで」

 

 元々ホシノ先輩に渡すために当てたものだ。

 遠慮せずに受け取ってほしい。

 そんな俺の思いは通じたようで、ホシノ先輩は躊躇いながらも当たりのスクラッチくじを受け取った。

 

「……ねえ、テツヤくん」

 

「はい」

 

「一緒に行かない?」

 

 意外な提案だった。

 

「……いいんですか?」

 

 知識のない俺とアクアリウムに行っても退屈させてしまうかもしれない。

 そんな俺の不安を見通すような鋭い瞳で先輩は俺を見ていた。

 

「元々ペアチケットだし。テツヤくんとだから行きたいんだよ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 そんなこんなでアクアリウムである。

 アビドスのから離れたある学園の自治区内にアクアリウムはあった。

 子供の頃に行った水族館よりもデカい。

 一応ネットで調べた限りでは研究や保護を主とした水族館とは違い、アクアリウムは鑑賞目的が理由の施設で、水族館よりも規模は小さいはずなのだが、キヴォトスのアクアリウムはビックサイズであった。

 ホシノ先輩が買ってきたパンフレットも、いち施設にしては分厚い。

 ちょっとした雑誌くらいの厚みがある。

 魚類にそこまで関心があるとは言い難い俺の期待もどんどん膨らんでいる。

 

「じゃあ、入ろっか」

 

 嬉しそうな先輩に先導されて、俺は未知の施設の中に入っていく。

 入り口を抜けた瞬間、広がったのは海の世界だった。

 暗い通路に光る大きな水槽が一面を飾る。

 深海に潜り込んだような内装は、俺の心を確かに掴んだ。

 そんな景色に驚く中で、先輩に促されて入り口を振り返ってみると上がトンネルの形の水槽になっていた。

 そこにはサメが泳いでいた。

 

「サメもいるんですね!」

 

「奥にはジンベエザメもいるみたいだよ~」

 

 マジかよ。

 ジンベエザメは海にわかの俺でもわかるくらいのビッグネームだ。

 見れるものならば見て見たい。

 

「順番に見ていこっか。時間は十二分にあるしね」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ……楽しんでしまった。

 子供みたいにテンションを上げて、はしゃいで……恥ずかしい。

 でも、本当に楽しかったのだ。

 普段、自分たちが住む世界とは全く異なる水の世界。

 キヴォトスも外から来た俺からしてみれば別世界のような場所だが、キヴォトスに来た時に感じた衝撃とはまた別の……そう。感動があったのだ。

 

「楽しかったね~。私一人で楽しんじゃって悪いかなっておもってたけど、テツヤくんも楽しんでくれたようでよかったよ」

 

 ホシノ先輩は満足そうにお土産の袋を抱えながら呟いた。

 

「なんか子供みたいに騒いじゃって……ごめんなさい」

 

「いいのいいの。それに……ちょっと可愛かったし」

 

「はい?」

 

「いつもはクールぶってる相棒のお年頃らしい面が見られて、うれしかったんだよ」

 

 ぶってるっは余計です。

 

「というか、相棒ですか?」

 

「……嫌だった?」

 

 先輩は目に見えて落ち込んだ様子を見せた。

 慌てて手を振りながら訂正する。

 

「いや、嬉しいですよ。相棒って呼んでください」

 

「そっかそっか~」

 

 先輩はすぐに明るい笑顔を取り戻した。

 わかってもらえたようでなによりである。

 時間はもう夕方だ。

 そろそろ解散になるだろう。

 先輩は沈んでいく夕日を見ながら呟いた。

 

「これからも、ずっと……よろしくね、相棒」

 

 

 

 

 




・月刊アクアホビー
 ホシノの購読する月刊雑誌だ!
 キヴォトスの魚類愛好家たちには欠かせないアイテムだぞ!
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