Blue Archive vol.AGITΩ 作:mukugawa
今日もまた自分のベッドで目を覚ます。
見慣れた天井、カーテンの間から差し込む光。
目元をこすりながらゆっくりと立ち上がり、洗面所へと向かう。
今日は寝癖が落ち着いている。
これなら治すのに1分もかからないだろう。
「今日は……自転車で行くか」
身支度を素早く済ませ、用意した朝食を口にする。
ニュースによれば今日もアビドスは快晴。
絶好のサイクリング日和であった。
「ごちそうさまでした」
食器を手早く洗い、リュックを背負って玄関の扉を開けた。
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俺はアギトである。
キヴォトスの中でもやるタイプであると自覚している。
多対一でも不良程度ならばどうにかできるが、ホシノ先輩のような実力者を相手取るのはキツイ。
あの夜の時も、捨て身の策が通じなかったらこちらが変身できなくなるまで追い込まれるのも時間の問題だった。
なので、始めたのが自己鍛錬である。
格闘術の教室に通いながら筋トレはもちろんのこと、通学もバスではなく自転車を多用することを増やした。
そのかいあって、最近の夜警はスピーディーに終えられるようになってきた。
このまま自己鍛錬を継続し、もっと強くなりたい。
そう思えば自転車を漕ぐ足にも力が入るものだ。
体に当たる風が暑いアビドスの天候にはなんとも心地よい。
そうやって走り続けていると、曲がり角を曲がったところで見知った人物に出会った。
出会ったその人物は自分の自転車に跨り、感情の読みづらい無表情でこちらを凝視していた。
「おはよう、シロコ」
「おはよう」
シロコは挨拶を返すと、俺の隣に並ぶように自転車を移動させた。
「最近はよく会うな」
ようやくほとぼりが冷めて首輪のGPS機能を止めてもらったので、もう居場所がわかることはないはずなのだが、なぜかシロコとはよく出会う。
そんな意図を含めて尋ねたのだが、シロコは「奇遇」の一言でバッサリと切り捨てた。
「通学路がたまたま同じというだけ、特におかしいことはない」
「そんなものかな」
「そんなもの」
シロコは俺の前に出てペダルを漕ぎ始める。
俺もその後ろにつく形で走り始めた。
シロコは俺に気遣うことなくいつも通りのスピードで走っていく。
息を切らすこともないが、シロコについていくのは結構なスピードが必要になる。
俺に合わせて走ってくれていた最初のサイクリングの時が少し懐かしい。
思い出に浸っていた俺にシロコが尋ねた。
「テツヤこそ、最近自転車で通学することが多くなった。なにか心境の変化でもあった?」
「体力づくりだよ。変身できる時間を延ばすためにな」
「不良狩りは一人では行かせない」
「行かないって。それとは関係なく、俺がもっと強くなりたいって思っただけだ」
一人でできる範囲に限界があるとはわかっている。
それでも、できる範囲は努力で広げることができるのだ。
だったらやらない理由はない。
むしろ今までがまずかった。
最初の戦いがうまくいったからといって、この先も大丈夫だと勘違いしていた。
慢心できるほどできることなんて少ない癖に。
「……一人で行くのは、許さない」
「だから一人では行かないって」
「そういうことじゃない」
俺の言葉を否定したシロコは更にスピードを上げて宣言した。
「私も今週から格闘教室に通う」
「はい?」
「トレーニング用の服も備えた。準備は万端」
「……別の教室だよな?」
「違う。同じ教室」
「というか、何で俺が格闘教室に通ってんの知ってるの?」
ホシノ先輩にも言ってない、秘密のはずだったんだが。
その質問に答えることなく、更にシロコはスピードを上げた。
……まさか仕掛けてないよな、盗聴器。
こいつ、俺の部屋に結構な頻度で遊びに来るんだよな。
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自分が通う格闘教室はアビドスに新しくできた教室だ。
格闘術といっても空手とか柔道とかいっぱいあると思うのだが、「そういうものをひっくるめて全部教えちゃいます!」がこの教室の売り文句らしい。
銃撃戦を主流にした戦闘術はキヴォトスの学校で教わる一般科目なので、格闘術の教室は繁盛しないのだとか。
電話しただけですごく歓迎されたのは驚いた。
教室に行ったときは泣いて喜ばれた。
実際に通い始めてからというものの、銃撃戦が主流であるキヴォトスでその効果を実感したことはない。
自分が殴りにいったら一撃で終わってしまうからだ。
もしかしたら一撃で意識を奪い取れるようになったことが教室の成果なのかもしれないが、本当に実感しづらい。
まあ、こういうものはこつこつ研鑽を重ねるのが重要と聞くし、引き続き教室のお世話にはなるのだが。
この教室を受講している人は俺を含めて5人程度。
入れ替わりも激しく、短期間で最初に顔を合わせたメンツはもういなくなった。
教室の先生も業績は厳しいだろうによく続いている。
まあ、本人が本業のついでにやっているらしいから、ほとんど趣味のようなものなのだろう。
そして今日も、新しい生徒がやってくる。
本人はやると言ったらなんでもやる人間だから間違いなくくるだろうな、と思っていたら先生が彼女を連れてやってきた。
先生はストレッチをしていた俺たちを手を叩いて呼び出し、新人の紹介を始める。
「みんな注目。今日から教室に通うことになった新人さんです。初心者だからみんなで面倒を見てあげて」
「砂狼シロコ。私より強い奴に会いに来た」
格闘家みたいなこと言ってるよ。
トレーニングウェアに着替えたシロコの姿は似合っている。
中身がフリーダムなことに目を瞑れば、美少女格闘家という感じだ。
なお、本人はガチの初心者なので、なるべく面倒は見ようと思ってる。
今もこっちをガン見してるし。
先生が今日のトレーニング内容を話し終えると、こっちに向かって歩いてくる。
「マジで来たのか」
「私は本気。テツヤもそのうち片手でぶちのめす」
言ったなこいつ。
常日頃から格闘術を仕込まれている俺に勝てるとでも────
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「勝者、砂狼シロコ!」
「ん!」
負けました。
いや、技術では確かに勝っていたと思うのだ。
だが、一撃一撃が手加減アリでも速いし強い。
初心者とは思えぬフットワークで視界の外へと消えたシロコの蹴りのインパクトがプロテクター越しにも伝わってきて、なんとかそれに耐えた俺の拳をしゃがんで避けたと思ったら顎にいいアッパーを喰らってしまった。
ヘッドギアをつけていなければ間違いなく顎の骨を砕かれ、脳震盪を起こしていただろう。
無表情ながらも右の拳を掲げるシロコは嬉しそうだ。
「私の勝ち。テツヤは私を見習うべき」
「そうだな……」
これが最初の負けというわけではなかったので、そこまでショックはない。
というか、今までキヴォトスの生徒に試合で勝てた試しがないのだ、今更へこむほどのことでもなかった。
アギトに変身してから戦ってばかりで分かりにくかったのだが、キヴォトスの生徒は銃弾に耐えきれるボディを持っているのだから素のスペックも高いのだ。
最初は何が起きたかわからないうちに倒され、落ち込んでいるところを先生に励まされたりもしたな。
殴られ、蹴られ、投げ飛ばされ……こう振り返ってみると、目で見てわかる強さというより、忍耐力のほうを鍛えられているのかもしれない。
最近は拳や足の動きを目で追えるようになったし、一撃くらいなら当てられるようになった。
それでも手も足も出ないのだから、外の人間とキヴォトスの人間のスペック差は激しい。
そう考えれば、シャーレの先生はやはり肝っ玉のある人だ。
俺のように戦える力があるわけでもないのに生徒が派手に銃をぶっ放している近くで、冷静に指揮を振るえるのだから。
流れ弾でも当たったら一発で死にかねないというのに。
俺だったら速攻で逃げ出す自信がある。
ただ大人というだけではない芯の強さが、俺には羨ましい。
「テツヤ?」
立ち上がった俺の姿を不満そうに見つめるシロコ。
その不満を解消する方法を俺は知っている。
「負けたよ、シロコ。お前はやっぱり強いな」
「……ん」
満足そうに頷くシロコ。
やっぱり子供っぽいなコイツ。
傍目から見たらクールそうな外見なのに。
「今、失礼なこと考えた」
「なんでわか───やべ」
「ん!」
俺は顔に出やすいのだろうか?
シロコに頬を引っ張られながら、隠し事のできない自分の不器用さを少し呪った。
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そんなこんなで今日の鍛錬は終了した。
今月の受講料を収めて、家路につこうと思った俺を待っていたのは。既に帰り支度を済ませたシロコだった。
「遅い」
「お前が早いんだ」
「遅い」
「早い」
「遅い」
「早い」
……なんだこのやり取りは。
不毛な争いにもほどがある。
「帰るか」
「ん」
ついでにどこかで腹ごしらえでもしようか、と2人で歩き出した時だった。
「た、助けてくれー!」
男の叫び声が聞こえる。
また一般市民が襲われているのか。
「シロコ」
「準備はできてる」
愛銃であるアサルトライフルを構えたシロコの言葉に頷くと、俺たちは声の聞こえた方へと走り出す。
走った先に見えたのは、カバンを抱えて怯える一般犬人さんとそれを恫喝するスケバンの4人組だった。
「いいから金目のもんをよこせやおっちゃん!」
「さもなきゃあたしたちのコイツが火を噴いちまうぜ!」
俺にとっては時代遅れの恰好で、これまたトンチキなことをのたまっている。
相変わらず懲りない連中だ。
「変身」
光が俺を包んでその姿を戦士に変えた。
警告を出す必要もないだろう。
一歩で敵の距離を詰めた俺は、敵の胸倉をつかみ取り、他の3人目掛けて振り回した。
「「「「のわああ!!」」」」
吹っ飛んだ3人を待ち構えていたのはシロコの射撃である。
1人、2人と倒されていく敵。
3人目が立ち上がって手に握ったサブマシンガンを撃ち放つが、シロコは華麗なステップで避けると敵の握りしめるサブマシンガンを掴み取り、敵ごと投げ飛ばした。
きれいな投げ技である。
今日習ったことが生きているようで何よりだ。
「ぐえッ!」
シロコの強靭な力で叩きつけられた敵は潰れたカエルのような声を上げると起き上がってくることはなかった。
戦闘終了、俺たちの勝利である。
振り回された時点で気を失っていた敵を投げ捨てる。
本当に、この手の連中にはいい加減に学習してほしいものだ。
アビドスで暴れたら損をするだけだと。
「帰り、どっか寄るか」
俺の提案にシロコも頷いた。
トレーニング明け、戦闘明けではさすがにお腹が空いたのだろう。
どこに寄ろうかと考えていると助けた一般犬人さんがシロコに話しかけてきた。
「あ、ありがとう。君は前にもあったアビドスの生徒さんだよね」
「そう」
「だと思ったよ、いつもありがとう! それに君も!」
一般犬人さんは俺たちに向かって頭を何度も下げると、その場を去っていった。
話の流れを聞くと、シロコは前にもあの人を助けたことがあるらしい。
気になった俺は、シロコにあの人に出会った時のことを尋ねてみた。
「前にも助けたのか?」
「うん。この辺りは最近、スケバンの発生率が高い。私もちょっとパトロールしてる」
「手伝うか?」
「いい。テツヤはホシノ先輩と夜にパトロールしてくれる。これ以上は過労」
「別に俺は……」
「テツヤ」
シロコは俺に詰め寄ると頭を両手でがっしりと掴んで、口を開いた。
「できることをやろうとしてくれるのは嬉しい。でも、少しは自分を労わって」
その言葉に俺は何も返せなかった。
シロコの吐息がかかる。
近い。
顔はいいし、ここまで気を遣ってもらうと勘違いしそうになる。
だが、こいつはこういうやつなのだ。
こういう距離感なのだ。
それを自分に何度も言い聞かせると高鳴った鼓動が少しづつ落ち着いてきた。
何か一言でも言おうと思ったのだが、俺が口を開く前にシロコが先に口を開いた。
「そう言っても、きっとテツヤは無茶を止めないってわかってるから。私が見てる」
シロコのオッドアイが俺を見つめて離さない。
言おうとした言葉が霧散して、何も言い返せずにいる俺にシロコが再び口を開く。
「見てるから……もう置いていかせない」
・アビドス格闘術教室
カイザーの撤退によって、アビドスに帰ってきた猫人が経営する教室だ!
キヴォトスでは需要が低い格闘術だが、教師の腕は達人級!
その授業も逸品だ!
君も今日から格闘家!