Blue Archive vol.AGITΩ 作:mukugawa
トリニティ自治区内には、廃墟が立ち並ぶ一角がある。
綺麗に整備された他の区画とは異なり、そこは街灯にすら電気が入っていない。
生徒からはごくまれに肝試しの場所として使われるそのエリアは、通常は立ち入り禁止で正義実現委員会が定期的に巡回している。
その廃墟区画にある集団が近づこうとしていた。
「白洲アズサの情報によればここだな」
ガスマスクに防弾ベスト、軽機関銃。
統一された装備に身を包んだ彼女たちはアリウス分校の生徒たちであった。
現ティーパーティーホスト代行、桐藤ナギサの暗殺を任務として送り込まれた彼女たちは、トリニティ内に潜伏しているアリウススクワッドの白洲アズサの情報を頼りにこの暗殺の機会を手に入れたのだ。
行軍する彼女たちは人気のない廃墟区画に素早く入ると、目的地へと向かって前進を続ける。
並び立つ廃墟の一つ。
彼女たちの目の前にある寂れたビルの中こそ、桐藤ナギサの持つセーフハウスの一つだという。
暗殺部隊の指揮官が双眼鏡を構え、建物の窓を観察すれば僅かに明かりの見える部屋がある。
「あそこか……行くぞ」
指揮官の声が合図となり、一部隊がビルへと入っていく。
巡回にいるはずの正義実現委員会の姿はない。
協力者の手によってその動きを止められた正義実現委員会は、この場に介入する資格を剥奪されてしまったのだ。
推定できる護衛は数名程度。
斥候部隊の情報からも、大人数が立ち寄った形跡はなかった。
(馬鹿め……トリニティのトップも堕ちたものだな)
階段を音もなく登る集団はあっという間に目的の階層に辿り着いた。
護衛の一人もつけず、単独で行動した桐藤ナギサを心の中で嘲笑いながら指揮官は一気にターゲットのいるであろう部屋の中へと押し入った。
中には椅子に座った人影が一人のみ。
(死んでもらうぞ! 桐藤ナギサ!)
指揮官の合図により、いくつもの銃口が桐藤ナギサに向かって火を噴いた。
弾丸に耐性のあるキヴォトスの生徒とはいえ、この数での銃撃に晒されればただではすまない。
銃撃に耐えきれず、気絶した桐藤ナギサにヘイローを破壊する爆弾を投げつければこの任務は完了する。
指揮官を含めて、この場にいる誰もが作戦の成功を信じて疑わなかった。
人影は銃撃を避ける素振りすら見せずすべて受け止め、
「なにッ!?」
それが桐藤ナギサでないことは明らかだった。
キヴォトスの生徒が穴だらけになることなどありえない。
地面に崩れ落ちた残骸は、人間ではないただのハリボテであった。
そして────
「総員退────」
指揮官の号令が届く前に爆発と衝撃がその場にいた全員を襲った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「何だ!?」
ビルの外で待機していた部隊の眼前で建物が突如爆発を起こした。
爆発は建物全体を倒壊させ、周囲一帯に粉塵をまき散らす。
「くそ……」
視界は粉塵に覆われ、耳は未だ倒壊を続ける建物が奏でる轟音に潰される。
暗殺計画が失敗したのは誰が見ても明らかであった。
指揮官の率いていた部隊とも連絡は途絶している。
「白洲アズサだ! ヤツが裏切ったんだ!」
「正気か!? マダムを裏切るなんて……」
アリウス生にとって、マダムとは絶対的な恐怖の対象であり、逆らうことなど考えもしないことが常識であった。
その命令を果たせなかった者がどうなるかを彼女たちは良く知っていた。
食料もろくに与えられず、毎日のよう行われる暴行。
白洲アズサへの怒りと困惑がアリウス生に広がる中、一発の銃声が響く。
「ぐあ!?」
「敵襲だ!」
その銃声を皮切りとして降り注ぐ弾丸の雨。
不意打ちを受けたアリウス生たちは建物の残骸に隠れ、銃撃をやり過ごす。
粉塵が晴れた先に見えたのは修道服のような制服を身に纏った生徒たちの姿だった。
「シスターフッド……!」
ーーーーーーーーーーーーーーー
「まだ行っちゃいけないのか?」
シスターフッドの部隊がアリウス生たちと戦闘を開始する中、俺は戦列に加わることなく後方で待機していた。
既に補習授業部のみんなも戦闘に参加しているというのに何を出し渋る必要があるのか。
隣で一緒に待機していたセイアに聞いてみる。
「テツヤ、君の持つ切り札は何だと思う?」
「なんだよ藪から棒に……アギトの力?」
「それも正解ではある。だが、今回の戦闘に関しては戦闘能力に関してはそこまで重要じゃない」
セイアの言うことがよくわからない。
戦う能力以外は平凡な俺にいったい何を求めているのか?
「恐らく、アリウス側が劣勢に立たされればミカも出てくるはずだ。アリウスもミカの戦闘能力は知っている。仲間と認められているわけではないだろうが、戦力としては評価されているだろう」
「対抗馬で俺が出るってことか?」
「いや、ミカは君には敵わないよ」
「断言するんだな……」
「単純な話だ。ミカは『救世主』ではないからだよ」
セイアは妙な所に拘り続けている。
事あるごとに俺を救世主と呼ぶが、俺は偉い聖人でもなんでもないのだ。
できることだって戦うことくらいである。
言葉で人を助けることも、動かすこともできない口下手。
ぶっちゃけ、先生の方が比べるのもおこがましいほどできることがある。
それはセイアにだってわかっているはずだ。
なのになぜそこまで俺がいることに拘り続けるのか……
「新条さん」
セイアの考えが読み解けずに唸る俺を桐藤さんが呼んだ。
「はい」
「セイアさんは言葉が足りませんが、私もセイアさんの言うことには一理あると思っています」
「それはなぜ?」
「実際に戦場にあなたが現れればはっきりします。あなたが敵になるということがアリウス生たちにとってどういう意味を持つのか、考えてみてください」
俺が敵になることがアリウス生になにか意味があるのか?
アリウスにアギトの伝説が伝わっているという話は聞いているが、それがいったいどんな意味を持つのだろうか。
「ふむ……テツヤ、考えてもみてくれ、なぜアリウスにはアギトの伝説が残されていると思う?」
「なぜって……」
「口伝いで伝わっているというわけではないだろう。アズサによれば教会にアギトの存在を物語るステンドグラスが残されていると聞く。アリウスに居を構えるベアトリーチェも、当然知っているはずだ」
ベアトリーチェ。
暴力と恐怖で生徒を支配するクソッたれ。
大人という言葉の意味をはき違えている黒服の同類。
そして、恐らくは天の厄災を利用しようとするバカタレ。
クソでバカなんだからもう手が付けられないな。
頓珍漢な行為で世界を滅ぼす原因を作る科学者ムーブは、B級映画の中だけにしか許されていないんだ。
本当にいい加減にしてほしい。
……ふつふつと恨み言が溢れ出してくる。
会ったこともないのにその所業が好感をひとかけらも抱かせない。
そんなヤツが、アギトについても知っている……
「彼女は意図的に伝説を残しているのか、否か? 君はどちらだと思う?」
意図的に残す?
そんなことをする旨味がベアトリーチェにあるのだろうか?
暴力と恐怖で人を支配するのならば、希望を示す救世主伝説なんて邪魔以外の何物でもないと思うが……
『セイア。聖園ミカが現れたぞ』
耳につけられたイヤホンからアズサの声が聞こえた。
「おっと。話をしているともう時間のようだ。君の出番が来たぞ」
「お気をつけて」
「ああ……」
結局セイアとナギサがどんな理由で俺を遅れて送り出すのかわからないまま、俺は瞬時にアギトへ変身し、戦場へと走り出した。
シスターフッドが形成する陣形を一気に飛び越して、聖園ミカと戦う補習授業部のみんなの所まで走り続ける。
「あ、あれは……!?」
「──う、撃て、撃てぇーー!!」
補習授業部を聖園ミカと挟撃するために展開していたアリウス生たちと鉢合わせる。
本陣はその多くが聖園ミカと合流しているようで、ここにいるのはシスターフッドの攻勢を抑えるために残った殿部隊か。
「戦うつもりがあるなら前に出ろ! 降伏するなら抵抗せず地に伏せるといい!!」
俺の警告を無視するように放たれた銃弾の数々を避け、近くにいた敵に拳を叩き込んだ。
うめき声をあげる敵から視線を外し、二番目に近い距離にいた敵を蹴り飛ばす。
瓦礫でめちゃくちゃになった一帯は遮蔽物に事欠かない。
その一つに身を隠した俺は地面に落ちている岩を両手に握る。
銃撃が遮蔽物を完全に破壊しきった瞬間に跳躍。
リロードに入っていない敵を狙いすまし、その頭部へと岩を投擲する。
悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちる二人。
「ああ……」
残りの敵を倒そうと身構えた時に変化が現れた。
一人の敵が震えながら銃を取り落とした。
「おい、お前! 何をやっている!」
「わ、私は────」
戦意を喪失した敵に向けられるのは心配ではなく怒りの声であった。
仲間からの叱責に晒されたアリウス生が戸惑うように弁解しようとする。
「──まさか、お前も裏切者か!」
しかし、弁解の暇すらそのアリウス生には与えられなかった。
アズサの裏切りが予想以上にアリウス生たちの心を揺さぶっていたのか、裏切者と断定した者たちによって今にも撃たれそうである。
「マジかよ……!」
気がつけば俺は、そのアリウス生の元に飛び出していた。
「撃てーー!!」
弾丸がアリウス生を襲う前に抱え込む形で飛び退いた。
「え……」
「伏せてろ!」
「な!? なぜお前が────」
仲間撃ちを主導した敵を殴り飛ばす。
「……なぜ、いまさら……」
そう呟きながら倒れ伏した敵。
アギトを敵に回すことがいったいどういう意味を持つのか、俺は少しずつその意味を解り始めていた。
銃撃は止んでいた。
誰も彼もが戸惑うように銃口を俺に向けたまま、一向に撃ってこなくなった。
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「救世主伝説を残した理由はただ一つ。己の支配に利用するためだ」
「救世主がいつか助けてくれるかもしれない……でも、実際にはいくら待っても現れない。」
「ああ。「いつかは救われる」という希望が支配者の与える苦しみに押し潰されることのない胆力を生み出し、「いつまで待っても来ない」という現実がさらなる絶望を生み出す。恐怖だけでなく希望も同時に支配しているのさ」
「アリウスはベアトリーチェなる大人による独裁。その権威を救世主について誰よりもよく知っているという立場がさらに高める」
「アギトの伝説が色濃いアリウスを支配するには、確かにこれ以上ない効果的な策だ」
「ですが、もし本物の救世主が現れてしまったら、話は大きく変わるでしょうね」
「その通り。夢にまで見た希望が目の前に現れたその時……アリウス生たちは果たして、屈せずにいられるだろうか?」
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「あ、あなたは、アギトなのですか……?」
地面に伏しながら先ほどのアリウス生が問いかけてくる。
どう答えるべきかは明白であった。
しかし、俺はその名前を背負えるだろうか?
かつてキヴォトス全体の希望となった偉大な先輩のように……一つの学校の希望をこの体で担うことが、俺にできるのか。
「すぅーー、はぁーー」
深呼吸。
覚悟はとっくに決まっていた。
「──そうだ。俺は、アギトだ」
「ほ、本当にアギトが……」
「救世主……」
「そ、そんなわけがあるか! 救世主なんて実在しない!」
「でも、あの姿は……」
「トリニティの工作だ! 救世主の姿を象っただけの偽物……」
「なら、確かめてみるか?」
困惑に支配されるアリウス生たちに一石を投じる。
相手は長年にわたって、救世主は絵空事だと刷り込まれてきた連中だ。
言葉だけで説得することは難しいだろう。
スパイ疑惑のかかった仲間を助けただけでは足りない。
奴らの心を折るためには、もっと確実な証拠が必要だ。
「納得できないなら撃ってこい。手加減してやる」
「……ほざくな!! この偽物がぁーー!!」
困惑から一転、激昂したアリウス生の一部が発砲する。
しかし、避けない。
「なッ!?」
体を揺らす衝撃。
硬質化した皮膚によって弾かれる弾丸が火花を上げる。
「…………」
ゆっくりと歩き出す。
目的は未だに武装を解こうとしない集団。
「ちッ! トリニティ製の偽救世主が!! グレネードだ! ヤツを粉微塵にしてやれ!!」
ピンの抜かれた手榴弾が一斉に投げられる。
歩み寄ったのは正解だった。
仲間に撃たれそうになったアリウス生を巻き込まなくて済む。
複数の手榴弾が俺の体に当たった瞬間、閃光を広げて爆散する。
──ドカーン!!
「忌々しいトリニティの手先が! しかしこれで───!?」
土煙が晴れるとガスマスクの上からでも動揺していることがわかるアリウス生の姿があった。
俺は更に一歩、また一歩とアリウス生に歩み寄っていく。
「な、なんだ!? なんなんだお前は!?」
「────」
「く、来るな!?」
軽機関銃から放たれる弾丸が俺の体を打ち据えるが、一歩も退かない。
「くるな……」
俺はリーダー格のアリウス生へと歩み寄り───
「くる──」
構えられた軽機関銃を掴み取った。
「あ、ああ……」
戦う気力を失ったアリウス生はその場に膝から崩れ落ちる。
戦力の差を思い知った目の前のアリウス生は俺が拳を振るうのを怯えながら……
暴力と恐怖による支配。
一時の痛みと服従で恐怖から逃れられてきた彼女たちにとって、暴力は確かなコミュニケーションツールとしての役割を果たしてしまっていた。
俺が一撃で済ませて立ち去るのを彼女は心から待っているのだろう。
なぜなら、それがアリウス生たちの日常だから。
「……」
俺は怯えるアリウス生の手を握った。
「何を……」
「待たせて悪かった」
「なに、を……」
「俺はベアトリーチェを……マダムを倒す」
『!』
「言えるのはそれだけだ……シスターフッドに怪我の手当てをしてもらえ」
呆然とこちらを見つめるアリウス生たちの視線を背中に受けながら、俺は先を急いだ。
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一方そのころ、前線の補習授業部は聖園ミカとアリウスの混成部隊相手に奮闘していた。
「随分と粘るね。いい加減に諦めたら?」
ミカの言葉に頷く者は補習授業部にはいなかった。
たった4人の補習授業部に襲い掛かるアリウス生はおよそ40。
キヴォトスにおける少数精鋭の条件は連携の完成度にある。
戦闘部隊として編成されたわけではない補習授業部の面々は、その条件に当てはまらないと聖園ミカは考えていた。
しかし、それは間違いである。
まず、白洲アズサ。
アリウスの精鋭『アリウススクワッド』でその腕を磨かれてきたアズサの最も得意とする戦い方はゲリラ戦である。
周囲にある遮蔽物や発煙手榴弾を駆使し、生み出した死角から敵を強襲する動きは反撃の手を打たせる暇を与えない。
次に浦和ハナコ。
トリニティ有数の頭脳を持つ彼女は、敵の動きを読むことに長けていた。
小隊編成で補習授業部に襲い来る敵を逆に罠にかけ、時には同士討ちすら誘発させる知略を張り巡らせている。
下江コハル。
一年生ながら、正義実現委員会で過酷な訓練を受けてきた少女の粘り強さ。
時には聖園ミカからの攻撃を受けながらも、慌てることなく冷静に戦場へと立ち続けている。
最後に阿慈谷ヒフミ。
戦闘、知略のいずれにいおいても平凡な少女。
だが、全てにおいて平凡な少女が尖ったメンバーを自らのリーダーシップで引っ張り、チームとして機能させている。
そこに先生の超越した指揮である。
彼女たちの総合的な戦闘能力は、キヴォトス有数の精鋭部隊たちと肩を並べるほどまで引き上げられていた。
(ちょっとマズイかな。シスターフッドの援軍が来られたら面倒くさいし)
ミカは焦り始めていた。
このまま補習授業部に手を焼くようでは目的を果たすことなどできはしない。
トリニティの中でも五本の指に入る実力のミカではあるが、大人数を率いての戦いには慣れていなかったのだ。
ミカがそう考えている間にもアリウス生は次々と倒れていく。
(そろそろ私の出番かな~)
最後のアリウス生が意識を失い倒れ伏す。
その時、ミカは地を蹴った。
背中に携えた二枚の羽を巧みに操り、補習授業部が戦う前線へと舞い降りた。
「そろそろ終わりにしよっか」
「聖園ミカ……」
ミカに銃を向けたのはアズサだった。
放たれる弾丸がミカを襲う。
しかし、ミカが動じることはなかった。
「効かな~い☆」
避ける素振りすら見せることはなかった、
ミカはその弾丸を全てその体で受け止めて、笑ってみせた。
『───!』
補習授業部全員の警戒が最大限まで引き上げられる。
別格。
コハルは笑みを浮かべるその姿に自らの『最強』の基準である剣先ツルギの姿を思い浮かべた。
「それじゃあ、やろっか」
ドンッという音と共にミカの足元が蜘蛛の巣型にひび割れ、瞬く間にアズサとの距離を詰めたミカはその銃を────
「それッ☆」
撃つことはなく、その拳を振りかぶった。
「───!」
「アズサちゃん!!」
アズサは咄嗟に拳の間に自らの銃を滑り込ませた。
メキッという異音を奏でて銃はねじ曲がり、アズサの体も地面を転がる。
そこに追撃するようにミカはその銃口を向けた。
「させません!」
放たれた銃弾はヒフミが投げたフリスビー状の物体から現れたペロロ様型のバルーンに阻まれる。
立ち上がるアズサが無事だと確認してホッと息をついたのも束の間、今度は自らの防御を投げ捨てたヒフミに向かってミカは走り出した。
一流のアスリートすら超越する身体スペックの走りは、咄嗟に発砲したコハルとハナコの放つ弾丸を容易に回避する。
ヒフミが放つ銃弾すら宙へと飛び上がり回避したミカはヒフミの背後へと降り立つ。
「ヒフミ!!」
音速を超える拳がヒフミに向かって放たれた。
しかし、その拳がヒフミを襲うことはなかった。
「な~んだ、来ちゃったのか」
「────」
ヒフミに向けられた拳はテツヤの手によって受け止められた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
受け止めた拳は、キヴォトスに来て一番の衝撃だった。
カタカタヘルメット団が用意した装甲車の突進が霞んでしまうほどの重い一撃。
「手を放してくれる? ずっと触られたままだと気持ち悪いからさ」
俺はすぐに手を放し、ヒフミさんを抱えて補習授業部の元へと下がる。
「テツヤ! あんた大丈夫なの!?」
「すごい音がしましたけど……」
「大丈夫だ」
心配そうなみんなを安心させるため、拳を受け止めた右手をひらひらと振る。
最前線で戦っていたと聞いていたので心配していたが、思ったよりも平気そうで安心した。
だが、気を抜いている場合ではない。
「それで~? 話はついたのかな、人気者くん?」
「慌てるんじゃないよ。今相手してやるから」
聖園ミカは慌てる様子もなくそこで待っていた。
一歩を踏み出す。
聖園ミカに動きはない。
俺の一挙手一投足を観察しているようだが、自分から手を出す気はないのか?
「……」
「──行くぞ」
衝撃があった。
拳と拳をぶつけ合った衝撃が周囲を吹っ飛ばした。
「「───!」」
聖園ミカは銃を使う素振りを見せない。
腰の入った左の拳が、俺の顔面目掛けて突き進む。
喰らったらヤバイ。
そう確信した俺は右に首を傾けることでその一撃を回避し、がら空きの横腹に右の拳を叩き込む。
「あぐッ……」
妙な一撃だった。
ホシノ先輩以上にステゴロで戦い慣れていそうな雰囲気を感じるのに、いとも簡単にカウンターの攻撃を喰らわせることができた────
「────」
「いったいなあ!!」
俺は迫りくる右拳を交差した両腕で受け止める。
吹っ飛ばされそうになるが、足に力を入れることでその場に留まった。
「撃つよ!」
動きの止まった俺に聖園ミカが銃撃を放ってくる。
サブマシンガンから放たれる銃弾を素手で叩き落しながら、俺は聖園ミカに肉薄する。
「フンッ!」
ボディを狙った一撃。
その攻撃を避ける素振りすら見せずに聖園ミカはその体で受け止めた。
「ぐッ!」
反撃とばかりに飛んでくる拳、俺はその一撃を────
「ッ!」
───避けなかった。
アギトの堅牢な体を正確無比な拳が打った。
「そ~れ!!」
左、右、左。
次々と放たれる衝撃が俺の体を突き上げる。
「まさかさっきので全力? 救世主なんて呼ばれてるくせに大したことないじゃんね!!」
地面へと叩き伏せられる。
馬乗りになった聖園ミカが俺の体を滅多打ちにしていく。
腹を頭を殴って殴って殴って……
「───なんのつもり!? 無抵抗のままで終わるつもりなの!?」
首を掴んで揺すられる。
俺はその言葉に口を開いた。
「セイアは生きてるぞ」
「!?」
聖園ミカの振り上げられた拳が止まった。
しかし、それは一瞬のことで、俺の顔面に拳が振り落とされる。
「なにを言ってるのかな? 私、そういう冗談は嫌いなんだよね!!」
「嘘じゃ───」
「嘘!! 絶対に嘘!!」
腹に拳がめり込んだ。
アギトになってこれ以上のダメージを受けたことはない。
仮面のように変化した口から血を噴いた。
「私が、私が殺したんだ! 生きてるわけがない!!」
「あそこにいるだろ」
指で指すが、それでも聖園ミカは拳を振り上げ続ける。
「そんなことありえない!! そんなはずが───」
「いいから向けやこのゴリラ!!」
首を掴んで強引に向きを変える。
黙ってサンドバックになって穏便に済ませてやろうと思ったら、いつまで人をぶん殴るつもりだこのバカ女。
俺に倒されようと手も抜きやがって。
なんでこの女はやることなすこと全てが極端なんだ。
「やあ、ミカ」
呑気に片手を挙げて挨拶をするセイアとともに気まずそうな顔をする桐藤さんがそこに立っていた。
聖園ミカは驚愕の表情を浮かべたまま、固まっている。
「せ、セイアちゃん……」
「いいんだ、ミカ。もう終わったんだよ」
聖園ミカへと歩み寄るセイアから後ずさりする。
「わ、私、私のせいでセイアちゃんを……」
「君のせいではない……と言いたいが、君はそれでも納得してくれないだろうね」
セイアは立ち止ると右腕を肩からぐるぐると回し始める。
「まあ、一発で済ませてあげるよ」
「え、セイアちゃ───」
「せいッ!」
セイアの小さな拳が聖園ミカの顔面を捉えた。
聖園ミカはその体を宙へと投げ出され、地面をごろごろと無様に転がって止まる。
「さあ、これで仲直りとしよう。今ならば君の行動の意味も私は理解できる。呑気な君のことだ。アリウスとの和解のために足を運んだはいいものの、都合のいいように利用されて────」
「セイアさん」
「何だいナギサ?」
「ミカさんが起き上がってこないのですけど……」
「何?」
起き上がって聖園ミカの元へと歩み寄ると、安心した表情で気絶している。
セイアに抱いていた罪悪感をその本人から制裁を受けたことで一気に消化し、メンタルが大きく揺さぶられた反動だろう。
セイアが予想以上に鍛え過ぎたせいもあるかもしれないが……まあ、ともかく。
「これで一件落着ってことで」
俺は口についた血を拭きながら、勝利の味を噛みしめた。