Blue Archive vol.AGITΩ   作:mukugawa

29 / 29
空崎ヒナの休日

 

 ゲヘナ学園。

 「自由と混沌」を校風として掲げるその学校は、校風に恥じない悪童たちの集まりである。

 自治区の治安は壊滅的であり、他校の自治区にも悪名を轟かせるテロリストやそのグループが自由気ままに事件を起こす、キヴォトス有数の危険地帯。

 そんなゲヘナ学園の風紀を取り締まる者たちがいる。

 日夜様々な事件を起こす問題児たちを捕縛し、自治区の治安を守る少女たち。

 その名は『ゲヘナ風紀委員会』。

 ゲヘナ最強とも目される生徒、『空崎ヒナ』を委員長に掲げるその組織は、エデン条約締結を控えた今もゲヘナのために戦い続けている。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 空崎ヒナは戦いの中にいた。

 

「ウオオオオオオオ! 温泉! 温泉! 温泉ーー!!」

 

 ゲヘナ自治区内の公園に立てこもり、けたたましい掘削音を轟かせる少女たちがいる。

 彼女たちは温泉開発部。

 ゲヘナが生んだモンスター集団の一つである。

 活動目標はその名の通りの温泉開発。

 ただし、彼女たちはゲヘナ。

 法律なんてくそくらえ。

 温泉があるとわかれば場所を問わず、たとえそこに既に建物があろうが、道路のど真ん中であろうが、構わず爆弾orドリル。

 ゲヘナどころか、キヴォトスの建築物破壊ランキングで堂々の一位を飾る暴れっぷりのイカレ集団だ。

 

「うるさい」

 

「「ぎゃああああ!!」」

 

 ヒナの手に握られた愛銃の「デストロイヤー」が、公園の中心にドリルを突き立てる者たちを次々と蹴散らした。

 

「不味い飯を食わせる飯屋はいらないですわーー!!」

 

 ゲヘナのレストランを爆発させる少女たちがいる。

 彼女たちは美食研究会。

 気に食わない飲食店を爆破し、珍しい食材があれば強奪することも厭わない食のテロリスト。

 温泉開発部と並んでキヴォトス中の治安組織から睨まれている少女たちだ。

 

「消えて」

 

「「きゃああああ!!」」

 

 デストロイヤーがまたしても火を噴き、美食研究会の断末魔の悲鳴がその場に木霊した。

 しかし、

 

「「温泉! 温泉! 温泉!」」

 

「「美食! 美食! 美食!」」

 

 ヒナがどれほど倒しても、ゴキブリのように湧き出るテロリストたち。

 なんとか立ち向かおうとするが、既に足元までもテロリストに埋め尽くされて────

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……ひどい夢ね」

 

 私は自室のベッドで目を覚ました。

 悍ましい悪夢を見たせいか、ひどく寝覚めの悪い起床だった。

 私はいつものようにベッドから起き上がり、携帯の電源を入れ、定期連絡を確認したところで気が付いた。

 

「今日、休みなのよね」

 

 壁に貼られたカレンダーの今日の日付には、休暇の文字が記されている。

 

「……なにをすればいいのかしら」

 

 一ヶ月前に取った休暇をどう過ごしたのかを思い起こす。

 その日は朝食をとった後に溜まっていた書類を片付けるだけで半日が経ち、午後からは緊急要請が入ったために休暇を切り上げて現場に向かったはずだ。

 

「……」

 

 そこまで思い出した私は、風紀委員長に就任して以来、まともに休暇を過ごした日がないことに気づいた。

 生徒会組織、『万魔殿』に呼び出されてのクレーム対応。

 休日出勤の要請。

 主にこの二つが私から『まともな休日』を完全に奪い去ってしまったのである。

 

「書類は……終わらせたわね」

 

 先日の勤務時間中にやるべき書類は全て処理し、自分が休暇をとるにあたって必要な引継ぎは終えている。

 未だ経験したことのない仕事の余地なき休暇。

 

「……外にでも行きましょうか」

 

 部屋の中に残ったままだと手つかずの仕事を無理にでも見つけかねない。

 そう悟った私は、この休暇を叶えてくれた部下たちの尽力に報いるために外出を決意した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ゲヘナらしくない静かな町の中を歩く。

 いつもならばどこかで爆発や銃声が聞こえるというのに、かれこれ一時間ほど歩き続けていても銃声の一つさえ聞こえないのだ。

 

「喜ばしいことなのだけど」

 

 風紀を取り締まる身としては喜ぶべきなのだろうが、どうにも落ち着かない。

 我慢できずに先ほどアコへと連絡したのだが、異常事態が起こっているというわけではないらしい。

 アコからは『異常なし』ということしか聞くことができなかった。

 

「今日みたいな日もあるのかしら……」

 

 温泉開発部などの問題児が偶然、同じタイミングでゲヘナの外に出払っている。

 そう納得できればよかったのだが、どうも私はこの平穏を素直に受け入れることができないらしい。

 私はこの異変の正体を掴むべく、ゲヘナの校舎へと歩みを進めた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ゲヘナ校舎に向かう途中、ゲヘナにいるはずのない人物の姿を見つけた。

 新条テツヤ。

 アビドス高等学校2年生の少年。

 キヴォトス唯一の男子生徒であり、ヘイローを持たないが、戦闘形態への変身能力を持つ。

 私を欠いていたとはいえ、イオリが率いていた風紀委員の戦闘部隊と互角以上の戦いを繰り広げた実力者だ。

 最近ではトリニティに滞在していたと情報部から連絡が上がっていたが、なぜゲヘナに……?

 

「……」

 

 新条テツヤはベンチに座ったまま立ち上がろうとしない。

 携帯を取り出す素振りすらなく、その体重をベンチに任せるまま脱力しているようだった。

 

「こんなところで会うとはね」

 

 私が話しかけると、彼はようやく私の存在に気付いたようで、少し驚いた様子で口を開いた。

 

「空崎風紀委員長? 今日は休暇中のはずじゃなかったでしたっけ?」

 

 彼の発言に私は疑問を抱いた。

 私の休暇は風紀委員会の中でしか共有されていないはず。

 なぜ、部外者であるはずの彼がそれを知っているのだろうか?

 

「その通りだけれど……なぜ私の休暇日を知っているの?」

 

「甘雨さんに聞きましたよ。今日の依頼にも関係する話でしたから」

 

 依頼という言葉を聞き、私は最近アビドスで発足されたという『万事屋アビドス』を思い起こした。

 会話の流れから察すると、彼らに風紀委員の誰かが依頼をしたということだろうか。

 

「その依頼について詳しく聞かせてもらえないかしら?」

 

「あー、それはちょっと……」

 

「風紀委員会からの依頼ならば委員長である私には知る権利があるの」

 

「それもそうか……まあ、()()()()()、言ってもいいか」

 

「終わった?」

 

「治安維持のお手伝いに来たんですよ。俺たち」

 

 新条テツヤは今日の静けさの理由を語り始めた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「今回はゲヘナ風紀委員会からの依頼ですね」

 

「あいつらか……まあ、依頼なら引き受けるけど」

 

 アヤネの話に複雑な表情を浮かべるセリカ。

 俺も紫関ラーメンの店員としては、ゲヘナ風紀委員会にいい思い出はないが、大将が許しているのだから仕方がない。

 紫関ラーメンの傷ついた店舗は弁償されたし、賠償金も受け取っている。

 今は大手の学校であるゲヘナが依頼主になるほど、万事屋アビドスが名を挙げたことを喜ぶべきだろう。

 カイザーと事を構えたというネームバリューを元手に始めた万事屋だったが、ゲヘナの依頼をこなせれば更に名は売れるはずだ。

 

「依頼の内容は?」

 

「はい。風紀委員長の休暇のため、治安維持に協力してほしいようですね」

 

「あの委員長ちゃんの休暇か~。ゲヘナの風紀委員長って、結構大変そうだしね~」

 

 ホシノ先輩の言う通りだ。

 話によれば、ゲヘナで起こる戦場のほぼすべてに出動しているらしい。

 一日に軽く十回を超える戦場を一手に引き受けるのだから、休暇をとるにもとれないのだろうか。

 

「空崎ヒナ委員長の休暇日は犯罪率が二倍以上に跳ね上がるらしいです。半日で休暇を切り上げることも多いとか……」

 

「ブラック企業のサラリーマンかよ」

 

 俺ならとっくに逃げ出してるぞ。

 休暇を楽しむことができない仕事がまともな仕事であってたまるか。

 

「まあ……ちょっと心配になってしまいますね」

 

「過労で倒れそう」

 

「常にダウナー気味なのも、疲労が溜まっているからかもしれないな、これは」

 

 一度会っただけだが、あの行政官への対応を見る限り、部下の失態も全て自分の手で引き受けているのは明らかだ。

 こうして聞くだけでも気の毒なので、今回ばかりはゆっくり休暇を楽しんでほしい。

 気を抜ける機会がないと本当に人間って壊れるからな……

 

「依頼の日付は二日後です。動ける方はいますか?」

 

「二日後はシフトにぶつかっちゃうわね……」

 

「私も二日後はバイトを入れちゃってます……」

 

「私は行く」

 

「私も空いてるね~」

 

 出動不可はセリカ、ノノミさん。

 可能なのは俺とシロコ、ホシノ先輩のようだ。

 しかし、一時的にとはいえトリニティに籍を置く自分が行くのは問題があるように思える。

 相手はゲヘナだからな。

 俺も待機するべきだろうか。

 

「あ、追記事項がありますよ。『新条テツヤは絶対に来てほしい』だそうです」

 

 アヤネの発言に持っていたペットボトルを落としかけた。

 俺を指名する理由に心当たりはないが、情報が規制されているわけではないので、俺がトリニティに留学していることは知られているはずだ。

 そんな俺を指名する意図を考えてみるが、今のところ見当もつかない。

 しかし、指名を断るわけにもいかないだろう。

 

「わかった。俺は行くよ」

 

「いや~、楽しみだね。おじさん、ゲヘナに行くのは初めてだよ」

 

 笑顔で話すホシノ先輩。

 観光ではないが、そういえば以前に先生とゲヘナに行ったのは自分だけだったな。

 ゲヘナにも水族館はあると聞くし、時間があればホシノ先輩に案内してみるのもいいかもしれない。

 

「ゲヘナの銀行のセキュリティには興味がある。数々の凶悪犯に狙われるゲヘナ中央銀行にはぜひ行ってみたい」

 

「「それはダメ」」

 

 シロコの希望を俺とホシノ先輩が否定する。

 シロコを銀行に行かせてはならない。

 これはアビドスの一般常識だ。

 

「……ん」

 

 そんな物欲しそうな顔をしてもダメ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「お久しぶりですね、アビドスの皆さん。ようこそ、ゲヘナ風紀委員会へ」

 

 日も登っていない午前4時。

 甘雨行政官が満面の笑みで俺たちを歓迎する。

 相変わらず信用ならない笑みだ。

 俺はあくびをかみ殺しながら、笑顔でその胡散臭い笑みに対抗する。

 

「どうも、お久しぶりです。甘雨行政官。あと銀鏡平風紀委員」

 

「私は平じゃない!」

 

 役職がないんだから平も同然だろ。

 俺は銀鏡の抗議を聞き流し、依頼の詳しい内容を聞こうとした。

 

「甘雨行政官。依頼の内容をすり合わせたい。俺たちは風紀委員会の治安維持に協力するということでいいのか?」

 

「その通りです。ヒナ委員長の休暇情報がバレるのも時間の問題でしょうから、今日はいつも以上に不良生徒たちが暴れまわることが予想されます」

 

 そう言った甘雨行政官が大きなモニターに不良生徒の情報を映し出す

 上から順に並ぶ顔写真。

 その中に大きなバツ印のつけられた写真がいくつか目に入った。

 

「バツ印がついている生徒は?」

 

「要注意人物です。間違いなく今日も暴れるでしょう」

 

 甘雨行政官は俺の疑問にそう答えた。

 何人か見覚えのある顔がいるな。

 美食研究会とか言ったっけ。

 補習授業部のみんなと二次試験会場へ行く途中に顔を合わせたな。

 

「この人達が現れやすい場所は~?」

 

「それはこちらに」

 

 ホシノ先輩の質問に甘雨行政官がモニターの画像をゲヘナ自治区の地図へと入れ替えた。

 

「美食研究会は飲食店とゲヘナ校舎の給食部。温泉開発部は現在つけているGPS装置によれば、ゲヘナ校舎の周りにいるようですね」

 

 美食研究会と温泉開発部の悪名は俺も知っている。

 ゲヘナのみならずあらゆる場所で犯罪や破壊活動を繰り返すテロリストだ。

 こういう連中は早めに片づけるに限る。

 

「誘き出すか。エサは?」

 

「既に用意しています。前日に美食研究会にはゲヘナに飲食店がオープンすることをリーク済み。温泉開発部には源泉の情報をタレこみました」

 

「完璧だな」

 

「用意周到。それが私の座右の銘ですから」

 

「アコちゃん、私、聞いてないんだけど……」

 

 困惑する銀鏡を置いて甘雨行政官との会議は進む。

 二つのテロリスト集団が事件を起こすのは時間の問題だ。

 しかし、この二大テロリストを牢に叩き込めば今日の仕事の半分は成功したと言ってもいい。

 俺たちは戦力を二つに分け、テロリスト殲滅の陣形を組み立てた。

 

「うへ、私がリーダーをやるの?」

 

「ホシノ先輩は慣れてるでしょ」

 

「ん、数が増えても変わらない」

 

「労働はんた~い」

 

 文句を垂れてはいるが、ホシノ先輩は任された仕事はこなすタイプ。

 対美食研究会はホシノ先輩とシロコが率いる部隊に任せて構わないだろう。

 問題は……

 

「アコちゃん! なんで私がよりによってコイツの指示に従わなきゃいけないんだ!」

 

「文句を言うのは止めなさい、イオリ。これが今の戦力における最適解です」

 

 対温泉開発部。

 指揮官に俺、副官に銀鏡。

 多少の因縁のある俺たちが組まされることになる可能性を考えなかったわけではなかったが、実際にこうなるとは思わなかった。

 銀鏡は不満があるのか、今も甘雨行政官に抗議の声を上げている。

 

「組むのはいい! でも私が指揮を執るほうが───」

 

「自信満々に突っ込んで、落とし穴にはまったのは誰でしたっけ?」

 

「うぐぅ!?」

 

 この女。

 猪突猛進なところがあるとは思ったが、落とし穴に引っかかったのか。

 

「指揮官のあなたが罠に落ちて、混乱した風紀委員が全滅するのは避けたいんです」

 

「それは……」

 

「イオリ」

 

「うぅ……わかった」

 

 しょんぼりとした銀鏡は甘雨行政官の笑顔の圧に負けた。

 俺は銀鏡の肩に手を置く。

 

「まあ、仲良くやろうぜ」

 

「むぅ……」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「それで、早いうちに勝負を決めようってことですぐに作戦を実行することになったわけです」

 

「そう……」

 

 アコ、随分と思い切った策をとったわね。

 経験豊富とはいえ、外部の二人に指揮を任せるなんて……

 

「作戦は成功、と考えていいのかしら」

 

 そう聞いた私に新条テツヤは頷いた。

 しかし、あの鬼怒川カスミの率いる温泉開発部を迅速に捕縛するとは……

 かつての新条テツヤなら、苦戦は免れないと思っていたのだけれど。

 

「よく、鬼怒川カスミを捕縛できたわね」

 

「まあ、爆弾をバカみたいにぶん投げてくるのは本当に面倒くさかったですけどね。意外と連携がうまくいったんですよ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ふはははは! 空崎ヒナのいない風紀委員など恐れるに足らず!」

 

「なんだと……!」

 

「待て待て……」

 

 鬼怒川カスミの軽い挑発に乗りかけた銀鏡を制止する。

 変身しておいてよかった。

 生身のままなら止める間もなかった。

 

「離せ新条!」

 

「ダメだ。あんな挑発に乗るなって」

 

 鬼怒川カスミが浮かべるにやけ面は明らかに罠を仕掛けている顔だ。

 銀鏡の突進は間違いなく読まれている。

 地雷か落とし穴か。

 ともかく、連中の企みにわざわざ乗る必要はない。

 

「包囲陣形! 近づきすぎるなよ。これ以上破壊活動をさせないことだけ考えろ! 適時発砲もOK!」

 

 俺の指示に反応して、公園を包囲する風紀委員たち。

 消極的な俺の指示が気に入らないのか、銀鏡がこちらを睨みつけている。

 

「なんだよ」

 

「なぜ攻めない。目標は目の前にいるんだぞ」

 

「わざわざこっちから突っ込んでく必要がないんだよ。しびれを切らすまでじっくり待てばいい」

 

「何を悠長な……」

 

 悠長で結構。

 しかし、今有利な側にいるのはこちらだ。

 相手は囲まれ、源泉を掘り出そうとすれば邪魔される。

 温泉開発部がこれ以上この場に留まる理由など何一つないのだ。

 疲弊して、たまらず出てきたところを仕留めればいい。

 

「今日の風紀委員会は一味違うようだね……ならば攻めさせてもらおうか!」

 

 そらきた。

 温泉開発部の第一陣が包囲を突破するために打って出てきたぞ。

 

「迎え撃て!」

 

 風紀委員会の射撃が温泉開発部を迎え撃つ。

 風紀委員たちが作り出す弾幕で思うように攻めることができないのか、手榴弾の投擲が多いようだ。

 

「銀鏡、出番だぞ」

 

「わかってる」

 

 銀鏡の狙撃が次々と宙を舞う手榴弾を敵陣へと撃ち返していく。

 銀鏡の腕はいい。

 散弾を器用に当てるホシノ先輩には及ばないだろうが、俺自身も銀鏡の狙撃には痛い目に遭わされた。

 狙撃手に攻撃する手立ては同じく狙撃で返すか、自身の射程まで近づくしかない。

 だが、温泉開発部に狙撃手はいない。

 攻めあぐねる温泉開発部は風紀委員の射撃で徐々に数を減らしている。

 このままいけば確保は時間の問題だろう。

 だが、相手はキヴォトスで名の通ったテロリストだ。

 油断はできない。

 

「メグ!」

 

「了解!」

 

 鬼怒川カスミの呼びかけに応えたのは、温泉開発部ナンバー2の下倉メグ。

 鬼怒川カスミと共に発煙手榴弾を手にすると一斉に地面に投げつけた。

 煙はあっという間に広がり、戦場を包み込んでしまう。

 

「何か来るな……」

 

 次の瞬間、煙を突っ切って現れたのはジープだった。

 いったいどこに隠していたのか、強引に包囲網を破り、公園の外へと出た。

 

「おい、どうする気だ! このままでは逃げられてしまうぞ!」

 

「こうする」

 

 銀鏡を両手に抱える。

 

「なッ、なにを」

 

 俺は銀鏡を抱えながら、近くにあった建物へと跳び移った。

 

「周囲一帯には検問を配置しているんだが、どれくらい持つと思う?」

 

「連中なら突破に20秒もかからないぞ」

 

「10秒稼げれば十分だ」

 

 俺は路地裏に降りると、用意していたバイクに跨る。

 

「こんなものをいつの間に……」

 

「いいから、乗りな」

 

 銀鏡を後ろに乗せた俺はアクセルグリップを手前に捻り、車体を発進させた。

 道路へと躍り出た俺の耳に甘雨行政官から連絡が入る。

 

『テツヤさん。温泉開発部はA地点の検問を突破しました。現在、風紀委員会の車両が追跡しています』

 

 検問はAからDの4地点に設置したが、うまく引っかかってくれたようだ。

 この距離からなら、先回りすることもできるだろう。

 

「了解」

 

 俺はバイクを走らせ、温泉開発部のジープの進行方向へと向かう。

 走行中、背後の銀鏡はしばらく黙り込んでいたが、急にその口を開いた。

 

「……私は」

 

「ん?」

 

「私は今まで、何をやっていたんだろう」

 

 銀鏡の声色はひどく落ち込んでいた。

 

「外部のお前がここまで動かせるというのに……」

 

「落ち着きがないからだろ」

 

 それに尽きる。

 敵を素早く倒すのも結構だが、それに固執過ぎると却って時間がかかるものだ。

 銀鏡の姿勢が間違いとは言わないが、時と場合によって戦法は切り替えるべきだろう。

 だが、銀鏡が敵の対応に焦るのは仕方がない。

 ゲヘナではアビドスとは比べ物にならないほど戦闘が多発する。

 一つの戦闘にかけられる時間も限られるのだ。

 ならば速攻に戦法が傾くのも当然のことだろう。

 

「……はっきり言うんだな」

 

「いちいち落ち込んでる暇じゃないだろ。あんたは風紀委員で、確保するべきヤツが逃げてる。あんたがするべきことはなんだ?」

 

「……いち早く奴らを捕らえ、牢の中に叩き込むことだ! 飛ばせ、テツヤ!」

 

「言われなくとも」

 

 道路を駆け抜けたその先に目標のジープは現れた。

 

「驚いたな……まさかここまでしつこく追ってくるとは!」

 

 鬼怒川が後部座席から立ち上がり、両手に爆弾を持ちながら話す。

 大人しく捕まる気は無いようだ。

 鬼怒川は爆弾を投擲し、バイクごと俺たちを吹き飛ばそうとする。

 

「させねえよ」

 

 俺は次々と放り込まれる爆弾を躱す。

 爆風を体に受け、何度も横転しそうになりながらも耐える。

 俺は爆発で生まれた煙の中を突っ切り、敵の視界から逃れた。

 

「ちッ、どこに────」

 

 鬼怒川の焦りの声と共に背後のイオリが銃を構える音がした。

 煙から抜ける。

 

「そこに──」

 

「遅い」

 

 イオリの狙撃銃から放たれた弾丸が、正確にジープの前輪を撃ち抜いた。

 

「ぬおおおおお!?」

 

 運転が不可能になったジープがバランスを崩し、電柱へとぶつかって爆発した。

 それに巻き込まれた温泉開発部は真っ黒になって地面を転がる。

 

「「温泉開発部、確保完了」」

 

 俺たちは手を打ち鳴らし、勝利の余韻を味わった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「そう、イオリと一緒に戦ってくれたのね。ありがとう」

 

「いえいえ、むしろ今回の一件で微妙な関係だったのがようやく落ち着いたので、いい機会だったと思ってますよ」

 

 私の感謝の言葉に笑って首を振る新条テツヤ。

 どうやらイオリは今回の件でまた一歩成長を遂げたらしい。

 温泉開発部の確保の流れはわかった。

 では、美食研究会はどうなったのだろうか。

 気になった私は、新条テツヤに問いかける。

 

「美食研究会はどうなったの?」

 

 それを聞いた新条テツヤの顔は苦笑いに変わった。

 まさか何かあったのかしら……

 新条テツヤは言いづらそうに話し始める。

 

「そっちはホシノ先輩とシロコが片づけたんですけど……ちょっとやり過ぎちゃったみたいで」

 

「やり過ぎた?」

 

「勢いに乗ったといいますか。美食研究会をやった後、ゲヘナ中の不良が襲い掛かってきまして……結果的に言うと、今ゲヘナ中の不良が牢の中に納まってます」

 

 私は絶句する。

 小鳥遊ホシノの力は知っていたつもりだったが、まさかここまでのものだったとは。

 あの時、戦闘を回避する選択をとったことは正しかったわね……

 

「この静けさはそう言うことだったのね」

 

「いやあ、なんであんなに不良が集まったんだか……」

 

 それについては心当たりがある。

 見慣れない制服を見て、ゲヘナではない生徒が攻め込んできたと思ったのだろう。

 不良同士の連絡網で終結した末にその全員が小鳥遊ホシノたちに倒されたのだ。

 過激な連中が根こそぎ牢に放り込まれたことで、穏健なもの達が足踏みをしているのだろう。

 

「どうやら、世話になったようね」

 

「報酬の伴った依頼ですから。期待通りの仕事はできたようでなによりですよ」

 

「ここには休憩に来たのかしら?」

 

「そんな感じです。ホシノ先輩とシロコが戦術訓練に行っちゃったんで、どう時間を潰そうかなと」

 

「なら、一緒に来る?」

 

 そう口に出して、私は自分の言葉に驚く。

 誰かを休暇に誘ったのは何時ぶりだろうか。

 

「え、いいんですか?」

 

「私、休暇をまともにとれたのが久しぶりで……その、どう過ごせばいいのかわからないの」

 

「生粋のワーカホリックの悩みですね……わかりました。俺でよければ、ご一緒に休暇を楽しみましょう!」

 

 私の申し出に頷いた新条テツヤはベンチから立ち上がり、私に手を差し伸べた。

 私はその手を取り、同じようにベンチから立ち上がった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ゲヘナ水族館……久々に来たわね」

 

 新条……テツヤのリクエストに従って、やってきたゲヘナ水族館。

 最初に来たのは、情報部時代の先輩に誘われた時だったわね。

 

「でっけえなここも。あ、パンフ買ってきます」

 

「ありがとう」

 

 実はもう持っているのだけど、せっかく買ってきてくれるのだから受け取るべきだろう。

 私は懐かしいパンフレットを手に取った。

 内容も変わっていない。

 数年では変わらないのも仕方ないか。

 

「でもよかったんですか? 俺のリクエストで」

 

「いいの。私、一人で出かけるのが苦手みたいだから」

 

「わかりました。じゃあ、今日はゆっくり回ってみましょうか」

 

 その言葉に頷いた私は、テツヤと共に水族館の中を歩き始める。

 今日は空いているようで、行き交う人も少ない。

 事件が起こる可能性も少ない……だめね。

 せっかくの水族館だもの。

 仕事のことは忘れて楽しまないと。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 水族館の一角にて。

 

「おのれ新条テツヤ! ヒナ委員長と水族館デートなんて……!!」

 

「もう帰りましょうよ。お二人の邪魔ですよ?」

 

「そんなわけにはいきません! あの男がヒナ委員長に不埒な真似をしないように見張らなければ……」

 

「……私、帰りますよ?」

 

 どす黒いオーラを放つ甘雨アコを置いて、火宮チナツは水族館を後にした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「今日はありがとう。助かったわ」

 

「いや、すいません。途中で帰ることになっちゃって」

 

 水族館を観賞し終えた時、テツヤに小鳥遊ホシノから連絡が入った。

 どうやら手持ち無沙汰でゲヘナを歩いていることがバレたらしい。

 急遽帰らなければならない彼は、私に申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「いいの、謝らないで。あなたのおかげで、以前の休日にどうやって過ごしていたのか思い出せたから」

 

「そうですか? それならよかったです」

 

 テツヤとの時間はなぜか落ち着いた。

 自然と気が抜けるというか、彼の持つ独特の雰囲気に引っ張られているような気がする。

 でも、悪い気はしない。

 不思議な人だ。

 

「じゃあ、俺は行きますね」

 

「ええ。もしよかったら、また一緒に出掛けましょう」

 

「……やっぱキヴォトスって心臓に悪いな」

 

「え?」

 

「ああ、なんでもないです……でも、よかった。そうやって笑えているなら、大丈夫ですね」

 

 そう言い残して彼は去って行った。

 私はそっと口元を触る。

 

「……私、笑えていたのね」

 

 私は残りの時間をどう過ごすか考えながら、ゲヘナの通りを歩き始めた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

夢の力で青春を手助け(作者:ライダー志望)(原作:ブルーアーカイブ)

何故かゼッツ由来の夢の力を持ってキヴォトスで生活する青年の日記。


総合評価:587/評価:8.47/短編:14話/更新日時:2026年07月29日(水) 23:16 小説情報

衛宮士郎モドキは英雄にしかなれなかった(作者:曇らせはいつかガンにも効くようになる)(原作:ブルーアーカイブ)

注意:本作主人公は衛宮士郎本人ではありません!▼先生の存在しない平行世界のキヴォトスに、衛宮士郎の体に憑依転生した主人公。▼そんな衛宮士郎モドキが今度は先生のいる正史ルートのキヴォトスに、英霊として召喚されたっていう話。▼主人公は型月知識アリ、ブルアカ知識ナシです。▼


総合評価:912/評価:7.65/連載:11話/更新日時:2026年07月22日(水) 20:00 小説情報

楽園に至るには(作者:NTT.T)(原作:ブルーアーカイブ)

『楽園は存在するのか』と解を求める少女と、最期まで楽園を求めた青年の語らい。▼或いは、運命に屈した少女、抗う少女達に少しの救済を齎すお話。


総合評価:398/評価:8.85/連載:22話/更新日時:2026年07月19日(日) 18:02 小説情報

死にたい限界男子生徒が見届ける青春(作者:湯たんぽ猫)(原作:ブルーアーカイブ)

▼なんか思いついた話です。気が向いたらまた投稿します


総合評価:337/評価:8.75/連載:9話/更新日時:2026年07月29日(水) 23:25 小説情報

キヴォトスに来たおカシな先生(作者:ナリカオル)(原作:ブルーアーカイブ)

 やって来たのは、ちょっとおカシな人だった。▼ 子供みたいに無邪気に笑って、一緒にはしゃいで。▼ でも時には大人としてちゃんと叱って、見守って。▼ その裏に、誰も知らない哀しみと愛を秘めて、いつも私達の側に居てくれる。▼ 誰よりも強くて、優しくて……。▼ これは、そんなおカシな先生と生徒達の物語。▼


総合評価:1175/評価:7.55/連載:44話/更新日時:2026年07月16日(木) 09:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>